#染魔人の樵(1)
アヤト木を切る。斧を振る。
アヤトは木を切る。斧を振る。・・・延々と同じ動作を繰り返す。
5日前から止むことなく鳴る木を叩く音。
森の中に木霊す騒音被害を、しかし、アヤトが顧みることはない。
一身一心、ただ斧を振る。
すでに6本目になった相棒を握り締め、振り上げては下し、振り上げては下す。
この場所は深い森の中にあって、目の前の巨木以外、周りには緑が広がるだけだ。
地面を伝う蔦と、隠すことに執着するかのように広がった葉っぱ。
木々は遠く手が届かない。
偶に、ご近所さんのゴブリンがやって来ては、アヤトに纏わりついては帰っていく。
ほら、またゴブリンが、・・・・アヤトの体を攻撃するが、アヤトは気にせず斧を振り回す。
最初の頃は、いちいち騒ぎたてていたが、・・・もう慣れてしまった。
上げた斧の、刃の付いていない部分に何かが当たり頭が潰れても、今では無心で斧を振れる。
この木を打ちつけていると、何故か脳裏にセネカの顔が浮かぶ。
その幻影を消すことなく、むしろイメージを鮮明にして、渾身の力を叩き出す。
今何をしているか。アヤトは今木を切っている。
林業に目覚めたわけでも、樵への就職を考えているわけでもない。
切らなければいけないから、木を切る。
此処に来て一月になるが、目の前の木は、少ししか切れていない。
さすがに、切るコツくらいは掴めてきたが、終わる気配は見えない。
あ~~~~~。
ついに手を止め、斧を肩に置いて空を見上げる。
すでに、食事もテントもなく、一月もの間 森の真ん中で暮らしている。
何故俺はこんな所で、こんな事をしているのだろう。
そんなことを考えてしまうと、肩の斧の重さに負け、体が座り込んでしまう。
周りには魔法の結界があって、この森の開けた一帯から外には出られない。
斧を振り続けるしかないのだ。
誰もいない森の中・・・・1人で。
カノヴァの大亀の今回の寄行地、林業と家具作りで有名というサリンダの町、城門を潜り、大通りから少し外れた小さな店が集まる店先でセネカがしゃがんだ時、それが、そこから抜け出せる最後のチァンスだったのかもしれない。
アヤトは、色々あったショックで気落ちしていたので、そのことを気にする心の余裕はなかったが、一軒の道具屋の前で足を止めたセネカは、一本の斧を手に取り吟味する。
「良い斧です。」
小さく呟いて、店の奥に声を掛けると、出て来た職人に向かって話し掛ける。
「良い腕ですね。
この斧ならもっと高くしても売れるでしょうに・・・。」
口数多く、まだ駆け出しで、名前も売れてておらず、ついでに商品も売れていないと言う職人に、いつもより若干上機嫌に見えるセネカは、職人の腕を褒めている。
そんなことは珍しかったが、気分が落ち込んでいるアヤトには気にならない。
結局、セネカは、斧を10本とスコップを20本購入した。
特にスコップは、店に置いてある分ほぼ全部を買い占めた。
かなりの量だ。
パーティーメンバーで分散して、それぞれの走竜に括りつけた。
アヤトも黙々と言われた通り、自分の愛馬(走竜)に斧とスコップを括りつける。
「本当に・・・ちょうどいい斧です。」
セネカは僅かに弾んだ声で呟く。
もしも、そのセネカの小さな声を、アヤトがちゃんと聞けていたら、きっと全力で逃げれた・・・かもしれない、もしかしたら。
「落ち込んでいる暇があるなら、修行をしましょう。
その方が建設的です。
何もしないから、嫌な事ばかり考えるんです。」
セネカがそんなことを言うのは、アヤトが修行に身を入れていないからだ。
セネカを含めた他のパーティーメンバーと一緒に運動場を走る。
ただ、アヤトは、走ってもダラダラと走った。
武器の練習でも、セネカに杖を打ち込んでも、一方的にやられるだけ。
魔法も出せたり出せなかったり・・・。
ついに無言の圧力のセネカが、アヤトのマネキンの鎧の関節の隙間をレイピアで貫いた・・・が、それでもアヤトの危機感は薄かった。
上の空、というやつだ。
デュークに、「ちゃんとした方が・・・。」とも言われたが、そんなことを言われても、全身 骨のアンデッドになって、モチベーションなぞ上がるわけもなく、アヤトはだらけていた。
空返事しながら、適当に走ったり杖を空振る日々を続けた。
そんなある日、冒険に行くことが決まった。
次に大亀が寄る町の森の奥地に植物の採集に行くという。
冒険者ギルドから依頼を受けたそうだ。
そのついでに、「森で修行をしましょう。」ということらしい。
「アヤトさんは、まず武器の使い方がなっていません。
今まで専門の訓練を受けていないので、仕方がないのかもしれませんが、それにしても基本がなっていません。」
相当ひどいらしい。
そんなことを言われても、現代日本で武器を使う機会は多くない。
はっきり言うと少ない。
防犯訓練で刺股を使うくらいか。
武道をやっている人でも、武器を使う経験は得にくい環境。
剣道やフェンシングくらいしか思いつかん。
日本における戦いはスポーツ、競技なので、ボクシングや空手で、対戦相手が獲物を出してくることは無い。
出てきたら試合にならんし、出した方が負けるのがルール。
レスラーが、パイプ椅子で対戦相手を殴る場面も見たことがあるが、・・・あれは演出というか、とにかく別物、・・・武器を使うことはない。
ましてや、武器で人を傷付けた経験を多く持つ人なんか、かなり少ないだろう。
そんな奴が日本に居たら、友達にはなりたくないし、したくない。
居るとしても刑務所の中とかであろう。
そんな文句を言って、アヤトが床にのの字を書きはじめたら、
「そうですね。
ですから、アヤトさんには実地の修行の方が良いと思っています。
あと、相手に刃物を向けないで行う修行の方が良い(よ)と、・・・他人に刃物を向けるなんて慣れていないでしょう?。」
おお、珍しくセネカが真面なことを言っている。
と、頭の隅で思ったが、同時に、セネカの言う事なんてどうでもよかったので、アヤトは話し半分に聞き流していた。




