#染魔人の樵(4)
本当にセネカは、斧10本とスコップ20本だけを置いて、仲間と帰って行った。
デュークはつらそうに、イシュカは申し訳なさそうにしていたし、シャロは「がんばれよ~。」と手を振り、アルセンテとフィオーラがさすがに気の毒そうな表情をしていたが、セネカは笑顔で送り出してくれた。
アヤトも拳を握り締めて見送る。
見えない壁を叩くように手を振り、皆との別れを悲しんだ。
何度も何度も、バンバン、と。
ちなみに、この見えない壁・・・セネカの結界魔法は、この木が周囲の土地から吸い上げる魔力の流れを利用して展開されており、アヤトはその範囲から出られないようになっているそうだ。
そう説明を受けた(結界に閉じ込められた後に)し、実際、この木を中心に半径1~1.5キロメートルの距離からは、どうしても出られなかった。
それから、しばらく呆けたりゴブリンとの交流を繰り返した後、アヤトの長い杣人生活・・・ではなく、武器を扱う修行が始まった。
足の裏でしっかりと大地をつかむ。
斧を上から振り下ろし、水平にストンと叩きつける。
綺麗に放物線を描く軌道、カン、と、小気味の良い音が、緑の森の中に響く。
身体の重心をしっかりと落とす。
重力や遠心力をうまく利用し、重力や慣性の力に逆らわない。
筋肉を使うというより、筋肉は遠心力を生み出すのに使う。
全身の発条を連動させ、斧の重さを遠心力に乗せる。
腕の力は、必要な時のみ力を足すイメージ、インパクトの瞬間、柄を握る力を一瞬緩め、掛かる負担を逃がす。
脇を締め、とにかく体をコンパクトに、体の重心から手足などの末端が離れていかないよう意識する。
それらのことを、一瞬で判断して斧を振り下ろせるようになってきている。
斧を持つアヤトの腰の位置は以前より低くなっている。
自然とそうなった。
大地に根を張る木を打ち負かす為には、人間の方も重心を落として足に根を張る必要がある。
そうしないと、斧に力が入らず、樹に打ち勝つことは出来ない。
体の動かし方を覚えるのは必要な事、ただ、それだけで このお化けのような樹をどうにかするには困難が伴う。
魔法的な力も必要になってくる。
魔力を全身に巡らせ、斧にも強化の魔法を掛けている。
それぞれの筋肉に、使う時、使う部位を意識して魔力を注ぐ。
流れるような動作、流れる汗。
もちろん、この骸骨の身体に汗も筋肉も無いが、この体は以前の体の機能を元に動いているようなので、難しいことは考えない。
体があった時の感覚で身体を動かす。
部位を意識することで、魔法の筋繊維のようなものが身体を動かしているのを感じる。
そう、魔力は巡り、汗は出ない・・・血も涙も出なかったが、体は以前と同じ。・・同じはずだ。
これは現実逃避ではない。精神統一だ。
目を瞑り、再度意識して、体全身に気を巡らす。
身体の一部だけを強化しても駄目だ。
腕だけ強化すると、一撃の威力は上がるが、続かないし、それ以外の箇所が負荷を受け体を痛める。
最初、腕にだけ力を入れていたら、肩と手首の骨に異音がした。
もう少し斧を振っていたら、肩と手首がどうかなっていたことだろう。
一日で骨の罅が治った俺の体の方も、どうかなってると思うが・・・・・・。
よく俺に、それだけのことが理解できたか、だって?。
そりゃ、1か月も斧を振っていたら多少は分かってくる。
この5日間 不眠不休だからって、幻覚やうわごとを言っているわけじゃないぜ。
今の俺の斧捌きは、本職の樵にも負けないものだ。
いや、むしろ勝てると言える。
今ならセネカの首だって刎ねられるかもしれないぞ?。
ただ、世の中、そうそう うまくはいかない。
ようやっと木の切る速度が上がってきたかな。と、実感が持てた途端、集中して木を切る環境ではなくなった。
ゴブリンが、また増え始めたのだ。
それも急激に・・・。
当然 慌てたし、対応に追われた。
何故急に、もしかして、数日経っただけなのに、この前さんざん追い払われたのを忘れたんだろうか。
ゴブリンにある物を投げられて、アヤトがかなりキレキレの攻撃をして以降、目に見えて襲撃は減っていたんだが・・・。
戦いながら原因を探る。
そして、一匹のゴブリンが、豆の木に向かってフラフラと歩くのを見た時に閃いた。
それからアヤトは、匂いを嗅ぐことに神経を集中して、時間は掛かったが嗅覚で嗅ぎ分けることに成功した。
甘い匂いがしている。
やっぱりだ。・・・もしかして、この木、
ゴブリンどもを引き寄せている?。
外敵を排除する為に魔物をおびき寄せている?。
そんな考えが頭に浮かぶ。
脳を揺さぶる、甘い匂い。
ついつい ついでだからと、アヤトも豆の実を一つ齧る。
咀嚼し、集中してみる。
すると、甘い味がした。
甘味だ。
久しぶりに味を感じたからか、涙(心の)が出てきた。
傍らから見れば、ゴブリンに泣かされているように見えるかもしれない。
・・・まあ、間違ってはいない。
忘れていたが、大勢のゴブリンが寄って来ている。近くに居る。
そこに、久しぶりに鼻(?)で感じた臭い匂い。
・・・アヤトは泣きそうになった。
生身なら泣きながら吐いていた・・・と、思う。
それほどの臭いだ。
甘い香りばかりに意識を囚われ過ぎて、周囲にゴブリンがいるのも、その他の匂いがあることも・・・気が付いた時には遅かった。
原因が分かったが、すぐに出来る対処法はない。
途中からゴブリンを相手にすることを諦め、ストーカーされながらも無視して木を切る。
当然ながら嗅覚も切っていた。
セネカシネ・セネカシネ・セネカシネ・セネカシネ・・・・・・魔法の言葉に力が湧く。
ゴブリンが、頭に乗ろうが、肩に乗ろうが、足にしがみつこうが、腕にしがみつこうが、斧を振るう。
敵が蟻じゃなくて良かった。
群がられるだけでなく、鎧の隙間に入られでもしたら、・・・・・・アヤトは発狂していたかもしれなかった。
木を切るにはコツ・・・最低限のやり方がある。
まず片側から切りはじめる。
これは、木を倒したい方向から切る。
最初は、木の少し低い位置を真っすぐ平行に、続いて切った隙間が三角になるように、少し上から斜め下に斧を入れる。
これは受け口というらしい。
セネカが、切る大体の角度とかも言っていたが、もう忘れた。大体でいい。
次に、最初に切った受け口の反対方向から木を切る。
受け口より少し高い位置を切ると良いらしい。
こっちは追い口という。
そうして切り進めていくと、木の自重で受け口の方に倒れていく。
もし、一方のみを切ると、木の重さが切り口一か所に掛かり、重みと圧力で切りにくいうえ、切った木がどちらに倒れるか分からず危険だ。
黒いオーラを出す斧で木を叩くこと何百回・何千回・あるいはそれ以上か、・・・ついに大木が倒れ始める。
メキィィ、メキメキィイ。
アヤトが此処に来て1か月と半。
激しい怨嗟の声を上げるかの如く、大きな音を立てて倒れていく巨木の行く末を、目の動きで追い、無駄だと思いながらも耳を塞ぐ。
生木が自重で軋む音の不快さは半端ではない。
これだけ大きな木ともなるとなおさらだ。
アヤトは、味覚は意識しないと感じられないが、聴覚に関しては、常に音が聞こえており、音を遮断する手段を有していない。
物理的に耳を塞ぐのでは・・・駄目だろうな。
今度 どうすれば音を防げるか挑戦してみよう。
取り敢えずアヤトは、ゴブリンに盗られる前に豆の実を確保するべく、倒れた木の先に向かって急いだ。
衝撃で地面に落ちた実や、まだ枝についている実を、我先にと捥ぎ取る。
物を確保しつつ、さっそく果実を食す。
爽やかな気分、爽やかなうまさ・・・うまい、これぞ人間の味覚。
やっぱり食事は大事だ。
アヤトは久しぶりに人間らしさを体験していた。
ただ いつだって、自分の主観と、外部から見た客観では、差異はつきものだ。
自分的にはOKでも、世間ではアウト、と、いうこともある。
外部から見ると・・・・。
ゴブリンと一緒になり、鬼気迫る顔で食べ物を貪る餓鬼のような姿、が、・・・そこにはあった。
「ありゃ、やばいな。」
遠くの地で放たれた声は、此処までは届かなかった。




