01 こんにちは修羅場
両方の親指と人差し指をLの字にして四角を作るようにして両方の指をくっつける。そこから覗いた風景を絵のようにして切り取って保存する魔法。パシャっとくんと名付けたそれは、病気療養で離れて暮らすご家族の為に作った魔法である。離れて暮らしても互いの成長が分かるように、と心温まる魔法になる予定だったのに現実はこうだ。
目の前には抱き合ってちゅーしてる男女。場所は学校の噴水広場。木の陰からパシャっととってみるとそりゃあもう雰囲気のある一枚になった。それを目の死んでいる青年に渡すと気の抜けた様子で「ご丁寧にどうも」と返される。腹から声だしてけ。
「地獄の看守なのかな君は」
「C組のニーナです」
「そうじゃなくてね。婚約者の不貞の証拠を絵のように残して寄越してくる神経を疑ってるんだよ」
「尻軽を娶る前でよかったじゃないですか」
「言い方ぁ!」
アレク・アシュレイさんは唸るように声を出した。隣の隣のクラスの彼はちゅーしてる女の子の婚約者だ。つまり浮気現場を目撃したということだ。なんて可哀想に。
「侯爵家バカにされてますよね。今は人気がないですけどここよくカップルがくる所ですし」
「君に言われなくてもこの上ない侮辱は受け取っているよ」
絵をピラピラさせながら疲れたように呟くアシュレイさん。写ってるものはろくでもないけどもうちょっと丁寧にあつかってほしい。がんばって作った魔法なのだから。
「この魔法は魔法省から魔導書認定をもらってるのでその絵は公的に認められた証拠になりますよ」
「それはそれはありがたいことだね」
全くありがたくなさそうだけど仕方ない。婚約破棄なんて体力がいりそうな行事だ。好き好んでやるものでもないし、憂鬱そのものだ。
確か伯爵家のお嬢様だったと思う。侯爵家に嫁げるなんて普通に考えたら嬉しいものだと思うけどな。庶民にはよく分からないが。世界が違いすぎて。貴族の方に「パンはスープにいれて食べるんですよ。かたいので」といっても通じないのと一緒。
そしてそもそも私がここにいるのは懇意の教授から「噴水広場の水辺で自分の顔のよさを確認し過ぎてメガネ置いてきたらとってきて」と頼まれたからである。不貞の絵を創造してる場合じゃない。
「ちょっと失礼しますよ~」
「!?」
「きゃっ!」
なにがきゃっ! だ。不貞おなごよ。そう思いつつ噴水を一周するとちょうどカップルがいた場所の反対側に教授のメガネがあった。よかった。これでなかったと言ったら「君の大切なものを人質にとる」と脅されていたのだ。そんなに大切なものうっかり置いていかないでほしい。懇意とはなんだったのか。
「な、な、な、」
「あ、失礼しました」
「失礼しましたじゃないわ! 失礼じゃなくて!?」
「だから失礼しましたと言っていますが」
「その失礼じゃなくて! のぞき見するなんて最低の人間のやることだわ!」
不貞のほうが罪が重いのでは? と首を傾げる。するともう一人の不貞相手がまあまあと間に入ってきた。
「そのリボンの色はCクラスだろう? 所詮身分が卑しい人間のやることだ」
「だったらあそこで見てるAクラスの人はどうなるんですかね?」
茂みを指差す。おいおまえ今じゃないだろうという顔を向けられた気がした。
「!? アシュレイ様!?」
「アレク様!? こ、これは違うのです!」
「なにが違うのか説明してもらおうか。……いや、時間の無駄だな。証拠もご丁寧にわざわざ立派に貴重な魔法で残してくれたので婚約破棄はスムーズに進められるだろう」
「そんなに強調して褒めなくても……」
「褒めてると思っているのがびっくりだよ」
「えっ」
「栄華桜を賜った同い年の庶民に興味はもっていたがこんな子だとは思わなかったよ」
これはさてはイヤミでは? なれてるけど褒められたほうが伸びるタイプなので褒めてほしいところ。
そんなことを思っていたら「栄華桜!? この女が!?」と不貞相手が声をあげる。
「八才で栄華桜を賜る偉業をなして十歳で追加の桜を陛下から賜った人間なんてこの国じゃニーナ・バーグしかいない。どの派閥も欲しがっている才能だ。その顔と名前も知らないとはよほど家でのらりくらりと過ごしていたらしいな。君たちは」
あれ? やっぱり褒められてる? それともイヤミの叩き棒としか使われているだけ? 分からぬ……。なんせ初めて話す。でも顔と名前はその他諸々はよくしっている。
アレク・アシュレイ。アシュレイ侯爵家の長男。この国の農産物、畜産物の六割を占める国の貯蔵庫アシュレイ家。この国の柱とも言っていい。庶民でもよく知れた名だ。本当になんで不貞なんてしちゃったの? 謎すぎる。まあ私には分かり得ない問題なのでそろそろお暇しよう。
「そういうわけで失礼します。アシュレイさん」
「どういうわけだ? そんな流れは一切なかったが? 修羅場を作り出しておいてさっさと去るなんて許さないからな」
「私がセッティングしたみたいな言い方」
不服である。逃げ出そうにも子猫のように首根っこを掴まれて移動を阻止される。その間も必死で言い訳してるカップルとの温度差がひどい。風邪ひきそうだ。
仕方ないのでぼんやり空を見て次の魔法の魔術式を考えることにした。時間は有限。ちゃんと有意義に使わなくては。
そんな私をみて「この女肝っ玉が太すぎる」とアシュレイさんがドン引きしていたのにも気づかずぼんやり空を眺め続けた。
そしてこの話は首根っこ掴んでいる人と掴まれている人が夫婦になるまでの物語である。