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第二章 JCとJK その三

「ごめん、ごめん。ユリア。そうユリア、君の名前にテンション上がってしまって・・」謝るマクガイアにユリアは肩を怒らせて言う。


「わたしの名前?おじさんの中に、わたしの名前でテンション上がっちゃう人はいるけど、なんで外国人のマクガイアがテンション上がるの?」


「他のおじさんたちと一緒だと思う・・・」とマクガイアが言う。

「北斗の拳知ってるんだ」と言うユリアに、マクガイアは頷いた。


「弟とよく秘孔(ひこう)を突き合って遊んでいたよ」と楽しかった子どもの頃の思い出にマクガイアは笑みを浮かべている。


「ダメでしょ、神父が秘孔突いちゃ」と言ってから、はぁ〜と長い溜息をつく。

「お父さんが北斗の拳が大好きで、わたしにユリアって名付けたんだよ。でもさぁ〜」とユリアは残念そうに呟く。


「ユリアって不幸だよね?なんでユリアってつけちゃうかなぁ〜」と足をバタバタさせる。


 それを聞いたマクガイアは、先程、肩に手を回して機嫌を損ねたことを忘れ、その大きな手でユリアの両肩を掴んだ。そして、ユリアの顔を覗き込んで言った。


「ユリア、ユリアは決して不幸じゃない。不幸なわけがない。ユリアは自分の愛を貫き、愛された人だ。彼女ほど幸福な人などいないんだ」


 少し身を固くしたユリアは「えっ、でも」と反論しようとする。頭を振ってマクガイアは力強く言う。


「君のお父さんは君の幸せを願ってユリアと名付けた。そして、君は幸せになる」

 ユリアのプルプルと震える唇から「わたし、幸せになれるの?」とか細い声が漏れる。


「もちろんだ、ユリア」とマクガイアはユリアの両肩を掴んだ手をもう一度ギュッと掴み直してから、手を離した。そして、マクガイアは話を続けた。


「わたしはねユリア。今日、この空港に着いてから、自分にザビエルの前に現れた弥治郎のような、わたしを導くような人物が現れることを祈っていたんだ。

そして、君が現れた。しかも、君はユリアだ。わたしは、君に君の幸せのためにできる限りのことをすると誓おう」


「重いし、怖いよ」とユリアが非常に困惑した表情で言った。

 ユリアの了承を得ようと言ったのではない。自分の決意を告げただけだ。

 ユリアが困惑しようが、そんなことはマクガイアにはどうでもよかった。


 そして、マクガイアは「さっき、SNSに写真を上げてたよね。実は、わたしはSNSというものをやったことがないんだ。それで、教えてもらえないだろうか」とお願いした。


 搭乗までの間、倉棚ユリアの指導の元、日本で広く使われているSNSアプリのアカウントを作成することに費やした。アカウントを作成するとマクガイアのスマホの登録情報から相互フォローが形成された。


マクガイアの登録情報は250件程度、もちろん相互フォロー数はそこが上限となる。なるはずだった。


「おーし、皆に奨めちゃうぞ、フォローよろっと」

 倉棚ユリアがスマホにそう打ち込むと、マクガイアのフォロー数はあっと言う間に、千を超ると、万を超えて、3万件間近に迫った。大漁である。


「さあさあ呟いちゃう?初めてなんて呟いちゃうの、ねぇねぇ!」とユリアが肘でマクガイアを小突く。


 マクガイアは、まるで魔法を見る思いであった。スマホを左手に持って、視線を虚空に向けて立ちすくむマクガイア。


 マクガイアはユリアに向き直ると「君は人をとる漁師だ!!」と言って彼女をハグした。

「じぉおりゃぁぁぁ!!」ユリアの悲鳴がフロアに響いた。


 旅行客達の視線が一斉に二人に注がれた。ユリアは、その視線に耐えられず、小声で「sorry」を繰り返しながら方々に頭を下げ、その場で一周した。


 ユリアが落ち着くのを待って、マクガイアは声を掛ける。

「ごめん!ごめん!間違った。日本人はハグしない、そうだね」


「日本人もハグするっちゅーねん。でもね、会ったばかりの人とはしません。わかったザビエル」といってキッと人差し指をマクガイアに向けた。


 マクガイアは再度頭を下げてから「ごめん。ただありがとう」と言ってスマホを指さした。


「わかればよろしい。わたしも、なんか、ごめんね。びっくりしすぎたよね」ユリアは右手を差し出して「仲直りをしましょう」と言った。マクガイアはその手を強く握った。


 英語で搭乗のアナウンスが流れる。

「搭乗が始まったようですね。さあ、日本へ行きましょう!」とマクガイアがユリアに声をかけ、二人は歩き出した。


 機内へと向かう間、倉棚ユリアはひっきりなしに喋っていた。

「私ね、初めての海外旅行だったんだ。修学旅行だけどね。で、3泊4日、シンガポール。

 せっかくの東南アジアなんだから他の国にもいけばいいのにね、3泊4日シンガポール」何を呟こうと考えているマクガイア。


「来る前にさ、班決めがあってね、ちょっと辛かったんだよね。わたし、クラスで浮いちゃってるからさ」


 いや、最初につぶやく言葉は決まっているとマクガイアは思う。


「しかも、相楽(さがら)さんと一緒の班になっちゃった。相楽(さがら)さんって、キレイめでおしゃれでスクールカースト上位、ちょっと苦手な感じの子だったんだけど」


 タイミングだとマクガイアは思う。いつ呟くか、それが問題だ。

「ねえ、聞いてる?相楽(さがら)さんの他には、結衣(ゆい)ちゃんと、大村くんと、長谷川くんと、武智(たけち)くんの6人の班になったんだ。なんかこれがいい感じで、うん、いい感じだったんだよね」


 どのタイムラインかが問題だとマクガイアは思う。ユリアのお陰で日本でのフォロアーを得たが、リアルで繋がっている人間はヨーロッパである。


「海外旅行初めてじゃん、これ言ったよね。で、期待と不安は食事に集中するよね。だよね?


 で結論から言うと、あんましだったんだ。見た目と実際の味に、何か、ギャップ感じちゃってさ、甘いかなと思ったら、辛かったり、酸っぱいぞみたいな、何かテンパっちゃって。


 認知的不協和って先生が言ってた。何か、何か、シンガポールの料理が自分に合わないって言いたくないんだ。初めてだから、準備ができてなかっただけだからって思うんだよね。


 だから、シンガポール料理の評価は保留しようと思ってる。うん、結論はまだって思ってるんだ」


 機内に入り、席を探しながら前を行くユリアが振り返って「マーライオンって思ったより小さくない?」と語尾を上げて尋ね、マクガイアの答えを待たず前に向き直る。


 女子高生と神父という異色の組み合わせに、乗客の目が集まる。

 二人が目の前に現れると乗客は静かになり、二人に見入り、二人が通り過ぎるとざわつきはじめる。


「ここね。私が、窓際でいい?いいよね」

 とユリアはマクガイアに声をかけ、通路側に座る男性にすみませんと声をかけた。


 男性は笑顔で頷くと立ち上がり、ユリアを通した。


 50代半ばに見える男性は縁なしのメガネをかけ、ファーストクラスに座っていてもおかしくない仕立ての良いスーツに身を包んでいた。男性はマクガイアに笑顔でどうぞと手で促した。所作が洗練されている。


 マクガイアはユリアと自分の荷物をキャビネットに収めて、真ん中の席に腰を降ろした。通路側の席に男性が座り直すのを待って、マクガイアは声をかけた。


「マクガイア、ニコラス・マクガイアです」そう言って右手を差し出すと、男性はその右手を取って、慣れた様子で挨拶を返す。


降穂(ふるほ)(ただし)です。個人で貿易商を営んでおります。マクガイアさんは聖職者なのですか?」

「せいしょくしゃ?」マクガイアは、まだ聞いてすぐに、文脈から単語を特定できないことに戸惑った。


「いえ、すみません。神父様ですか?」と聞き直してくれた。降穂(ふるほ)と名乗ったこの紳士が、英語を(しゃべ)れることは間違いない。それどころか多言語に通じているとみて間違いないと思う。


 その彼が、安易に英語に切り替えることなく日本語で言い直してくれたことにマクガイアは好感を持った。


「しんぷ?神父?!おぉ、そうです。わたしはイエズス会の神父です。日本に派遣されました。全ての日本人をキリスト教徒にするために」とマクガイアは、決意と自信に満ちた笑顔を降穂(ふるほ)に向けた。


「なるほど。そうですか、それは大変ですね」と降穂(ふるほ)がマクガイアに優しく応じた。

「大変?なぜ?」とマクガイアは問う。


「そうですねぇ・・・なんと言えばよいのか・・・」と答えに(きゅう)する降穂(ふるほ)に、マクガイアは質問を重ねる。


降穂(ふるほ)さん、あなたは神を信じますか?」さらに「降穂(ふるほ)さんの宗教は?」と降穂(ふるほ)を問い詰める。


 降穂(ふるほ)は笑顔を引き()らせながら、落ち着いてと手で制す。(たま)らずユリアが割って入った。


「はいはいはいはい、すみません、おじさん。あっ、おじさんて言っちゃった」とぺこりと降穂に頭を下げる。いえいえと手を振る降穂(ふるほ)

 

 ユリアはマクガイアの肩をつかみ、席に座り直させて、言い聞かせる。

「出会ったばかりの人と宗教とか政治とかそんな話はNGでしょ!これ大人の常識じゃないの?信じられないんですけど」そう言って、ねえと降穂(ふるほ)に微笑みかけ、マクガイアの頭を無理に下げさせる。


「それよりなんて呟くか決めたの?それ、大事だから。ねっ」とマクガイアの目を見て言う。

「決まっています」とマクガイアは言う。


「じゃあ呟きなよ、何してんの。早く呟きなよ!」と急かすユリア。

「まだです。まだなのです」


「なにそれ、意味わかんない」

「”わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時は時はいつも備えらて・・・」


「意味わかんない!」そう言うとユリアはそっぽを向くように窓枠に寄りかかり、深いため息をついた。


 少し声を落としてユリアは言った。

「ねえ、神様っていると思う。私はいたらいいなと思うんだけど・・・」


「神はおられます」とマクガイアは断言する。

 そして呟く言葉に思いを巡らせる。呟くべき言葉は決まっている。


 機が満ちるのを待っている、そう待っている。全ての日本人をキリスト教徒にすべき時期を待っている。


 ”はじめに言葉ありき”言葉は大事だとマクガイアは思う。

 なにもキリスト教徒だけではない、日本にも言霊という言葉があることを彼は知っている。人偏に言うと書いて信じるという文字になることを知った時、神の御業に驚愕した。


 ユリアが顔を背けたまま、マクガイアに話しかける「神様ってさ、創造主なんでしょ、私、中学校の時、キリスト教系の学校にいたから、聖書?ちょっと齧ってるんだぁ・・・」


 そう聖書、マクガイアは思う。聖典であり、教典であり神の御言葉、その御言葉に耳を方向け、心方向け、来し方を思い、悔い改める。己の罪深さを覚り、懺悔し、神の御前で告白する。

 

 そして全き神の赦しに包まれる。神の愛。その至福のときを日本人に届けるのだ。魂が清められる、その喜びを日本人に届けるのだ。


「創造主ってことはさあ、万能ってことだよね?神様に不可能はないんだよね?ね?」とユリア。

 当たり前の事を問うユリアの言葉を幼稚なことをと思いながら「そうですね」と返事を返した。


 やはり、呟くその第一声は日本に上陸してからが良いだろうとマクガイアは思う。

 それは、劇的でなければならない。


 しかし、マクガイアがSNSをはじめたことを知られているのに、第一声まで長く待たせるのはいかがなものかとも思う。


 日本上陸前に思わせぶりな呟きを残し、期待を高める事により上陸を劇的に演出することもやり方としてあるのではないか。


「なんでも、できるってことは、どんな盾でも貫くことができる最強の(ほこ)を創ることもできるよね?」と言うユリアの言葉に「できますね。もちろん」とマクガイアは答える。


 ”兄さん!twiter始めたの!?何、何、何があった?”

 弟テオからのツイートが画面に表示される。テオ!何故、兄の呟きを待たない!とマクガイアは心の中で弟の軽率さをなじる。

 

 どう返してやろうかと、怒りの混じった思いで画面を見つめていると、テオのツイートにイーロン・マスクから”いいね”が付いた。


 えっと思う。テオがIT業界で成功していることは知ってはいたが、イーロン・マスクと知り合いだとは思いもしなかった。知り合いを5人辿ればどんな有名人にも辿り着くというスモールワールド仮説が立証された。

 

 まさか自分がイーロン・マスクと繋がるとは思ってもみなかった。というかイーロン・マスクに弟がいいねされたことで興奮する自分を知って、マクガイアは愕然(がくぜん)とする。


 それは神に仕える身として、あまりにも矮小(わいしょう)過ぎる。あまりにも俗物すぎると、すぐにでも懺悔したい気持ちに駆られた。


「じゃあ、さあ、どんな(ほこ)でも貫くことができない最強の盾も創れるよね?ね?」と言うユリアの声に、考えもせず少し苛立(いらだ)ちを含んだ声で「できますねっ」と答えて、背中に冷たいものが走った。


 マクガイアは両手に持ったスマートフォンの画面を見つめながら、なにかとんでもない間違いを犯した実感に鼓動が高まるのを感じた。何かを誤った。


「じゃ〜あ〜」とユリア。

「その最強の(ほこ)で、最強の盾を突いたらどうなるの?」座席から身を乗り出し、目をキラキラと輝かせて問うユリア。


教義的回答をする機会は、既に(いっ)していることを、マクガイアは覚った。

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