第31話「“元”剣聖、燃えゆく街に隠された魔法陣を嗅ぎつける」
作戦会議は、すでに大まかな枠組みを終えていた。
控えの間に広げられた地図の上で、各陣営の動きと進路が確認される。
レイスは壁に寄りかかったまま、全員の顔を見渡し、静かに口を開いた。
「――最終確認するぞ」
その声に、場の空気が引き締まる。
「セリアが第二騎士団を率いて、各所の暴動の対処。ユインと殿下は、情報屋のところに行ってノーグたちと合流。そのまま、王城の奪還に向かえ。刺客がいるだろうから、気をつけろよ」
淡々と告げながらも、その声には確かな信頼と警戒が滲んでいた。
「俺は……その間に、王子とゼスをどうにかしてくる」
一同の目がレイスに集まる。誰も、異を唱えなかった。
その沈黙を破るように、レイスがレオノールへと視線を向ける。
「殿下。敵とはいえ……王子とゼスの首。本当に、斬っていいんだな?」
問いは静かだった。だが、その言葉の重さは部屋を支配する。
レオノールは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「……かまいません。よろしくお願いします」
「わかった。こっちが片付き次第、合流する。……皆、死ぬなよ」
誰も、軽口では返さなかった。ただ、静かに頷き、それぞれの任を果たすべく散っていく。
去り際、ユインが小さく呟いた。
「レイス。……本当に、気をつけてくださいね」
「ああ。お前もな。殿下を、頼んだぞ」
ユインは頷き、王女の傍へ戻る。その背を見送ってから、レイスは小さく息を吐いた。
(……あいつも、変わったな)
遠い昔の記憶が、一瞬だけよぎる。
◆
街は既に混沌としていた。
燃え上がる建物、泣き叫ぶ市民、錯綜する兵士の足音――それらを縫うように、レイスは一人で街を駆ける。
出くわす敵兵は、問答無用で斬り捨てた。
そのたびに、道を血が染める。それでも足を止めることはない。
すれ違いざま、幼い子どもが泣きながら路地に逃げ込むのが見えた。
だが、足を止める余裕はなかった。後方で爆音が上がる。時間が惜しい。
(……くそったれな状況だ)
歯噛みしながら、さらに奥へと踏み込んでいく。
しらみつぶしに街を探り続ける。だが、ゼスのような手練がそう簡単に見つかるわけもない。
「はぁ……時間だけが無駄に過ぎるな。どっかで派手に動いてくれりゃ、見つけやすいってのによ」
ふと、ある路地裏に差し掛かったときだった。
地面に、違和感のある模様が浮かんでいるのが目に入った。
「……あ?」
レイスは足を止め、眉をひそめる。
それは、誰かが石畳の隙間に魔力で刻んだ“魔法陣”だった。しかも、稼働中だ。
「なんだこれ。なーんか嫌な感じするな……。どれどれ~」
レイスはその場にしゃがみこみ、術式の構造を丹念に読み解きはじめた。
「えっと……初動術式は爆破か。次に連鎖……。で? ……強風?」
声に少し困惑が混じる。
術式は、一つの発動をきっかけに、周囲に仕掛けられた同様の陣が連鎖的に作動し、爆発を引き起こす。
さらに、その後に“強風”を巻き起こすよう組まれていた。
「爆破だけなら陽動、強風だけなら排除……でも、この組み合わせは……いや、まさか」
言葉を濁すレイス。まるで自分の勘に自分で異議を唱えるように。
「……なんで、強風なんか……?」
不可解だった。破壊工作に“爆破”を使うのは理解できる。だが、なぜ“風”を?
レイスは額に手を当てて考える。
(こんなわけわかんねぇこと考えるのは……どう考えても、ハウゼンだよなぁ)
そう思った瞬間、背筋を冷たいものが這った。
戦場の喧騒。鳴り響く爆音。逃げ惑う人々。火と風――
ふと、脳裏に嫌な予感がよぎった。
「おいおい、嘘だろ。まさか、な……」
嫌な記憶が、過去の断片が、雷のように脳を貫く。
爆破と風――その組み合わせは、ある極めて狡猾な意図を持って設計されたものだ。
(……まさか、最初から“街”を――)
レイスの想定する最悪のシナリオ。
――それは、この国自体を滅ぼしかねないものだった。




