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第3話「“元”剣聖は、貴族の書類室をひっくり返す」

 数日後、夜が更け、人々が眠りにつく頃――街外れの貴族街、その一角にひっそりと佇む屋敷があった。ローゼル家の本邸。豪奢な装飾に囲まれた建物だが、夜の闇に包まれるとどこか不気味な静けさを帯びる。


 表の門番たちは昼間の警護より緩んでいるが、それでも民家とは比べものにならないほどの人数がいた。


「正面は無理だね。裏から、行こう」


 囁くようなレイスの声に、ユインは無言で頷いた。身を低くしながら影に沿って進む。裏庭には高い塀があるが、レイスはためらいなく駆け上がり、音もなく屋根の縁へと移った。ユインもそれに続く。ふたりは、まるで空気と同化するかのように滑らかに動いていた。


 ほどなくして、レイスが背の低い窓の錠を外す。


 ユインはすでに片手に小型の魔導灯を持ち、周囲を警戒しながら頷く。それを合図に二人は中へと侵入する。


「警備の配置、思ったより甘いですね。これが貴族の慢心ってやつでしょうか」


「ユインさんも、普段これぐらい警戒ゆるゆるでいいんだよ?」


「……行きましょう」


「あ、はい」


 少しの沈黙の後、相手もせず、歩を進めるユインになんだか寂しくなるレイス。


 二人は静かに廊下を進む。カーペットの敷かれた床は足音を吸収してくれた。


「書類室は……屋敷の東側だろうね」


「よく知ってますね?」


「昔、こういう屋敷を何件か燃やして回ったことがあってね。だいたい作りは似たようなもんさ」


 ユインが肩をすくめつつも、口元にわずかな笑みを浮かべる。レイスの過去は、時折洒落にならないが、それゆえに信頼できる。


 しばらくして、二人は目当ての書類室へとたどり着いた。扉は施錠されていたが、ユインの手にかかれば一瞬だった。


「開きました」


「さっすが~、我が相棒!」


 部屋の中は、書類棚と鉄製のロッカーで埋め尽くされていた。レイスは懐から手袋を取り出して装着し、棚から書類を引き抜いて読み始めた。


「……これはまた。ローゼル家、どうやら土地の転売と水利事業の横流しをしてたみたいだね~」


「しかも、国庫からの補助金を偽の名義で受け取ってます。こっちは王都の役人とつるんで、架空の農地開発計画まで立ち上げてますね」


「やっぱり真っ黒じゃん。で……これが金の出所か」


 レイスが取り出した一枚の報告書には、ある銀行口座とそこに定期的に振り込まれる“補助金”の記録が記載されていた。


「この振込元……王都の第三財務局。けど、直轄じゃない。中継に別の個人名義が挟まってるね」


「レイス、この名義……王宮の人間です。しかも、補佐官クラス」


 ユインが呆れたように言うと、レイスの眉がぴくりと動く。


「ほーん、補佐官が? この金額、ただの横流しじゃ済まないねぇ。裏でまとめてる奴がいるよ、きっと」


「現時点では、表に出てきていませんね。でも……王族の関与がないと、ここまでの額は通らない」


 その時、扉の向こうでわずかな足音がした。


 レイスが無言で指を立てると、ユインも頷いて明かりを落とす。扉の前を警備兵が一人通り過ぎたようだった。しばらくして静寂が戻ると、レイスは再び資料に目を戻した。


「さて、この証拠を握ったってだけじゃ、どうにもならねぇな。これを誰に見せるかが重要だ」


「王女には?」


「……レオノールちゃんかぁ」


 レイスは口の中で名前を転がしながら、顎に手を当てて考え込んだ。


「王族が絡んでるなら、あの子も敵かもしれないからねぇ。……けど、第二騎士団がああも必死に守るってことは、案外白か?」


「今の時点では何とも。けど、彼女を見捨てるような動きが他の上層部にあることは事実です」


「確かに……」


 レイスは資料を一通り確認し終えると、必要なものだけを懐にしまい込んだ。


「さて、とっとと出ようか。長居は無用ってやつだよ、ユインさん」


「了解」


 二人は再び闇に紛れ、屋敷を後にした。


 夜風が頬を撫で、冷たい空気が二人の肌を刺す。


 だが、レイスの目には、別の鋭さが宿っていた。


(この件、まだまだ裏がありそうだ。あのお坊っちゃんはただの駒にすぎねぇ。……本当の黒幕は、別にいる)


 街の灯りの向こう、王都の影が静かに蠢いていた。

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