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『天才医師・天城悠人の事件簿』

消えたカルテ 天才医師 天城(あまぎ) 悠人(ゆうと)の事件簿  

作者: 米糠

 天才医師 天城(あまぎ) 悠人(ゆうと)の事件簿  消えたカルテ

【@ 消えたカルテ

 朝の病院は、慌ただしさと白衣のせわしない音が入り混じる戦場だった。  看護師が書類を抱えて駆け回り、患者たちが点滴台を引きずりながら廊下を進む。カートの車輪がキュルキュルと鳴る音に、電話の呼び出し音が絶え間なく重なる。だが、そんな喧騒の中にあっても、天城悠人の姿はひときわ異質だった。

 白衣の下に黒のタートルネックをまとい、紫色の瞳はグラスの水面をじっと見つめている。指先でグラスをゆっくり回しながら、まるで世界の喧騒など他人事のように涼しい顔をしていた。

「先生! 大変です!」

 突然、ドアが乱暴に開かれ、若い看護師が飛び込んできた。肩で息をしながら、額にうっすらと汗を浮かべている。どうやら全力疾走してきたらしい。

「カルテが……消えました!」

 悠人はグラスを回す手を止めることなく、ゆっくりと視線だけを看護師に向けた。

「ほう。カルテが消えた? まさか、空腹に耐えかねて逃げ出したわけではないでしょう?」

「そ、そんなわけないじゃないですか!」

 看護師は慌てて手を振るが、悠人の紫の瞳には微かに楽しげな光が宿っていた。まるで他人の不幸がちょっとした娯楽であるかのように。

「ならば盗まれたということですね。……私の書いたカルテをわざわざ持ち去るとは。物好きなことだ。」

 その言葉に、看護師の顔が引きつる。悠人は肩をすくめて立ち上がり、グラスの中の氷をカラリと鳴らした。

 そこへ、院長の怒鳴り声が響き渡る。

「天城! お前が診察した患者のカルテが消えたんだ! すぐに探せ!」

「なるほど、医者の仕事は診察に手術、そして今度は探偵業ですか。」

 悠人はまったく悪びれず、ポケットからメスを取り出して弄び始めた。

「これ以上仕事が増えるのであれば、今月の給料に“特別手当”でもつけてもらえますか?」

「いいから探せ!!」

 悠人は肩をすくめると、手に持ったメスをくるりと回した。

 その頃、カフェ「Café Soleil」では、女子高生小説家の詩音がノートにペンを走らせながら小さく唸っていた。

「秘密を握る医者の書類が盗まれる……。うーん……ありがちかも……。」

 ラベンダーグレーの髪を指でくるくると巻きながら、彼女は思案する。まさかそのプロットが現実になることなど、まだ知る由もなかった。

 ――翌日。

 自称天才ハッカー如月隼人は、病院の監視カメラのデータを前に眉をひそめていた。

「おかしいな……この泥棒、どこかで見たような……」

 パーカーのフードをかぶったまま、彼は最新式のスマートグラスを弄りながら映像を巻き戻す。そして、決定的な場面で画面を止めた。

 そこに映っていたのは、全身黒ずくめの怪しい人物。サングラスにマスク、つばの広い帽子――完璧な変装だが、どこか奇妙に既視感があった。

「えっ……これ、詩音の小説の“怪盗”とまんま同じじゃね?」

 如月は思わず画面を二度見した。横には元刑事の探偵御影漣が腕を組んで立っている。

「おい、マジかよ……これ、どう考えても小説の中のやつだろ。」

「なあ……詩音にこれ見せたら、絶対驚くだろうな……」

 隼人と御影は顔を見合わせ、同時にニヤリと笑った。これはただのカルテ盗難事件じゃ済まなそうだ。



 @ カルテの驚くべき内容


「……へえ、これはまた面白いね」

 如月隼人はモニターに映し出された病院の監視カメラ映像を見ながら、ニヤリと笑った。

 画面には、黒のスーツに仮面をつけた人物が病院の廊下を堂々と歩いている。その身のこなし、どこかの舞台役者のように流れるような動き。そして極めつけは、病院のセキュリティをかいくぐって悠々と立ち去る姿。

「……ん? なんか見たことあるような……」

 詩音はモニターを覗き込んだ途端、目を見開いた。

「ええっ!?  こ、これ、わたしの小説の怪盗ルミナじゃないですか!?」

「は?」悠人が眉をひそめる。「小説のキャラクターとそっくりな人間が、現実に現れたと?」

「い、いやいやいや、そんなことあるわけ……でも、見た目も動きも完全に一致してますよ!  どういうことですか!?」

 隼人は面白がるように腕を組んだ。「もしかして詩音ちゃん、未来を予知しながら小説を書いてるんじゃない?」

「そんなわけないです!」

 詩音が慌てて否定するが、悠人は腕を組んでじっと考え込む。

「私のカルテを盗んだのは、作家が生み出した怪盗……なかなか興味深いね」

「いや、だから怪盗ルミナは架空のキャラで……」

「しかし、そうじゃないと説明がつかないだろう?」悠人は涼しい顔で言い放った。

「うう……確かに……」

「まあまあ、実際は誰かが詩音ちゃんの小説を元にして動いてるって線が濃厚だけどね」隼人が肩をすくめた。「にしても、盗まれたカルテの内容、えげつないねえ」

 画面に表示された患者情報を指差しながら、彼は口笛を吹いた。

「余命半年、現職の政治家さんか……そりゃあ盗まれたらマズイわけだ」

「やっぱり政界のスキャンダルに関係してるのかな……」詩音が不安そうに呟く。

「どうだろうね。でも、これで断言できることが一つある」

 悠人は薄く笑うと、静かに告げた。

「この怪盗、我々をおちょくっているつもりだ」



【@予告状と怪盗の正体


「……えっ?」

 詩音は自分のカバンの中から、折りたたまれた紙を見つけ、恐る恐る広げた。

 そこには、流れるような筆跡でこう書かれていた。

『次は真実を暴く』

「ぎゃああああ!!!」

 病院の待合室に詩音の悲鳴が響き渡る。

「うわっ、何だよ!? 朝から騒がしいな」

 カフェのテーブルに足を乗せていた隼人が驚いて振り向く。悠人は淡々とカップの紅茶を回しながら、「また小説のネタが降りてきたのか?」と皮肉げに言った。

「ち、違います! これ、見てください!」

 震える手で予告状を突き出す詩音に、悠人は目を細めながら紙を受け取る。

「……ふむ。なかなか味のある字だね」

「そんな感想じゃなくて!  これ、わたしのカバンの中にいつの間にか入ってたんですよ!?  どう考えても怪しいじゃないですか!!」

「……確かに、人知れずお前のカバンに忍び込ませるってのは、なかなか手慣れてるな」

 トレンチコート姿の御影漣が、煙草をくわえながら(もちろん火はつけない)、じっと予告状を見つめた。

「で、誰か心当たりは?」

「あるわけないです!」

「いや、あるだろ」

 隼人がニヤリと笑う。「だって、この書き方、お前の小説に出てくる怪盗ルミナの決め台詞と同じじゃね?」

「えっ……!?」

 詩音は愕然とする。確かに、小説の中で怪盗ルミナは犯行前に『真実を暴く』というメッセージを残すのがお約束だった。

「ま、まさか、本当にルミナが現実に……?」

「んなわけあるか」

 悠人が冷たく一蹴する。「小説のキャラクターが現実化するなら、医者として私も頭を抱えるが……どうやら誰かが君の作品を参考にしているらしいね」

「で、誰がカルテを盗んだのかって話だけど」

 御影が懐からボロボロの手帳を取り出し、めくる。

「調べたところ、カルテを狙ってたのは例の政治家の側近だ。どうやら、その政治家の病状を隠したかったらしい」

「なるほど、そりゃ必死になるわけだ」

 隼人が感心したように頷く。「でも、じゃあこの怪盗Xってやつは何者?」

「それが問題なんだよ」

 御影が腕を組む。「どうやら、そいつはこの政治家の件とは別に動いてる。そしてそいつこそが、お前の小説を真似た怪盗Xだ」

「小説の怪盗ルミナをそっくり再現した奴が、本当に現れたってこと?」

 詩音が青ざめる。

「そういうことだな」

 悠人は淡々と頷き、予告状をテーブルに置く。「つまり、次のターゲットは……?」

「『真実を暴く』ってことは、政治家の病状を世間に公表するつもり……?」

「あるいは、我々をもっと楽しませるためかもな」

 悠人が微笑む。

「いずれにせよ、次の一手が見ものだ」


 @犯人の意外な動機


「……さて、真犯人のご登場だな。」 御影漣が腕を組みながら呟く。詩音の小説をなぞるような事件の結末が、まさかこんな形で迎えられるとは思いもよらなかった。

 VIP患者の秘書である初老の男は、額にうっすらと汗を浮かべながら、落ち着きを装っていた。

「ふ、ふん、何の証拠があって私が犯人だなどと……」

「証拠? そこのパーカー男が出してくれるよ」悠人が顎で隼人を指す。

「はいはい、お待たせ」 隼人はモニターを操作しながら、ニヤリと笑う。

「あんた、カルテを盗んだ後、しっかりカメラの死角を突いたつもりだろうけど、エレベーターのボタンにしっかり指紋が残ってたぜ。しかも、その後、どこかの事務所に立ち寄ってたよな?」

「くっ……」秘書の顔が引きつる。

「まあまあ、焦らずにな。あんた、患者が『余命半年』の診断が誤診かもしれないって知ってたんだろ?」 悠人が目を細める。 「なのに、訂正せずに黙っていた。理由は簡単。政治的に利用できるからだ」

「な、何の証拠が!」

「証拠なら、怪盗Xが持っているよ」 漣が指差したのは、天井の通気口。

 次の瞬間、黒ずくめの影がスルリと降り立った。

  「やあ、ようやく出番が来たね」

 詩音は目を丸くする。「えっ……あなた、もしかして……!」

 黒ずくめの人物——怪盗Xは、ゆっくりとマスクを外した。 「君の小説のファンだよ、詩音ちゃん」

「えええええええっ!?!?」

「ずっと前から、小説のように真実を暴くって決めてたんだ」

 隼人が苦笑する。「おいおい、現実とフィクションを混ぜるなよ……」

「でも、結果的には事件解決でしょ?」怪盗Xはウインクする。

 悠人はため息をつきながらグラスを回した。「……いやはや、全く馬鹿げた茶番だ。だが、まあ悪くはない結末か」

 詩音はまだ呆然としながら、ぽつりと呟いた。「まるで……わたしの小説みたい……」


 — 皮肉屋の決め台詞

「……さて、お開きだな。」

 天城悠人はテーブルに置かれたカルテを指で軽く弾きながら、疲れたように言った。

 詩音はまだ興奮気味に目を輝かせている。

「いやあ、本当に小説みたいな展開でしたね! 盗まれたカルテ、謎の怪盗、そして真相はまさかの……!」

「おっと、それ以上言うなよ。」隼人がニヤリと笑う。「これから詩音ちゃんが小説にするんだから、ネタバレ厳禁ってやつだ。」

「……ふん。」悠人は腕を組み、グラスの中の琥珀色の液体をくるりと回した。「そもそも、現実の事件を小説にするなど、野暮なことだと思わないか?」

「ええーっ!? だって、こんなにドラマチックだったんですよ!」

「その時点で、すでに現実離れしているということだ。」悠人は軽く笑うと、カルテを手に取り、ぴらりとめくった。

「で、結局この患者さんの診断結果は……?」漣が静かに問いかける。

 悠人はカルテを閉じると、ゆっくりと立ち上がり、皮肉げな笑みを浮かべながら言い放つ。

「誤診じゃない。残念だったな、私はミスをしない」

 その瞬間、場が凍りつく——いや、正確には、悠人の傲岸不遜な物言いに全員が固まったのだった。

「……このドヤ顔! なんかムカつく!!」

「お前、自分の完璧さをもうちょっと控えめにできないのか?」

「事実を述べただけだが?」悠人は肩をすくめる。

 詩音は呆れつつも、どこか嬉しそうにため息をついた。

「もう……本当に小説の主人公みたいな人ですね」

「ふっ、小説のような現実ほど、現実離れしているものだ」悠人はそう言いながら、グラスを傾けた。

 そして、その言葉を最後に、事件は幕を閉じたのだった——。



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