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第1話「“元”剣聖は、仕方なくスライムを狩る」

 ようやく辿り着いたアンレスト王国。


 多くの建物群が並び、喧噪(けんそう)が響くわりに街は、やけに落ち着いていた。


 王国に着いて最初にしたことは、観光でも食べ歩きでもない。ただただ、宿屋に駆け込んで布団へダイブすることだった。


 レイスは、顔をうずめた枕から呟く。


「……で、今の所持金って?」


 部屋の隅で荷物を整えていたユインが、ぴたりと手を止める。


「……二人分を合算して、銀貨十四枚。今の宿代と食費を計算すると、残りは……」


 彼女は小さく息をつき、冷徹な現実を告げた。


「二日が限界です」


「えぇ……ユインさん働かないとじゃん……」


「私の分のお金は別にしてるので困ってませんよ?」


「ちゃんとしてるね!?」


 レイスは慌てて寝返りを打ち、ユインの冷たい眼差しから逃げるように天井を見上げた。


 完全に計算が狂った。思った以上に、この国の物価は高い。


 いや、そもそも最初からレイスの懐事情は火の車だった。


「……じゃあ、働くしかねぇか」


「ようやくその気になりましたか」


 ユインは軽く肩をすくめると、腰のポーチから二枚のカードを取り出す。


「冒険者ギルド、行きましょう。こっちでも活動できるようにしておかないと不便です」


「ギルドかー、あそこの雰囲気あんまり好きじゃないだよね~」


「わがまま言ってないで行きますよ」


 ユインに手を引かれながら半ば強引に宿屋を後にする。


 冒険者のライセンスカードは世界中のギルドで共通して使える規格になっている。だから、一度どこかで登録さえ済ませておけば、再登録の手間はいらない。


 もっとも、問題はその“中身”のほうだった。


 

 ◆



 ギルドの扉を押し開けた瞬間、喧騒(けんそう)が肌に刺さるように届いてくる。


 どこに行っても、ギルドという場所は変わらない。誰かが笑い、誰かが怒鳴り、奥の酒場からは樽を叩く音が聞こえる。レイスは小さく肩を竦めた。

 

「うーん、変わらないなこの雰囲気。どこ行っても騒がしい」


「慣れてください。あなたも“冒険者”なんですから」


「……それ、絶対思ってないでしょ」


 ふてくされたように言いつつ、レイスはポケットからライセンスカードを取り出した。


 カードの隅には、ちっちゃく“E”の文字。


 冒険者ランクは最低のFから始まり、E、D、C、B、Aと上がっていく。SやSSといった称号クラスは例外として――レイスのランクは、Fよりはちょっとだけマシな“E”。


 名ばかりの登録で、まともな実績がないから当然ではある。


「ちなみに私は、Aランクです」


「ワー、スゴーイ。サスガデスネー」


 ユインのカードを見せられて、思わず舌打ちしそうになる。


 地道にクエストをこなし、正攻法で上り詰めた結果らしい。まさに“真面目系冒険者”の鑑。


 一方で、レイスは剣聖だった過去を隠し、経歴も使わず、完全な“名無し”として冒険者登録した。


 ──最低に近いランクになるのも当然だった。


 二人してクエストボードの前に並ぶと、そこにはさまざまな依頼が所狭しと掲示されていた。


「……採取、護衛、素材納品、迷子のペット探し……うーん」


「どうしました?」


「こう……心がときめく仕事がないな。もっとこう、ドラゴン退治! とか、姫を守れ! みたいなやつは?」


 身振り手振りを加えながら必死に伝えようとするレイスに、冷たい視線を向けるユイン。


「あなたのランク、Eですよ?」


「ユインさん、現実ってツライね……」


 レイスは無言で顔をしかめた。

 

 とはいえ、働かないわけにもいかない。


 しばらくして、ひときわ地味ながら報酬がそこそこな依頼が目に留まった。


「……お、これなら」


 それは、【スライム二十体討伐+ホーンラビット五体討伐】という、いかにも駆け出し向けの救済クエストだった。だが報酬は、銀貨十五枚。


「わりに合ってんのかこれ……?」


「今の私たちには上出来です。というより、他は報酬が少なすぎて話になりません」


「はあ……よし、クエスト受けるか」


 レイスはクエスト用紙を引き抜き、受付へと向かう。


 横でユインが、やや呆れたように問いかけた。


「文句はもうないですか?」


「ない。……代わりに、やる気もあんまない」


 心から本音を吐くと、ユインがため息をついた。


「……せめて、うまくサボる方法でも考えておいてください」


「任せろ! それは得意分野だ」


 やれやれと首を回すユインに見送られながら、レイスは受付嬢に紙を渡した。


 ──かくして、元剣聖の冒険者生活は、スライムとウサギの粘液まみれから始まることになった。



 ……まさかそのすぐ後に、あんな“狂気の村”に足を踏み入れることになるとは、このときのレイスはまだ知らない。

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