第28話「“元”剣聖は、焼け落ちる王都に立つ」
王都の各地で火の手が上がり、夜を待たずに闇が広がっていく。
広場での演説が終わってから、わずか一時間足らずで、王都は“戦場”へと化していた。
レオノール一行は、急ぎ馬車で広場を離れた。向かうのは、王女の母がかつて祈りを捧げていたという古びた礼拝堂。今は使われていない小さな石造りの建物が、彼らの避難所だった。
「……ここなら、しばらくは目をつけられにくいはずだ」
セリアが扉を確認しながら、王女を中へと促すとレオノールは小さく頷いた。――だが、その足取りはわずかに重い。
「私のせいで……父上は……」
震える声。肩を落とすレオノールに、ユインが隣から声をかける。
「殿下。これは“あなたのせい”じゃない。最初から、やつらは殺すつもりだった。それだけのことよ」
「……でも」
「その“でも”を抱えて立てるかどうかが、王たる者の覚悟でしょう?」
静かに、しかし背を押すような口調だった。
そのとき――礼拝堂の外から、地を擦るような重厚な足音が響いた。
「来たか……!」
レイスが双剣に手をかけ、身構える。礼拝堂の扉が、ドンと外側から叩かれた。
次の瞬間、石壁の外で誰かの叫び声が木霊した。
「“王女レオノール”の身柄を引き渡せ! これは第一王子グラディス・アンレスト様の名による“拘束命令”だ!」
「正気か……っ、まるで正式な政権交代か何かのつもりか!」
セリアが歯噛みする。だが、外から聞こえたのはさらに重く、静かな声だった。
「正気でなければ、この国はもう動かない。それが現実だ」
その声には、威圧感と冷ややかな理性があった。
「……ゼス・レナール、だな」
セリアの言葉にレイスが目を細める。その名を聞いた瞬間、空気がピンと張りつめる。
ゼス・レナール――第一王子直属《金鷲騎士団》の隊長。
かつての戦乱終結後に設立された王家直属部隊の一つで、武勇・忠誠ともに王都随一と名高い男だ。
扉が静かに開かれると、そこには銀髪を背で束ね、漆黒の軍服を身にまとった男が立っていた。長身の体躯に、曇りなき瞳。そして、その背には両手で握る大剣が一振――威圧感が、空気ごと押し寄せる。
「……元“剣聖”。あなたが、まだ生きていたとは」
「生きてるどころか、こうして腐れ貴族の追っ手相手に刃を抜いてる。……皮肉な話だろ?」
レイスが双剣を抜き放つ。その刃は、まだ薄く血に染まっている。
「悪いが、“王女”のところまでは通さねぇよ」
「ならば排除する。あくまで命令に従うまでのこと」
ゼスが一歩、踏み出す。その足元の石畳が、剣圧で微かにひび割れた。
「お前ら、先にいってろ」
次の瞬間、閃光のように二人の剣が交錯する。
ギィンッ!
双剣と大剣。速さと重さがぶつかり合い、火花が散る。
「ふっ……剣聖の名に恥じぬ反応。だが、力の衰えは否めない」
「ははっ、能ある鷹は爪を隠すって知らない?」
レイスはゼスの剣圧をいなし、体勢を低く構える。
一方、ユインは礼拝堂の内部に結界を張りながら叫ぶ。
「セリア! 王女を地下道へ!」
「わかってる! 護衛二名、王女に随行! ……急げ!」
礼拝堂の奥には、旧王宮へと繋がる脱出用の地下通路がある。それは、先代王妃のために密かに用意されたものだった。
――時間を稼ぐ。それが今のすべて。
「レオノール。行け。あんたの言葉は、今日、確かに民に届いてた。だから……死ぬな」
レイスが振り返らずに言う。その背に、王女はわずかに目を見開いた。
だが、すぐに頷く。
「……ええ、必ず生きて、取り戻すわ。父の想いも、民の希望も、全部」
レイスは、背中でそれを聞いたあと――再び、双剣を構え直した。
「さあ、“王子の番犬”。ちょっと、お兄さんと遊んでいこうか」
「貴様の矜持など、過去の遺物に過ぎんと知れ。そして、私の方が”お兄さん”だ」
ゼスが剣を構え、また一歩踏み出す。
崩れゆく王都の中で、かつて“英雄”と呼ばれた男の剣が、今再び、閃光と化す。




