第二十四章 動機と行動と結果と時間 その一
マクガイアが大阪万博へと旅立ってから、パウロがユリアを送り迎えすることとなった。
パウロの初めての登校日、登校途中の会話の中で、ユリアはパウロに言った。
「あのね、パウロさん。この間、マクガイアが学校に来たときなんだけど・・・
保健室まで着いてきて、英語の授業をやってくれたんだ。実践、英会話って。
外国人の観光客を道案内するってシュチュエーションで。
凄く楽しかったし、ためになった。
で、マクガイアが言うには、イエズス会の宣教師は、教育を重んじていて、何かしら教えることができるって、これって本当?」
「そうです。イエズス会の宣教師は宣教地に赴いて、教育にも貢献できるよう訓練されています」とパウロが答える。
「じゃあ、さあ、パウロさんも授業できる?」とユリア。
「もちろん」とメガネのブリッジをクイッと持ち上げてパウロが言う。
「じゃあ、お願いできないかな。1時間、なんでもいいから授業してもらえないかな?」とパウロに両手を合わせてお願いするユリア。
「わたしは、かまわないけれど、学校側はどうかな・・・」とパウロが懸念する。
「それなら、大丈夫。学校はわたし達に関わりたくないと思っているみたい。完全にネグレクト」とユリアは眉毛を上に上げて口をへの字にしてみせた。
パウロにはその表情が、彼女なりの学校への抗議なのか諦めなのか受け止めかねた。
「マチコ先生には、わたしからお願いしてみるね」とユリアが笑顔で言う。
「マチコ先生?」とパウロ。
「保健室の先生だよ。物分りがよくて、優しい先生だから問題ないよ」とユリアが太鼓判を押す。
話をしながら、パウロはあたりに気を配る。ユリアを攫おうと天の階教会が襲撃してくるかもしれないのだ。
電車に乗り、ユリアが通う高校の最寄り駅で降りる。高校に近づくに連れてユリアと同じ制服の学生たちが多くなる。嫌でもパウロのような巨漢は目立つ。
後ろから駆け寄る足音を警戒してパウロが振り向くと、制服姿のギャルが少し怯えながら「マックじゃねぇの?」とつぶやいた。
「あ、マリア。おはよう」とユリア。
ユリアの友達かと張った気を少し緩めるパウロ。パウロはマリアと呼ばれた女子生徒に微笑みかける。
「うん、マクガイアは今日から大阪万博に行ってるんだよ。で、今日はパウロさんが同行してくれるんだ。パウロさん、この子は私の友達の浜崎マリア」
「イエズス会のパウロ・ガウェインです。よろしく」と握手を求める。
マリアはその手を握り、「イエズス会って、デケェ人でないと入れないとかあるんすか?」と言った。
「さて、それでは授業を始めましょう」とパウロは言って、ホワイトボードに”投資の話”と書いた。
「えっ」と驚きの声が上がる。
「神に仕える者が、投資の話とは驚きましたか?」とパウロ。
「実は、私はイエズス会の宣教師になる前は、世界的な証券会社でバンカーをしていました」
おおっという生徒達の歓声の中から「バンカーってなに?」と浜崎マリアが言う。
「バンカーというのは、お客さんからお金を預かって、そのお金をできるだけ多くして返す仕事です」とパウロが簡単に説明する。
「わたしは、なかなか腕のいいバンカーだったんですよ」そう言ってメガネのブリッジをクイッと上げてみせた。
「皆さんは日経平均という言葉を聞いたことがありますか?」
頷く生徒と、眉を曇らせる生徒が半々といった感じだった。
「日経平均とは、日本を代表する225の企業の株価の平均です」とパウロが説明すると、皆が頷く。
「過去50年間の日経平均を書いてみます」そういうとホワイトボードに1975年から2025年までの日経平均株価の折れ線グラフを書いていく。
「1975年から1989年まで一本調子で上がって行きます。
そしてバブル崩壊、ここから下落が始まって、2009年にバブル崩壊後最安値を迎えます。
7000円です。
皆さんが生まれたのはこの頃ですね」とパウロは生徒を見渡す。生徒たちが頷いている。
「そこから2015年くらいまで低迷します。そして、そこから上昇を始め、現在、4万2千円」と言って、マーカーにキャップする。
「皆さんが生まれてからの期間を切り取ってみると、皆さんは景気上昇の時期に生まれ落ちた幸運の世代であると言えます」とパウロが言うとへぇ〜という声が生徒たちから漏れる。
そう、日本の若者たちは景気の悪い話しか聞いたことがないのだ。
「日経平均という株があったとして、それを皆さんが生まれた時に100万円買っておけば、今、600万円になっています」おおっと生徒たちがいう。
「みなさんより上の世代、大人たちは失われた30年とか勝手なことを言っていますが、その言葉に惑わされないで下さい。あなた達は幸運の世代なのです」とパウロは生徒たちに念を押すように言う。
「さて、わたしは優秀なバンカーであったわけですが、優秀なバンカーとなるためには2つの方法があります。一つは、明日上がる銘柄をあてること。もう一つは、ある銘柄が明日上がるだろうと思わせることです」生徒たちが、んっという顔をする。
「明日上がる銘柄をあてることができれば、投資家にとってもバンカーにとってもWinWinですから皆さんにもわかりやすいですよね」生徒たちが頷く。
「もうひとつ、ある銘柄が明日あがるだろうと思わせれれば投資家がLoseでも、バンカーにとってはWinとなります」とパウロが言うと「ズルくね?」と浜崎マリア。
パウロは浜崎マリアを指さして「そう、その通りです。ズルです」と言う。
「では、みなさん、こういうズルいやり方に引っかかるのどんな人達だと思いますか?」と生徒に質問する。「バカ」と浜崎マリアが元も子もないことを言う。「欲深い人」と柏木後輩が言う。「楽に儲けたい人」とユリアが言う。
「そうです。すぐに、楽して得したいと思う人です」と言ってパウロは生徒たちを見渡した。
「みなさんの中で、すぐに、楽して得したいと思った事がない人がいたら手を上げて下さい」誰も手を上げない。「いつも思ってるもんね」と浜崎マリア。
「コストパフォーマンス。コスパってよく言われているよね」とパウロが浜崎マリアに微笑みながら言う。皆が頷く。
「わたしは投資の世界で働いて、わかったことがあります」とパウロ。
「よい結果は、よい行動によってもたらされ、よい行動はよい動機によってもたらせるということです」
「ところが、よい動機が、よい結果に至るには時間がかかるんです。そのことを無視して、良い結果だけを求める人たちが汚いやり方に引っかかり、だめになっていくわけです」
「ウォーレン・バフェットという投資家を知っていますか?」皆、知らいないと首を横に振る。
「オマハの賢人と呼べれる彼は、投資で身を立てた大金持ちです。総資産は6兆円とも7兆円とも言われています」ひえ〜っと言う声が上がる。
「彼がどのよにしてそれほどの巨額の富を得るに至ったか、興味はありませんか?」とパウロが問いかけると勢いよく生徒たちが頷く。
「彼は徹底的に決算書を読み込むんです。決算書には企業が何を考え、何をして、どのような結果を得たのかが記されています」
「彼は良い動機と良い行動で良い結果をだしている企業に投資してきたのです。彼は言います。すぐに売って儲かる株ではなく、50年後も持っていたいと思う株を買うと」
「みなさんが、株を投資する時は、今日の話を思い出して下さいね」とパウロが言うと皆が頷いた。
「さて、最後に・・・自分に投資するとよく言いますよね?」とパウロ。
「何に自分の努力と時間を割くのかということです。どうしようと迷った時、結果ではなく、動機に集中しなさい。正しい動機をもって、これからの人生を歩んでください」そう言って、パウロはホワイトボードにグラフを2つ描いた。
縦軸に良い結果と書かれている、横軸に良い動機による良い行動と書かれている。
左のグラフは直線で、良い考えによる良い行動がそのまま良い結果となっている。
右のグラフは階段のようになっている良い考えによる良い行動が、時間をおいて良い結果に繋がっている。
パウロは右側のグラフをトントンと叩いて示し「努力と結果はこういう形になります。時間がかかるんです」と言って生徒を見渡した。
「あなたの良い動機による良い行動が、今、報われないからといって、諦めないでください。あなたちには時間があるのだから」




