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異世界怖い  作者: 名まず
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アンデッド怖い

 昼前にウクラールの街を出て、竜車に揺られる。


次の日の夜に学園に着いた。


出船から公国の中へ、いつ通っても不思議だ。


あれはゲート魔法や移動魔法の一種で、船に使われているのは一見木に見えるが、実は大亀の甲羅が古くなって剝がれた外側の素材を使って作られているらしい。


短い距離だけだが公国内の決まった場所に飛ぶことが出来るそうだ。


アヤトは初めてではないし、魔法のある世界なので、そんなものと思うことにしたが、一緒に船に乗った人の中には、目の前で人が消えるのを見て声を上げて驚いている。


あの人は初めてカノヴァに来たのだろう。


ちょっと懐かしく思いながらアヤトがカノヴァの学園への門をくぐると、


「明日も授業があります。長い間休んだのでしっかり勉強してくださいね。」


と、セネカに言われた。


休んだのはお前に言われてだけどな。と、思ったが、とりあえず明日からの授業は頑張った方がいいようだ。


特に魔法、鉈とか剣で切りあったりとかはちょっと遠慮したいが、魔法は使いものになっていない。


あの街の森でゴブリンに会った時、魔法を使って撃退しようと思ったが、集中している間に近づかれ、使えなかった。


威力もちょっと炎で焼いてビビらせる程度なので、一撃では殺せない。


自分で鉈を振り下ろす方が確実だ。


それが嫌なので魔法を使おうとしたのだが・・・。


使うには盾役が居るが、一撃必殺ならともかく、熱っ、程度の威力では盾役をお願いできない。


せめて相手の足を止められる魔法でも使えたら、お願い出来たかもしれない。


この世界でやっていく為にも、実践で使える魔法を覚えなければならない。


とりあえず、死霊魔術の、死霊の手、という足止めの魔法くらいは覚えなければ。ひそかに決意する。



 その死霊魔術の講座だが、専門科の魔法の授業といっても、全員が魔法を使えるわけではない。


これから死霊魔術を使うべく学ぶわけで、これから使えるようになる者、もうある程度使える者もいれば、使えない者もいる。


使えない者は、


死霊魔術士に敵として相対した場合の対処法を学ぶ為、商売の商品知識を学ぶ為、死霊魔術の力を用いた魔道具を取り扱う為、単に知識として学ぶ為、死霊魔術士同士の横の繋がりやコネを作る為に学びに来るなど、


動機はそれぞれだ。


アヤトとしてはあまり死霊魔術そのものには興味が持てない。


マイナーだし、怖そうだ。ゲームのキャラや設定としてなら歓迎だが、本物の怨念に触れたり、ゾンビやスケルトンと共に戦うのは気乗りしない。


セネカに言われたからやってるし、命の危険があると言われたから、とりあえず頑張っているだけなのである。




 アヤトは平民である。庶民である。


一応、田舎の村に市民権はあるらしい。辺境の田舎の外れにある一軒家、他の村人との交流も持っていなかった家族の家に生まれたことになっている。


当然、家族も親戚もいない。親が死んで頼る身内もいない。村の人にも頼れる人がなく、困り果てて父親の昔の知り合いであるセネカの父親を頼って上京(?)して来たという設定なのだ。


身元保証人もなく税金も納めていない為、その市民権も無効になっているそうだが、実はさる貴族の血を引いて・・・・、とかの背景はないので、正真正銘庶民、この死霊魔術士の教室では、肩身の狭い少数野党の一員である。


その数少ないクラスメイトが言うには、死霊魔術士の講座は人気がない。


回復・治癒魔術の基礎講座は大変な人気で、死霊魔術の才能がある者は治癒魔術の才能もある場合が多いので、大抵の人はそっちの方に行く。


初めから死霊魔術の講座に行く人は珍しいとのことだ。


「あのやろう。」 セネカはそんなこと一言も言ってなかった。


初めからここを選ぶような人物は


一つ、家が死霊魔術士の家系の人、またはその関係者。

一つ、幽霊や死体、アンデッドが好きという変わり者。

一つ、死霊魔術の才能があると推薦を受け、奨学金を貰って入学した者、


で、アヤトは最後のに当たる。


ただ、アヤトは微妙な立ち位置に居る。


この教室にいるのは代々死霊魔術士のエリートの家の者とその関係者が多い。


この業界はけっこう狭いようで、お互いが知り合い同士か、そうでなくても聞けば、「ああ、あいつか。」と、認知されていたりする。


平民は顔を知られていない。それどころか認知もされていない。


これから顔を売っていくのである。その為に勉強する。カノヴァの学園で一目置かれるようになれば、この先死霊魔術士として大成できる。スカウトや推薦も来る。将来の道も開ける。


平民の生徒は、今は勉学に励みつつ自分の立ち位置を確認し、学園卒業までにはコネを作ったり、名家の子弟に顔を売ったりしたいと考えている。


アヤトとしてはそんな野心はない。悪目立ちしたくない。


だってここの人達、人体実験したりするんだよ?。


あんなの滅多に居無いはずだけど・・・。まだ魔術師に苦手意識がある。


出来れば、顔も名前も知られていない一般市民として、平民のグループに埋もれ、目立たないようにやっていきたいと思っている。


だが、その庶民のグループとは少し距離がある。


セネカは学園の学生、特に魔法使いの間ではちょっとした有名人らしく、知り合いということでアヤトも距離をとられているからだ。


つまり顔も知られている。


またアヤト自身、先生に筋がいいと褒められているので、魔法を使えなかったり、たいして使えないエリートの生徒に目を付けられている。


「平民が、調子に乗ってんじゃねえぞ。」 というアレである。


そして、アヤトがカノヴァの学園に来て半年も経った頃には、教室の雰囲気はさらに変化が表れていた。


一授業と割り切って淡々と学ぶ者も居たがそういう人は除いて、


死霊魔術が使える者と、使え無い者。

才能が有る者と、才能が無い者。

やる気の有る者と、やる気を失った者。


その差が大きくなっていく。


死霊魔術は他の魔法と比べ特別な才能が多く必要とされている。


見える・見えない。 触れる・触れない。 聞こえる・聞こえない。 伝えられる・伝えられない。  作れる・作れない。

保存の魔法、治癒の魔法、反転の魔法、魔素を扱える才能。


そういうのが自分には有るか、どれぐらい有るのか、無いのか、

それが分かってくるのしたがって、生徒の感情も変わってくる。


特に才能が無かったり、少なかったりすると、変わらざるを得ない。


この学園は多種多様な価値観があり、良き学び舎で、将来の選択肢も多い。

何も、才能が無いと分かっている死霊魔術にこだわることはない。


それでも、この道を進むか。他の道を模索するのか。


考えさせる講座でもある。


当然、感情が不安定になる生徒も出てくる。


そういった環境の中で、アヤトにとって厄介なのが、名門で才能が無いグループの人達だ。


アヤトや他の庶民出身の生徒が霊を見たり、アンデッドの作成に成功すると、何かと突っかかってくるのである。


ただ、この学園はそこらへんには大変厳しく、お行儀がいいところがあるので、イジメというほどのものはない。せいぜい嫌がらせといったところだ。


年が離れているのもあって、アヤトにとっては、( 少し面倒くさいな。)と、思う程度のものである。


将来を掛けて必死に勉強している平民の学生に埋もれるようにして、アヤトも勉強に励んだ。






 最初は名門貴族の子弟同士の、ちょっとしたイザコザだった。


昔からの知り合いで、家同士の仲が良くないというのはあったが、問題だったのは、一方に才能が有り、もう一方には才能が無かったことだ。


 フレドはドラグ家という死霊魔術士の名門の生まれである。


優秀な兄のようになりたいと願い。幼い頃より勉学に励んだ。


ただ、同じくカノヴァの学園に来た幼馴染のカルナロイは才能を開花させているというのに、自分はくすぶっている。


自分には才能が無い。・・・ただそれだけの話しだ。


何も死霊魔術の才能だけが、家や兄の為になることではない。


知識を深めたり、人脈を作ったり、領地の経営の方で兄をサポートすればいいのだ・・・。


分かっている。・・解かっていても、納得は出来ない。


父のように、兄のように、ただそれだけを想ってやってきたのだから。


今日の授業はスケルトンを動かすというもので、出来ない人はその動きの特性を観察し、その魔法の作用、失敗したところがないかなどを指摘する。


自分は知識だけはあり、優秀な例を見てきたので、魔法は使えないのに指摘だけはやたら鋭く出来る。


一方、家同士の仲は決して良くなかったが、それでも子供の頃は一緒に遊んで、共に将来は立派な死霊魔術士になる。と、言っていたロイは、順調に死霊魔術士となるべく腕を伸ばしている。このクラスでも中心的な人物である。


ここに来る前からスケルトンを動かすことくらい訳無く出来ていた。


フレドには自信に満ちて見えた。


そのさまを見ているだけで鬱屈としてしまう。


「フレド、おまえはやらないのか。」


と、言われても、うまく返事を返せない。


ここに来た以上こういうことになるのは分かっていたので、無視していたが、カルナロイの取り巻き達に囃し立てられ、

つい、


「兄さんに比べたら大したことない。」


と、返してしまった。


(しまった。)と、思ったが、遅かった。


カルナロイの取り巻き達が騒ぎ出す。


「なら、お前もやってみろよ。」 

「それでもドラグ家の死霊魔術士かよ。」

「ドラグ家も大したことないよな。」


それは聞き逃せない言葉だった。ただ、言い返せる言葉が無い。


「兄さんはすごいんだ。」


悔しさを滲ませ、そう返すのが精一杯だった。


それが余計にカルナロイの取り巻き達を刺激する。


「兄さんって、お前はどうなんだよ。」

「なら、そのお兄様を連れて来いよ。」


悪乗りして騒ぎ出す。


フレドはその場から走り出した。




 フレドが教室から去るとカルナロイは反省する。


ちょっと意地悪い言い方になってしまった。


周りの者が調子に乗り過ぎている。


いくら口うるさいからといって、言ってはいけないことがある。


本来なら、ああいう言葉が出る前に自分が止めなければならなかった。


フレドを不甲斐なく思う気持ちもあったが、もう一つのことに気を取られて動揺していた。


カルナロイは高い自尊心を持っていたし、自慢するのも、褒められるのも好きだったが、傲慢ではなかった。


同じく、古くからの死霊魔術士の家系に生まれた身として、フレドの葛藤は理解出来るつもりだし、幼馴染として境遇には同情している。


ただ、今、心に余裕がない。昔の馴染みの気軽さで、つい、配慮が足りない言葉が出てしまった。


目はフレドの去った方向を見ているが、意識は別の生徒(?)の方にいっている。


ベッドというか、教室の台の上に長座位にになったスケルトンが居る。


「これがスケルトンを操る魔法か。ゾンビとどう違うんだ?。」


そんな素人のようなセリフを、手をニギニギさせつつ、スケルトンが喋っている。


術者に合わせて、動く骨の体に、声。


いや、いや、ありえない。


使い魔の使役ではなく、完全同調している?。


ここに居るのは死霊魔術の入り口に立ったばかりの者が多い。


自分や、すでに死霊魔術士として活躍している者はもう少しレベルは高いが、

それはあくまで通過点としてこの講座を受けているからに過ぎない。


入学したばかりで、この基礎講座は必須なので仕方なく受けているだけだ。


本当ならこんな講座は飛ばして、基礎じゃない講座を受けたいと思っている。


あんなこと、自分にもまだ出来ない。


まだ五月蠅いクラスメイトをなだめ、それとなく注意しつつも、カルナロイの意識は周りのクラスメイトの方に向いてない。


意識が一人のクラスメイトから離れられない。


だから、フレドがどれだけ鬼気迫る顔で自分を見ていたか、カルナロイは気付けなかった。






 バァン、


勢いよく扉が開く、皆、振り向くと、肩で息をするフレドの姿。


ようやく頭が冷えたか。すぐ、前の先生に視線を戻す生徒もいたが、半分は後ろを振り向いたままだ。


フレドの表情は、とても頭が冷えたものではなかったからだ。


いつも目付きはキツかったが、今は目付きがヤバイ。様子も変だ。


手には白い箱がある。びっしりと文字のような模様が彫られ、片手5本の指で持てるくらいの四角い箱。


手は震えているが、流れるような動きで箱の蓋を開ける。


その時のフレドの顔はニタァと笑っているように見えた。



 死霊魔術の先生の「フレド君、なにを・・・。」


という、戸惑いと、止める動きより早く、すっぅ、と、フレドが見せつけるように胸の前に差し出した箱の蓋が開く。瞬間。


ゾッとした。


急に嫌な気配が広がっていく。


中から黒い、禍々しい霧が湧き出し、教室の入り口から左右を囲むように広がっていく。


フレドの傍で質量をもった闇が凝り固まっていく。


「すぐにフレド君から離れなさい!。」


先生はそう言って、逆に自分はフレドの方に走って行く。


生徒達がドッと教壇の方に押し寄せる。


先生は一足飛びにフレドの元に飛び、フレドの手を引き自分の方へ寄せる。


教室はモヤが掛かったように薄暗くなっており、何人かの生徒は気分が悪そうにしている。


この空気吸っても大丈夫か?。と、アヤトは懸念する。


箱からは、3メートルはある黒いもの、怪獣がぼろ布を被って人間に化けました。でもうまく化けられませんでした。みたいなシルエットをした影の悪霊(?)が出てきている。


一番近くに居た人間に襲い掛かる。


一番近くに居たのは、当たり前だが箱を開けたフレドである。


先生がフレドを引き寄せたので、大きく振りかぶった悪霊の腕が空振る。


「散れ。」 先生の一言。


悪霊の眼前で光りが発し、悪霊が体を仰け反らせる。


素早く懐から取り出した石を前にかざし、


「聖なる光りよ、悪しきを縛れ、円環よ、正しき流れに導け。」


悪霊の周りに光りの粒が浮かんで、光りの輪の形をとる。


光りの輪に体を縛られ、悪霊は煩わしそうにしている。


その場を動けないようだ。


ただし、嫌がっているが、痛がっている様子はない。


悪霊は体を左右に振りながら暴れ、辺りをうかがっている。


逃げ道を探すというより、生徒を、どれがおいしそうか見定めている感じだ。


動きを止めておけるのも長い時間ではないだろう。


先生は青い顔で、「フレド君、何だね、あれは。」と、聞いているが、


フレドは上気した顔で、「すごいだろう、僕の兄さんが封印した悪霊は。」と、場違いな自慢をしているだけだ。


うん、普通ではない。


アヤトはそう思ったし、先生の方も、「霊障を受けているのか。」と、考え込んでいる。


フレドは他にも、「兄さんを馬鹿にするならこれぐらいどうにか出来るだろう。」 とか、「どうだ分かったか。」と、躁状態でブツブツ言っている。


参考にならない。


まず自分が襲われていることから、制御は出来てないだろう。


使うというより、封印を解いただけ、解かされただけだろう。


見ている前で、光の輪が悲鳴をあげるように明滅している。


ミキッミキッと音が聞こえてきそうだ。


先生が大きく呼吸をし、先生の気が澄んでいく。


「冥神の使い、理背く者への戒め、破邪の権能ここに集いて、邪悪を払え。」


声とともにふっと光りの輪は消え、先生の後ろから現れた鎌を持っていない死神のようなオバケが3体(?)悪霊に向かって行く。


どうやら先生の使い魔か何からしい。レイスというやつだろう。悪霊といい、ああいうのもアンデッドなのだろうか?。


立て続けに魔法を使って、かなり無理しているようだが、そんな中で、先生自身も悪霊の攻撃を素早くかわしている。かなり動けている。


腐っても先生だ。ただの陰気なアンデッドっぽい人ではなかったらしい。


アヤトは尊敬(?)の目で先生を見たが、


「あんなのを相手にする準備はしてないんだけど。」と、弱気に呟いている。


小さめの声だったが、ばっちり生徒に聞こえていた。


先生なら強気な発言で生徒を安心させてほしいものだ。


まあ、言いたくなる気持ちも分かる。


授業を受けていると分かるのだが、魔法は簡単には使えない場合が多い。


場所や時間、道具などをしっかり準備すれば強力な魔法も使えるし、かなり色々なことが出来る。


カノヴァの出船のように、短い距離だが空間干渉魔法で瞬間移動できたりする。


逆に言えば、準備をしていなければ大きな魔法は使いづらい。効果も弱いものになる。


集中もいるし、能力者や熟練者でもなければ、魔法はとっさに使うのに向いていない。


ちらっと先生が後ろを振り向く、生徒の無事を確認しているのだろうが、気のせいか、目が合う。


「これはあまり使いたくなかったんだけどな。」


そう呟き、続いて大きな声で、「皆さん、これからこの聖石の力を使って結界を張ります。出来るだけ私の傍に寄って来てください。もうすぐ助けが来ます。それまで籠城します。もう少し頑張ってください。」


普段大きな声を出さない先生の力強い声で、生徒の目に光が宿る。


アヤトには分からなかったが皆の反応を見るに、先生の持つ聖石という丸い石が関係しているようだ。


アヤトも先生の傍に寄ろうと走りかけるが、近くで嗚咽が聞こえる。


自分も冷静ではなかったらしい。アヤトの近くでうずくまって泣いている女子生徒が居たが、気付いていなかった。


あの悪霊の気に当てられ、それか、恐怖で動けなくなってしまったようだ。


情けないことにアヤトに、女子とはいえ人間一人を抱えて逃げれる甲斐性はない。


どうしよう、引きずっていく?。現代っ子はもやしっ子なのだ(偏見)。許してほしい。


迷っているうちに、先生の使い魔の1体が悪霊の腕の一撃で消え、もう2体の使い魔が左右から悪霊を押さえ付けている間に、先生の呪文が響く。


「炎の壁、邪を退けよ、天を焦がせ。」


使い魔は全て消えていたが、代わりに悪霊の足元から炎が沸き上がり、横一直線に線が走る。


「アアァアァアァァアァ~。」


炎を嫌がるように後ろに退がる悪霊、先生は一瞬目を瞑り、大きく息を吸う。


左手の聖石に、右手のいつも教鞭に使っている木の棒を当て、一息に、


「聖石よ、我にその力を示せ、場に加護を、精霊の祝福を、神の光を。ホーリーシールド。」


先生を中心に直径3メートルほどの光のドームが出来る。


ただ、ちょっと待て。その範囲に、足を止めたアヤトの体は入っていない。


女子生徒もだ。


あれ、これ、ヤバくない?。


先生は片膝をついて荒く息をしている。余裕はなさそうだ。


他の生徒は全員、先生の元に避難している。


仕方ない。悪霊が見たのは残り2匹だ。


アヤトと女子生徒、結果、悪霊は明らかに女子生徒の方を見ていた。


目はないが、何となく分かった。闇の中で暗くひかっているものが在るだけだが、見ている先は解かる。


こっちじゃなくて良かった。と、安堵したが、一番ヤバかったのはここからだった。


女子生徒がこっちを見た。ばっちりと目が合ってしまう。


「あっ。」


そしたら足が止まって、逃げられなかった。あれっ?。足が動かない。ってか、前に進んでない?。


自分は悪人でこそないが、善人でもないことを知っている。


ボランティアに勤しむわけでもないし、人助けが趣味というわけでもない。


ひねくれており、ネットでも否定的なことばかり書いていた。


他人に注意したりもしない。しても心の中でだ。


そんな自分が、まさかここまで考えなしに動くとは思ってもみなかった。


自覚した時には、


(恐るべき、平和ボケした日本人。)


なんて思いながら悪霊に殴りかかっていた。・・・・・素手で。






 気付いたら白い色が目立つ部屋のベッドの上だった。


「知らない天井だ。」


とりあえず一度言ってみたかったセリフを言ってみる。


すぐに、周りに誰もいないか?。確認したがセーフだ。危うく黒歴史をまた1つ増やすところだった。


聞かれても元ネタは分からないだろうから平気だろうが、そう考えてたらあることに気付く、こっちの世界に来てから似たようなセリフを何回か言っていることを。


「いや、いいわ。このセリフ。一度言ってみたいと思っていたけど、よくよく考えたら、これ、やられ役の主人公のセリフだわ。気絶ばっかりして、ろくなことがない!。」


誰にか知らんが、つっこむ。


クソッ、頭がうまく回らない。


ずいぶん億劫だ。こんなことはあの洞窟以来だ。


嫌なことを思い出していると、


「目覚めたようだね。気分はどうだい。」


と、ずいぶんイケメンなボイスが聞こえてくる。


誰もいないと思っていたが、誰か居たらしい。


さっきの独り言、聞かれてなかっただろうな。


見ると絵に描いた伯爵に白衣を着せたような、場違いな人が立っていた。


誰だろうと思ったが、この場合、保険医と考えるのが自然だろう。


この学園は先進的過ぎて保険医も複数いる。学生数が多いからでもあるが、女性の生徒には女性の保険医の先生が、もちろん、男性の生徒は男性の保険医が診る。そこは先進的でなくていいのに。軽く残念だ。


保険医の先生は軽く目を瞑って何かした後、


「もうすぐセネカも来る。それまでゆっくりしてなさい。」


と、声を掛ける、お言葉に甘えさせてもらう。動く気になれない。


「体調の方はどうだね。」


「しんどいです。」と、アヤトは真面目に伝えたが、


「それは良かった。」と、安心された。こいつは藪か。と思っていたら、


コンコン、と、扉のノックする音。


「失礼します。」と、セネカが入ってくる。


「目覚めたようですね。良かった。思ったより元気そうですね。」


「早かったな。セネカ。」 保険医はセネカと知り合いのようだ。


「いやぁ、心配で。アヤトさんの頭が、いや、精神の方が大丈夫かと、心配したんですよ。」


「それはどういう意味だ。」 アヤトは半眼になる。


「先生、アヤトさんの容体はどうです。」 セネカは意に介した様子はない。。


「それはこれから確認するところだ。」


「いや、体調良くないって、さっき言ったよな。」 アヤトが主張するが、


「右手の方はどうもないかね。悪霊を殴ったそうだが、」と、保険医。


右手、そういえばそうだった。アヤトは右手を見る。


「ええ、今のところだいじょ・・・・・」


言いかけたが、大丈夫とは言えなかった。右手に包帯が巻かれている。


指の先から肩の所までグルグル巻きに。


「あれ?、これ、どうなってんの。」 アヤトの問いに、保険医が聴診で返す。


「その前にちゃんと動くか確認してもらってもいいか。痛みがあるとかも聞かせてほしい。」


「一応、動くし、痛みもないけど・・・。」


うん、動く。右手を動かして確認してみる。


セネカは穏やかな口調で、「もう一度聞きます。あの悪霊を殴ったことは覚えていますか。」


「ああ。」と、戸惑いながらもアヤトは答える。場の雰囲気が重い。


「そのことで、腕がちょっと、アレになりまして。」 言葉の雰囲気が軽い。


「いや、アレって何だよ。」


「その、アレです。怪我というか霊傷というか、そんな感じのアレです。」


「だから、アレじゃ分からないんだよ。」 抽象的だ。全く分からない。


「まあ、落ち着くことが肝心です。有事の際はまず落ち着くこと。人間万事塞翁が馬、生きていれば丸儲け、生きてさえいればいいことがあります。

って、どこかの誰かが言っていました。」


全然分からない。目で問いかけると。保険医の先生は首を横に振り、


「自分で包帯を取ってみてください。」と、セネカが言うので、


とりあえず、言われた通り包帯を取る。


くるくる、くるくると包帯を取っていく。


包帯を取るにしたがって、お札のようなもの(そのもの)が顔を覗かせたが、


セネカを見ると頷いたので、気にせず外して包帯を取っていく。


くるくるくる、くる、くるくるくると包帯を取る。くるくる巻いて、くるくるくるくる、クルクルクルクル、くるくるくる巻いてーーーどんだけ巻いてんだ。


これだけ外した包帯が長くなってくると、片手ではやりにくくなってくるが、ひたすら、くるくる、くるくると意地になって包帯をむいていく。


何かどんどん腕が細くなっていくが、どんどんむいていく。剝く。ただ無心に包帯を回していく。


外した包帯は長くなって、どんどん長大になって、かさばっていって、イライラするし、腕はだんだん細くなっていく。


それでも包帯は無くならないので、むく。


おいおい俺の腕、ミイラみたいになってんじゃないだろうな。と、心の片隅で思いながらも無視してむく。


玉ねぎでも剝くように包帯をむく。考えるな、考えると泣いてしまいそうになる。


むいても、巻いても、回しても、包帯は有る。無くならない。


「おい。」 さすがにセネカを見るが、首を横に振り自分で包帯を取るよう促すだけだ。


グルグル・・ぐるぐるぐる巻く、ぐるぐると、ぐるぐるぐる・・・ひたすら回す。


辺りに散らかった包帯と、片手では落ちる巻く速度に、イライラする。


イライライライするが、外した包帯を床に積んでいく。嫌な予感だけ募っていく。


それでも気にせずむいていく。


クソッ、苛立つ。焦りは募る。


早くこの包帯を取らなくては、・・・もう、ミイラのようになっていても構わないからと、急いで包帯をはいでいく。


ようやく包帯が外れたその時、アヤトは聞いた。


もう最後の方は気付いていたが、敢えて聞かなかったことを聞く。


「・・・・・・白いな。」 自分の声は静かだ。


「白いですね。」 そうだけど。そうじゃない。


「何か言うことはないか。」 俺は冷静だ。


「確かに白いですよ?。」 そうじゃなくて!。


「ああ、白いな。・・・・・・俺には骨に見えるんだが。」 核心に触れる。


「そうですね。私にも骨に見えます。アンデッドです。いわゆる部分的なアンデッド化というやつですね。骨を操っているわけではなくアンデッド化してます。こんな例は初めて見ます。興味深いです。」


保険医の先生は目を逸らし、セネカは淡々と事実を述べた。






 反応がある。


( あれが使われた?。)


反応はあっちか、今頃アヤトさんは死霊魔術の講義の最中、今、使われる予定はないのですが・・・。


自分の授業を無言で退席し、アヤトの居る教室に向かう。


途中、空気がバタバタしていた。先生が慌てている。


自分が呼ばれるのはもう少し後のことだろう。時間が無駄なので、先生達を無視して先に行く。


念の為、先生にはあれを渡しておいたのだが、功を奏した格好だ。


貴重な観察対象を簡単にアレにするわけにはいかない。急ぐ。


現場に着くと、アヤトは光の輪に体と右腕(?)を固定されていた。


想像より悪い感じだ。


状況を見た限り、アヤトさん、いや、右手が先生に襲い掛かったところを、先生の魔法で止められた。と、いうところだろう。


そうなる切っ掛けは、この教室に残る気の残滓の元となった何かだろう。


右手は宙に、前に進もうとした恰好で束縛され、アヤトは顔面を俯かせ、体は力なく腕にぶら下がっている。


入って来たセネカに気付いたディレークト先生が、


「良かった。セネカ。ちょうど君を呼び行かせたところだ。」


言い終わる前に、セネカは懐から魔道具を取り出し、魔法を唱える。


「光縛光鎖」「歪みを正せ、禍津を払え、浄化。」


場の空気が清浄になり、セネカの手にある金属の球がほどけて金の鎖になってアヤトの腕をぐるぐる巻きにしていく。


これで応急処置になるだろう。


「保健室に連れて行きますね。後で詳しい事情を聴きに来ます。」


「ちょっと、セネカ君。こっちにも事情を、説明を・・・。」


と、言う先生を置いて、アヤトを腕に抱えて歩き出す。


保健室に着くと、すぐ保険医の先生に場の調整をお願いする。


生命の気が反転している。普通の人間には害だ。瘴気ほどではないが、負の気もこれだけすごいと周りに影響を与えかねない。


ここに急いで来たのも、生徒やこれから来るであろう学園関係者にあまり見られたくなかったのと、この負のオーラを生徒に当てさせない為だ。


普段は石の力で抑えているのだが、今は駄目だ。


今はセネカが直接力を使ってその影響を抑えている。


すでに廊下の方の痕跡はあらかた消せているはずだ。


保健室の方は、この保険医は元からアンデッドなので、迷惑を掛けることは無いだろう。

(*注:保険医の先生はそうは思っていません。)


結界を先生に任し、自分は封印を施し、念入りに包帯を巻いていく。


この様子だとしばらくすれば落ち着くだろう。


再び暴走とかはないはずだ。


元から、かなり安定していたはずなのだ。


そうでなければとっくにアンデッド化していた。


この腕はどうするか。骨は目立つ。義手か鎧か。・・・しばらくは包帯でごまかすしかなさそうだ。


3・4年はもつというのがセネカの見立てだったのだが、これからどうするか、包帯を巻きながら思考する。


保険医の先生は状況を説明しろと、目で訴えているが、非常事態だ。

気付かなくたっていいだろう。


どうせ、学園の方に報告書を上げる。何度も説明するのは時間の無駄だ。


契約書は・・・・・書かなくてはいけないだろうな。面倒なことに。


「さて、アヤトさんの容体が落ち着いたようなので、ディレークト先生に、何があったのか聞いてきます。

まだ、私の方も何が起こったか分かっていなくて、少し席を外しますので、アヤトさんの方をお願いしますね。」


そう言って、セネカは素早く保健室を後にした。






  生徒はすでに避難させられ、今頃は別の保健室の先生や魔術師に診てもらっていることだろう。


アヤトの受けている死霊魔術の講座の先生、ディレークトさんの話しによれば、悪霊が解放され、生徒を守る為に光りの結界を張り、生徒の避難を促した。


アヤトは動けなくなった女子生徒と悪霊を交互に見ていたが、突然、叫び声をあげて悪霊に殴り掛かっていったという。


止めたかったが、魔法を連発して疲労していたのとあまりに無謀な行動に、一瞬思考が停止したという。


冒険者をやっていた頃ならあり得ないミスだと悔やんでいる。


とにかく、気付けばアヤトの腕は悪霊のお腹の下辺りに埋まっており、アヤトは絶叫していた。


もちろん、そんなパンチがあの悪霊に効くはずがない。


そのはずなのだが、・・・悪霊も絶叫しだした。


悪霊はアヤトの右腕に吸い込まれるように消えていったという。


アヤトは気絶して前に倒れーーーず、いつの間にか骨だけになっていた右腕が、そのまま宙を飛ぶような勢いで、自分や生徒達がいる光りの結界に襲い掛かって来たという。


アヤトの体を引っ張って突進する右腕は、腕の振りの2撃で光の結界を叩き砕いた。


すると、右腕は動きを止めたが、すぐに真っ直ぐ自分に向かって来たので、ディレークトはアヤトを蹴り飛ばし遠ざけた。


それでも再度襲って来たので、まず、動きの遅いアヤトの体を光りの捕縛術で止めた。


次いで、宙をかいでもがく右腕を光りの輪で縛ったところで、セネカが来たという。


そこまで話すとディレークトは、セネカに聖石だった物を渡し謝る。


「すまんな。お前が預けてくれた聖石はすっかり使い物にならなくなった。」


聖工石は事前に封入された聖魔力が尽きると使用が出来なくなる。自分の魔力も使い切ったが、聖石の方の魔力も使い切ってしまった。


そのうえ、本来これを使って守るよう頼まれていたアヤトに怪我を負わせてしまった。


「いいですよ。それより、死人が出なくて良かった。大したケガ人も出てないようですし。」


( いや、アヤト君は?)と、ディレークトは思ったが、賢明にも口にはせず、


「だが、あの聖石、貴重な物だろ。」


「かまいません。その為に渡したんですから。それに、おかげですぐにこちらに来れました。使ったら分かるようにしていたので。」


「そう言ってくれると助かる。」


本当に助かる。カノヴァの学園の先生の給料は良いが、聖石を使い捨てに出来るほどではない。自分の力を使う聖鉱石と違い、聖工石は事前に封入された魔力が使えるがその分使い捨てが前提となる。

値段もお高い金額になる。金と言えば・・・・・。


「そういや、アヤト君の右腕を封印するのに、何で魔道具を?、あれも使い捨てのやつだろう。」


セネカなら自分の力だけで封印出来たはずだ。


「私は普通の学生ですよ。こんな人前で、そんな高度な魔法は使えません。」


「人前でって、せめてとりつくろ・・・・・、いや、いいわ。それより、少しは話しを聞かせてほしいんだが、こっちも他の先生や上から色々聞かれてるんだ。」


「ん。すみません。そうしたいところですが、呼ばれました。アヤトさんが目を覚ましたみたいです。心配ですし、私は行きますね。」


セネカは、聞くだけ聞いて去っていく。


こっちも少しは手伝ってほしい。


面倒な学園の上層部への説明。教室の後片付け。生徒の体調の確認。メンタルケア。

しなければならないことはいっぱいある。


散らかった教室をバックにディレークトは嘆いた。






 包帯をほどくとそこは白かった。まるでスケル(トンの)ような腕が、僕の前に指を広げている。


悪くなっているのは、俺の頭か目か。


アヤトがどう現実逃避しようが骨は骨だった。


アヤトのありさまを察したわけではないが、セネカが保険医の先生に席を外してもらう。


「でっ。」 アヤトの声は固いが、怒っているわけではない。


「で、とは。」 セネカの声の調子は柔らかい。


「これだ。」 アヤトは右手を上げてみせる。語気は少し強くなった。


「ですから、右手がスケルトン化してしまったんです。」


「だから、何で!。」


「分かりません。まあ、元々あなたの体の状態は死に傾いていましたから。

いつかアンデッドになるとは思っていましたが、思ったより早かったですね。

私としては4年間くらいは時間があると予想していたのですが、・・・経過観察が必要です。

中等部卒業くらいまでは目立たず。という当初の目標は破棄しますね。」


「お、おま・・。」 アヤトは絶句しているが、セネカはこの際言っておく。


「あなたはあの悪霊を殴りました。あなたがあの悪霊を倒したんです。」


「おう。」 アヤトは戸惑う。アヤトにその覚えはない。


「おそらく魔力吸収系のスキルでしょうね。要するに、あの悪霊を喰って一気にスケルトン化した。まさに生ける屍です。」


「でも、何でスケルトンなんだ!?。」


「中二病(?)っぽくて、私はいいと思いますよ?。

ゾンビの腕よりスケルトンの腕の方がかっこいい(?)ですし、チート(?)というやつです。

その腕でゴブリンとかに触って、意識して魔力を吸収すればゴブリンくらい、すぐミイラです。

あこがれ(?)のドレインスキルです!。」


セネカは、アヤトの知識を使って褒めて(?)みる。


本当はスケルトンではなくリッチだし、ドレイン能力を使うとアンデッド化が進むので使えないのだが、今は言わない方が良いだろう。

精神が壊れてしまうと困る。せっかく面白い観察対象なのに。


「他に、言うことはないか。」


アヤトは怒っていないが、体はワナワナと震えている。


「あります。一応封印して、今は体の方は安定しています。

ですが、これからもアンデッド化は進みます。

体のアンデッド化を遅らす為にも、一緒に魔法の修行を頑張りましょう。」


セネカは爽やかに応援してくれている。


アヤトはにっこり笑って、「今すぐ出ていけ!。」と、キレた。


アヤトは保健室の薄手の白い布団をかぶり、頭を抱える。


理不尽だ!。


異世界転生。転生ではなく召喚だが、異世界ものって、もっとこう、ご都合主義的なものじゃないのか。


来てすぐ牢屋に入れられ、元の世界に帰る目処は立たない。


来て1年も経っていないのに右腕が骸骨に、これからアンデッドに成るのを遅らせる為にがんばって修行しましょう?。


強制イベントがえげつないうえ、アンデッドになるのは止めれないのかよ!。


ふざけるな。


嫌だ。異世界、怖い。


大事なことだから2度言います。


異世界怖い。



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