*魔物怖い (後)
街からアグリアグラの森まで行く乗合馬車の料金はけっこう高いらしい。
なぜなら護衛の冒険者を複数雇わなければならないからだ。
ここら辺は道中もけっこう危ない。
行きは必ず冒険者が乗っているが、馬車を守ってくれるわけじゃない。
乗客の安全を守るのは馬車の業者の仕事である。
お客様や馭者・馬車を守る存在が必要になる。
それでも馬車はアグリアグラの森の手前までしか行かず、そこからは歩きとのことだ。
その乗合馬車に乗っていたら、帰りの便に乗せてもらって、帰れるんだが・・・・・・。
セネカの操る竜車に乗ってやって来たので、ここから帰るのは無理そうだ。
もう聞いても、はぐらかされないと思ったので、聞く。
「なあ、街の人があの森のことを、アグリアグラの魔境、って、言ってたんだけど。」
「正確には違います。奥の森が魔境と呼ばれる場所です。
巨大な魔素溜まりになっていて、たくさんの魔物が棲息する場所です。
そこから魔物が溢れて来るから、この森は魔物が多く、この森自体も魔境の一部なのだと勘違いしている人もいます。
基本、森の奥に行くにしたがって魔物は強くなります。中心部は魔素が濃く、魔素毒に侵され大抵の生物は死にます。
魔素を遮断する浄化結界か装備が無いと入れません。
魔物を狩るのも、その手前までですね。」
「魔物があふれてくるって、それじゃ魔物は減らないだろう。どうするんだ?。」
「だからこうやって冒険者ギルドから定期的に討伐依頼が出されるし、
魔石や魔炭、魔物の素材の買取りに、国は税金を掛けていません。
優遇して積極的に狩るのを促しているんです。
騎士や高級士官が魔物の素材の武具や武器をありがたがるのも、軽くて強いというのもありますが、買うことで魔物の討伐を支援する意味もあるんです。」
「いや、だからって、ずっと魔物を退治し続けるのか。」
「はい、どんどん狩っていかないと、増えて、溢れて、やがて街の方に押し寄せます。
手が付けられないような強い個体が生まれたりもします。
そうならないよう定期的に狩っていく必要があるんです。」
ちなみに魔物の素材は、基本、周辺の町の冒険者ギルドに売るのがマナーという話しだ。
その町のギルドで一括で仕入れて、町の商人や国と取引するとのことだ。
「なるほど。」
「アヤトさん、ちゃんと槍は研いできましたか。」
「ああ。」
持ち運ぶのに抜き身では物騒なので、革のカバーを佩いた槍を、少し上にあげて頷くアヤト、続けて、
「磨いてきたけど、蟲って硬いんだろう。研いで意味あるのか。」
「武器の手入れは怠らないでください。冒険者の基本です。
腹部とか柔らかい部位はありますし、関節の隙間や内側にはちゃんと効きます。
まあ、確かに虫には鈍器の方が効くと言う人もいますが、蟲系の魔物は大きいものになると100メートル級になります。
それくらいのになると、鈍器では硬い甲殻の部分はおろか、柔らかい部位にさえ全く効きません。
私は刃物系の武器の使用をお勧めします。」
「ふ~~ん、100メートル級って単位間違ってないか。」
「いえ、間違っていませんよ。
岩山と思って近付いたらカブト蟲だったとかいう話しもありますし、他には、山喰いカナブン・森喰いバッタ・竜狩り蟷螂・殺戮大蟻、なんかが有名ですね。」
「さっきお勧めしてたけど、そんなの相手にするの?。」
「大丈夫、普通に小さいのは、普通サイズより少し大きい程度ですよ。
手に入る魔石も砂粒程度なので、買取りも魔炭と一緒くたにグラムいくらの扱いです。
瘴気が見えないと普通の虫と区別が付かないくらいですから。
そのせいで、触っていると皮膚が赤くなったり、爛れたり、場合によっては死ぬこともあるので、こっちの世界では、虫って毒虫扱いで人気が無いんです。
1メートルくらいの獲物を狙う冒険者が多いですね。」
「1メートルの蟲って。」 ぞっとするアヤト。
「それくらいのサイズだと対処法は、
甲殻型は関節の隙間を狙うか、ひっくり返して腹部を攻撃してください。
蟻・蜂型は群れたり、集まってくるので注意。
芋虫型は皮や毛は堅いですが、中身は柔らかいです。力技で押し切るか、地面との接着面が柔らかいのでそこを狙ってください。ただし、体液に注意です。
ワーム型は非常に厄介なのが多いので注意してください。皮も硬く、丈夫で魔法耐性も高い。頑丈で死ににくいので頑張ってください。
蜘蛛型は毒や糸に注意、速く、3次元的な動きをします。
節足型は毒があったり、1匹殺ったら仲間が寄って来たりと面倒、頑丈で素早いので注意してください。
バッタ型は突進注意、ジャンプなどの不規則な動きは、慣れていないと思わぬ不覚をとります。」
「うっ、うっ・・・。」
セネカの話しが続くにしたがって、お腹が痛くなってきた。
「ほとんどの蟲系の魔物は、腹部などの柔らかい部位や関節の隙間が弱点ですが、中には腹部まで硬いのがいるので気を付けて戦ってください。
あと、大きい個体は、柔らかいといっても、当たった岩山の方が崩れるくらい頑丈なので、迂闊には仕掛けないでくださいね。」
「そもそも仕掛けないよ。」 そんな大物、俺は逃げる。
「もう一つ、巨大なバッタ型の魔物と遭遇した時は、距離をとる戦いはさけてください。
あの巨体と硬さ、速さと体重、・・ダンプカーが突っ込んで来るくらいの衝撃があるので。」
「ん?、それ、確実に死なない。」
「避ければ大丈夫です。直線上に立たないことや、後ろに障害物がある所に誘導するとか、気を付ければいいんです。
距離が無ければそこまで速くなりません。対処法はいくらでもありますよ。」
「そんなこと出来るのは一部の人だけだし、それに、普通大きくなると動きが遅くならないか。」
「なりますよ。山喰いカナブンとか・・・時速30キロメートル・くらいしかなかったという話しですよ。」
「いや、自転車くらいって、やけに早いな。
その速度で襲ってくるの?、山が?。」 怖気づくアヤト。
「大丈夫です。そのカナブンはもういません。」 セネカが優しく言いう。「ワームに丸呑みされたそうです。」と。
「大丈夫じゃねぇ!、そっちの方が怖いわ。」
何が大丈夫だ。ちゃんとフォローしろよ!。
そのサイズを丸吞みって、どんな化け物だよ。
セネカとしては注意点を述べているだけのつもりかもしれないが、
アヤトの足を遅くさせるだけだった。
木の影から首が浮かび上がってくる。
スッと陰から出て来た頭はトカゲ、というか・・・恐竜の顔に見えるんだが・・・・・・。
胴体は木の影に入っていて見えにくいが、少なくともこの前の蛇よりでかい頭だ。
待ち伏せていたのか音は全くしなかった。アヤトの目の前でのっそりと全身を現す。
頭からしっぽの先までの長さはあの白蛇と同じ15メートルくらいだが、あの白蛇は外観が細長い、大きさも地球に存在する大きい蛇の2~3倍だったが、こっちは肉付きがしっかりしている。体重は何倍あるのだろう・・・。
したたる涎、話し合いに来たわけではなさそうだ。
ドラゴン?、恐竜?、この世界って恐竜いるの?。
見た目が地味にカラフルなティラノサウルスだ。
「アヤトさん、現れました。動かないでください。襲い掛かってきます。」
( 見えてるよ。遅いわ。)と、思ったら、恐竜が走り出す。
怖い、逃げたい。と、思ったら恐竜が、急に視界から消える。
すぐ、左の森から水音がする。
目を凝らしてそっちの森を見ると、木々の暗がりに10メートルくらいのカマキリが両手(?)でティラノサウルスの首を持っている。
大カマキリは首の真ん中に顔を突っ込み肉に食いついている。恐竜の首根っこと顎下が、鎌の前脚で押さえ付けられ・・・というか千切れ掛かっている。
ドバドバ、と、冗談のような音で流れる血液。
「いや、何アレ?。」
「だから、出ましたって。」
「出たって、あの恐竜のことじゃないの?。」
「恐竜?、ああ、下竜のことですね。今回は虫系の魔物をメインに探すと言ったはずですが。」
「いや、探す前に襲って・・・いや、今は襲って来てないけど・・・。」
もう恐竜は殺されてしまっている。
それは分かるけど・・・、セネカはもう少し驚け!。
「あのサイズ、竜狩り蟷螂ですね。運が良いですよ、アヤトさん。
ドラゴンではありませんが、カマキリが下竜を狩るところを見られるなんて、滅多に無いんですよ。」
「どこがだ。」 むしろ悪いわ。運。
アヤトの心の突込みに反応したわけではないんだろうが、カマキリは恐竜を食う口を止めている。何かこっちを見ているんだが・・・・・、何を見てるか分からない目が怖い。
アヤトの心を読んだかのようにセネカが、
「きっと、このまま食事を続けるか、目の前の餌を食べるか考えているんですよ。」 なんて言う。
「言うな。」 聞きたくない。
「取り敢えず、こちらが動くと反射的に襲ってきますので、不用意には動かないでください。」
大カマキリは視線の合わない目でじっとこちらを見ている。圧がハンパない。
「目を逸らさない。逸らした瞬間、襲ってきます。」
なら魔法は?、って考えたが、これまた読まれたように駄目出しされた。
「魔法を使うと魔力に反応して襲ってきます。それに魔法は効きません。
あのサイズになると、低位の魔法では焼け石に水、高位の魔法を直撃でもしない限り効きません。
あのサイズを支える為の細胞強度、装甲素材・筋肉、魔素による強化が掛かりまくっているので、並の魔法は受け付けません。
そうなると自然、魔法耐性も高いです。巨大だとということは、それだけで魔法耐性が高いと思ってください。
もちろん普通の力では剣も通りません。
よっぽどの腕でなければ、ミスリルやオリハルコンの剣でも傷も付けられません。」
「どうするんだよ。」
「魔力による筋力強化、あとは槍に魔力を籠めて装備品の強化です。
その槍はミスリルが使用されていますので、魔力の通りもいいです。
あとは捕まらないことですね。
蛇もですが、カマキリは捕まったら終わりと思ってください。」
少しぶらついた恐竜の首から、恨めしそうな目がこっちを見ている。
「そうだろうよ!。」 見たら解かる。
「どうします。」
「どうもしないよ。」 逆にこっちが聞きたい。
「いえ、食い終わる前に決断しないと。
本当はアヤトさんを前面に出して、一人で戦ってもらいたかったんですが、相手のサイズが大き過ぎます。」
「ん?。」
セネカがとんでもないことを口走っている。空耳か。
「今回シャロさんは留守なので、アヤトさんとイシュカさんの2人で正面のカマキリの注意を引いてもらいます。私とデュークさんで叩きましょう。」
「んん?。」
とんでもない発言が消えてない。
「イシュカさん。合図で前に出てください。
アヤトさん。女性の後ろに隠れるようなら、このまま森で暮らしてもらいますから。」
「「うん。」」
と、頷くイシュカに続いて、アヤトも頷くしかない。
「今。」 合図に、
スッとイシュカが前に飛び出す。その動きに躊躇はみられない。
( ままよ。) 躊躇しつつ、アヤトも前に出る。
大カマキリは反応するが、恐竜を持ったままなので反応が鈍い。
だが、2人が目の前で武器を向けた頃にはしぶしぶ獲物を放している。
シュッ、あのサイズの鎌が消える。大カマキリは前傾姿勢、前に伸ばした脚は霞んで見える。
バァン!。
イシュカが鉄パイプのような棒で鎌を弾くと、爆発音で大カマキリの鎌が上に浮きあがる。
カマキリの方手が万歳の形になり、連られてカマキリの足の、前の方の脚が浮く。
大カマキリは戸惑っているようだ。イシュカと距離をとり、体をユラユラしている。
それでも退くという選択肢は無いようで、また近付いて鎌を縮める。
鎌だけで恐竜を抱えることが出来るサイズだ。
大カマキリと2人の距離、5メートルほどなんて腕を伸ばすだけで届くはずで、攻撃範囲も広く避けるのは難しい。
再びイシュカに鎌が伸び、鉄パイプに当たったか所が、爆発して爆ぜる。
バァンという音で鎌が跳ね返されている。
よくあんな速いのに合わせられるな。それにあの爆発は魔法か。
と、イシュカに感心していると、
「アヤトさん何をやっているんです!。」
( 一応、分かってはいるんだよ。)
と、思いながら、走って、大カマキリの横に移動、後ろ脚に槍を叩きつける。
カァン、予想はしていたが、全く効いた様子がない。
昆虫の殻というより、金属で作られた装甲と考えた方がよさそうだ。
お腹の部分を狙いたいが、大カマキリの横は、脚が動く槍のように立ち塞がり、後ろは巨大なブレードのような羽が動いている。
外側の緑の羽だけでなく、その下の本来薄いはずの内羽も厚く堅そうだ。
飛ぶ為ではなく攻撃する為にあるのだろう。
羽の下は柔らかそうに見えるけど・・・、そうとは限らない。
搔い潜って攻撃するのは無理って結論付けた。
取り敢えず攻撃して、こちらに注意を引くことにする。
再度槍を振り上げると、カマキリの後ろ脚がアヤトの方に向かって振り下ろされる。思ってたより脚が器用に動き、焦る。1本。
避けたら次の脚が、無理・・・2本目は避けられないと思ったら、
カツッ、カマキリの脚がデュークの剣で切断されている。
続けてセネカの魔法、水の槍がカマキリの腹を貫く。
「ギィ~~イィィィ」
叫ぶように鳴き声を発し、体を上部に仰け反らせたカマキリの胸を、
「火槍。」
イシュカの鉄パイプの先から噴き出た炎の槍が貫いている。
1メートルちょっとある、白に近いオレンジの刃先で、大カマキリの胸には丸い穴が空いている。
ズドォン、そのまま大カマキリの体は動きを止め、地面に落ちる。
まだ、ピクピクしているが、死んだようだ。
( 強え~。)
イシュカの槍、ガスバーナーというよりレーザーの槍にしか見えない。
セネカの水の魔法も大カマキリの腹に穴が空いてるし、
大カマキリの脚を切断したデュークの剣の腕も見事だ。
「うっ。」
カマキリの魔物の体がぐずぐずと崩れていく。
すごい臭いだ。セネカが浄化魔法を掛けているが臭いは収まらない。
「これ、この前の魔物と違わないか?。」
「ええ、この前の魔物とは違い、魔族型の魔物です。
ほら、もう見えてきましたが、魔石は透明感がありませんし、獲物に対して大きさも小さめです。
ただ、素材は魔素型の魔物より残りやすいんです。
魔族型の魔物は、既存の生物が魔素の影響で変化して生まれるものです。
「あれ?。あれ、元は普通の虫なのか?。」
「ええ、あそこまで大きくなるのは数百年掛かるでしょうが。」
崩れて、腐った泥水のようになったカマキリの体の跡に残っていたのは、大きめの青い魔石と魔炭。
「今回も運がいい。」と、セネカは、大きな鎌を拾う。
アヤトもまじまじとそれを見る。
大カマキリの前脚の先の部分が丸々残ってる。
改めて見るとでかい。そのまま大剣として使えそうだ。
「カマキリの鎌は人気なんです。
これだけの物だと金貨20~30枚になります。」
セネカは、カマキリの鎌をデュークに渡しながら言う。
「そりゃすごいが、俺、いらなかったんじゃ?。」
「何を言っているんですか。
これはアヤトさんを魔物との戦いに慣れてもらう為のものなんですよ。
アヤトさんが戦わないと意味がありません。
それに、囮くらいには役に立ってましたよ?。」
やっぱりか。他のメンバーで一斉に襲い掛かっていた方が楽なはずなのに・・・、皆の動きが鈍かった。
溜息を付くと、「うっうっ。」 まだ臭う。アヤトは顔をしかめる。
「なあ、セネカ。この魔族型の魔物って、魔素型と違うよな?、何でこんなに臭うんだ。」
「いいところに気付きました。
あの巨体で気付いたかもしれませんが、魔法の強化で体の細胞が強化されまくっているんです。
そうでないと、あそこまで大きくなる前に、自分の重みに耐えきれず体が潰れますし、そもそも動けません。
魔法で体を強化、体の素材を高機能タンパク質化で軽くて頑丈に変質、あの質量を動かせる超細胞の筋繊維・・・。
ただ、死んでしまうと、魔法の強化が切れてしまうので、体の機能が維持出来なくなるんですよ。
あっという間に崩壊、急速に腐ってしまうんです。
これは微生物による分解ではなく、物質が崩壊することでおこる臭いです。
腐敗が速い分、臭いもひどくなるんです。
でも、これぐらいで参っていたら、大群を殺した時は大変ですよ。
これから戦う相手のような。」
「これから?。今、戦ったばかりだろう?。」
「ええ、アレです。この匂いに集まって来ました」
「アレ?。」
あれ?、何?。恐竜の屍骸が真っ黒になっている。
いつの間にか大カマキリの黒い染みにも黒いものが集まっている。
カサッ、カサカサ、カサカサカサッ。
百匹はいると思う、黒い装甲の奴。
反射的に槍を構えてしまう。
セネカを見ると、さっきまで居た場所より距離が離れている。
「イシュカさんとデュークさんは、カマキリの素材を持ってそのまま拠点に、
アヤトさんはここでこの魔物達を惹き付けておいてください。
強めの( 聖衣付与 )の浄化結界と思考加速の魔法を掛けておきますので健闘を祈ります。
私はこいつらの親玉を探して退治してきます。」
デュークはイシュカを庇うように後ろに退がっている。アヤトをおいて2人は動く。
セネカは懐から瓶を取り出し、呪文を唱える。
瓶の中の水は宙を浮き、アヤトの頭からかぶせられる。
続いてセネカの魔法が掛かり、周りの動きが遅く、体の周りが浄化の気で覆われる。鎧のように気がまとわりついている。
離れた所から魔法を掛けるのは難しいと習ったのに、そんなことが出来るならこいつらを何とかする魔法を使え。と、思う。
イシュカとデュークはとっくに離れ、セネカは右手前腕で手を振りながら、さらに距離を広げている。
1匹1メートルはある大ゴキブリ達は、まっしぐらにアヤトに走ってくる。
「うわぁ。」
慌てるアヤトの耳に、魔法で伝えられたセネカの声が届く。
「イシュカさんが燃やすのが一番簡単なのですが、ここは森の中ですので火はちょっと。それにイシュカさんはこの魔物が苦手なんです。」
「俺も苦手だよ。」
こっちの声は聞こえていないようだ。反応はない。
「今回はアヤトさんにお願いしますね。
聖衣付与の魔法で、魔素や瘴気の防御は完璧です。
その水はその魔物が好きな匂いを発するので、逃げられることはありません。そんなに強くないのですが、丈夫で打たれ強く、打撃技はあまり効果がない。
雑食ですが、腐肉や生肉が好物なので気を付けてください。右腕以外。」
その説明が終わった頃、完全にセネカの姿は見えなくなっている。
アヤト1人、すでに囲まれている。
「あのやろう。」 思いっきり腕を振る。
槍を叩きつけると表面の油で滑る。
叩いても体がへこむばかりでダメージが入った感じがしない。
思いっきり力を籠めて、魔力を籠めて殺す。
貫いてもワサワサ動いている。しぶとい。それに刃がなかなか通らない。
地面の近くを走るし、速く、辺り中をカサカサ走り回っていて、刺しにくいことこのうえない。
刺したのをひっくり返すと、口とおぼしき場所に歯のような刃がガシガシ動いている。
カマキリのような鋭い武器はないが、このサイズの体でのし掛かり、脚で押さえ付けられて、肉をかじられれば、骨しか残らないだろう。
そんなことにならなくても、あれにたかられる自分の姿は想像したくない。
あのやろう。聖水か何かだと思ったが、香水を掛けて行きやがった。
それもゴキブリが好きな匂いの、多分フェロモンというやつだ。
群がってくる奴らを避けながら何匹か殺しても、仲間の死骸を喰いに余計に寄って来る。
かなり力を籠めて刺すか、槍の穂先が装甲の隙間に入るか、ひっくり返して裏側を刺すと殺せるが・・・。
力を入れる場合、かなり魔力を籠めねばならず、そう簡単に出来ない。
関節の隙間を狙う場合、殺し損ねると、挟まって槍が抜けなくなり、槍を持っていかれそうになる。体のバランスも何度か崩しそうになった。
そうなるとヤバイ。槍を持っていかれても、転んでも、その先の未来は絶望しかない。
何より奴らに直接触れるのは嫌だ。
アヤトはがむしゃらに槍をふるい続ける。
ひっくり返しても、逃げるし暴れるし、何より数が多過ぎてひっくり返している余裕はない。
刺して、刺して、刺しまくる。それでも寄って来るので気が狂ったように刺し続けた。
気付くと日は暮れていた。
周りには100はくだらない奴らの黒い染みと、ひどい臭い。
鼻はとっくにバカになっていたが、それでも臭う。
吸いたくないが空気を吸い、肩で息をしていると、
「言った通りひどい臭いでしょう。水の魔法で洗いますね。」
いつの間にか後ろにいるものが、小さく拍手をしながら近づいて来る。
「ああ、そうだな。」 アヤトは高速で槍を繰り出す。
「死ね。ゴキブリ!。」
軽くかわしながら、「アヤトさん、もうゴキブリはいませんよ。それより体を洗いますよ。」
ゴキブリをもう一匹殺したかったが、体を水で洗って欲しかったので、我慢する。服を着た状態の上から、魔法の水が、体を包んでいく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「そんな怖い顔で睨まないでください。
カマキリの時は私達が頑張りましたし、ゴキブリの方も、私はアヤトさんより多く退治しているんですよ。
アヤトさんが囮を引き受けてくれたおかげで、女王も見つけることが出来て、討伐することが出来ました。」
黒い盾のような板を見せながら言う。軽そうだ。
「・・・・・・・・・・・・・。」
まだ恨めしそうなアヤトに、
「いやいや、悪いことばかりじゃなかったですよ。
アヤトさんは、私が来た時にはゴキブリを装甲の上から貫けるようになっていましたし、
人の為になることって良いですよね。
このゴキブリの魔物、集団で動くうえ、女王を中心にどんどん増えます。
殺さないと増える一方なので、退治が推奨されているのですが、この依頼、とにかく人気がない。
増えると周囲の町や村に押し寄せて来ますので、領主の奥さんなんかが、旦那さんをせっついてはいるようなのですが、女性冒険者が嫌がるので、女性が居るパーティーはこの依頼を受けないんです。
なので、討伐報酬が高めの金額に設定されているんですが、それでも依頼を受けてくれない。
それに、最近この森で狩りをする人が減っているんです。
この森はあいつらが多く、ここで戦っていると寄って来ます。
勝てない相手と分かると、遠巻きに追ってくるのでうっとおしい。
そのうえ、女王は臆病で巣の中から動かない。
寿命の近付いた子供達が巣に帰って来るので、それを餌として生きてます。
女王自身も強いので、なかなか倒せません。
子供の方も1匹1匹は強くありませんが、とにかく頑丈で、とにかく数が多い。数の暴力で押し切ってきます。
集団なら村一つ、町一つ、住人ごと喰い尽くします。
なので、街の人に感謝されますよ。」
アヤトは水の魔法で綺麗になった体の匂いを嗅ぎながら、唸る。
この臭い、とれるのか。生乾きではない分ましだと思うが、鼻がうまく利かない。
魔法の水は、魔法の効果が切れると自然に乾くから楽だ。その代わり飲めもしないが。
「囁く歌、空の香り、不浄を清浄に。」 ふっと臭いが和らいだ、気がした。
「これも浄化なのか。」
「一応、一般的な区分は浄化ですね。
殺菌魔法と似た魔法で、臭いの元になるものを分解する消臭魔法です。
前にも言いましたが、こっちの世界、神官が使う魔法を、ふわっと浄化の一言で済ましてしまいますから。」
そこでアヤトはハッとあることを思い出す。
「そうだ、カマキリとか( G )の衝撃で忘れてたけど、あの恐竜は何なんだよ。」
「ああ、そうでしたね。あれはあなたの世界の恐竜に非常に近い存在です。
こっちでは絶滅してません。
ですが、ドラゴンという生物がこの世にいるおかげで、レッサードラゴンの一種と思われている不遇の存在です。」
「レッサードラゴンって?。」
「走竜もレッサードラゴンです。
大きなトカゲから見た目もドラゴン、亀や蛙の姿まで色々います。
地球のトカゲと恐竜が種として全く違うように、この世界のドラゴンと恐竜もまったく別の生き物です。
上位のドラゴンはすごいですよ。頭は空っぽだけどとにかく強い個体から、とても賢く魔法を操る個体、空を飛んだり、マグマを泳いだりする個体もいますから。魔素にも高い耐性を持ち、高い魔力を持つ。
そうだ。残念ながらアレに食べられ骨しか残ってませんが、頭の骨くらい持って帰りますか。」
下竜の首から上の剝製が、お金持ちの間で人気らしい。
竜の剥製として屋敷に飾るのがステータスなんだとか。
頭の骨も置き物になるそうだ。
地球に持って帰れたら大金持ちに成れるんだけど・・・、
ゴキブリとか付いてたし、歯型で傷もある。止めておこうという話しになった。
決して、その場合、洗うのは自分のようなので、それが嫌というわけではない。
そんな物を持って帰らなくてもカマキリの素材で十分金になるからだ。
それに・・・・、
「それは何だ。」と、セネカに聞く。黒い板、盾かと思ったが違うようだ。
「女王の翅です。」 例の( G )の女王の素材らしい。
「それも持って帰るのか。」
気付いてしまうと明らかに大きなゴキブリの片羽である。
「これも討伐証明になりますし、これも高いんですよ。
ちゃんと水の魔法で洗っていますので安心してください。」
取り敢えず気を取り直して、元来た道を戻る。
拠点に着いたら、テントに入る前に、もう一度セネカに魔法の水で全身を洗い流してもらい、中で服を着替える。
魔法は便利だ。光で闇を照らしたり、火を起こしたり、水で洗ったり出来る。
テントから出て行くと、焚き火の側に座り、ほっと息をつく。
火は揺れ、ご飯は準備中だ。
「これからご飯を食べてのんびりしましょう。
今回、思ったより早くゴキブリ退治が終わりましたので、ゆっくりしても大丈夫です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
アヤトはじっと炎を見つめる。やっぱり初めからそのつもりだったのか。
あんなもの(香水)を持っていた時点で解かってはいたが。
「お金の方も目標金額を稼げました。
カマキリを退治できたのが大きかったですね。
もっと奥に行かないと居ないはずなんですが、手前の森まで来ていたとすると、他にも強いのが来ているかも・・・。
ギルドに報告しておいた方が良さそうですね。」
「他にもあんなカマキリのオバケみたいな奴がいるのか。」
「この辺りはどうでしょう。
さっき居た所もあまり強いのは居ないはずの場所なんです。
でもまだ居るかも、あのカマキリが好奇心旺盛な個体だったのか、奥の縄張りから追い出されて来たかによりますが・・・、
でも取り敢えず安心してください。あんな大物、滅多に会えませんよ。」
「合いたくねえ。」 ポツリと呟く。
魔物は魔素や瘴気を感じる能力が高く、魔物同士は基本戦うが、明らかに相手の方が魔素量が上だと、逃げたり従ったりするそうだ。
「目標の魔物も討伐しましたし、目標金額も達成しました。
あとは日数ですね。残りの日数ここを中心に、弱い魔物を狙って狩っていきましょう。
シャロさんは自由に動いていいですよ。拠点を守ってばかりでは面白くないでしょうから。」
セネカが、今まで留守番をしていたシャロに声を掛ける。
「まあ、こういうのも嫌いじゃないけどな。」
アヤトも同意する。こういうのの方が好きだ。
「この森けっこうおもしろいですよ。
魔族系の魔物が生まれやすい森、特に虫系の魔物が多い森として、知る人ぞ知る名所です。」
「そうだな。飯を食ったら行かせてもらうわ。」
シャロが頷いて、伸びをする。
「はい、必要ないかもしれませんが、行く前に浄化の結界を張るので声を掛けてください。
それから、魔物を倒したら面倒くさがらずに魔石と素材だけは回収してきてくださいよ。」
セネカはそんなことを言い、シャロは片手を挙げて応える。
アヤトとしては、(あそこに行くの?、一人で。)という感じだ。
信じられない。と、いう目で見ていると、
「アヤトさんも強くなりたいのなら、シャロさんに付いて行くというのもありですよ。」
と、薦めてくれたので、丁重にお断りする。その際、俺の頭が振り子のように動いていたけど仕方がない。
平穏を愛する日本人としては安全第一だ。強さより安心が欲しい。
「出来ればこの辺りで1メートルくらいのカマキリなどを見つけられるとちょうどよいのですが。」
キョロキョロしているセネカに、いらん、見つけなくていい。と、思う。
1メートルって俺の身長の半分以上あるじゃないか。
そうこうしたり、食事を食べたり、テントで一泊した後、デュークとイシュカに見張りを任せ、朝からテントの周辺に魔物探しに出た。
しばらく捜し歩くと、セネカが近くの広場で1メートルほどのバッタを見つけ、
「ほらほら、アヤトさんの出番です。」と、嬉しそうに言う。
アヤトが近づいて来ると、バッタの魔物は体を縮め、
「うおっ。」 横を何かが通り抜ける。
ぎりぎり避けられたが、大砲の玉でも避けた気分だ。
避けられたバッタは、アヤトの後方50メートルほどで止まり、再度こっちに体を向けたところで、あっさりとセネカの魔法の水槍の餌食になる。
「アヤトさんしっかり、もっと思考加速の魔法に意識を集中してください。
出来れば、そろそろ思考加速の魔法を自分で使えるようになってもらいたいものです。」
思考加速の魔法は脳の思考速度を上げることで、相手の動きを遅く感じることが出来る。
一般的には自分の動きを早くする魔法として認識されているようだが、少ししか速く出来ない。
いきなり2倍とかの思考加速の魔法を掛けると、頭が追い付かず、ふらついたり、倒れたり、最悪の場合、脳が機能障害を起こす。
最初は、1割・2割の思考加速を掛けてもらい、体を慣らしていかないと使えないものだ。
また、加速を上げ過ぎると頭が痛くなって倒れる危険があるので、上げるなら3倍までとされているそうだ。
これは筋力強化の魔法でも同様だ。筋力強化も急に2倍の魔法を掛けると、後の筋肉痛がすごいらしい。
ひどいと筋繊維が切れたりするので、これも1割・2割の筋力アップを繰り返し、徐々に体を慣らしていかないと使い物にならない魔法なのだそうだ。
アヤトが、試しに筋力強化のポーションとかないのか聞いたら、あるそうだ。むしろ体の中に作用するものは、魔法よりポーションの方がいいそうだ。
あるのはいいが、話しを聞く限り完全にドーピング薬物の説明だった。
多用したり、強過ぎる物を服用すると体を壊すそうだ。
ついでにデバフ系の魔法について聞いてみた。
相手を遅くしたり、毒状態にしたり、気分を落ち込ませたりは、戦闘の基本だと思ったのだが、他人の精神や体の機能に干渉する魔法なので、多くは禁止されているそうだ。
使う人、使える人も少ないそうだ。
まあ、説明されれば分かる。冷静に考えればそうだろう。
戦う気を失くす魔法でも、戦い以外の日常で使えば、相手を鬱状態に出来る。
相手の思考を遅く出来れば、商売で優位に立てるが、自分が他人にするのは良いが、他人に自分がされるのは許せない。当然トラブルになる。
また、弱体化の魔法は、基本、対人用に開発された魔法なので、脳の構造が違う動物や魔物にはあまり効果がないものが多いらしい。
虫には毒の魔法が有効だと思ったのだが、毒魔法は水状のものはOKだが、気体や霧状のものになると、禁術になってしまうそうなので面倒だとか。
大型の魔物を倒す際、熟練の冒険者だと、網で動きを封じたり、罠を仕掛けたり、毒の入ったペンキのような物を用意して魔物の顔に掛け、周囲が見えなくなったところを集団で袋叩きにするのがセオリーなのだとか。
「もっと早く教えとけ!。」と、言ったが、
高速で動く魔物、強すぎて近づけもしない魔物、魔素の結界や気のようなもので守られ掛けても効果がない魔物も多いので、そんな物には頼らず、実力で倒すのが一番と言われた。
その後も、殻が槍のようになるカタツムリの魔物など、1メートル前後の魔物を何体か倒して、
ようやく、今回のアヤトの魔物退治が終わった。
今日のことは夢に出そうだ。
魔物怖い。
G怖い。




