04 恋じゃない
「だから振られるんだ君は」
「はい?」
王立フルディエス学園。現在昼休み中。そして学園の特別室にてアレクは手紙を書いていた。ニーナ・バーグにお茶会の誘いの手紙を。先日の無限食事(強制)を見てしまったら食事会ではなくお茶会の方がいいだろうと思い至って手紙をしたためていた。そんなアレクに対して「君はダメだ」と再び言ったのはフローゼ王国第二王子ラファイルだった。美しい金髪をなびかせている。
「唐突になんですか」
「君が婚約者に振られた件だ」
「振られたのではなく不義理を働かれたので婚約破棄となったのが一連の流れです」
「はっ! だから愛想つかされるんだ君は」
「はい?」
この王子は突拍子もないことを言うことが多いがこれは殊更よく分からない。首を傾げるアレクに「いいか」と持っているペンを向けるラファイル。
「火遊びっていうのは刺激を求めてやるもんだ。ヒュルシー伯爵令嬢はおまえと結婚する気満々だったのだろう」
「まあ……そのようですね」
「つまり彼女を満足させていれば彼女は火遊びに走らなかったかもしれない」
「お言葉ですがそれは極論です」
そもそも貞淑を求められる貴族令嬢が火遊びすること事態おかしい。アレクに文句があるなら言えばよかったのだ。そう言うとラファイルは「ふん」と鼻で笑った。
「君が巷でなんと言われているか覚えているか」
「……覚えておりません」
「嘘をつけ。“氷結の貴公子”様」
持っているペンを折りそうになる。そして頭を抱えたい。誰だそのダサい異名をつけたのは。本当に誰だ。初めてそれをラファイルから聞かされたときなんか「俺が冷え性なことを知っているのですか?」と的外れなことを言って大笑いされたくらいだ。それくらい、馴染みもなにもない異名だった。
「君は澄まし顔が得意だからなぁ。髪色も銀で目はアイスブルー。澄まし顔と相まってなんか冷ややかに見えるんだろうよ」
「なんか冷ややか見えるなんて理由で珍妙なあだ名をつけられたらたまったもんじゃない!」
「あっはっはっは! そうだ! 君はちょっと焦ってるくらいがらしくていい!」
爆笑しているラファイルをキッと睨むがラファイルからしたらそれも笑いを増長させるだけのものだったらしい。ヒーヒー言いながらテーブルを叩いている。
「……そもそも“だから”はどこから繋がっているのですか」
ひとしきり笑ったラファイルは「それ」とアレクの前の手紙をペンで指した。
「? ニーナ・バーグへの手紙がなんですか」
「なぜ手紙だ。送るのは求婚状だろう」
「ゲホッ!!」
思いっきりむせた。ゲホゲホと喉を鳴らすアレクを気にした様子もなく「ヘタレめ」とラファイルは青色の目を細めている。
「ゲホッ……な、なぜ俺がニーナ・バーグに求婚状を送らないといけないのですか」
「君は彼女が好きだろう」
「恩人です!」
「彼女の作った魔導書を全部集めているのに?」
「そ、それは……素晴らしい腕を持つ魔術師の作る魔法ですよ。集めても可笑しくないでしょう」
「あの子はほんっっとうにくだらない魔法も作るぞ。なんならそっちの方が多いぞ。魔法省の最新の登録記録みたか」
「…………強制こむら返り魔法」
「どんな発想したら作りたがるんだそんな魔法」
それはアレクも思った。呪いか? とも思った。
フローゼ王国では魔術師が魔法を作ったら魔法省に登録することが出来る。登録だけなら自由だ。そして登録した後に国の精査が通ったら魔導書として世に販売することが可能なのだ。
「登録数は1153個。あの歳で我が国トップの魔法制作者だよニーナ・バーグは」
「そのとおりです」
「で、審査が通ったのが48個」
「……そのとおりです」
「こむら返り魔法通るか賭けるか?」
「かけません」
絶対通らない。
「……ま、48個も通った魔術師もニーナ・バーグぐらいだけどな」
魔法が生まれて幾千年。人は魔法を開発し続けた。今もそれは続いているが、傾向としては停滞期に入っている。進化は難しい。新しい発見も。
ニーナ・バーグの異名は山ほどある。天才。革命児。神童。魔法の妖精。──救いの手。
「不治の病と言われた魔力溜まりを治してニーナ・バーグの名は世界に轟いた」
「…………」
「わずか十歳で、だ」
魔力溜まり。それは身体を巡る魔力が円滑に回らずに身体の所々で詰まってしまう不治の病だった。魔力が詰まった場所から痛み、熱、痣が出てそれは身体が大きくなるにつれて症状が悪化していく。魔力溜まりになった人間は18まで生きられていい方だった。激しい痛みと共に死んでいくのだ。
「まっそういうことで、世界に名の通ってしまったニーナ・バーグには我が国の貴族と結婚してもらいたいのだよ」
「それが俺ですか」
「ちょうどいいだろう。婚約破棄になったし、君、ニーナ・バーグのこと好きだし」
「だから恩人です」
「会えない家族と鏡越しで毎日会わせてくれた? 魔力溜まりを治してくれた? どっちだ」
「どっちもです。……王命が下れば私は従います。ですが彼女には好いた相手と人生を歩んでほしい」
「君では幸せにする自信がないと?」
「…………」
十歳まで続いた痛み。身体の至る所が黒い痣に包まれて、そこから発する熱も痛みも未だに覚えている。アレクの症状の進行は早かった。十歳までが命の限度だろうと言われていた。
『大丈夫。わたしがなおすからね』
意識が朦朧とする中聞こえた声。それは優しくて、柔らかくて、あたたかくて、天使が迎えに来たのかと思った。
はっきりと意識が戻ったとき──病気が治ったとき─には彼女はもういなかった。ただただ良かったと泣く家族がそこにいた。彼女は他の患者の元を走り回っていたという。同時に自分以外が魔力溜まりを治せるように魔術式を正確に立てた。そしてニーナ・バーグは魔力溜まりを治す医療魔法を世界に無償で広めた。立派な人だ。心からそう思う。
「生き延びて幸せを知りました。温かさを知りました。……俺はそれだけでいいのです」
これは恋じゃない。
憧れてやまないけど、ずっと話したかったけど、恋じゃないんだ。
だってそうだろう。彼女は多くの人を助けた偉大な人だ。アレクはその中の埋もれたひとり。自惚れるな。そう言い聞かせて七年になる。ああ、いつまで言い聞かせたらこの感情は消えてくれるのだろうか。
アレクはそっと目を閉じた。そして広げていた手紙をぐしゃりと潰した。