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第二十一章 同伴登校とつながるスマホ その四

 一日の授業が全て終わって「ねえ、ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな?」とユリアが聞いてきた。襲撃の可能性を考えて、難しい顔をするマクガイアに、ユリアは続けて言った。


「バイト先に挨拶しときたいんだよね。急に辞めちゃったし、迷惑かけたから。いいでしょ?」そういうことならと、マクガイアは認めた。


 味方にはこちらの現状を伝え、何かあれば連絡してもらえるようにしておきたい。


 準備中の札がかかった料理屋の前で「ここだよ」とユリアが言う。

 ユリアは確か、喫茶店でバイトしていたのではなかったかと、疑問に思いながら「こんちは」と元気に挨拶して店に入るユリアに続くと「ユリアちゃん、久しぶり」と明るい声が返ってきた。

 女将さんがユリアに抱きつきながら、後ろのマクガイアに目を丸くしている。


「ユリアちゃん、こちらの方は?神父さん?」と女将さんが尋ねる。

 ユリアが答えるのを待たずに「イエズス会の宣教師、ニコラス・マクガイアです。こんにちは」とマクガイアが挨拶をした。


「そうなんです。女将さん、今、教会のお世話になってって」とユリア。

「どういうこと?」大将も料理場から顔を出す。

「実は、そのぉ、前にわたしのお母さんのこと話しましたよね」と事情を説明した。


「そうなの、大丈夫?心配ね」と女将さんはユリアの背をさすりながら「マクガイアさんっておっしゃいましたっけ?ユリアちゃんをよろしくお願いしますね」とマクガイアに言う。


 マクガイアは、見ず知らずの人間にユリアのことを尋ねられたり、不審な人物を見かけることがあったら連絡してほしいと、最近、手渡された名刺を女将に渡した。


「それより、女将さん(りょう)ちゃんは?」とユリア。

「今、座敷で寝かせてる。見る?」と女将が座敷の(ふすま)を開けた。ふわっと乳の匂いが漂った。「う〜、かわいいぃぃ」と身を(よじ)るユリア。


 振り向いて「マクガイア見て、この子が涼ちゃん、わたし、この子が生まれるまでここで働かせてもらってたの」とユリアが嬉しそうに言う。


「晩飯にはまだ早いけど、食べていきなよ、ほれ、ユリアちゃんの好物」と大将がカウンター席に「マクガイアさんも一緒にどうぞ」と鯛のミニ丼を2つ出してくれた。


 ユリアとマクガイアは一口頬張って、赤子を起こさぬように小さく歓声を上げた。


 丼を平らげる間も、大将や女将さんから矢継ぎ早に話を振られるユリアを見て、この子は愛されているとマクガイアは思った。なかなか話は尽きない。


「あっ、そうだ、ごめんなさいエデンに行かなきゃだった」と目的を思い出してユリアが言うと「会長さんのとこにまだ行ってなかったの?だめよ、うちより先に行っとかなっきゃ」と女将さんが言う。


 店を出るとき、マクガイアはお昼もやっているか確認した。

 昼はやっていないとのことだった。それを聞いて肩を落とすマクガイアに「準備中の札かかってても顔出してください。なにか見繕(みつくろ)ってお出ししますよ」と大将が言ってくれた。

 ユリアを送り迎えする楽しみが増えた。


 商店がまばらに並ぶ通りを行くと「ここだよ」とユリアが言った。

 ユリアが指差す店舗のドアには喫茶&Bar エデンと書かれていた。


 先ほどと同様「こんちは」と元気よくドアを開け店内に入るユリア。

「おおっユリアちゃん」と言った年配のマスターが後ろのマクガイアに目を丸くするまで同じだった。


 ユリアが間に入ってマクガイアを紹介し、来訪の意図を告げると、マスターが言った。

「心配してたんだよ」そしてマクガイアに向き直り「ユリアちゃんをよろしくお願いしますね」と頭を下げる。ここでもユリアが愛されていることがわかった。


 マスターが何か飲んでいくように勧める。

 ユリアはカフェオレを頼み、マクガイアはコーヒーを頼んだ。

 ユリアはマスターの正面のスタンドに腰掛けたが、マクガイアは天の階教会の襲撃を警戒しカウンターの角、入口と通りを見渡せる席に着いた。


 なんで隣に座らないのか聞いてくるユリアに、マクガイアが理由を告げると「そんなに警戒する必要ある?ゴルゴじゃないんだから・・」とユリア。

「ゴルゴダの丘って言ったか?」とマクガイア。


「言ってないし、なに?ゴルゴダの丘って?」とユリアが呆れて言う。

「ユリアちゃん、イエス様が十字架に架けられた丘の名前だよ」とマスターが言う。


「なんでその名前がここで出てくるの?根っからの神父さんなんだからマクガイアは」とユリア。

「いや、店の名前がエデンだから、ゴルゴダの丘の話がでてもおかしくないと思うんだが?」とマクガイア。


「いやぁ、ここのエデンはあのジェームス・ディーンの『エデンの東』から取ってまして・・・」とすまなそうにマスターが壁に架けられているポスターを指さした。


「あ〜」とマクガイアは言ってから、マスターを指差し、ジャスチャーで着ている赤いスイングジャケットが決まっていると伝えた。80近いマスターが胸を反らせて、気取ってみせた。その様子を見て愉快そうにユリアがケラケラと笑う。


 道理で店舗の中に、聖書を思わせる装飾がないわけだとマクガイアは納得した。店内はアメリカの60年代を偲ばせるピンボールマシーンや、ジュークボックスなどが備えられていた。


 コーヒーを一口(すす)りマクガイアは、はっと思い当たった。

「マスター!」と大きな声を出して、マスターとユリアの会話に割って入った。

「何、急に大きな声出して」とユリア。


「いやすまん。マスター!ナポリタンはできますか?」とマクガイアが尋ねる。

「えっ、ナポリタンってスパゲティーの?」とマスターが聞き返す。

「ええ、赤いナポリタン」と目を輝かせてマクガイアが言う。

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