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双剣使いのクズ冒険者、実は『最凶の”元”剣聖』~気づいたら、いつもトラブルに巻き込まれていますが、なんだかんだ人助けしちゃってます~  作者: 烏羽 楓
第一章 アンレスト王国篇

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第21話「“元”剣聖は、かつての因縁に刃を交える」

 広場に沈黙が落ちた。


 風が止み、木々のざわめきも遠ざかったように感じられた。


(……まさか、生きていたとはな)


 レイスは目の前に立つフードの女を見つめながら、記憶の底からその名を呼んだ。


「……魔王の娘――ユイン。生きていたのか」


「ええ、生きてますよ。……貴方たち“英雄”を、きっちり葬り去るまでは、死ぬわけにはいかないので」


 その声に、レイスは眉をひそめた。


(言葉の端々に鋼の決意……目の色も、戦場で見た時と変わらねぇ)


「いやー、俺、今は追われる身でさ。捕まれば処刑されるって噂でね。……見逃してくれたり、しない?」


 皮肉混じりに口を開いたが、内心では剣気を研ぎ澄ましていた。


「お断りします。私は……自分の手で殺さなきゃ納得できないので」


 ユインが一歩踏み込む。


「それに、一人は殺りました。次は、あなたの番です」


(やはり……グランツを)


 レイスは冷たく目を細めた。


「……ってことは、グランツを殺したのはお前か。……面倒なことしてくれやがって」


「大丈夫。すぐに会わせてあげますよ」


 その瞬間、空気が変わった。


(来る――)


 ユインの気配が消えるほどの速さで、間合いを一気に詰めてきた。


 鋭い突き。レイスは体をひねってそれをかわし、肩越しに相手の動きを確認する。


(速い……いや、それだけじゃねぇ。動きが研ぎ澄まされてやがる)


 双剣を引き抜き、レイスも応戦する。


 金属がぶつかる音が広場に響く。


 斬撃、突き、跳躍、蹴り――動きに無駄はなく、どれも殺意のこもった一撃だった。


(こいつ、生き延びて強くなってやがる。殺すことに、迷いがねぇ)


 刃を交えるうちに、レイスは少しずつ相手の動きを見切っていく。


(……技術は確かだが、クセがある。読み切れば、崩せる)


 やがて、レイスの動きが変わる。


 防御を誘導し、次の一撃で肩口に刃を走らせた。


「っ……!」


 血飛沫。


(手応えあり)


 そこからは一気だった。


 剣を交差させながら踏み込み、ユインの守りをこじ開けていく。退こうとする彼女の足が、一瞬だけ縺れる。


 ――逃さない。


 喉元に刃を突きつけ、動きを止めさせた。


「……殺さないの?」


 ユインの問いに、レイスは小さく息を吐く。


「さあな。殺す理由も、救う理由も……今の俺には曖昧でな」


 剣を下ろし、背を向ける。


「……じゃあな、魔王の娘。命が惜しいなら、これ以上は追ってくるな」


 広場の路地へと姿を消す。


 その直後、鎧の音と共に騎士たちがなだれ込んできた。


「そこだ! 剣聖レイスを見た者はいるか!」


(早ぇな……こっちはもう、とっくに退散済みだっつーの)


 レイスは物陰から様子をうかがっていた。


 騎士たちが騒ぎ立てるのを見届けながら、レイスは静かに身を潜める。


(……なぜ俺は、あいつを殺さなかった?)


 その問いは、自分自身の心に向けられていた。


 自分の中に感じた違和感に戸惑いつつも、今は確かめる暇も、余裕もない。レイスは背を向け、その場を後にした。



 ◆



 レイスの姿が広場の路地へと消えていった後も、ユインはその場に立ち尽くしていた。


 刃を向けられたあの瞬間から、まるで時間が止まったかのように。


 肩口から流れる血が服を濡らし、ぬるい感触が皮膚に貼りつく。けれど、それよりも胸の奥をじわじわと焼く感覚のほうが、何倍も痛かった。


(……何なの、あの人は)


 殺さなかった。いや――殺せなかった、というべきか。


 喉元に突きつけられたあの刃は、確かに本気だった。迷いなく、最短で自分を仕留めに来ていた。けれど――最後の一線で、踏み込まなかった。


(私が、弱かった? ……違う。あれは……)


 殺す理由も、救う理由も曖昧だと、そう言った。だがあの目は、ただの迷いじゃない。戦場をくぐり抜けた者だけが抱く、もっと深い、もっと厄介な“葛藤”の色だった。


 そう思った瞬間、自分の中にあるものが崩れていくような感覚に襲われる。


(おかしい……私、こんなんじゃ……)


 復讐のために、生きてきた。仲間を殺され、家族を奪われ、何もかもを壊されたあの日から、憎しみだけを支えに剣を振ってきた。なのに、どうして――


「そこだ! 剣聖レイスを見た者はいるか!」


 騎士たちの怒号が、広場の空気を裂いた。


 ユインは咄嗟に背を向け、物陰へと滑り込む。身体を押し込めるように隠れながら、息を殺した。


 足音が近づき、視界の端を数名の騎士が駆け抜けていく。そのうちの一人が血の跡に気づき、指をさして声を上げたが、ユインはすでに裏道へと足を走らせていた。


 数分後、追手の気配が完全に消えたことを確認してから、ユインは再び表通りに出た。陽が少し傾きかけ、石畳に影を落としている。


 空はやけに澄んでいた。なのに、心の中には曇り空が広がっていた。


(なぜ、私は生かされたの?)


 ユインは胸元を押さえる。痛みではない。正体の知れない、感情の波が彼女の思考をかき乱していた。


(もう一度、会わなきゃいけない。あの人と――)


 次はきっと、今度こそ決着をつける。憎しみか、後悔か、希望か。自分の心に渦巻くこの感情の正体を見極めるためにも。


 歩き出す足は、わずかに震えていた。だがその瞳だけは、再びレイスを見据えるために、しっかりと前を向いていた。

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