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第16話「“元”剣聖の帰還を信じて」

 演説の翌日、王都の南区にある臨時治療所――。


 窓から差し込む日差しが、静かに横たわっているレイスとそれを見守るユインを照らす。

 

 全身を包帯と治療布で覆われたその姿は、生きていることすら信じられないほど痛々しい。


 ユインはその傍らに座り、彼の手をそっと握っていた。

 

 冷たさはもう和らぎ、かすかに温もりを感じる。だが、まだ目は覚まさない。


「……ねぇ、レイス。“剣聖”だったんでしょう? 目を覚ましてよ……」


 誰にも聞こえないような声で呟いた。

 

 昨日までは半分信じていなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。あのふざけた態度、酒浸りのだらしなさ――全てが偽りだったなんて。


「どうして、そんな嘘ついて……どうして、あんな風に笑ってたのよ……」


 問いかけは風に消えた。

 

 彼女は顔を伏せ、手の中の命が戻ってくることをただ願う。


 その時、扉がノックされた。


「入ります」


 入ってきたのはセリアだった。彼女は真面目な顔でユインに小さく会釈し、レイスの様子を一瞥してから口を開く。


「今夜、王女陛下が小規模な会議を開きます。今後の対処と、組織の実態について情報を共有する場です」


「……行くべき、なんでしょうね」


「ええ。あなたが戦場で見たもの、感じたことも、きっと意味があるはずですから」


 ユインは深く息を吐いて立ち上がった。

 

 レイスの手を名残惜しげに離し、その額にそっと触れる。


「行ってくる。……絶対、戻ってくるから」


 静寂の中で、誓いのように響いた。

 


 ◆


 

 その夜、王都の裏路地。

 

 かつて廃業した馬車屋の地下に、密談の場が設けられていた。


 薄暗い空間の中央に立つのは、黒いローブを羽織った男。顔の半分を覆面で隠し、胸元には王家の紋章を模した赤い刺繍が覗いていた。


「“剣聖”レイスは……未だ生きているか」


 問いに応じたのは、ローゼル家の密使である男。


「はい。現在は治療所に収容されていますが、重篤な状態との報告です」


「……生きている限り、あの男は脅威となる」


 ローブの男が振り返ると、その目は氷のように冷たい。


「次の“粛清”対象を告げる。治療所にいる剣聖レイス、彼を看る者、護る者すべてだ」


 ざわつく空気。だが、誰も逆らわない。


「部隊を動かせ。今回は……確実に葬れ」


 言葉が落ちた瞬間、部屋の温度が下がったように感じられた。


 暗黒の決断は、静かに実行へと移されようとしていた。

 


 ◆


 

 ――同刻、王都西区。貴族街の端にある屋敷――。

 

 王女レオノールは私室を抜け出し、密やかに会議室へと向かっていた。


 そこにはユインとセリア、そしてノーグの姿があった。


「殿下」


「みんな、来てくれてありがとう」


 レオノールの声は以前よりも落ち着いていた。昨日までの少女ではなく、国の未来を見つめる“王族”としての気配を纏っている。


「まず、感謝を。私の命を救ってくれたこと、忘れません」


 小さく頭を下げるレオノール。その動作に、誰もが背筋を伸ばす。


 ノーグが地図を広げながら口を開く。


「ここが昨日の戦場。そして、レイス殿が運ばれた治療所はこの位置。……今夜、敵が再び動く可能性がある」


「奴らの狙いは、まだ殿下……ではない。むしろ、今は“レイスの抹殺”が本命でしょう」


 セリアの言葉に、レオノールは驚いたように目を見開く。


「そんな……重傷を負って、意識も戻っていない人を?」


「だからこそです。彼の意識が戻り、力を取り戻せばとてつもない脅威になる。奴らはそれを恐れている」


 ユインが静かに頷く。


「……レイスは、命がけで私たちを守ってくれた。だから、今度は私たちが守る番です。それに、レイスが“剣聖”だったこと。まだ、世間は知らない。でも、恐らく敵は知っている。――だからこそ、抹殺を急いでいると思います」


 しばしの沈黙の後、レオノールが顔を上げる。


「私も行きます。治療所に。あの方が目覚めた時、あなたはもう独りじゃない――そう伝えたいのです」


「殿下、それは――」


「護衛をつけていただければ十分です。……私はもう、見守るばかりではいられません」


 その瞳に宿る強い光に、誰も言葉を挟めなかった。


「一つ提案したいことがあるんですが、聞いてもらえますか?」


 ユインが物静かに言葉を発する。


 「レイスを……別の場所に移しませんか?」


 ユインから出された提案が今後の運命を大きく動かすことになるとは、まだ知る由もなかった。

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