**工房見学(中)
当主と当主の弟のラーシュさん、そしてセフィアさんと弟で次期当主のテルトール君、この4人が主な案内役だ。
工房内では、昨日の晩餐の席で椅子の後ろに立っていた職人達が働いている。
職人は、職場のスペース確保でてんやわんやだ。
誰とは言わないが、誰かのせいで、急遽この場に大型のオリハルコン炉が設置されることが決まったからだ。
オリハルコンの製作の現場を見て歩く学生達。
人や物がゴチャゴチャしたその部屋の中を、当主一行と木漏れ日の樹のメンバーが歩いている。
向こうからしたらはっきり邪魔だろうし、こちらとしても動きにくい。
それにクラスト家の皆の頭がこんもりしていて邪魔だ。
アヤトの前を歩くセフィアさんも、工房内ではあの豪奢な髪をほっかむりみたいな白い布で纏めている。
女性の髪は長く多いので、後ろがやけに盛り上がっている。
今回は見学の付き添いだけのようだが、学園や実家で魔道具づくりをする際もあの格好らしい。
あれでは、魔道具づくりや鍛冶はやりにくいだろう。
あそこまでして、あの髪型を維持する必要があるのだろうか。
「なあ、そのドリル髪、短くしたら駄目なのか?。」
思わず口に出る。
セネカがさっと間に入る。
セネカにしては、やけに慌てて見える。
「あの、アヤトさん!、貴族の女性は髪を短くしません。
長い髪は貴族女性にとって当然の嗜みなんです。
それに、あの髪型はクラスト家の伝統と言いましたよね。
貴族の家は伝統を大事にします。
それに・・・。」
セネカの言葉にセフィアさんが割って入る。
「ドリルとは何なのですの?。」
視線がすごく冷たい。
こっちの言葉のドリルに相当するものが出てこなかったので、思わず日本語が口に出てしまった。
どうやら髪型を貶されたと思ったようだ。
そんなつもりはないのに(?)。
アヤトが返答に困っていると、セネカがもう少し早く言って欲しかった情報をくれる。
「・・・それに、クラスト家はあの髪型を馬鹿にする人を決して許しません。
それで何度か学園でも決闘してますし・・・・・。」
カノヴァの学園内では身分差はないことになっている。
・・少なくとも持ち出さないことになっている。
カノヴァ公国内ならそれでいい、が、他国でとなるとそうはいかない。
貴族というのは優雅な世界で、争いなんてしないように思えるかもしれないが、実際は力がものを言う。
貴族というのは、有事の際に戦力を出して戦う軍人であることが求められる。
政治家でもあり、裁判官でもあることも求められる。
貴族の仕事の一つに税金の徴収があるが、誰も喜んでお金を払うわけでも、自分から進んで収穫物を納めるわけでもない。
制度を作り、調査し、徴収するわけだが、その行為の背景にあるのは武力だ。
納めなければ、罰せられ、暴力を行使されるから納めるのだ。
軍人が一目置かれるのも、政治家が偉いのも、裁判結果を実行するのも、必要なのは武力なのである。
貴族は舐められたら終わりの商売。と、言われることがある。
商売ではないが職業ではある。
貴族はプライドを傷付けられれば、絶対に黙ってはいない生き物なのだ。
「貴族というのは体面や名誉を重んじます。
それは、見栄やプライドもありますが、常に貴族同士で勢力争いをしているという面もあり、弱みを見せたらやられるからです。」
「こっちの社会は封建社会で、身分の壁は厳然としてあります。」
カノヴァの学園の手前、死刑とかはされないが、牢屋に放り込まれるくらいのことはあるそうだ。
学園としても、封建制度そのものを否定しているわけではない。
処刑や重罰・拷問や長期間の拘束でなければ、数日牢屋に入れられる程度は社会勉強の一環として、口は出さないそうだ。
「くれぐれも。」 「失礼のないように!。」と、セネカに諄いくらい念を押された。
( それでいいのか異世界の学校!。)
学園には、学生を守る為もうちょっと頑張って欲しい。
「さすがに俺も、わざわざ失礼はしないぞ。」
争いを好まない俺が失礼なことをするはずがない。
だからそう言ったら、アヤトさんは素で失礼なのだそうだ。
場所や国によっては、貴族の馬車が通ったら道の脇によって、頭を下げるとかしていないそうだ。
そういう常識がないらしい。
( まじで?、そんなことしなきゃならないの?。)
目で訴えかける。
「と、いうことで真剣に謝ってください。
場合によっては私でも庇えませんから。」
当然アヤトは真剣に謝った。
「気にしていませんから。」
と、言う、女性の笑顔は引きつっていたが・・・・。
粘土のようなオリハルコンの元となる物を捏ねるところは見せてもらえたが、その材料を混ぜる過程や配合の比率・細々とした工程は、当主が別の部屋で作業して見せてもらえなかった。
「おおまかなオリハルコンの製造方法自体は、知っている人は知っています。
ただ、詳しい材料の配合、オリハルコンに魔法を付与する方法は、それぞれの工房の秘匿技術です。
大体の作り方が分かっているなら、試しにつくってみようと思っても、簡単にやれることではありません。
一番の問題点はオリハルコンが金属でありながら焼き物に近い性質を持っていることです。
一度つくってしまうと、再度加工は出来ません。
失敗が続くと破産します。
金貨を溶かしてつくる。と言われているくらい、とにかく材料費が高いので、試作品をつくるだけでも莫大な研究資金が溶けていきます。」
下手に手を出すと、国を溶かすレベルらしい。
オリハルコンの製作技術確立は、経済的に国が溶けて消えるくらいの難事らしい。
オリハルコンの製造方法でなくても、基本、こっちの世界では技術は秘匿されるものだ。
著作権や特許とかが無いし、公開したら、すぐマネされるだろうから、秘匿は仕方がないことかもしれない。
実際、クラスト家でも跡継ぎにしか、オリハルコン製造の根幹部分の秘技は伝授されないそうだ。
そんな大事なものを、詳細は見せないにしても、よく見学を許したなと思う。
それだけオリハルコン製造用の特殊炉とやらが魅力的な物なのだろう。
「そんな貴重な物をよく放出する気になったな。」
と、アヤトは呟く。
質問したつもりはなく、心の声が表に出ただけなのだが、それに答えが返ってきた。
「元々はレイシアストさんのところで使用されていたものです。
それが今回、ここに来ることになった原因は、レイシアストさんの我が儘にあります。
今現在制作進行中の、ボーンオリハルコン製の魔導ゴーレム『ガシャドクロ』製作にあたり、制作の一部をレイシアストさんの兄弟子のグラスさんに委託しました。
それに伴いグラスさんの炉を新調したんですよ。
ところが、それを知ったレイシアストさんが、「私にも新しい炉をよこせ。」と、駄々をこねまして・・・。」
( 冗談だよな?。)
とても真面目な話しをしているとは思えない。
「冗談だよな?。」
声に出して聞く。
「・・・・・・もちろん冗談ですよ。」
少しの沈黙、セネカが答える。
ちなみにセフィアさんは、
「これをレイシアスト様が・・・」
とか言ってる。
当主さんは、苦虫を嚙み潰したよう顔をしている。
職人さんの顔も深刻だし、何かあるのだろうか。
「ここの工房も30~40年前まではこの辺り唯一のオリハルコン工房として権勢を誇っていたのですが、5つの新工房が出来てからは、徐々にその影響力を失っているんです。
5つの工房は、それぞれ大きな商会と結びついていますし、複数の国と取引をしています。
クラスト工房がつくるオリハルコンの剣は、通常タイプと炎熱の魔剣・烈火の魔剣の3種類だけ、しかも魔法石搭載タイプではありません。
色も白や灰色・赤銅色などパッとしません。
今回の契約の中には、銀色や赤色・青色などのオリハルコンの製造方法と魔術集会製の棒状魔法石の搭載技術の提供・その素材の供与契約が含まれています。
正直金貨5000枚は格安なんですよ。」
格安・・・・炉が1万枚で、合わせて金貨が1万5千枚、日本円換算で45~75億円・・で格安・・・・・・貧乏性のアヤトは、
「金額間違ってないか?。」
「間違っていませんよ。」
セフィアさんも、何かおかしいことがあるのか?。と、いう顔をしている。
どうやら、そういうもののようだ。
( まあ、工場をつくると思えば安いのか?。)
でもこれでやっと納得がいった。
この取引は、クラスト家にとっては今後の事業展開を占う重要な取引だったというわけだ。
そりゃ一族揃って食事会をやるわけだよ。




