第27話「“元”剣聖は、王都の崩壊を告げられた」
王女レオノールの声が、静かに広場を包んでいた。
「……ありがとうございました。どうか、どうか――この国を、見捨てないでください」
最後の一言を残し、レオノールはゆっくりと一礼した。
それまで張りつめていた空気が、少しだけ和らぐ。どこからともなく、ぱちぱちと拍手が起こり、やがてそれは広場全体へと広がっていった。
「……終わった、か」
レイスが双剣を鞘に収め、ふっと息を吐く。
「正直、最後までやりきれるとは……いや、やりきったからこそ“来る”かもしれませんね」
ユインが警戒を解かぬまま、空を見上げた。
だが、その瞬間までは誰もが思っていた――「最悪は去った」と。
◆
演説終了から約十五分後。
レイスだけが周囲に対する警戒を絶やさない中、レオノールはセリアとユインに付き添われ、王城への帰還準備を整えていた。街路に停められた馬車の周囲には第二騎士団の選抜部隊が控え、民衆の間でも興奮の余韻が続いている。
「殿下。戻られましたら、すぐに王へ報告を。きっと今日の演説は、王都の潮目を変えます」
セリアの言葉に、レオノールは小さく頷いた。
「……ええ。父も、きっと――」
そのときだった。
――ドォンッ!
轟音が、空気を引き裂いた。
城の方角。白壁の城壁越しに、黒煙が立ち昇るのが見えた。
「っ、なに!?」
「……爆発……!? 城から!?」
次いで、別方向。南街区の一角――そこに設けられた駐在所からも、煙が上がる。
さらに東、西、北。
王都各地の治安拠点が、同時に――まるで計ったかのように――襲撃された。
「包囲されてる……!?」
セリアが目を見開く。周囲の騎士団員たちも、次々と耳元の魔導通信具に手を当て、緊急報告を交わしていた。
「南駐在所、壊滅! 敵は……黒装束の部隊、身元不明!」
「東門にも火の手が……っ、どういうことだ!」
王都に、火がついた。
広場の空気が一変する。民衆がざわめき、ざわめきは悲鳴に変わった。逃げ惑う者、子を抱えて避難する者、唖然として立ち尽くす者。
「くそっ、王都が戦場になるぞ……!」
レイスが低く唸る。
だが、次の瞬間、それをさらに上回る“報せ”が届いた。
血まみれの鎧を纏った騎士が、ふらつく足取りで馬を降り、レイスたちの前に現れた。
それは、王城の中枢を守るはずの第二騎士団の一人――だが、その姿はあまりにも凄惨だった。
「……団長……ッ!」
セリアに騎士が駆け寄る。騎士は、口の端から血を流しながら、それでも必死に言葉を紡いだ。
「……王が……国王陛下が……討たれました……」
瞬間、その場の空気が凍りついた。
セリアも、レオノールも、ユインも、言葉を失う。
「嘘……でしょ」
レオノールが震える声で呟く。
確かに差していた光が、ひとときにして翳るような――そんな顔だった。
「誰が……」
「詳細は……不明です。だが……第一王子派の騎士たちが、突然、陛下の間へ……ッ」
言い終わる前に、騎士はその場に崩れ落ちた。
すぐにユインが駆け寄り、応急処置を試みるが、深手すぎる。
「……致命傷。多分、もう……」
唇を噛むユインの背後で、セリアが拳を握りしめる。
「……ついに、動いたか。第一王子派……いや、グラディス・アンレストッ!」
◆
空を見上げると、王城の塔に翻る旗が変わっていた。
かつての王家の紋章は降ろされ、そこに掲げられたのは――第一王子を象徴する“金鷲の紋章”。
「……政変……いや、“クーデター”か」
レイスは空を睨み、低く吐き捨てる。
あの演説の直後――成功など関係なく、最初から“討つつもり”だった。
「このタイミング……あの演説の直後を狙っていたってことか。演説が成功するか否かなんて関係ねぇ。最初から、王を討つつもりだったんだ……」
王都は変わる。いや、もう変わってしまった。
その中心に、レオノールは立たされていた。
“新たな王権”にとって、彼女の存在は――あまりに邪魔だ。
静かに、だが確実に、“追われる側”としての運命が始まろうとしていた。




