**カノヴァ公国の街
カノヴァ公国の街は大亀の背中にあり、周りが城壁に囲まれている。
街は国に1つしかない。
よって、カノヴァ公国で街と言えば、ここ【シャランティア】がそうである。
大亀が都市ごと移動する。
その習性を利用し貿易で発展した商業の街である。
魔道具や宝飾品など職人の街、技術都市である為に商品は高級品が多い。
劇場や美術館・各種芸術施設が多いことでも知られている。
だが、中に住んでいる人にとっては高級品ばかりでは困る。
庶民も食べなければならないし、普段使いの物が高級品ばかりでは使いたくても買えないということになりかねない。
学園都市でもあるので、お値段が高いと学生のお財布にも厳しいし、財布の紐で絞めるのが学生の懐ということになってしまう。
それでは経済は回らない。
当然、庶民や学生が食べる食品や使う商品も売られている。
壁内には畑や牧場もある。
湖で獲れる魚料理も名物だ。
食料品の輸入もしており、庶民が食べる物は輸入品が多い。
また、技術・職人の街といっても、全員が高い技術を持つわけではない。
弟子など技術が拙い者もいる。
売れてない無名の職人もいる。
そうした者がつくる物は安いので庶民でも手が届くようになっている。
ただ、全体的に見るとカノヴァの物価は高い。
その分、街も綺麗で治安も良い。
人も多いし活気がある。
治安が良いので、学生も校外に出やすく、学園に申請すれば気軽に街に行ける。
こっちの世界には珍しく、女子供にも優しい観光地といえる。
独特の白を基調とした街並みと小舟を使った水路での観光は【水の都】・【白の水都】の名に相応しく、人生で一度は見ておくべき光景だという言葉も納得が出来る代物だ。
この街は、オークションハウスから歌劇場・美術館・闘技場まであるそうだ。
どの建物も大きく、見てるだけでも楽しい。
特に、この世界にしかない魔物の素材で出来た武具の店や、大商会でのゴーレムを使った荷運びはテンションが上がった。
生温かい視線を感じる。
この4人の中で一番年上だが、一番はしゃいでいたようだ。
この3人は、すでに何度か街に来たことがあるそうで、一度も来たことがないのが自分だけとはいえ恥ずかしい。
一応田舎者の設定だし、少しくらいは許してほしい。
ゴホン。
わざとらしく咳をして、なかったことにした。
少し遅めの昼食は豪華だったが、アヤトとテルセルは戸惑った。
一応、服装はきちんとしたものでなくても入れるようだが、店がフランス料理とかイタリアンレストランのような雰囲気だったのだ。
フレドとレイチェルは普通に優雅に食事していたが、庶民にはハードルが高い。
料金もフレドに払ってもらったし、傍から見たら駄目人間だと思う。
そう思うとウエイターのおじさんの目が気になる。
話しは逸らすが・・・逸れるがこの街はすごい。
こっちに来てからあまり見たことがなかった整然とした大きな建物が並ぶ。
独特な白の色の建物や壁は、他の街では見られないもので、霧の風景と合わせて幻想的だ。
水路を行き交うたくさんの船。
遠くに見える湖から反射する淡い光が、街の雰囲気を明るいものに感じさせる。
大通りに面した店の多くは、高級品の専門店や紹介状が必要な店も多く、アヤトにとっては縁がない店だが、見るだけでも楽しめる。
観光が盛んなので、大商会のゴーレムのように、わざわざ運ぶ様子を見やすくしていてくれたりする。
日本に比べたらまだまだだが、観光地としてはかなり良いものがあると思える。
お金がある者にとっては・・・・・・。
個人の買い物以外、全てフレドの奢りだった点が、魚の骨のように喉に引っ掛かるが、魚料理もおいしかったし、・・・アヤトは気にしないことにした。
夕方まで観光してから学園に戻る予定なので、昼食後も街を歩く。
次は今回の観光の目玉、カノヴァ城壁に昇るのだ。
唯一、一般人でも使用出来る魔法陣を使って、カノヴァを囲う高い壁の上に飛ぶ。
ここは大亀の側面にある城壁だそうで、この魔方陣は観光用に開放されているそうだ。
階段もあるそうだが、そんなものは使用しないし、したくない。
亀の甲羅の上に築かれた高い壁の上から見る景色は、外の霧と自然の幻想的な風景、内に目を向けると、日の淡い光できらめく湖、巨大な貝や亀の甲羅・時々見れる鰭、水路と湖と共存した白い街、城や学園の壮大な建築物と、見所でいっぱいだ。
霧の隙間から見える外の景色は、こうしてみるとゆっくりとだが動いているのが感じられて新鮮だ。
このカノヴァ公国、住んでいる限りは揺れとか感じられない。
大亀が、歩くのではなく泳いでいるからだが、こう、何というか亀の上という実感が湧かないのだ。
前の方を見ると霧の陰にカメの頭の影が、後ろを振り向くと巨大な貝が見てとれて何とも言えない気分になる。
だいたい城より貝の方が大きいなんて、そっちを観光資源にすればいいのにと思う。
普段見ることが出来ない上からの学園、外から俯瞰した目で見ると、いかに学園が大きいのか解かる。
城壁を真下に覗き込んで壁面を見たり、外側と内側を行ったり来たりと散々はしゃいだ。
そうこう時間が過ぎて、今回のシャランティア見物のメインの一つだった城壁から降りると、比較的リーズナブルな商品が並ぶ店の一角に向かって、歩き始めた矢先に数人の青年に声を掛けられた。
学生だ。
なぜ学生だと分かるかというと、この顔はどこかで見たことがあるからだ。
ピンときたが、ピンとこない。
この8人・・どこかで見たことがある人達だが・・・思い出せない。
自己申告で、「協会に勧誘しただろうが・・・」 とか、「ルーヤファーレスさんだ。天才魔術士として学園でも有名だろうが、去年の学年祭での活躍を見ていなかったのか。」 とか、色々説明され、最後に、「熱く協会の未来について語っていたのに覚えてないのか・・・」 というセリフで思い出した。
ああ、あの暑苦しい人か。
つまりこの人達はあの時周りにいた取り巻きの人ということだ。
あの人の印象ばかり残って、その周りの人達の存在が頭に残ってなかった。
そう言われれば、この人、あの熱血イケメン君の周りに居たような・・・。
まだ何か言っている。
その内容は・・・・・・。
魔導協会ファウルトは、歴史と伝統ある大きな魔術ギルドで、中でもトリスタン家は協会内で有力な名家で、その御子息であるルーヤファーレスさんに直接声を掛けてもらえるなんて栄誉なのだそうだ。
そうだそうだ。と、口々に他の取り巻きも話し始める。
ちょっと待て、せめて順番に喋れ、聖徳太子のスキルは持っていない。
8人は強引に勧誘を進める。
協会に所属するの取り巻きの一人、名をリックと名乗ったが、の勧誘は感情的で、
「ルーヤファーレスさんに、あんな熱心に誘ってもらって何が不満なんだ。」
「・・・・・・・・・・・・」
そんなことを言われても困る。
どんな言葉で飾ろうが、怪しい団体に声を掛けられるのは迷惑だ。
そういうことは、もっとこの世界に慣れて、絶対に怪しくないちゃんとした団体と分かってから、入るか決めるのだ。
それにルーヤファーレスと言ったか、あいつは爽やかで熱かったが、こいつらのように嫌味でしつこくはなかった。
むしろあっさり話しを切り上げてくれていた。
あいつは感じが良かったが、こいつらは嫌だ。
こいつらのような人間がいる組織には入りたくない。
それからも取り巻き達は一方的に話し掛けてきて、早々に防戦一方になるアヤト。
見兼ねたフレドとレイチェルが間に入って止める。
「外野は黙っとけ。」とか、「関係ない奴は、しゃしゃり出て来るな。」とか、ひどいセリフを言われていたが、2人は笑顔で受け流す。
2人はさすが貴族の教育を受けているだけあって、交渉がうまかった。
交渉というか、圧力というか・・・。
「もちろん学園側の許可は受けてますよね。」
「これはルーヤファーレスさんも知ってのことですよね。」
「場合のによっては我が家から抗議させてもらいますが。」
基本この3つのセリフで相手は黙った。
少しすると、また色々言い始めたが、相手の言葉を一つ一つ叩き潰す。
2人に口で敵わないと分かると、取り巻き達はアヤトの肩に手を伸ばした。
アヤトの肩を掴もうとした瞬間、その手を黒いものが覆った。
グゥルルルゥゥウル・・・。
唸り声を上げて相手の学生の手に齧りつく大型の肉食獣。
黒い豹がアヤトを守るように立ちふさがる。
詰め寄っていた学生達が顔を青くしている。
俺も怖い。
近くに、虎より大きいジャガーのような生物がいたら、そらビビる。
いつの間にか・・・どこから来たんだこの猛獣。
レイチェルがその黒い豹のような生き物に近づき毛皮を撫でている。
よく見ると違和感が、レイチェルがいつも身に着けている黒いマントがない。
魔力も感じる。
街も騒がしい。
街中で魔法を使ったというか・・・大型動物が出たら騒ぎにもなる。
「何だこれ、離せ。」
噛まれた生徒が恐慌状態で腕を振っている。
「大丈夫、優しく嚙んでる。
本気で噛めば手が千切れてる。
革は元は動物の皮、骨や死体と同じ、なら死霊魔術の媒介になる。
私のマントは特別な物。
ゾファーは思念の核が半霊獣化している貴重なもの。
何度も何度もお願いしてようやく譲ってもらった。」
ちらりとアヤトを見る。
「おい、これさっさと外せ。」
別の生徒が乱暴に歩いてきたが、レイチェルの腕から伸びた黒いロープがその生徒に巻き付く。
フレドとテルセルはアヤトの前に立っている。
「死霊魔術士を舐め過ぎている。
髪も切り離せば死体と変わらない。
この縄でも、その気になれば絞め殺すことが出来る。
要はその品に思念を刻印出来るかどうか。
それに、私は普通の魔術もあなた達より使える。
あなた達こそ、さっさとどこかに行く。
他人の素材に手を出してはいけない。」
いや、俺は素材じゃないけどな。
守ってくれて助かっているけど、それとこれとは話しは別だ。
それにしても、あれは・・・あの獣はレイチェルのマントが変化したということか。
死霊魔術、革を媒介にしているということは・・・どういうことだ?。
アヤトが悩んでいる間に、レイチェルが黒い豹に噛んでいる手を離させると、取り巻きの男達は逃げるように帰って行った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
観光は予定より早く切り上げることにした。
帰る時間は予定より遅くなったが・・・・・・衛兵と少し話しをした。
衛兵と話しをするなんて滅多に出来ない体験・・・だと思わないとやってられない。
さいわい、カノヴァの学園の生徒というのもあり、軽い説教と学園への報告だけで済んだ。
子供の方が弁が立ち、女の子に守ってもらった点があれだったが、何とか無事にカノヴァの街の見学が終わった。
最後のあれで、せっかくの観光気分が台無しになったが、まあ、全体的には楽しかった。
次は一人で来れるようにしよう。
金銭的にも・・・・。
フレドは貴族であり、こっちの世界では奢るのは珍しくないことだそうだが、料金が全部フレド持ちというのもなんだかなと思った。
子供が出来たと言われた時は当然のことのように喜んだ。
愛する妻の子だ。
さぞ可愛い子が生まれるだろうと、人並みの親のように準備もしていた。
ただ、お腹が大きくなるにしたがって、妻の体調は悪くなっていった。
何度か倒れるにいたっては、妻には子供を下すようすすめた。
子供も大事だが、妻の命には代えられない。
だが、妻は断った。
絶対に生むと譲らなかったので、その時は諦めたが、その後も体調が良くなることはなく、むしろ日々悪化していった。
ことがここにいたって、自分は強硬に下ろすように言ったが、ついに妻は首を縦に振らず、娘が生まれてから一月もしないうちに息を引き取った。
子供は無事に生まれた。
だが、あれは化け物だ。
取り上げた産婆の手を火傷させ、泣くと同時に周囲に炎を発した。
妻も炎を抑える為、無理な魔力の行使で、更に命を削ることになった。
それは水の加護がある一族を焼くほどの炎で、強い水の魔力を有する結界の祠の中にいてさえ防ぐことは出来なかった。
妻が亡くなった時、死んだ妻の胸から子供を取り上げて、壁にぶつけようとして止められた。
その時に負った掌の火傷はもう治っているが、痛みは忘れない。
それから娘とは数えるほどしか会っていない。
会いたくもない。
ただ、言いたいことはたくさんあった。
それをぶつけていたら、ますます会えなくなった。
それは別に言いが、言いたいことがあるのだ。
絶対に、何としても、私から妻を奪ったことを後悔させてやる。
過去を何度も振り返り、男は何度も呟いた。




