おつかい怖い (中)
まず風呂屋に連れて行かれた。
新しい服と石鹸を渡され送り出される。
風呂から出たら料理を出す店に入り、ボリュームのある昼食が並べられる。
やたら豪勢な料理を進めてくる。
いつもは少し不気味に思っているが、今回は気にせず食べる。
お腹が減っているのだ。食べて一服すると、銀貨5枚と玉子石を渡され、
「ギルドカードを再発行してもらって、早く依頼を達成してきてください。」
と、言われたので、冒険者ギルドに行き、カードの再発行をお願いする。
リュックの中に入れておいた薬草を金に換える。
時間が経って鮮度が落ちている、とのことで、掲示板の依頼料より少し代金は引かれた。
そういう時は、涼しい所で陰干ししておくといいよ。とのことだった。
そういうことは一昨日言え、と、文句が頭に浮かんだが、気を取り直して、
セネカとシャロの元に戻ると、
「私達が泊まっている宿です。」
案内されたのは、なかなかいい宿だった。こんな所に居たとは。
ここら辺は護衛みたいな人も立っているので、あまり探せていなかった。
まあ、怖そうな所とか、裏路地とか、ガラの悪い兄ちゃんがいる所とか、貴族やお金持ちの住むエリアとかも探せていなかったが・・・、
アヤトは、俺が寒い夜を過ごしたり、牢屋で寝ている時に、こいつらはぬくぬくと、と、思ったが、自業自得なので何も言えない。
それにセネカに、「竜車があるんですよ。竜と馬車を預ける為にも、それなりにいい宿に泊まってるに決まっているでしょう。」と、たしなめられた。
セネカやシャロの特徴よりも、竜車の特徴を言って探すべきだった。との思いに至る。
さすがに恥ずかしかったので、
おばあちゃんに貰ったグルコのオマケの懸賞品、トランプと花札ともう一個あった。ブリキの地球儀なのだが、錆びていて、中に何が入っているか確認出来ていなかった。今後、あの中身が何か知れる日が来るのだろうか・・・・。
そんな意味のないことを考えて自分をごまかした。
自分が生まれた年、村がオーガに襲われた。
村は、近くに依頼を受けに来ていた、若い冒険者達に助けられた。
その話しを何度も聞いて育ってきたので、絶対、冒険者になるんだ。と、決めていた。
だから、街の冒険者ギルドが、この村の近くで冒険者志望の子供達や新人冒険者を集めて講習をやる、と、聞いた時はすぐに申し込んだ。
母は、そんな暇があったら薪でも集めてくれればいいのに、と、愚痴を言ったが、自分は興奮し、勇んで出かけて行った。
農家の4男である自分に将来の道は多く用意されていない。
一つ、 長男の下で畑を耕し一生を過ごす。
これは部屋住み、小作人と変わらない。
どんなに頑張って働いても安い賃金で、場合によっては邪魔者扱いだ。
村ではそんな人間も多い。
せめて次男なら、長男にもしものことがあれば土地を継げる可能性もあるが、うちは上3人元気だけが取り柄で、その可能性はないだろう。
一つ、 他の農家の婿養子になる。
これも難しい。
家に女の子供しかいなかったり、男の子がいても体が弱かったりで、他所から婿を取って家を継いでもらう。
そんな条件のいい家は多くない。
力仕事なら自信があるが、自分は、容量がいいわけでも、顔がいいわけでも、喋りがうまいわけでもない。
村に一人いるそんな女子、ジェシカは自分に興味はなさそうだ。
一つ、 貴族やお金持ちの商人の家に奉公に出る。
これも厳しい。
有力者の推薦でもあれば別だが、学もない自分では下男がせいぜい。
安い賃金でずっと他人の為に働き続けるなんて、自分は御免である。
一つ、 勉強して学を身につける。手に職を付ける。
これも問題外である。
親方に弟子入りするにしても、コネもツテもない。学校に入る金もない。
頭に自信がないし、何より勉強なんてしたくない。
一つ、 軍人になる。
これもなかなか難しい。
出世のチャンスもあるが、それは戦争でもあればの話しである。
騎士や士官になれるのはほとんど貴族だし、上にいくには、身分があるか・金があるか、手柄をあげる必要がある。
ただ、この国は平和で、今のところ戦争もない。平民出身の兵士なら一生下っ端のままで終わることも珍しいことではない。
そしてもう一つ、冒険者になることだ。
他の選択肢に比べて不安定な職業だが、その分、夢がある。
ダンジョンで一発当てれば一攫千金も夢ではないし、有名になれば、貴族や有力商人のお抱えになれたりする。
何より自分はこの村を出て外の世界を見てみたい。
そう思っていたので、街の冒険者ギルド主催の冒険者の体験が出来るイベントの話しに飛びついた。
ギルドマスターは頭を抱える。
冒険者ギルドは無法者の集まりのように言われる時があるが、そんなことはない。
入るのは簡単で、それこそ犯罪者でも入れるが、入ってからの犯罪には厳しい。過去の犯罪が取り消されるわけでもない。
普通の官憲に加え、冒険者ギルドからも追われることになるので、犯罪をする気なら、入るのはお勧め出来ない。
まあ、良く言えば、豪快・荒くれ者。
悪く言うと、がさつというか粗野な人間が多いのも事実だが、気のいい奴も多い。
それに、仲介料だけとって何もしていない。という評価もひどい。
依頼の選別、個別パーティーへの仕事の割り振り、冒険者同士のトラブルの仲裁、国や街との調整、事務、情報収集、文章の保管や管理、相談業務、ランク付けなどの評価、
と、冒険者ギルドの仕事は多岐にわたるのだ。
それだけではない。他にも、冒険者への教育業務がある。
冒険者のマナーの向上。武器の使い方から、薬草や魔物の知識、ダンジョンや狩場の知識、ランクアップ後の勉強会・講習会。新人冒険者の死亡率を下げるための各種取り組み。その他イベントの数々。
これでも色々やっているのだ。
確かに、これらの講習は人気がない。
基本、冒険者は金がないので、講習を受けるくらいなら依頼を受ける。
講習は新人冒険者向けの教育を目的としたものが多いので、なおさら人気は出ない。
今回の冒険者体験講習もそういった新人教育業務の一環だ。
街の周辺の村にも募集を掛け、現役冒険者と共に一泊二日の冒険に出掛ける。
ちびっ子にだが、なかなか人気もあるイベントだ。
そこで、実際の冒険を体験してもらう。
魔物を倒すといった派手なものだけではなく、心得やマナー、解体や薬草採取、野営など、地味な部分も体験してもらい、冒険者の仕事をイメージしてもらうのが目的だ。
年に数回やっている。
そんな大したイベントではないのだが・・・・、今回は勝手が違った。
今回、とある大物貴族の子息の参加が決まったのだ。
向こうは特別扱いしなくていい。と、言っているそうだが、そんなものは当てにならない。
何年か前に、似たようなイベントに参加した貴族のバカ息子は、当たり前のように目的の森まで行くのに、馬車で行くことを要求した。
他の冒険者志望の子供達を、従者か何かだと思ってたし、途中でぐずって帰ってしまった。
引率の冒険者が負ぶって連れて帰り、当時もギルドマスターだった俺は、その貴族とバカ息子、引率の冒険者の3者に頭を下げて回る羽目になった。
もちろん、そんな貴族ばかりではない。
立派で尊敬の出来る貴族もたくさん知っているし、親友だって居る。
貴族も色々大変なのだ。家を継げる貴族はいいが、3男・4男ともなると家に居場所はない。
冒険者になる者も少なくないのだ。
金を稼げて、戦の経験も積める。
外聞は少し良くないが、活躍できれば逆に名声は上がる。お金の無い貴族なら、悪くない選択肢である。
冒険者ギルドとしても、貴族は学もあるし、剣などの武術も習っているので基本が出来ている。
そんな人材が入ってくれるのだ。歓迎している。
冒険者として名を挙げ騎士を目指す者、
金を稼いで自分の家を興そうと考えている者、
目的は様々だが真剣に頑張っているのも分かってる。
ただ、貴族は色々面倒なのだ。特に、身分が高い者ほど。
なのに、今回の貴族の子息は、あまり評判が良くないうえ、身分も高い。
人数も1人ではなく、取り巻きを連れて来るそうだ。
断りたかったが、そういうわけにもいかなかった。
ギルドマスターは頭を抱える。
案の定だ。報告書を読んで頭を抱え込む。
馬車を用意しろとは言われなかったが、豪奢な馬車で来たらしい。
馬車には護衛がついていて、一緒に現場に向かう。
森に着くと護衛に盾役をやらせて、勝手にゴブリンと戦い、倒した後は、解体などの作業を、こんな雑用はお前たちがやれ、と、平民出身の参加者に押し付けたとある。
テントの設営、火起こし、料理、薬草採取などは、見事に何もしなかったという。
マナーの講習など問題外だ。
そのうえ口答えしたと言って、真剣で参加者の少年に切り掛かったという。
どうやらその貴族の息子は、取り巻きの他の仲間の前で、かっこよく魔物を倒すところを見せたかったらしい。
特別扱いしなくていいというのは、特別扱いせずに自分を引き立たせろということだ。
こっちが忖度するのは当然と思っている。
いくら大物貴族の息子といってもあまりにひどい行いだ。
幸い、切られそうになった少年は引率の冒険者に守られたが、
後日、この大バカ息子が、引率の冒険者に暴力を振るわれたとか、平民に無礼を受けた、
と、騒ぎ出し、冒険者ギルドは大物貴族から抗議を受けた。
大バカ息子を呼んで、お前が暴行したんだろうが、と、怒鳴ってやりたかったが、そんなわけにはいかない。
冒険者ギルドへの、正式な文章での抗議だ。
処分しないわけにはいかない。
貴族の顔を立てつつ、冒険者を守る為にも、形は大事である。
頭が痛い。
あのパーティーは、いいパーティーだ。
こんな処分は、したくはないのだが・・・・・、
したくなくても、最終判断するのが、この冒険者ギルドのギルドマスターである自分の仕事だった。
グレンゾの牙のリーダー、ノクスはたき火の火に薪をくべる。
今日は変な冒険者がいた。
初めて見る冒険者なので、新人かこの街の冒険者ではないだろうと思ったが、聞いてみるとこの街は初めてとのことだった。
ただ、なんというか、色々、慣れてないと思った。
田舎育ちで、ものを知らないというのとは、ちょっと違うような、発言も変だったし・・・、
ただ、あのカノヴァの学生ということだから、それも当然なのか。あそこの卒業生は変な人物も多いと聞く。
( ん?。) 違和感を感じ考えを中断する。
何処をというわけではないが、後ろを振り向こうとしたら、背中が熱い。
( いきなり切られた?。)
そのまま焚火を避け横に倒れる。
後ろに居る何者かから、逃げれているとよいのだが、後ろだった場所を見ると、剣を振り下ろそうとしている男が見える。
ダメだ、このタイミングはやられるな、ノクスは妙に冷静に思ったが、男の人影はいきなり横に吹っ飛ばされた。
「ガサッガサッ・・」と、そのまま走り去って行く音がする。
どうやら逃げて行ったようだ。
(一体何が?)
ノクスが人影が飛ばされた方向と、逆の方に顔を向けると、
灰色のローブを着た青年が立っていた。
被ったフードの陰になっているせいか、顔の特徴は掴みにくい。
ただ何故か、若い青年であることと、怪しい人物ではないというのは思った。
助けられたというのもあるのだろうが・・・。
だが、場所が場所で、場面が場面だ。顔が隠れて見えない人物に警戒を怠れない。
「どなたですか。」
ノクスが声を発すると、その人物はフードを外す。
その後、すぐまた被り直したが、
「私はセネカという魔法使いです。実は私のパーティーのアヤトさんから、皆さんにお世話になったと聞いたので、ぜひ一言お礼を言いたいと探していたのですが、見つけた途端、襲われていたので、つい魔法を使ってしまいました。大丈夫、ではなさそうですね。とりあえず動かないでください。治療しますね。」
セネカと名乗った青年は、近付くと屈んで、背中の傷口にポーションと思われる液体を掛けると、呪文を唱える。
「大いなる癒しをこの者に、グレーターヒール。」
みるみる痛みが引いていく。驚く。ヒールはよくみるが、このレベルの傷を一瞬で治す魔法を使える人間は少ない。
「傷口は塞ぎましたが、2・3日は無理をしないでください。」
その時には、騒ぎに気付いた仲間達が、野営の準備を放り投げてこちらに集まって来ている。
口々にノクスを心配してくれている。
仲間達が、セネカに何度もお礼を言っているが、ノクスも再度、お礼を言う。
「いや、いや、たまたまです。」と、セネカは謙遜している。
それから改めてちゃんと治っているか、ノクスの背中の傷痕があった箇所を確認すると、懐から紙を取り出して、
「アヤトさんのことはお世話になりました。もし困ったことがあれば、街のトラント商会でこの名刺を見せて、セネカの紹介で来た、と、言ってもらえれば、出来るだけですが力になります。」
丁寧に名刺を手渡す。
受け取ったノクスは恐縮する。
「そんな、こっちこそ助けてもらった。こちらがお礼をしなければいけない立場だよ。」
「いえいえ、私も今ちょっと立て込んでいまして、これから、街へ戻らなくてはならないので、無作法ですが、これで失礼します。」
「今からですか。危ないですよ。」 ノクスは心配する。
「ええ、あのような恐ろしい人が、森の中にいると思うと怖いですが、これでも腕に自信はありますので、大丈夫です。」
そう言ってセネカは、少年の方に視線を移す、
「あなたがコリンさんですね。アヤトさんからお世話になった、と、うかがっています。このポーションはお礼です。何があるか分からないので、もしもの時は使ってください。」
と、言葉を続けた後、慌ただしく行ってしまった。
「あれがアヤトの言っていた先輩かな。優しそうな人じゃないか。」
と、コリンは見送っている。
「さすがカノヴァの学生だ。あの年であれだけの魔法が使えるなんて。」
ノクスも、感心して見送る。礼儀もしっかりしていた。
ただ、仲間に、「今夜、これからどうする?。」
聞かれると、思考を現実に戻し、リーダーの顔となる。
「今日は念の為、寝ずの番をする。朝一番に町に戻り、ギルドに今回のことを報告する。」
と、指示を出す。
コリンも真剣な顔をしている。少し緊張し過ぎのような気もするが、言っても無駄だろう。
今日は、まだまだ長い一日になりそうだった。
「4人ですかね。」 セネカが言うと、
「4人だな。」と、シャロが頷く。
「こっちの動きは気付かれていると思いますか。」
「どっちも・・・・、ないだろうな。」
シャロは森の中の4人から視線を外さず答える。
「私はたき火の方にいる人の所に行きます。止めはささず逃がしますので、残りの3人の後で殺しておいてください。」
シャロがめんどくさそうにセネカを見る。
「いや、必要なことなんですよ。終わったら、この先の道の端の方にでも適当に置いておいてください。けっこう腕は立ちそうなので逃げられないでくださいね。」
「まあ、弱くはないようだが、だいじょうぶだろ。でも、あの連中、これから暗殺するのに、ずっと尾行されていたことに気付かないのか。」
シャロには疑問だ。
「そんなものですよ。する方はされることを考えないし、あの7人にしたって、普通の冒険者は暗殺なんか警戒しません。アヤトさんもずっとあの4人や私達につけられているのに気付いてなかったでしょう。」
「いや、あいつの場合、ただ単に鈍いだけでは・・・。」
「そんなことありませんよ、スリにあったことも、不可抗力です。きっと・・。」
セネカはシャロから目を逸らして言う。
「思ってもないだろう。」
セネカとシャロは先ほどまでずっとアヤトの様子を見守っていた。
スリにあったり色々したが、ようやく落ち着いたようなので、こっちに戻ってきたのだ。
「けど良かったのか。俺らが離れている間に、あいつらが殺されていたかもしれないだろう。」
「一応、使い魔は付けていましたよ。1人くらいは死んでいたかもしれませんが、その時は、あの人達の運と実力がなかったというだけの話しです。
幸い、あの4人が慎重だったのと、あのパーティーがまとまって行動していたのが良かったのでしょう。生きています。
それに、襲うつもりなら、昼間とっくに襲ってきていたはずです。
同程度の実力で、数もあのパーティーの方が多い。
もし他の冒険者と鉢合わせても困る。夜を待つとね。
襲うなら夜だと思っていました。
アヤトさんと別れたのが、まだ夕方前で時間はあったし、私(達)にとってアヤトさんの経過観察と身の安全の方が優先です。
私としては、こうして守るつもりなだけ、運が良かったと思ってほしいものです。
それよりさっさと終わらせて街に戻りましょう。
寝床を確保したので、もう何もないとは思いますが、アヤトさんの様子も気になりますし、いくつかやることが出来たようなので。」
「まあ、いいけど。」
呆れたように呟き、シャロは森の中に消えて行った。
何が起こっているんだ?。
地面に俯けになっている。いや、地面に転がされている。
今夜はいい酒を飲んでいた。
痛いが、酔っての幻覚ではない。酔っぱらっているのは元々だ。それにこれくらい酔ったうちに入らない。
今日はいいカモがいたのだ。
昨日、キョロキョロと街を歩いていた時から目を付けていたが、典型的な田舎者だ。
あっさり財布が摺れた。
財布の中身は少なかったが、仲間の所に自分から盗られに来てくれたので、その分け前が大きかった。
ちょっとやばい物も入っていたそうだが、俺には関係ない。
その為に上納金を収めているのだ。
俺は楽に稼いで、酒を飲めればそれでいい。
先ほどまで楽しくやっていたはずだ。
次の酒場はどこにしようか。安酒ならもう一軒くらいいけるはずだ。
と、歩いていたはず。
目の前に何か物が置かれる。
夜の裏路地は暗く、何が置かれたか見えなかったが、声とともにぼんやりと灯かりが灯り、目の前の物が見えてくる。
複数ある。学生証、ギルドカード、鉈やナイフなど色々、あのガキの持ち物だ。
居るのは2人、1人は背中に乗っかっていて、1人は前に立っている。2人共、顔は見えない。ただ、灰色のローブを着ていることだけは認識出来た。
あのガキの仲間か。
「何しやがる!。」と、怒鳴ったら、小指の骨を折られた。
「ぎゃあぁあぁぁ・・。」 叫ぶ。
裏路地のせいか人は来ない。ただ、裏路地といっても近くに酒場もある。
大きな街だし、しまいに誰か来るはずだ。と、思ったら、
「人払いの結界を張ってますので人は来ませんよ。」
上から若く穏やかな声が降ってくる。ヤバイ、こいつ魔術士だ。
這いつくばっているので、前で立ってる男の顔は見えない。
「お名前は?。」 続けて聞いてくる。
合わせて後ろの人物が、自分の左手の小指を握る。そっちを見ようとしたが体は固定され、後ろは振り向かせてくれない。
質問に躊躇すると、少し小指に力を入れられた。
「お名前です。調べればすぐ分かりますよ。あなたの大切な小指ほど価値のある情報ではないと思います。」 優しそうな声だ。
「セ、セテルだ。・・いえ、セテル・ドゴールです。」 言い直す。
「いい名前です。」 左小指の力が少し抜かれる。
その後、簡単な質問をされ、家族や昼間の仲間のことを話してしまったが、大丈夫、スリの組織の上に目を付けられるような情報は話していない。
こいつも怖いが、スリの組織の制裁も怖い。
そんな風に思っていたが、
「お仲間はあれで全部で間違いないようです。全員、すでに街から出て行ったので、あなたにも消えてもらいますね。」
それは間違いだったようだ。
こいつの結論は飛んでいた。どうしてそうなる。
「ちょっと待て、俺が何したって言うんだ。」
「何って、財布を摺りましたよね。」 黙ってしまうと、
「実は彼、私達の大切な友人なんですよ。一人で街に出るのは初めてとのことだったので、私達がこうやって陰から見守っていたんですよ。」
間抜けなカモだと思っていたが、とんでもない奴に関わってしまったらしい。
スリは悪いが、殺されるほどのことじゃない。
「分かった。金は返す。」
「いや、飲んでほとんど残ってないでしょう。これらを買い戻すほどのお金があなたにあるとは思えません。」
前の人物はしゃがみ、カノヴァの学生証って高いんですよ。と、巾着を弄びながら言う。
「助けてくれ。妻と娘がいるんだ。」 懇願したが、
「で。」と、冷たく返事されただけだ。
こいつに情はないのか。
「分かった。金は作る。当てはあるんだ。娘がいる。俺に似てない美人の娘だ。俺が言うのもなんだがけっこう美人だぞ。貴族か・・商人に奉公に出す。いや、お前らにやってもいい。」
目の前の男は少し考えて、
「分かりました。」と、答えた。
ほっとする。
「娘さんはいくらぐらいになります。」
「金貨3~4枚にはなるはずだ!。」
扱いはひどくなるが売る所に売ったら高値になる。
言ってから、もっと多めに金額を言うべきだったかと悔やむ。
「では、あなたの命を金貨4枚で買いましょう。それでいいですね?。」
「へっ。」
間が抜ける。何言ってんだ、こいつ、買う?、俺の命を?、金貨4枚で?、意味が分からない。
とりあえず何とかこの場を逃れなければ・・・・。
この場から逃げて、いざとなれば衛兵の所に行く。
たとえ捕まっても牢屋の方が安心だ。
凶悪な殺人犯が居ると、こいつのことをタレ込むのだ。
マジな話しだ。こいつはヤバイ。まともじゃない。
娘も酒代になるより、親の為になる方がいいはずだ。
嫁もうるさいだろうが、いつものように殴れば黙るはずだ。
何とか、この場を・・・・・、必死に考える。
ただ、この男はもう自分に興味がない様子で、小さく片手を振っている。
「お金は必ずご家族の方に渡しておきますね。安心して旅立ってください。」
「ちょっ。」
その言葉を最後に何も考えられなくなった。
男の体は路地裏から消えていた。
「その摺った財布を渡してください。」
「でもこれ、たいして入ってないぞ。」
セネカに言われて摺っておいた財布だが、何で摺ったのかは分かってない。
巾着は軽くはないが、中身は銅貨ばかりで、大した額は入っていない。
セネカは渡された巾着に金貨を4枚足す。
「どうするんだ?。」
「もちろん彼の家に持って行きます。」
「それ、する必要があるのか?。」
「私は魔術師ですよ。契約は守ります。それに、後でこれを発見した奥さんが、夫が何かヤバイことに手を出して消されたんだと思ってくれますよ。」
どうでもいいが、さすがに気の毒になってきた。
「こいつの仲間の方はどうなんだ。」
「朝になったら森で死体が発見されるでしょう?。それに関連して消されたんだ。と、街の人が噂してくれますよ。なんたって、スリをするくらい悪い人達なんですから。」
セネカの返答に、シャロはそれ以上言うのを諦めた。
捜査をしていく中である書類が発見された。
この街の領主の息子が、この街の冒険者ギルドの冒険者パーティーの暗殺の依頼をした証拠の書類だ。
領主はでっち上げだ。と、強く反発したが、
王都から派遣されていた役人も巻き込んで、ずいぶんな騒動になった。
王宮魔術師による鑑定で、書類は本物だということで決着した。
暗殺の依頼を受けたとされる冒険者4人は死んでいたが、
暗殺の仲介人は助命と引き換えに罪を認めた。
オランの森で、この街の冒険者4人の死体が発見された。
この4人は、金さえ払えば犯罪すれすれの依頼でも請け負うと言われていたし、横暴でもあったので、他の冒険者にも嫌われていたが、本当に金次第では殺しもやっていたらしい。
調べを進めると、領主の息子は、父親からプレゼントされた宝飾品や、家の美術品を勝手に売って、暗殺の報酬を工面したらしく、調べた人間をあきれさせた。
そのうえ、その殺し屋が暗殺の依頼に失敗したと知ると、あいつらが犯人だと、殺し損ねた冒険者パーティーを名指しして、衛兵に捕らえさせた。
それには理由がないわけでもない。
領主の息子が縛られた状態で発見されたからだ。
衛兵を動かす際、父親の名前を使って動かしたらしい。
実際、動かしたのは息子の取り巻きや、父親の取り巻きだったのだが、そのせいで騒ぎは大きくなった。
領主の息子が縛られていた時間、そのパーティーは冒険者ギルドに居てアリバイがあったが、そうと分ってもそのパーティーを解放せず、さらに強引に捜査を続けた。
街では大々的な犯人探しが行われ、多くの冒険者や街の人が捕らえられた。
スラムの方では大分強引な手法で捜査が行われたらしい。
最初に捕らえられた冒険者は街でも人気があったし、他の冒険者とも仲が良かった。
冒険者や街の人が騒ぎ出し、
たまたま、王都からこの街に来ていた政府の高官は、事態を重く見て調べさせた。
すると仲介人が突き出され、その書類が表沙汰になった。
高官が連れて来ていた王宮魔術師も、これは本物の契約書だと断言した。
そうなっては仕方なく、領主は息子を謹慎させた。
と、いうわけです。
「まあ、領主の座を下ろされるのも時間の問題ですね。
これから不正の証拠もたくさん出てくるので。
めでたし、めでたし。
それにしても無実の罪で捕まるなんて、なんて気の毒なんでしょう。」
「本当にな。」
シャロがセネカを見る。今ごろ、あいつは牢屋で泣いていることだろう。
「それで、領主の息子は、何であの冒険者が犯人だと言い出したんだ。」
「暗殺の依頼を出して、その後、殺された。なので、返り討ちにあったと思ったのでしょう。
それに、死体が発見された頃、領主の息子は、自宅の普段使っていない部屋で、手足を縛られ、猿轡をした状態で見つかったそうですよ。足にはナイフが刺さっていたとか。
復讐であの冒険者パーティーがやったと思いこんだのでしょう。」
「じゃあ、たまたま来ていた高官の話は?、たまたまじゃないよな。」
「何でも、この街に悪い魔法使いが来ているとか、手紙が来たとか何だかで。絶対騒動が起きると言っていました。彼は私の友人なんですが、優秀ですが心配性で。私としても心配なので手紙を送っておきました。何といっても、わざわざ会いに来てくれるほどの友人ですから。」
「・・・・・・・不正の証拠なんてよく見つかるよな。」
「私の知り合いの商人の方が商売の邪魔をされて困っていたので、以前からあの領主のことは調べていたんです。
この街はこの先、交易ルートとしての役割が、ますます重要になりますし、数年後には失脚してもらうつもりだったので準備をしていましたが、予定が少し早まりました。これも旅の醍醐味というやつです。」
「違うと思うぞ。それにしても、何で領主の息子、暗殺者なんて雇ったんだ。」
「ぶたれて説教されたそうですよ。」
「何だって。」 シャロは聞き返す。
「あのパーティーのコリンという少年に悪口を言われ、剣で切りかかったが止められて逆上、ぶたれて怒られた。
その恨みが忘れられなかったようです。
最近、悪所に出入りするようになり、何でも請け負うという、其の筋では有名な所があったので、金を払って暗殺の依頼をした。
と、いうのが調べたり、仲介人さんから聞いた話しですね。
本人も縛っている間、私とあの冒険者を間違えたのか、ずっとあの冒険者への悪口を言ってたので、間違いないでしょう。」
「本当にそんな奴いるんだな。」
領主の息子といい、こいつといい、ろくなやつがいない。
シャロはそう結論付けた。
今日の寝床はどこにしよう。
と、途方に暮れていたところに現れたのがセネカと名乗る人物だ。
自分達の家は潰れて、他の建物とゴチャゴチャになってしまっている。
隣りの建物との区別がつかない。
こういう時、子供だけのグループは弱い。無理に動くと大人達に潰される。
大人はすぐ暴力をふるう。
自分達の物だった物まで平気で持っていき、自分が寒さをしのぐ建物を作っている大人達を遠巻きに、とりあえず今夜どうするか考える。
少しでも寒さをしのげる橋の下などの場所の確保を考えるが、もう場所は取られているだろう。
そんなケアルに声が掛かる。
「え~と、そこの少年、あなたがケアルですね。
私はセネカと言います。アヤトさんの友人です。
実はあなた達にお話しがあるんです。
ここから、少し遠いのですが、ケストォテルという街があります。
そこに孤児院があるのですが、あなた達、そこで暮らしませんか。」
「何なんですか、あなたは。」
いきなり何を言い出すんだ。
見れば全身ローブで、顔まで隠した怪しい人物だ。
セネカと名乗る人物はケアルの言葉を取り合わず、
「あそこなら勉強も出来ますし、食事の心配をする必要もありません。
旅の手配の方も私に任せておいてください。
なんと明日、いや、もう今日ですか。今日の朝、トラント商会の行商がケストォテルの街に向けて出発します。それに付いて行くだけです。
雑用はしてもらいますが、馬車にも乗れるので、小さな子供でも安心の旅です。食事もちゃんと出ますよ。」
見たところ怪しくはない。青年のようである。
何故かフードに隠れているのに笑顔なのが分かる。
だが、考えなくてもメチャクチャ怪しい。
顔は隠しているし、なのに怪しいと思わないし、何より条件が良すぎる。
何と言っていいか迷っていると、青年が何事か呟く。
自分達の周りを、何か透明な膜が覆う。
魔法!魔法使い。
一層警戒する子供達、魔法使いが子供をさらい魔法の実験に使う、御伽噺でもよくある話しだ。
スラムの人間にとっては昔からあるウワサでもある。
それに、魔法使い・・・・よく分からない存在は怖い。
そんな子供達の緊張を気にした風もなく、集まった視線で場の熱が高まったところで青年はフードを外す。
綺麗な人だった。所詮自分達はこの街の一部しか見たことがないが、今まで見たどんな綺麗な人より綺麗だった。
「魔法を使ってすいません。怖がらせてしまいましたね。私は目立つので、普段は顔を隠しているんですよ。目立つのは苦手でして。」
セネカはフードを被り直す。すると顔が全く見えなくなり、同時に透明な膜も消えている。
「まあ、怪しむのは分かりますが、ここに居ても暗いままです。
魔術師セネカの名に懸けて、今回の話しが君たちを騙すものではないと約束しましょう。どうですか。悪い話しではないですよ。」
セネカが詐欺師の典型のようなセリフを口にする。
旨い話しに騙されて地獄を見る。そんな話しはよく聞く。
犯罪の片棒を担がされて使い捨てにされたり、奴隷にされたり、一生馬車馬のように働かされたり、魔法使いの実験に使われる。そんな話しだ。
冒険者に甘い言葉で冒険に誘われ魔物の囮に使われたというのもある。
ケアルも仲間の子供達に言い聞かせている。
旨い話しには裏がある。絶対にのるな。と。
自分は年長だ。仲間の7人の人生を背負っている。
仲間は固唾を飲んで自分を見ている。口は出さない。預けてくれているのだ。
こんな、いきなり現れた奴に、僕らの人生を預けていいのか。悩む。
自分の感覚は、信じてもいいと言っている。
セネカという名に聞き覚えはある。
アヤトの話していた人物像と合っている。
話しに出ていたトラント商会といえば大店だ。最近大きくなってきているお店である。
嘘を付くつもりなら、そんな店の名前を不用意に出すとも思えない。
近々、大きな町に行商に行くとはウワサされていた。
スラムで子供だけで生きていくには、街の情報に気を配ってなくてはならない。
話しの内容は全くのウソとは思えない。
それに、多分この人、すごく強い。
これだけの魔法使い、自分達くらい無理やりさらうことだって出来るはずだ。
昔はいたそうだが、この街に奴隷はいない。
少なくとも自分は見たことがない。
昔はスラムでも、奴隷商人に売る為に人さらいがあったそうだ。
今は噂話でしか聞かない。
この国に奴隷制度はない。
連れて行かれて魔法の実験なんて、現実にはそうそうないはずだ。
この人が奴隷売買なんてすると思えない。
半刻ほど悩み、ケアルは、「行く。」と、答えた。
早速、「付いて来てください。」と、言われ、付いて行くと町外れの小屋に着く。
8枚の毛布と顔の半分ほどもある大きなパンを8個、水筒が8個渡され、
「この小屋は私が借りたものなので、今夜はここで過ごして、朝一番にトレント商会に行ってください。セネカに言われて来た、と、言えば伝わります。」
それだけ言って、また何処かに行ってしまった。
朝になって、商会の門を叩いたら、いかつい大男にいきなり風呂に放り込まれた。
その日、初めてケアル達は街の外に出た。