第二十一章 同伴登校とつながるスマホ その一
ユリアとマクガイアの同伴登校初日。
学校のある駅から校門までの通学路で、マクガイアを連れたユリアに注がれる視線は大変なものだった。視線を受けてユリアはもう開き直るしかないと思い、マスチフやボルゾイといった超大型犬を散歩させている令嬢を気取って、胸を張り顎を少し上げて淑やかに歩いてみた。
これはこれで楽しくない?とユリアは自分に問いかける。実際に楽しかった。
ユリアとマクガイアは一緒に校門をくぐり、保健室へと向かった。
ユリアとマクガイアが保健室に入ると、皆が唖然としている。マチコ先生もあんぐりと口を開けている。
「おはよう、皆」と挨拶したものの、ユリアは自分の今の状況をどう説明したものか、どう切り出したものかわからない。
すると横から「はじめまして、わたしはニコラス・マクガイアと言います。将来、教皇となる男です」と自己紹介した。
「あっ」とい言う声に紛れて「きょうこうってなに?」と浜崎マリアが柏木後輩に聞いている。
「キリスト教で一番偉い人です」と柏木後輩。
「えっ、キリスト教で一番偉いのはキリストじゃないの?」と浜崎マリア。
「そうですけどぉ〜」と柏木後輩は困った顔になる。
「神父さん、神父さん、tiktokとかインスタとか、めっちゃ出回ってますよね」と後輩の一人が言う。
マクガイアは自分の動画が出回っていることに対して、まんざらでもないようで笑顔で頷く。
そしてマチコ先生に歩み寄り「あなたが先生ですね。ユリアは良い生徒ですか、悪い生徒ですか?」と右手を差し出した。
マチコ先生はテンパりながら「イエス、イエス、アイ・アム・ティーチャー。ナイストゥミーチュー」と言ってマクガイアの右手を握る。
「先生、神父さん日本語ペラペラだから」と浜崎マリアに言われてマチコ先生の顔が赤くなる。
気を取り直してマチコ先生が「マクガイアさん?とおっしゃいましたか・・・どうしてマクガイアさんが、こちらへお見えになったのですか?」と尋ねるマチコ先生は日本語までたどたどしくなっている。
「今日から、わたしはユリアを送り迎えします。なぜなら、わたしとユリアは一緒に暮らしているからです」保健室が一斉にどよめいた。
その、どよめきをユリアが「ちっがーう!」と大声で遮った。
「マチコ先生、聞いてませんか?」とユリアが尋ねる。
「何を?」とポカンとするマチコ先生。あの4人はユリアに保健室登校を命じておきながら、マチコ先生になにも話していないのだ。ユリアの顔が不機嫌に歪む。
「え〜っと、ちょっと聞いてもらっていいですか。自分としてはあんまり話したくないんですけど」とユリアが仕切り直す。
「話したくなかったら話さなくていいよ。だれも強要しないし」と浜崎マリア。
「ありがとうマリア」とユリア。
「でも、やっぱり話しておいたほうがいい」とユリアは皆に向き直る。
「凄くシンプルに話します。その後に質問がある人は質問してください」とユリアは前置きして言った。
「わたしのお母さんは宗教に嵌っています。わたしは、お母さんからその宗教に入るようにずっと誘われていましたが、ずっと断っていました」ユリアは唇を噛みしめる。マリア以外の生徒とマチ子先生は姿勢を正して耳を傾けてくれている。
「この間、お母さんはもう待てないと、わたしを強引にその宗教の所に連れて行こうとしました」
「ひでぇな・・・」と浜崎マリアが呟くように言う。ユリアはそれ以上マリアに母親を悪く言って欲しくなくて、マリアの目を見て頷いて続けた。
「そこを、保護されて、今、イエズス会の教会施設で保護されています」とユリアは簡潔に言った。
「通学時にまた、お母さんやその宗教の人なんかが私を連れて行こうとしないように、マクガイアが付き添ってくれています。先日、学校側と話し合って、付き添ってもらうことにOKは出ています。と、いう状況です」と言うと、保健室に重たい空気が漂った。
「質問、どうぞ」とユリアに言われても、あまりの展開に誰も質問するものはない。
沈黙を破って「なに、マック、めっちゃいいやつじゃん!」と浜崎マリアがマクガイアにサムズアップする。その手を柏木後輩が抑える。
「ここでは皆さん何を勉強するんですか?」とマクガイアが逆に質問した。
ユリアが割って入るように言う。
「ここはね、保健室なんだけど、事情があって教室にいられない子や、先生から保健室登校を命じられた子が、自習するんだよ」
「ああ」と頷いてマクガイアが皆に聞いた。
「自習だけですか?」
「自習だけ」と言うユリアに頷く生徒たち。
「それは、よくありません。わたしが授業をやりましょう」とマクガイアが言い出した。
するとマチコ先生が「マクガイア神父さん、宗教のお話は困ります」と真顔で言った。
「なるほど、宗教の話は駄目なのですね」とマクガイアが問い返すと、マチコ先生はうんと頷いた。
「それでは英会話はどうでしょう?実践英会話です」とマクガイアは生徒を見渡した。
「お願いします!」と柏木後輩が言い、イエーイと浜崎マリアが声を上げる。
「OK、今、日本には沢山の外国人観光客が訪れていますね」とマクガイア。
「そこで、外国人に道を尋ねられたらというシュチュエーションで始めましょう」と言って、学校から最寄りの駅までを案内する英語のやり取りを皆で考え、外国人役と案内役を入れ替えて演じさせた。
マチコ先生は、活き活きとする生徒達に驚いた。
毎日、それぞれ黙って自習していた生徒たちが、これほどの活力を有していたとは思わなかった。本当は自分が、生徒たちから引き出したいと思っていたものだった。
マチコ先生は保健の先生になって、保健室登校を余儀なくされた生徒たちと触れ合うようになってから、保健室登校の生徒達の自己肯定感が低いことに気が付いた。
保健室登校をする生徒たちは、現状を変えられない、自分は変えられない、だれも助けてくれないという強い無力感を抱えており、ボッチやコミュ障、スクールカースト底辺と言った安易なラベルを自らに貼って、自縄自縛に陥っている子が多いのだ。
マチコ先生はそういった心の問題を解決する方法や制度を調べた。
そこで欧米にはスクールカウンセラーと呼ばれる職種があることを知った。問題行動のあった子たちをカウンセリングするというものだった。
マチコ先生は調べ始めて気付いた。問題は起こした側にあり、起こされた側にあるのではないのだ、隔離しカウンセリングが必要なのは問題を起こした生徒達なのだ。なのに、実際に隔離されているのは問題を起こされた生徒達なのだった。アプローチが逆なのだ。
不条理だと思う。思ったが、自分にはどうにもできないだろうとも思った。なんとも自分を情けないとも思ったが、自分はただの保健室の先生なのだと納得するほかなかった。




