第2話「“元”剣聖は、わけあり依頼に釣られる」
スライムとウサギを相手に粘液まみれになった翌日。
レイスはギルドの掲示板を前に、難しそうな表情を浮かべ立っていた。
そこには依頼書が、ずらりと隙間なく貼り出されている。だが――
「……雑魚狩りばっかじゃねぇか……」
声に出すまでもなかったが、つい声を漏らす。
採取、討伐、護衛、運搬――内容はどれも地味すぎて、字面を追うだけで眠くなる。
「もっとこう……一発でドーン! と金が入る依頼ないもんかねぇ。賞金首狩りとか、スタンピードの制圧とか、そういう派手なの」
「ありますよ? ランクが高ければ」
真横から無機質な声が飛んでくる。
振り向かずとも、誰の声かは明白だった。
レイスは肩越しにチラと視線をやると、ユインが手帳をめくりながら、どこか他人事のような顔をしていた。
「はいはい、どうせオレはEランクですよーだ」
「自覚があるならよかったです」
言葉のトーンに一切の感情がなかった。
相手にもされないことにレイスは不貞腐れる。
「あーあ、今ので一気にやる気なくなった。もうこのまま餓死してやろうかな。誰にも看取られず、ギルドの隅で静かに朽ち果てていくのも悪くねぇかも……」
「……それなら、せめて静かにしてください。死ぬ時くらい品よくどうぞ」
「地味な死に様に対してのコメントが淡々と厳しいよね!?」
椅子の背にもたれて大げさに項垂れたレイスに、ユインは一度だけ深く息をつくと、懐から一枚の紙を取り出して差し出した。
「あるにはありますよ。ちょっと、わけありそうですが」
「ん?」
ひったくるように紙を奪い、ざっと目を通す。
印字された依頼文が視界に滑り込む。
依頼内容:村に出没するゴブリンの討伐及び、行方不明者の捜索
状況:村人3名が失踪、原因不明。現地調査と討伐任務を兼ねる。
危険度:B
報酬:銀貨10枚
備考:村に向かった”冒険者も二組”失踪しています。同時に調査してください。成果次第で追加あり。
「……ゴブリン? しかも銀貨10枚? 破格じゃねぇかこれ! しかも追加報酬あり!」
レイスの目が、露骨に輝いた。
口元がにやりと歪む。
「ユインさん! これ、やるぞ!」
「……やる気スイッチの所在が単純ですね」
「俺は金で動くぞ、分かりやすくてえらいだろ!」
「どこにも誇る要素がありません」
ユインの返答は容赦がない。が、それもまた日常だ。
ただ、今回に限っては、彼女の反応に少しだけ引っかかるものがあった。
(……あれ? テンション低くね?)
いつものユインなら、こういう実入りの良い仕事は悪く思わない。なのに、表情に陰りがあった。
ふと、その理由に察しがつくとレイスは、おもむろに口を開く。
「あー、そっか……ゴブリンって、女の人を攫って変なことするって言うじゃん。……ユインさん、案外繊細なんだね~?」
次の瞬間、頭を強かに叩かれる。
「す、すみません……」
頭を押さえながら謝るレイスに、ユインはこれ以上ないほど冷たい目を向けた。
「はぁ……仕方がありません。受注してきます」
そう言って立ち上がり、受付に向かう背中はいつも通りだった。
が、レイスにはわかっていた。
あれはたぶん、本当に気が乗っていない顔だった。
◆
ギルドの扉を押し開けると、ひんやりとした外気が肌を撫でた。
さっきまでのざわめきが嘘のように遠ざかっていく。空は高く、雲が薄く伸びていた。
ほんの少し、気温が下がっている。
夜はまだ肌寒く、冷たさが肌を刺す。
「さて、行きますか。危険な依頼ってやつに」
ポケットに突っ込んだ手の中で、ライセンスカードがひんやりとした感触を返す。
その足が向かう先は、“ゴブリンが出没する村”。
報酬は高い。だが、そういう仕事に限って、決まって裏がある。
──この時点ではまだ、レイスもユインも知らなかった。
この依頼が、とんでもない結末へと繋がっていることを。