第二章 JCとJK その二
マクガイアは英語で声を掛けられた。日本語で思考することを自らに課していたマクガイアの反応は少し遅れる。マクガイアは、目を声の主の方に向ける。
「ニコラス・マクガイア様でいらっしゃいますよね?」と褐色のとても太った女性のフロア・スタッフが言う。一拍遅れて「はい、ニコラス・マクガイアです」となんとか返事した。
続けてマクガイアは「搭乗時間の変更でしょうか?」と問うた。
「いえ、違うのです。実は、お願いがありまして、お声がけいたしました」
マクガイアが先を促すように頷くのを見て、フロア・スタッフが言う。
「実は日本人の女の子、高校生なのですが団体とはぐれ、乗るべき便に乗り遅れてしまったのです。それで、一人でマクガイア様と同じ便に乗ることになったのですが、何分、未成年ですし・・」
マクガイアは、みなまで言うなとばかりに左手をバッと突き出して答える。
「お引き受けします!」そう言って、突き出した左手をゆっくりと引いて自分の胸に当てた。
「あ、ありがとうございます。マクガイ様。実は、すごく困っておりまして、助かります」そう言うと彼女は後ろに控えている少女に状況を説明するためにマクガイアに背を向けた。
少女の姿はフロア・スタッフの背に阻まれてマクガイアからは見えなかった。
フロア・スタッフは英語の分からない日本人にも分かりやすいように1音1音を区切って母音を強調するように話しかけている。
マクガイアは、さぞかし取り残された女子高生は心細い思いをしているだろうと思った。
フロア・スタッフが紹介するために体を脇にどかすと、そこに一人の女子高生が立っていた。
彼女はフロア・スタッフより少し背丈が小さく、体躯はその半分よりも細かった。
真っ先にリップを塗ったツヤツヤしたピンクの唇と、唇から漏れる白い歯に目がいった。髪をイジっている手には手入れされた爪が付いていた。
一見派手に見えるのだが、胸元まである艷やかな黒髪と、キリッとした眉毛、その下の鳶色の大きな瞳から凛とした印象を受ける。少し大きめの耳が正面を向いているのも特徴的だ。
マクガイアは、黒澤明の映画「隠し砦の三悪人」に出てくる雪姫のような顔立ちだと思った。
服装は薄いピンクのブラウスに紺のリボンをラフに付け、たくし上げた袖の先、右手首には赤い水玉のチュチュが巻いてある。
短めのスカートからすらっとした足が伸び紺色の靴下が少しくたびれた黒のローファーに収まっている。いかにも日本の女子高生といったスタイルだった。
左手でカートを引き、ナップザックを片方の肩に担いだ彼女は「チーすっ」と横ピースでとてもカジュアルな挨拶を投げてきた。
マクガイアが挨拶を返すためにソファから立ち上がると、その体の大きさに少し驚いて後ずさった。その間にさっとフロア・スタッフが体を入れて言った。
「彼女を羽田までお願いします。ゲートの出口で彼女の迎えがいますので、その方に引き渡してもらえれば結構ですので、よろしくお願いします」
「わかりました」とマクガイアは答えた。
フロア・スタッフはユリアに向き直って「こちら、ニコラス・マクガイアさんよ。羽田まであなたと同行していただくの、ちゃんと挨拶なさい」と、とてもゆっくりとはっきりとした発音で言った。
女子高生は英語が分かるのだろうか、うんうんとうなずき返し、フロア・スタッフの話が終わるとマクガイアの前で姿勢を正し、はにかみながら右手を出して言った。
「ナイス・トゥー・ミーチュユー」
マクガイアは笑顔で彼女の右手を握った。それを見届けてフロア・スタッフが「それでは、マクガイアさん、よろしくお願いしますね。二人共、よい旅を」と言い残し去っていった。
残された女子高生にとって、マクガイアは初めて共に過ごさねばならない異邦人なのだろう、どうしていいのか、何を言えばいいのか戸惑っているようだった。
「ニコラス・マクガイアです。イエズス会神父です。どうぞよろしく」
と日本語で挨拶すると、女子高生は目を見開いて驚いた。
「えっ、日本語メチャウマ。てっ言うかイエズス会、マジ、ザビエル的な?うそ、まじ凄いじゃん。ちょっ、ちょっ」と言いながらスマホを取り出し、一緒に写真を撮ろうと、マクガイアの袖を引っ張った。
マクガイアが屈み顔を寄せると、アングルを変えながら数枚撮った。写真を取り終えると彼女はマクガイアにSNSに写真を上げてもいいか聞いてきた。マクガイアが構わないと返すと、スマホを弄り、SNSにアップする。
「完了〜」とマクガイアに笑顔を向けて「ゴメン、ゴメン、でもやっぱこれアップしとかなきゃだよね。へへ、わたし、倉棚ユリアよろしく」
倉棚ユリアという名前を聞いてマクガイアの目が見開かれる。
「ユリア?」とマクガイアは聞き返す。
「そう、倉棚ユリア。よろしく」と言った刹那、マクガイアはがっしりと彼女の肩に手を回すと自分のスマホを取り出して「ユハショック!」と自撮りしていた。
「ひぇぇっ」とユリアが声を上げる。




