*団子怖い
例え何も知らず、勘違いだったとしても、会った瞬間に感じたものは本物だ。
その人に初めて会ったのはずっと昔のこと。
降りていく階段と、暗く小さな家。
少しのワクワクとちょっとの恐怖。
でもそんなものは、扉が開いた瞬間に吹き飛んだ。
薄暗い部屋にたくさんの蝋燭の火。
目の前いっぱいに広がる金色の髪。深い深い青の目。凛と立つ姿。
一目で心を奪われた。
それはとても叶うものではなかったけど。
その光景を忘れたことはなかった。
その憧憬が無くなることはなかったから。
とてとてとて、と、歩いて来る子供、
「よいしょ、よいしょ、」
と、座って本を読む自分の横に、大きな椅子を運ぶ。
( 一体何をするつもりだろう。)と思って見ていたら、その椅子に登って立つ。
「お姉ちゃん、お腹痛い?。何か哀しいことがあったの。」
そう言って、小さな手で頭を撫でてくる。
青い綺麗な目、明るく、短く揃えられた金髪、少し考える。
ああ、レイシアの孫が来るとか言ってたっけ?。
そういえばこの前会った。
もう、レイシアに孫が生まれるくらいの時は過ぎたのか。
月日が流れるのは早いものだ。
新しい家族に想いを寄せる。目に映る子供は哀しそうにこっちを見ている。
昔の記録なんか読んでいたから、柄にもなくしんみりしていたらしい。
自分の過去を思う。
自分の選択に悔いはない。
あの時は必要だったし、自分は何度時を繰り返しても同じ選択をしただろう。
だが、疲れたのかもしれない。
あの時は永遠だって超えられると信じていた。
魔術師の極みに立ち、あの男となら黄金の時代をつくれると信じていた。
私はあの頃の自分が思っていたより、弱かったらしい。
それはいいことかもしれない。今ならそう思える。
今度はこちらが子供の頭を撫でてやる。
「なに、少し疲れただけだよ。」
優しい声が口に出る。こんな風に喋るのはいつ以来だろう。
「こんな所に長く居てはいけないよ。私も休むから、そろそろお帰りなさい。」
後ろを振り返りながらドアノブに手を伸ばす子供に、大丈夫、と、言うように頷く。
もう終わりにしてもいいのではなかろうか。
あの子を見ていると思う。
未来は自分の道の先にこそあると信じていた。だが、あそこにこそある。と、今なら思える。かつては気付けなかった。
長い時が過ぎ、もはや自分の存在は害悪になりつつある。
あの日立って、自分が討った。討たれたあの者のように。
いつか自分にも、その時は訪れるだろう。
あの日、自分が立ったように。誰かが運命の岐路に立つだろう。
誰もが、振り返ると運命と思える出会いがある。この為に生まれたと思える瞬間が、信じられる何かが。
私にも訪れることを、私は祈る。
いくら家が代々死霊魔術士の名門だからといって、死霊魔術の才能だけが全てではない。
うちは千年近く続く貴族の名家、領地の管理、貴族の付き合い、家の為に出来ることは他にもたくさんある。人脈を広げること。知識を深めること。領地経営のノウハウ、学ぶことはたくさんある。
魔道具や魔導書、アーティファクトや力持つ呪物、これらを集め、管理し、次世代に繋いでいくこともまた使命である。
うちには何百年も掛けて集められた、これらの品が管理されている。
術者本人の力とこれらの道具をどれほど所持し、使いこなせるかが、死霊魔術士としての力となる。
死霊魔術とは多くの分野にまたがった魔法で、1人の能力や才能ではとうてい真理には辿り着けない。たくさんの道具や触媒が必要とされる魔術なのだ。
死霊魔術士は誤解されやすい存在で、本来は悪霊の浄化や魂を正しく導いたり、遺体の保存や移動、埋葬、残留思念を読み解いての事件の捜査協力、細胞の保存、劣化の防止、魂を肉体から離した状態での体の修復、治療、生命魔術、魔素の浄化術、結界魔術、封印魔術、ゴーレム製造から魔法を用いない医療技術、その他幅広い知識と才能が必要とされる学問である。
又、呪物などを媒介に、呪物の持つ自分では使えない種類の魔法や能力を間接的に使用出来ることから、術の幅も広く応用も効く、優れた術者でもあるのだ。
なので、強い力を持つ呪具・呪物を手に入れることは死霊術士にとっては至上命題なのだ。
オークションで強力な呪物が出るとなると、その額は天井知らずになる。
死霊魔術士の中には家族を呪物や使い魔にしてしまう者もいるほど、咽から手を出しても欲しいと思う物なのだ。
もちろん禁術である。そういう輩がいるから死霊魔術士は胡散くさいものにみられてしまっている。
実際、たいした知識や才能を持たずインチキをしたり、家族に合わせると詐欺をしたり、金の為に呪殺や呪いを行う者もいる。
死霊魔術は金喰い虫で、教会などのせいで職が少ない傾向がある。
うちは国お抱えの宮廷魔術師の家系なので問題ないが、世の中そんな恵まれた者ばかりではない。
魔が差すのは仕方がないのかもしれない。
「犯罪だ!。」 以前の自分ならそう切って捨てただろう。
でも今は、自分も家から呪物を持ち出して封印を解いてしまった。
悪霊の影響を受けていたとはいえ、言い訳にはならない。
自分から保管庫に入り、あれを持ち出したのだから。
今だってあれほどの呪物を手に入れられれば、どれほど家の為になるだろう。と、考えてしまう。
だから、だからこそ自分はあの人の友達になりたい。
アヤトが教室に入ると少しザワつく。
あれから大分経つのにまだ収まらない。
あの悪霊騒ぎがあって、ただでさえ多くはない死霊魔術の講義の受講者は3人減ってしまった。
そのうち1人はアヤトが助けた形となった少女だ。
助けたヒロインとのラブロマンスは起こらないらしい。
まあ、あれくらいの年頃では5歳以上歳が離れていればお〇〇〇なので、若い子は興味を持たないだろう。
この前10歳くらいの少年少女に〇じ〇〇と言われてショックを受けた。
決して自分は〇〇さ〇では無い!。
二十代前半を〇〇〇んだとは絶対に認められない。
アヤトは年寄りくさいことを考える。
悪霊騒ぎの後、助けた少女からはずいぶん感謝され、何度もお礼を言われたが、終始、包帯の巻かれた右腕を気にして、怖がっているように見えた。
今も教室の皆からは怖がられており、時々チラチラとと視線が右腕にいく。
痛々しく包帯が巻かれた自分の右腕、痛みはないが視線が痛い。
その中にはアヤトの骨を魔法の素材として、研究材料としてみている視線も混じる。
包帯の下は完全に骨の腕になっている。それでも違和感なく動いているアンデッドの右腕に興味を。
さすがに最初の頃のように、
「包帯を外して見せてくれ。」
といった不躾なものはなくなったが、あの悪霊騒ぎで、アヤトが悪霊を倒し右腕が骨になったのを見られてしまっている。
一応いろいろ誤魔化してはいるが、骨の右腕が動いているのを見られたので誤魔化せるものではない。
怪我が治っていないので包帯はとれない。と、言われても納得させるのは無理だろう。
一部、「そんなことあるはずないよな。」と、言ってくれる生徒もいるが、言った本人も本気ではないだろう。
セネカが言うには、アヤトの情報は、ここに居る生徒達を通じて、各死霊魔術士の家や魔術師ギルドに情報が回っているそうだ。
狙われるかもしれないから気を付けるよう言われた。何でも右腕の骨は死霊魔術の媒介として価値があるらしい。
落ちている物を拾い食いしないこと。
知らない人に付いて行かないこと。
不用意に書類にサインしないこと。
などを言われ、俺は子供かと思ったものだ。
日本で芸能事務所のスカウトに「素材がいいね。」と、言われたら得意気になっていいだろう。
自慢していい。
だが、死霊魔術士の卵のクラスメイトに「素材がいいね」と、言われたら恐怖を感じてもいい。
保証する。
「友達にならない。」 ( 確保 )
「うちの家に来ないか。」 ( 所有 )
「君に興味があるんだ。」 ( 素材 )
言われても・・・・・・・・恐怖しかない。魔術師怖いである。
家の人に言われたり、自分が欲しかったりするのだろうが、・・・・もう少し何とかならないものか。
まあ、
「我が家の使い魔になれ。」 ( 使役 )
「その右腕、僕が有効に活用してやる。」 ( 道具 )
「死霊魔術の発展の為ぜひ協力してくれ。」 ( 研究 )
みたいなよりは・・・ましだと思うが。
しまいには学園の先輩や先生といった見ず知らずの人にまでしつこく声を掛けられて、
「それ偽情報なので。」と、セネカに連れて行かれたりとか、色々あった。
ディレークト先生もセネカと話がついているようで、生徒がアヤトのことを聞いても、
「あれはただの霊傷です。気にしないように。」 との立場を貫いてくれている。
周りはザワついていても、アヤトは出来るだけ気にしないようにして勉強するしかない。
幸い、死霊魔術の授業も修行も順調と言えば順調だ。
机の上の骨を手に取り、魔力を籠める。
「とどまる想い、願いを糧に、手を伸ばせ、招く手。」
骨から霊体の手が出て、前の机の上にある大腿骨っぽい形をした棒が持ち上がる。
次は、その隣りの机にある鉄の棒を持つ。少し時間を必要としたが持ち上がる。これぐらいの重さまでなら、何とか持ち上がるようになった。
すごいものになると相手の首を絞め殺せるようになるそうだ。
うん、さすがにそれはやらないけどね。そこまでの化け物っぷりは求めていない。
この前、茂みに隠れ、ゴブリンの足をつかんで転ばせたら、大分混乱していたので、それなりに使える。
あとは戦いながら使えるようになれればいいが、もう少し時間が欲しい。
悪霊に襲われて以来、アヤトはけっこう注目を浴びるようになった。
ただ、それ以外にもアヤトの周りで起こった変化はある。
死霊魔術講座のクラスでアヤトの席の近くに座るようになったメンバーだ。
以前は平民出身者が集まっている席の、端の方に座っていた。
今はどのグループからも離れた席に、いつも近くに座るようになった3人のメンバーが陣取る。
3人共、他国からカノヴァの中等部に入った新入生だ。
最近、後ろの席に座ることが多いのが、以前から時々話していたが、死霊魔術の講義が人気が無いことを教えてくれた少年、平民出身で、名はテセルである。本人は情報通を自認している。
右の席に座るのはアルフレッドと同じく13・14くらいの歳の少女、けっこう名門の出身らしい。
かなりの美少女だが、変わり者らしい。今もうっとりと磨いた骨を見ている。時々ちらっとアヤトの右腕を見てくる。っていうか何でいつも右に座る。名をレイチェルという。
そしてもう一人、いつもアヤトの左に座るのが、「アヤトさん。おはようございます。」と、元気に頭を下げているこの少年、フレドである。言わずと知れた人物であるが、以前とは全然違う明るい挨拶。人違いに見えるが、悪霊事件の原因をつくったフレドである。
ドラグ家の呪物保管庫に勝手に入り、あの悪霊の封印された箱に魅入られた。持ち出して、封印を解いてしまった。
あんなものを学園に持ち込むのは簡単ではないが、難しいことでもない。オリハルコンの箱に封印されており気付かれにくいものだったし、この学園には色々なものが持ち込まれる。
武器やアーティファクトもだし、後ろに何か憑いている者や呪い持ちもいるので、そこを厳しくすると誰も入れなくなる。
この学園けっこうルーズなところがあるのだ。
どちらかというと何か起こってから対応出来るように力を注いでいるそうだ。監視体制はしっかりしているとのこと。
あれだけの騒ぎに関わらず、退学とかはなかった。
あれぐらいで退学させていては退学者が続出するそうだ。むしろ、これもカノヴァ学園名物・学生騒動というやつです。って言われた。
この程度の騒ぎは日常茶飯事らしい、大丈夫かこの学園!?。
悪霊騒ぎの後、フレドはしばらく意識を混濁させていたそうだが、学園の治療を受け、治ると、学園の関係者や先生にお説教され、反省文を書かされた。
教室の修理代はドラグ家が出し、寄付金も結構な額されたらしい。セネカがそんなことを言ってた。
フレドは実家から呼び出しを受け、1か月ほど授業を休み、帰って来た時には人が変わっていた。
それこそ悪霊に体を乗っ取られているのかと思った。
何度もアヤトに謝るし、授業の度にアヤトへの挨拶を欠かさない。いつも隣りに座り、「荷物持ちでも何でもやりますので。」と、まるで舎弟である。
カノヴァの学園内で悪霊を解き放ち、生徒が死んでいたかもしれない。ドラグ家としても大問題だったのだろう。かなり絞られたのは分かるが、人が変わり過ぎである。
眼つきもすっきりしており、年相応の少年っぽいものとなっている。クラスメイトも驚いていたが、アヤトも驚いた。
今まで取り巻きとか連れてたのに、今は平民にペコペコしている。目立たない筈がない。
クラスメイトも目を丸くしているし、アヤトも困惑した。何とか顔を上げてもらったが、その代わり、その日以来、席は隣りだし、何故か尊敬の眼差しである。
何かする度に「さすがアヤトさん。」と、言われ、アヤトは困惑する。
他の生徒はそんなアヤトを見て、(どんな手段を使って貴族の子息を舎弟にしたんだ!。 )的な視線を向けてくる。
違うから、脅してないから。弱みを握ったりしてないから。
迷惑しているから、・・・悪足掻きかもしれないが目立ちたくない。
「業火の炎、導きの火、我が声に応え、その力示せ。ファイアーボール。」
炎の球がゆっくりと進んで的が燃え上がる。呪文や集中に時間は掛かるが、威力はまずまずになってきた。
フレドの視線は気にしないようにして思考する。以前と違い、当てることが出来ればゴブリンくらい倒せるようになってきた。
威力が上がったのが右腕がアンデッドになってからというのが気になるが、当たらなくても、集団の中に放てばかなり混乱させられるはずだ。そこだけは嬉しくて手をグッとする。
分かりやすいと有名な4大元素魔法の分類でいえば、アヤトは( 地・火・風・水 )全てに適性がある。魔法使いならたいてい4つのうち2~3に適性があるそうだ。
ただ、4つ全てというのは多くないそうで、逆に一つも適性が無い人は珍しいという。
例え全ての属性に適性があっても、その中にも必ず得意なもの・不得意なものが出てくる。
アヤトは火属性が一番得意で、次いで適性が高いのが地、風・水の順になっている。
また、今使った世界刻印魔法は、世界法則にその魔法が刻み込まれており、補助もしてくれる為、比較的使いやすく、失敗も少ない。
苦手な属性や、本来使えない属性を使えたりする。媒介となる魔法石の杖を使用すれば、呪文や魔方陣を正確に覚えていなくても使えるので便利である。
たいていの魔法使いはまずこれを覚え、そのうえで自分の得意な魔法を習得していく。
今のファイアーボールの魔法、フレドは大袈裟に褒めてくれているが、セネカには不評で、
「この際、死霊魔術一本でやっていってはどうです。」
とか言ってくる。まだそこまでの決意はつかない。
実はアヤトの魔法、威力だけはそれなりにある。しかし、魔法の構成が複雑になると途端に威力が弱くなったり、発動しなくなる
アヤトのファイアーボールの場合、炎を勢いよく出すだけならスムーズに出来る。
ただ、ファイアーボール1つとっても炎を出して終わりではない。
炎を出す、威力を調整、炎の制御。
炎のエネルギーを集約する結界、炎から自分を守る結界、火球を移動する魔術構成、術式の処理能力。
複数の要素が絡むと途端に駄目になる。
補助が働いているはずの世界刻印魔法でもうまくいかない。
どうやら、「アヤトさんは邪気が多いので魔法がうまく発動しにくいんですよ。」とのことらしい。
邪気って何?。俺って邪悪な存在なの?。セネカに聞いたら、
「アヤトさんって実はスケルトンじゃないんです。」 って言われた。
当たり前のことなので、「そうだよ。」と、答えたら、
「実はアヤトさんはリッチなんです。」と、衝撃的なことを言われた。
「いや、それはないだろう。リッチってあれだろ?。高位のアンデッド、死霊の王、生けるもの全ての敵、リッチってすごく強いんじゃないのか?。俺は違うぞ。」
「いえ、そのリッチです。ただし認識に少し誤りがあります。高位の魔術師が人間であった時のままの(力)(知識)(魂)をもったまま、さらに高位の力を得てリッチになる。不死の存在となり、さらに知識を、魔法を、力を極めていく。強いからリッチになれるのであって、弱いからリッチではないということではありません。」
「いや、でも、俺、死んでないし。」
「いえ、これは予想なのですが、あなたが異世界から召喚された時、正確には世界の壁を越えた時に、死んだと予想されます。」
「はっ?、いやぁ、それはないだろう。」
生きてるし、息してる。心臓も動いている。うん、大丈夫!。
「一度死んで生き返ったか。死んでも生きてるか。どちらかは分かりませんが、その結果、今の状態になったというのが私の予想です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 アヤトは言葉も返せない。
「正直、魂に怨念が混じっているので、邪気がすごいことになっています。聖石の力と私の魔法がなかったら、もうそろそろ完全なアンデッドですね。」
「えっ?、えっ?。」 アヤトは混乱している。
「大丈夫、そういったものの影響を受けないよう、今、頑張って修行してるんです。」
「いや、そう言われても」
「大丈夫、大丈夫、立派な死霊魔術士目指して頑張りましょう。」
いつもの笑顔で言われても衝撃は収まらない。
「でも、何で死霊魔術士なんだ、他にもっとこう何かないのか。」
ファンタジー的にはOKだ。ゲームのキャラなら喜んで選ぶかもしれない。
でも、現実の自分の職業で死霊魔術士は嫌だ。ノウ・サンキュウだ。
「でもアヤトさん、スケルトンな人にそれ以外の職業の選択肢があると思いますか?。」
セネカの目は、死霊魔術士になるしかないんですよ。と、言っている。
クソッ、異世界!、職業選択の自由もないのか。
「いや、腕はこんなだけど、まだ、アンデッドではない!。」
「いや、それこそ無理ですよ。その言い訳。
その腕で外を歩けば、教会関係者が絶対成仏させに来ますし、死霊魔術士が素材を狙って襲ってきます。
生きる為にも、アヤトさん自身、死霊魔術士として強くならねば。」
「うっ、うっ、やっぱ、アンデッドって教会とかに狙われるの?。」
「まあ、宗教によって違いますが、多くの宗教にとってアンデッドは公式に悪、問答無用で滅殺するのが基本です。
一般的にもゴブリンやゴキブリと同じく嫌われています。
この前、悪霊騒ぎでアヤトさんの前に来た人の中にも、卒業後に滅殺する目的でアヤトさんの顔を見に来ていた教会関係の人がいましたよ。
アヤトさんは笑顔で挨拶していましたが。」
セネカは言うが、笑顔で言うことではない。
異世界怖い。異世界の宗教怖い。アヤトは涙ぐんだ。
教室で頬を机にくっつける。
落ち込んでいるアヤトは隣りのフレドに聞いてみる。
「アンデッドって、やっぱ教会とかに嫌われているのか。」
「はい。」 即答された。
色々宗教はあるが、いくつかヤバイ所があってアンデッドを目の敵にしているらしい。
分かりやすく正義と悪だし、アンデッドを倒すと民衆の受けも良い。
専門の討伐部隊をつくったりしてアンデッドを浄化して回っているそうだ。この場合、浄化とは滅殺のことである。
聖騎士・エクソシスト・異端審問官など気を付けなければならない存在は多い。
そういった宗教団体では死霊魔術士は悪の魔術師として認知しており、善良な死霊魔術士は迷惑をしているそうだ。
そんな話しを聞いたアヤトは余計憂鬱になる。
これ以上アンデッド化が進んだらおちおち外も歩けなくなるのでは・・・。
「死霊魔術士ってちゃんと仕事あるのか。」 将来が心配になってくる。
「もちろんです。死霊魔術士は偉大な職業です。世間の目は厳しいですが・・・、それに比べて、我がドラグ家の人間はアンデッドにも寛容、国お抱えの宮廷魔術師なので収入も安定、家にはアンデッドの執事がいますし、何より我がドラグ家にはドラグ様という偉大なリッチがいるんです。」
「へ~え、リッチってあれか、最高位のアンデッドとか言われている、あの。」
リッチって俺と同じなのか。アヤトは出来るだけ動揺を表に出ないよう、気を付けて聞く。
「ええ、初代様です。我がアスランド王国・建国の7人の一人、深淵の魔術師ドラグさまです。
アヤトさんと同じリッチですし、僕の兄さんは天才と言われているくらいすごい魔術士で、リッチにについても詳しいんです。アヤトさん、今度の休み、ぜひ一度我が家に遊びに来ませんか。」
いや、急に言われても・・・。それよりバレてる?。俺がリッチって、フレドに言ったっけ?。自分もセネカに聞いたばかりだ。他のパーティーメンバーにも近々話す予定だが話せてないのに。何でと思って聞くと、
「実はアヤトさんのことを実家で話したんです。そしたら兄さんがアヤトさんのことを間違いなくリッチだろうって、最初は信じられませんでしたが、兄さんが言うなら間違いありません。」
「そ、そうか。」
キラキラした目で言ってくる。どうやらリッチなアヤトを尊敬の目で見ているようだが・・・嬉しくない。
セネカに続いてフレドからもリッチと言われるなんて。
誰かに違うと言ってほしいのに。
自分は本当にリッチなのだろうか。
まだ二十歳をいくつか過ぎただけの若い身空で、そんなこと認めたくない。
悩むアヤトに、フレドは、
「心配は分かりますが大丈夫です。カノヴァの学園では学生は守られています。さすがにうちの家もカノヴァの学園にケンカを売ったりするほど無謀ではないので、狩って素材にしたりとかはないです。」
「うん、まあ、考えとくよ。」
苦悩するアヤトをどう思ったのか、見当違いな言葉で慰める。しかし、何気に怖いこと言うな。
とりあえず返事を保留する。
「はい、ぜひ、初代様に会いに来てください。兄さんも居ますし、その腕のことも何か分かるかもしれませんので、ぜひ来てください。」
グイグイ来るが、無理に誘う気もなさそうだ。それに自分が原因になった右手のことも気にはしてくれているようである。
ただ、ぜひと言われても是非もない。その日はその話しを流した。
いつもパーティーのメンバーが集まる教室、日本で言うと部室みたいなものだ。に行くと、セネカ以外来ていなかった。
ちょうどよいのでさっきのを相談してみる。
「そういや、フレドが家に来ないかって。」
「フレドさんですか。ドラグ家の子息ですね。」
「よく知ってるな。」
「それなりに有名な家ですよ。」
「俺の呪いとか、この腕とか、何とかならないかなぁって。」
「無理だと思いますよ。呪いが強過ぎます。アヤトさん自身が死霊魔術士として成長し、時間を掛けて怨念を吸収、呪いを自分の一部にしていかないと。
私は魔術師としても一流ですし、どんな魔法でも基本使えますが、死霊魔術士はそれほど得意ではないんですよね。」
「初代とかいうリッチがいたり、兄貴がリッチに詳しいとか。なら、こういうのは専門家に聞いたら駄目なのか。」
「私はお勧めしませんよ。他の専門家の意見を聞きたい気持ちは分かりますが、これを何とか出来る魔術士がいるとは思えません。何といっても呪いが強過ぎます。」
「そんな、その呪い何とかならないのか。」
「呪いをを解くだけなら何とかなりますよ。」
「本当か!。」
「ええ、魂ごとでよければ、呪いなど完璧に滅殺してみせます。」 断言する。
滅してみせるな俺の魂を、心中つっこむ。
「まあ、リッチなんて滅多に会えませんし、暮らしぶりに興味を持つのも分かります。将来の自分の姿ですから。一度見ておくのもいいかもしれませんね。行ってもいいと思いますよ。」
納得しているセネカに、
「いや。そこは認めないからな。」と、釘を刺す。まだリッチになったつもりはない。
「いや、そこは認めてください。もう成っていますから。
正直、人の姿に戻るのは無理です。たとえアンデッドの腕を切って、魔法で新しい腕を生やしても、すぐ腐って、元の状態よりひどくなります。
そもそも、あの悪霊を喰っていなくても、あと3年もしないうちに体が腐ってきて、ゾンビになっていたでしょう。
頭がおかしくなって、人を襲う存在になっていたはずです。魂は在っても脳が腐っていたのでは理性は望めません。アンデッドの本能に従っていたはずです。
もちろんそうなる前にリッチに成れるよう手を打つつもりでしたが・・・・、今の状態はまだいい方なんですよ。」
セネカはアヤトの肩に手を置いて慰める。
「うっ、うっ・・・。」 これでいい方なんだ。どうなってんだ。俺の人生。
打ちひしがれていると、セネカがアヤトの肩をポンポンと叩き、
「ああ、そうだ。毎朝食べている団子ですが、明日からはもう食べなくていいですよ。」
優しく何を言うかと思ったら、急に話題が変わったな。だが、正直助かる。何というか、あれ、物凄くまずいので、まだ大分残っているがもう食べなくて、
「えっ、いいのか。」
「ええ、かまいません。あれはゆっくりと体の機能を低下させる薬だったんですけど、もう必要がなくなったので。」
「うん?、なんて言った。それって少しずつ体の機能を殺す毒ってことじゃないのか。」
「いえ、薬です。確かに普通の人に処方したら毒ですが、アヤトさんの場合、体が腐るのを止める効能があったんです。」
「今はないのか。」
「はい。無いとは言いませんが、今なら腐る前に【骨】になるでしょうから。
ここまで症状が進むとゾンビ化する心配はありません。
体がゆっくり腐りながらゾンビ化するのは、精神衛生上良くはないと思ったので、死なない程度の毒で体の腐敗を防いでいたんです。」
ついに毒って言った。
「うっ、うっ。」 つらい現実ばかりが目の前に提示される。
異世界の団子怖い。
異世界怖い。