#染魔人の樵(5)
この大きな木を切り倒しても、それで終わりではない。
『根起こし』が待っている。
アヤトが外に出られないように張られたセネカの結界は、この木を媒介にしている。
結界を張るのにセネカの魔力はもちろん必要だが、豆木が周囲の魔力を吸い上げる流れを利用したこの結界は、豆木がある限り消えない。
地球の植物の葛のように、この豆木は根に栄養を蓄える種類の植物のようなので、上の木を切った程度では枯れたりしない。
根に蓄えた栄養を使って、また生えてくる。
文字通り、根を絶たねば、解決しない。
解決しないと、俺が結界から出られない。
だから、地面を掘らねばならない。
これを掘るのか。
根を全部掘り起こし土地から切り離す。
もちろん、全部といっても、木に近い大元の根だけだ。
細かい根まで、と、なると、切りがないからだ。
そこまでやるのは、後どれほど時が掛かるのか。
げんなりする。
しかし、しっかりスコップまで用意されている以上、地面は掘らなければならないのだろう。
諦めてアヤトは地面を掘る。
しかし、こうやって穴を掘っていると、アンデッドが自分の墓穴を掘っているようで嫌・・・・・・・いや、余計なことは考えるな。
掘るのは土だけでいい。墓穴は掘るな。自分に言い聞かす。
それからは無心に地面を掘る。
スコップを替えながら周りの土を掘り進め、ようやく無数にある根の一本を剝き出しの状態にする。
根が露出したので、杖を斧に変化させる。
今度は横ではなく、下に向かって斧を振り、親の仇のように強く何度も叩きつける。
立っている木と違って、切る方向とか気にせず根に斧を入れていく。
スコップはすでに3本ダメにしているが、斧はとっくに全部折れた。
なので、木を倒す残りの4割くらいは、杖を斧代わりにして使っていた。
ちなみに、折れた斧の刃や柄、使わないアヤト個人の荷物は、木の根の近くに穴を掘って埋めてある。
そうしないと、ゴブリンに持っていかれるから。
あいつら、隙あらば盗みに来るので質が悪い。
そして、それを使って俺を叩いてくる。
土を掘るのも一筋縄ではいかない。
これだけの大きな木だ。
根がびっしり張っていて簡単には土を掘れない。
掘れたら掘れたで、太い根はなかなか切れるものではない。
切れやすいのは最近の若者くらいだ。
また一本ダメになったスコップの柄を放り投げ(ゴブリンに向かって)、杖を変化させた斧で、太い根を叩き切る。
縦横無尽に広がった根は、・・・あと何本あるのだろう。
意識が遠退きそうだ。
無言で斧状の刃を振り下ろすアヤト。
日が少し陰り、周囲が若干暗くなる。
( ん?、こっちに来ていたゴブリンどもが帰って行ったが・・・・・・・まあ、いいか。)
黒い斧を木に叩きつける。
木の根が気に侵食されている。
『キル』に『エナジードレイン』が重なっていい感じだ。
( そうだ・・・最初からこうしたら良かったんだよ。)
一心不乱に掘っては切るを繰り返す。
そうやって、どれぐらい時間が経っただろうか。
杖をスコップの形に出来るスキルを身につけていた。
掘りやすい。これならどんどん掘れるぞ。
笑いながら黒い道具を駆使していると、いつの間にか結界は晴れていた。
邪気を発する周囲とは対照的に、とても晴れやかな気分だった。
「あれ、大丈夫か?。」 思わず尋ねる。
「大丈夫ですよ。
私1人の時なら殺しに来たかもしれませんが、仲間が見ている中、殺せるような精神構造は持っていません。
そこらへんは安心です。
『ヘタレ』というやつです。」
「・・・そうか。」
『ヘタレ』とはどういう意味か分からないが、碌な意味ではないだろう。
「それにしても、大分 汚染がひどいですね。」
「あれ、魔素を取り込んでないか?。
本当に大丈夫なんだろうな。」
「大丈夫です。
今 身につけているあの鎧、最上位の聖騎士の鎧に付与している以上の浄化魔法が掛けてあるんですよ。
魔素への対策はちゃんとしてます。
まあ、確かに邪気の染まり具合はひどいものですが。
アンデッドが人を恨んでも邪気が出るだけで、マイナスにしかならないのですが・・・。
ちゃんと精神修行の方も行わないと駄目ですね。」
「そうか。」
恨むくらい良いんじゃないだろうか?。と、思ったが、黙っておいた。
何処かでそんな会話があった後、邪悪なアンデッドは、木漏れ日の樹のパーティーメンバーによって捕らえられ、浄化された。
何故かその悪辣なスケルトンは、パーティーメンバーの特定の一人を狙って斧を振り回し暴れるというハプニングはあったが、些細な問題。
「よお、大丈夫か。」 シャロの声が掛かる。
夢から覚めたようなアヤトは、状況が分からず混乱する。
根起こしを終え、木の根の大元を大地から切り離すことで結界は解ける。
結界を越えた先、此処からでも分かる曲がり方が特徴的な1本の木、その木の洞の中に、自分達を呼ぶ為の魔道具が置いておく、と、教えられている。
魔道具で呼ばれない限り、此処には来ない、と、言っていたはずだ。
それが、気付いたらパーティーメンバーが傍に居た。
まだ魔道具は、取りに行っていないよな。
何か気を失っていたような気がするのだが、・・・いや、けっこう長いこと眠っていたような気がする。
何か、こう、視野が狭くなって、夢の中でただひたすら斧を揮っていたような記憶が・・・。
まあ、気のせいか。
気のせいだよな?。ずいぶん気分がすっきりしてるけど・・・。
パーティーメンバーの1人が正常に戻ると、メンバー全員で『枝打ち』を行う。
倒した木の枝を切っていき、一本の太い幹の状態にする。
その際、アヤトは何とか杖をノコギリの形状に変えられないか悪戦苦闘したが、結果は無理だった。
形が難しく、うまくいかない。
ちなみに、何故、木の幹を切る時に、それをしなかったかって?。
形が難しかったっていうのもあるが、もし杖をノコギリの形に変えることに成功しても、
「斧で切ったのではないので、もう一度やり直してください。
今度はもっと大きな木の元に案内しますね。」
とか、言われそうだったので、止めておいたのだ。
あの時は、そんな練習をする時間があれば、早く木を切ってしまいたかった。
枝打ちで切った枝や葉は、乾燥されることもなく、討伐したゴブリンと一緒に火にくべられた。
枝打ちの途中、デュークとイシュカの2人は、町に向かって森の木を切り進み、道をつくる仕事に取り掛かった。
枝打ちが終わると、アルセンテとフィオーラが氷の道をつくる。
デュークとイシュカが切った後の切り株や少々の地面の凹凸を凍らせてつくる豪快な道だ。
道の長さは長くない。
氷道を確認すると、セネカはアヤトを見て、呪文を唱える。
呪文で現れたのは、恐らく【召喚獣】というやつだ。
黒い肌に白っぽい外骨格、滑らかな光沢の鎧を着た獣のような召喚獣で、身長の高さは5・6メートルはある。
召喚獣は大木の幹に巻き付けた縄を引き、町まで向かって歩いて行く。
召喚獣・・・異世界らしいファンタジー魔法、実はちょっとかっこいいと思ってしまった。
が、そんな感想より、セネカへの疑いが強く、そっちの質問をする。
「何でこっち見た!。」
「アヤトさんに町まで引っ張って行ってもらおうかと思いましたが、今は無理そうなのでまた今度にしますね。」 との返事。
「今度はねえよ!。」
「これも修行としてはいい方法なんですよ。
まあ、アヤトさんが町まで運ぶと目立ってしまいそうなので、どうせ今回は出来なかったのですが・・・。」
なんでも、重い物を延々と運ぶ修業は、身体を痛める心配さえなければ(特に腰と膝)とても有効な修行法らしい。
いい笑顔で太鼓判を押された。
よい笑顔のままセネカは、もう一度呪文を唱える。
さっきと同じ召喚獣がもう一体出て来て、こっちは、掘り起こした根の方を運んで行く。
2体の召喚獣はゆっくりと氷の上を進む。
それに従って、アルセンテとフィオーラは、氷の道の先を足して、伸ばしていく。
最初に作った氷は融けはじめているが、木はすでに通過した後なので、問題なく道は機能している。
その間アヤトは、伸びた蔓を触る仕事を担当しつつ、襲って来るゴブリンを撃退した。
それに関しては、セネカが誉めていた。
「大分、槍捌きが良くなっていますね。
自主的な修行の成果が出たのでしょう。」
結界に監禁し、無理矢理木を切らせる。
そのことを、自主的な修行と言って良いなら、確かに自主的な修行の所為果だろう。
槍を、黒い斧に変えて、ゴブリンの首を刎ねた。
スパッと。
空想の中のゴブリンは綺麗な顔をしていた。
ちなみに、アヤトの仕事・・・伸びた蔓を触る仕事と言うのは、文字通り、森に残った豆の木の蔓を見つけては、しばらく触るだけの簡単な御仕事だ。
「さすが邪悪なアンデッド、みるみる枯れていきますね。」と、セネカが誉めてくれた。
「それはどういたしまして。」 絶対 褒めてなかったけどな。と、それに応える。
でも、接触であの木が弱るなら・・・・・・、
「どうしました?。」
「初めからこうしていたら良かったんじゃ?。」
と、アヤトが、それとなくセネカに聞いてみたら、
「森殺しの豆木本体の魔力を直接吸収するですか?。
アヤトさん、そんなに化け物になりたかったんですか。
そうならそうと、言ってくれたら私が・・・・・・」
といった感じの流れになったので、会話を強制的に打ち切った。
アルセンテとフィオーラは、白い道を先導し、氷の道は町に向かって動く。
空から見たら、白い芋虫が森を進んでいるように見えたことだろう。
アヤト達も道を追うように、町を目指すことになった。
ついてきたお供を露払いしながら進む。
もうすぐ町だ。
根起こしで1か月。
枝打ちから、この大木を町の近くまで運ぶのに半月近く掛かっている。
本当に永かった。
涙は出なかったけど、・・・アヤトは涙した。
町に近づいて来る巨大な物体に、町の住民が騒ぐ。
すでに臨戦態勢の町は、ただちに 様子見に斥候の冒険者を送ったが、すぐに戻って来た。
慌てた様子はないので、見送った見張りは安堵する。
各所に伝令を走らせる。
そのまま斥候の冒険者パーティーは、その場にメンバーの2人を残し、領主とギルドマスターの元に報告に向かった。
城壁で周辺を監視していた兵士も数人降りて来て門番と一緒に、残った冒険者2人に話しを聞く。
その冒険者2人(重戦士と盾役)は、言葉を忘れたらしく、口を動かすより、身振り手振りの方が多い。
その内容は、言葉少なで、どうにも要領を得ないものだ。
要約すると一言、「木が運ばれてくる。」
( 何を言っているのだろう?。)
林業の盛んなこの町に木が運ばれて来るのは、いつものこと。
それより、近づいて来る異様な物体は何なのかを調べるのが斥候の仕事のはずだ。
「だからあれは木だ!。
悪魔の木が運ばれて来るんだ。」
声を大にする冒険者。
晴れていれば町の城壁の上から幽かに見ることが出来る森殺しの豆木は、町の住民から悪魔の木と呼ばれていたが・・・意味が分からない。
森殺しの豆木は、大きな木の倍の高さがあり、幹回りは3倍の太さを誇る。
幹は硬く引き締まり、鉄の斧で何回叩いても少しの傷しかつかない強靭さをもつ、まさしく木の化け物だ。
例え、切ることが出来ても、切り倒すことは難しい。
傷口を放置しておけば、樹液で覆われ、しばらくすれば治ってしまう。
切るより治る方が早く、切っている間に魔物に襲われ帰らぬ人もいる。
一番厄介なのが魔物を寄せる点だ。
その実を狙い、多くの魔物が引き寄せられる。
この町の者は、豆木を『悪魔の木』・『魔物の木』と呼び、恐れている。
現在、この町の一番の問題は、異常繁殖したゴブリン達による町の被害だ。
幸い、町の中は城壁があるから守られている。
が、林業に必要な木を切る森には入れなくなっていた。
町が現在 臨戦態勢なのも、もうすぐ起こるであろう【ゴブリンスタンピード】を警戒してのことだ。
そんな中起こったのが今回の事態。
冗談を言っている場合ではない。
それに、あんなものは、重くて運べるはずがない。
何年か前に伐採した千年樹と言われた大木でも、町の者 総出で切って運んだのだ。
取り敢えず、固唾を飲んで迫ってくる物体を見守り、領主や冒険者ギルドからの指令を待った。
町の者が、近付いてくるものに警戒する中。
いきなり現れた白い道の上を、見たことのない巨大な生き物(?)が、見たこともないような大きさの木の幹を運んで来る。
その見たことがない生き物は、門の手前、道の脇の森が開けた場所でで止まり、その姿が消える。
その後を追うように白い道も徐々に消えていく。
ローブで顔を隠した魔術士と思われる指示のもと、残り6人の魔術士は、その場に留まる。
( 良かった。こっちに来る気はないようだ。)
こっちに来られても困る。
かと言って、事情を説明しないで逃げられたりするのも困る。
このような事態は、見張りや門番には・・・手に余る。
消えずに残った此処に在るはずの無い物・・・切り倒された巨大な豆木は動かず、確かにそこにある。
消えずに残った7人も、そこから動く様子はない。
それとは対照に、町の中は慌ただしくなり、ギルドマスターが飛び出して来た。
7人の先頭の男(?)と何か話しているが、手を握って、ブンブン振り回している様子から、知り合いのようだ。
( 良かった。敵ではないらしい。)
ここ最近は緊張状態が続いていたので、ホッとする。
その後、ギルドマスターが町の中に戻り、中央広場に住人を集めて、ゴブリンの暴走の問題が終結したことを公表した。
町を漂っていた緊迫感は、一瞬の静寂の後、霧散して歓喜の声に変わる。
ここ数日、皆 気を張っていたから、感情が爆発したのだろう。
自分もそうだ。いつの間にか大きな声を上げていた。
ゴブリンスタンピードが解決したのだ。
喜び、叫ぶくらい当たり前の衝動である。
彼ら町の衛兵と、町のギルドから依頼を受けていた冒険者にとっての地獄はこれからだったが、そんなことは知らない皆は、素直に喜び、町を挙げてのお祝いになった。
危機が解決し、街が守られたのを祝し、夜通し騒いだ。
余談であるが、あの悪魔の木の木材は、ブローロブ商会が金貨3万枚で買い取ったそうだ。
そのことも、その場でギルドマスターの口から発表されて、町は喝采で湧いた。
・・・豪儀な話しである。
そんな話題も、祭りの騒ぎの良い酒の肴になって、笑いと眠りの中へと消えていった。
町の衛兵はうんざりしていた。
右を見ても 左を見ても、集めたゴブリンの死体だらけだ。
彼ら町の衛兵と町のギルドから依頼を受けていた冒険者は、今後の町の安全の為に森に入ってゴブリンの死骸を集めて燃やす作業と、これだけ死んでいてもしつこく残るゴブリンの残党の討伐に、足を棒にすることとなった。
数は7割は減ったそうだし、こちらの人数も多いので、命の危険は少ないが、・・・ゴブリンのものとはいえ死体を集めて焼く、これはこれで過酷な仕事だ。
それにしても・・・これでも、半分以上のゴブリンは焼却処分されたとのこと。
(何者なんだ?。)
すでに帰って居ないが、あの連中・・・いや、あの冒険者達、何でも魔術集会所属のパーティーらしいが、ギルドマスターはそれ以上多くのことを語らなかった。
町の総意として、是非にと誘ったが、祭りの宴にも参加しなかった。
ただ、今回のゴブリンスタンピードの件で、彼らに問題の解決を依頼したこと、
彼らは腕利きの冒険者でもあり、仕事が忙しくすでに次の現場の予定が入っていること、
を、ギルドマスターは町の住人に説明した。
あの見たことのない生物は、生き物ではなく召喚獣らしい。
(あんなのもいるんだな。)
あんなもの、物語の中でしか見たことがない。
全員ローブで顔を隠していたが、きっとすごい魔法使いなのだろう。
衛兵が、そのフードの下の素顔を見ていたら、あまりのすごさに気絶していたことだろうが・・・。
中身を見たのが、とある骸骨の魔術使い限定の話しである。




