**エルフの矢(前)
ガンガンとうるさく音が響く。
その度に心胆は寒く、地面に霜が広がっていく。
扉が震えている。
金属の表面に浮かんでは凍っていく水滴だったもの。
ビキィ。
音の種類が変わり、扉に細かいひびが入っていく。
地下へと続く道を塞ぐ役目を持つこの扉は堅い、門の扉といい、どうなっているんだ?。
「この化け物どもめ。」
男は悪態をつく。
護衛としてかっこがつかないが、、悪態がつけるだけましだと思いたい。
一緒に逃げている仲間の中には、恐慌状態で悲鳴を上げている奴もいる。
何でよりによって今日来るんだよ。
昨日なら非番だったのに。
「早く逃げよう。」
との仲間の悲鳴に、どこに逃げるんだよ。と、思う。
前の扉はもう保たない。
更に地下に行くには、後ろの扉を潜り抜けねばならないが、向こう側から締め切られている。
自分達には開けられない。
例え逃げれても、後で組織の制裁を受ける。
かといって、このままここに居てもこいつらに殺されるだけだ。
人形のような顔、扉を砕いて現れたのはウエーブのかかった銀髪と薄いオレンジの瞳。
顔だけなら深層のお嬢様で通じる。
とても化け物には見えない。
どうしてこんなところに来るんだよ。
ドレスでも着て、お屋敷に籠もっとけ。
「くそっ!、お前ら、覚悟を決めろ。」
やけくそで仲間を鼓舞しつつ、男は前に突っ込んだ。
魔導協会ファウルト、伝統ある魔術ギルドで、多くの国や魔法使いに多大な影響力を持つ。
かつては、このカノヴァ公国やその周辺国にも強い影響力を与えていたが、近年、その権威は衰えつつある。
原因は、新興のギルドの勢力拡大にある。
が、最も大きな原因は、組織が大きくなり過ぎたこと、統制がきいていないこと、だと思っている。
派閥争いの末に内部統制がきかなくなっていた。
大きい組織で人数がいても、バラバラに動き、一つの意思の下で動けないなら、その組織は脅威にはなりえない。
千年以上続いたギルドとしての安定した地位、伝統という踏襲主義は、組織を硬直化させ内部を腐らせていった。
派閥同士の潰し合い・足の引っ張り合い・下の者への負担の押し付け・金銭の要求・公正な裁判の阻害・・・・・・・・・・・・
実力があっても、コネや賄賂・良い派閥に入れなければ出世できないような組織が、新人魔術師の人気になるわけがない。
組織は人であり、人材が力だ。
人材が入ってこなくなり、中で争っていれば力を失う。
その結果、新興ギルドの台頭を許し、今のような現状を招いた。
この現状を打破し、かつての偉大な協会を復活する為には、派閥争いを止めて組織がまとまり、内部の綱紀を正す必要がある。
その為にも必要なのは人だ。
今の古い頭のままでは、組織はゆっくりと腐っていってしまう。
新しい風を入れ、改革を推進する。
カノヴァの学園に来たのも、自分と同じ志を持った優秀な人材を集める為だ。
もちろんそれだけでは無理だ。
それを成す為には、地道に足場を固め、組織内での発言力を得ることも必要だ。
幸い、わが家は魔導協会ファウトルトに古くから続く名家で、父も幹部として、組織内で実力を評価されている。
自分も魔術師として学園内で実力を評価されている。
父のコネと自分の実力、学園でつくる仲間。
それがあれば、組織を変え、良くしていくことが出来る!。
しかし、正直、うまくいってるとは言えない。
このカノヴァ公国やその周辺国、最近の冒険者ギルドは、急速に台頭してきている新興ギルドの勢いが強く、勧誘は芳しくない。
個人的な友人はともかく、協会に入る。と、即断してくれる学生は少ない。
父の時代なら、卒業したら協会に入りたい。と、紹介状の依頼が列をなしたそうだが・・・・、そう思うとさすがに落ち込みもする。
随分前に学園にやって来た人物も問題だ。
集まってくれた仲間も、その人物を見ると委縮してしまっている。
今も新しい魔法使いの卵を勧誘しているのだが、返事は芳しくない。
何もすぐに所属しろと言うわけではない。
今から声を掛けて、卒業までの間に選択肢の一つとして考えてくれればいいと、地道に声を掛けることを日課にしている。
ただそれでも、協会って何?。みたいな反応が返ってくると、協会の影響力低下を本気で感じる。
今、声を掛けたのは少し前から注目を浴びている青年で、魔術の才能があるようには見えないが、実はすごい死霊魔術の才能があると仲間から聞いている。
悪霊を倒したとか、アンデッドを操ったとか、色々噂が飛び交っていた。
仲間からも、勧誘は難しいが、早めに声を掛けた方がいいとの助言を受けた。
もう別のギルドに入っていても、本人の意思さえあれば、こっちに来てくれることもあるかもしれない。
・・・が、声を掛けても、
「もう集会に入っていますので・・・」
と、軽く断られてしまった。
その言葉が軽過ぎた気がしたが、ルーヤファーレスは逆に燃えて、ギルドの復権に意欲を燃やすのだった。
今日は突然声を掛けられた。
いきなり、協会という魔術ギルドと魔術の未来について、熱く語られ戸惑ったが、言っていることはまともで、話し方にも、こちらに気を使った様子がみられた。
誰からも好かれそうな好青年だ。
実はアヤトもその人物の存在は知っていた。
学園内では目立っていたし、色々な人に気さくに声を掛けている人望も厚そうな人だ。
爽やかだけど暑苦しそうな人なので、アヤトは避けていたから直接は話したことはないが、一部女子達の間で、ちょっとした話題になっていた。
大きな魔術ギルドの良いとこの坊ちゃんで、眉目秀麗・将来有望で、魔術の才能もあるらしい。
羨ましくはないが、人生代わって欲しいところだ。
取り敢えず勧誘は断ったが、あまりにも相手の言動が熱かったから、思わず、新聞の勧誘を断る感じで断ってしまった。
・・・まっ、いいか、イケメンだし。
一応検討だけはしておこう。
選択肢は多い方がいいし、セネカよりは人間的に怪しくない。
あれは・・・何というか・・・・・・、先日もこんなことがあった。
今日は室内訓練室に行くので早めに集まってください。と、言われ、集まった全員はセネカに付いて行く。
室内訓練室とは文字通り、学生が室内で訓練する場所だ。
別の室内訓練室だが、アヤトも魔法の実習で使ったことがある。
カノヴァの学園内には、他にも大型の屋外訓練場や試合会場があるが、少数での使用には適さない。
それに大勢が入れる反面、多くの他人に見られる。
こっち世界において、技や魔法は秘匿技術である。
初見殺しという言葉があるように、一度も見られたことがない技だからこそ効果がある。
そんな技もある。
逆に言えば、一度見られてしまえば、対処されてしまう。
なので、学園でそういう技を練習する際、見られない練習場が必要になる。
ただ、広い敷地面積を誇る学園も、学生一人一人にそんなものを用意出来るわけがない。
学生皆で共同利用する。
つまり、申請・予約制になっている。
事前にセネカによって予約された室内訓練室に着くと、女性が3人居た。
びっくりする。
びっくりしたのは、女性が居たからではなく、3人の耳が長かったからだ。
エルフだ。
学園内で見かけたことはあったが、近くで見たり、話しかけたことはない。
アヤト達が室内に入ると、3人の注目が一斉にこちらに集まった。
「お待たせしたようですね。」
と、にこやかに謝るセネカに続いて、後ろのメンバーも頭を下げる。
慌ててアヤトも会釈する。
この世には魔力がなくても使える『魔法』がある。
その一つが挨拶だ。
取り敢えず挨拶をしとけば、何とかなる。
「今日はアヤトさんに【矢】を見てもらおうと思いまして、彼女らには、今回の取引はこちらの訓練室に来るように指定させてもらったんですよ。」
「・・・・・・・・」
( 今回の取引?。)
聞くと、セネカはエルフの里と交流があるそうだ。
この学園内には商店もあり、大抵の物が揃うが、矢は売っていない。
仮に商品が入っても、矢は高いので手が出ない。
彼女らも、遠方のエルフの森に度々帰るのは容易なことではない。
なので、こうして直接取引することで、安く提供しているのだそうだ。
そういえばこの訓練室、いつも使用している場所とは間取りが違う。
室内は縦に長く、向こう側には砂の小山や砂で出来た像や台が置いてある。
「待っていて頂いてありがとうございます。
アヤトさんが(男性より)女性の方が良いって言うので、無理を言って来てもらいました。
今回、わざわざ女性を指定して呼んだ手前、アヤトさんが来る前に帰られると困るところでした。」
「ちょっと、おい!。
誤解を招くようなことを言うな。」
( そりゃ、どうせ見るなら、男性より女性の方がいいが・・・。)
そんなことを考えていたら、女性達の視線が更に強くなっている。
セネカは、どもるアヤトに構わず、3袋の巾着を机の上に乗せる。
布製の袋の中から、一粒何か取り出して、手をアヤトの顔に寄せる。
「なんだこれ?。」
種?、豆?・・ああ、どちらも同じか。
とにかく白っぽい色の小さく丸い粒だ。
「これはエルフの矢の原料です。」
「矢の原料?、矢の素材に使うのか?。」
見せられても、使い方がさっぱり想像つかない。
セネカは、3人のエルフから風呂敷に入った品物と金銭を受け取り、代わりに種の入った布袋をそれぞれに渡す。
「では、すみません。
約束通り、一人一射でいいので弓の腕を見せてもらっていいですか。」
セネカの声に、3人はそれぞれ弓をつがえ、矢を射る。
さすがエルフ、当然のように的に矢が吸い込まれていく。
それより驚いたことは、アヤトの目の前で、あの丸い粒が、蔓科の植物が成長するように形をとり【矢】になったことだ。
「これがエルフの矢、生きた矢です。
魔力を通し、魔素を弾きます。
これを使って行うのが、エルフの【弓矢】の技術です。
高度な精霊魔術が使えないと撃つことが出来ませんし、矢に魔力が凝縮されているので、普通に魔法を撃つより高威力、魔法も付与出来ます。
これがエルフが一騎当千と言われる理由の一つです。」
セネカの発言に、エルフ達はどこか誇らしそうにしている。
そんな彼女らを余所にセネカが丸い金属球を懐から取り出す。
アヤト達の目の前で、金属球は水のように流体になり、セネカの手から銀の糸が絡み合うように宙に伸び、どんどん棒状の物が出来ていく。
それは魔法の結界と思われる光りの中、弓の形になった。
あっ、と、気付いた時には光りが消え、セネカの手に美しい銀の弓が収まる。
「ミスリルは弓の素材に適しているんです。」
そんな説明にもなっていないことを言いながら、弓に糸を張っている。
右手で弓を持ち、いつの間にか左手の掌にある小さな粒をつまむと、種が形を変え矢になっていく。
流れるように弓をつがえ、そのまま放つ。
矢は空気を切り裂き、砂の案山子の頭を吹き飛ばす。
爆発した。
案山子の体どころか、少し離れた地面にも小さいクレーターが出来ている。
「達人になると、矢の軌道を自在に変えたり、複数の矢を一度に撃ったり、ドラゴンを一撃で仕留めたという逸話もあります。」
世間話のように話すが、エルフの3人も目を丸くしている。
アヤトも、( こいつ、実はエルフなんじゃないだろうな。)と、思ったので疑惑を口にしたが、
「これぐらい、やろうと思えば人間でも出来ますよ。
私は専門ではないので、それほどうまくはありませんが・・・。」
否定して、エルフを落ち込ませていた。
放つ。
矢が軌道を変えて飛んでいく。
次々に矢を放つ。
エルフの、矢を見る目が放物線を描いた。
それからセネカは全員に席を勧めて、3人にエルフの里や森について色々質問している。
何でも、すぐにという話しではないが、エルフの森から依頼を受けたそうだ。
「冒険者ギルドに頼めばいいのでは?。」
アヤトが言ったら、何でもエルフの里は、森に人間が入るのを極端に嫌うそうだ。
入れる人は限られるとか。
それで今回、セネカに話しが回って来たそうだ。
聖なる泉の側にある骨塚が崩れ、強い魔物がいるようなのだが、詳しくは不明。
その骨塚は、エルフの間ではむやみに触れてはならない。と、言い伝えられているそうで、調査をお願いされたとか。
「ありがとうございます。
もう帰ってもいいですよ。」
セネカがそう言うと、肩を落としたエルフ達は帰って行った。
彼女らは、学園にいるエルフの、それぞれのコミュニティーを代表してここに来ているそうで、これからあの矢の素材を仲間内で分配するそうだ。
それにしてもあの3人のエルフ、エルフ同士(?)なのにお互い一言も喋ってなかったな?。
アヤトは、その場では口にしなかった疑問に首を傾げた。




