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03 ニーナという人間

「ニーナ・バーグはいるか」

 

 Cクラスを訪ね、扉側にいた女子生徒にそう訊ねると「ニーナは……」と悲痛な声を出した。その様子に何か大変な事があったのかと眉を寄せる。

 

「どうしたんだ」

 

「…………」

 

「言える範囲でいい。俺は彼女に用がある。なにか役に立てるのなら尽力する」

 

 そう言っても女子生徒は首を横に振るだけだった。

 

 ニーナ・バーグ。

 国に最大級の貢献をもたらした者へ贈られる栄華桜を王家から八歳で与えられ、十歳で再び与えられた天才。栄華桜は一生をかけても賜れるかどうか分からない神聖なもの。それを八歳で、しかもそのたった二年後に与えられるなど国が生まれて初めての快挙だった。

 彼女が作った魔法は鏡魔法だった。魔術式を裏に書かれた鏡とその対の鏡。その鏡に話しかけると対の鏡に言葉が届き、話している相手の顔すらも見えるという凄まじい魔法だった。さらに届く範囲は国中なら可能。今までは遠く離れた場所でのやりとりは手紙でしか出来なかった世の中に一石を投じたのだ。


 彼女の作った魔術式は即座に国家により保護されて、魔術式を書かれた鏡は国が許可した人物、場所しか使えないとされた。理由は簡単だ。言葉が即座に届けられるということは良いことばかりではない。情報は何よりの武器だ。如何様にも使える。良いことにも悪いことにも。

 

 はぁ、と息を吐く。

 アレクは鏡魔法の恩恵を受けた人物だった。アレクは幼少期にある病気にかかり、両親と弟のいる領都から離れて王都で療養していた。その病気研究の第一人者が王都にいたからだ。王都の屋敷には祖父母がいてくれた。病気の自分を心から心配し、愛情も注いでくれた。両親も弟も多くの手紙を送ってくれた。自分は愛されている。ちゃんと分かっていた。それでも寂しい気持ちは拭えなかった。

 

 それが変わったのは八歳のとき。

 鏡魔法が出来てから毎日顔を合わせて遠くにいる家族と会話が出来た。祖父と父が王に申請を出して許可を貰ってくれたのだ。今日は何があった、これを頑張った、これが苦手だけど頑張りたい。それを口で伝えられる幸せ。アレクは初めて鏡魔法で家族と話したときに泣いてしまった。それが伝染したのか家族も泣いてしまった。でもそれは悲しみからではなかった。

 

 ニーナ・バーグはアレクの恩人だ。……あんな初対面になってしまったが。まさか婚約者の浮気現場を共に見るなんて思ってもみなかった。しかも堂々とオリジナル魔法でその現場を絵のように保存して証拠として渡された。人の心ないのかこの女。そう思ったが、その絵が婚約破棄をとんとん拍子に進めてくれる証拠となったのだから、結果としてアレクは再びニーナ・バーグに助けられたことになる。……それに、まだ彼女には大きな恩がある。返しきれないくらいの恩が。

 

 だからお礼として何か渡そうと思っていた。魔導具でも装飾品でもなんでも。アレクの容姿にも権力にも頓着する様子は欠片もなかったので、家に招いて食事でもと思ったのだ。何より祖父母も喜ぶ。ニーナ・バーグはアシュレイ家にとっての恩人だからだ。婚約破棄の際に不義理をした婚約者に怒っていた祖父母だが、ニーナ・バーグが関わってると聞いてからは「あの子がまた助けてくれたのだね? ふふ、家に来てもらいなさい。歓迎したい」と表情を和らげてそう言った。婚約破棄に心を痛めていた祖父母の為にもニーナ・バーグにはアシュレイ家に来てもらいたい。アレクはそう思った。


「ニーナ・バーグに何があった」


 だからニーナ・バーグに何かあったならアレクはなんとしてでも力にならなければならない。彼女はこの王侯貴族が通う王立学校唯一の庶民だ。国が認めて登校しているのだから口を出すことは愚かとしか言いようがないと言うのに、口に出し非難する者はいるのだ。成した栄誉を一切見ずにただの庶民だと軽んじる者が。


 Cクラスは伯爵家以下が多く在籍している。更に次代の跡取りではない者が多い。だがその反面、自分の力で成り上がろうとする者が多く、魔法対抗戦や魔獣討伐試験などアレクの所属するAクラス─侯爵家以上のクラスといつもいい勝負をするのだ。ニーナ・バーグという存在があるのもその一端だろうが。


「俺が力になれることはないか?」


 権力かなにかでの問題ならアレクは力になれる。そう思っての言葉だった。その言葉は伝わったらしい。女子生徒は顔を上げて「お願いしますアシュレイ様」と言った。


「ああ、まかせてくれ」





 ***


「ニィナァ! もっと食べろ! 魔力が満杯になるまで食べるのだ!!」

 

「生徒を見世物にして楽しいですか」

 

「そんなものは知らん!! 俺はおまえの最大魔力計数が知りたいだけだ!」

 

「もう食べるの飽きた……」

 

 そう言ってニーナはだるそうな動作でパスタを口に入れた。場所は食堂。ニーナの座ってる長テーブルには多くの皿が乗っていて、ニーナの周りには人だかりが出来ていた。

 

「…………これは何だ?」

 

「ニーナは魔法を使ったらお腹が減るタイプでして」

 

「ああ、そういう者もいるな」

 

 魔法を使うと魔力が消費され、それが多く消費すればするほど体調に出るのだ。アレクは疲労を感じる。他には眠くなる者もいる。基本的に休めばそれらは解消される。ニーナ・バーグの場合は食事をするがそれに該当するだろう。

 

「それで何故ニーナ・バーグは延々と食事をさせられているんだ。しかもロイド教諭に」

 

「ニーナって魔力が多すぎて満腹になったことないんです。いつも適度に空腹を感じてるって言ってました」

 

「つまり彼女はいつも全快じゃない状態で魔法を使っている、と」

 

「はい。だから学園長先生などはニーナの体質に気にかけてくださっているんですけど、ロイド先生は全快になったニーナがどれだけの魔法を使えるか気になったらしくて……だから満腹になるまで食べさせられてるんです。定期的に」

 

「……定期的に?」

 

「定期的に」

 

 つまりこれは定期行事。

 

「君のあの悲痛な顔はなんだったんだ」

 

「ニーナはあれだけ食べでも満腹にならないんです。むしろ食べるのが苦痛って。でもロイド先生は教授の中でもお話が通じない方なのでニーナはいつも元気なくして帰ってきます。でも止められないんです。ロイド先生だから」

 

「…………」

 

 とりあえず食事に誘うのはなしだな。アレクはそう思った。

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