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第十七章 迷える子羊とマクガイアの説教 その二

 説教を終え、一息つく暇もなく、マクガイアは信者一人ひとりに挨拶をする。


 信者には高齢の男女が多く、若いものがほとんどいない。ユリアと同じ年ぐらいの信者の姿は皆無だった。いくら少子高齢化の日本であっても、これは良くない。


 若い人たちに教会に来てもらえるよう可及的(かきゅうてき)(すみ)やかに取り組まなければならないとマクガイアは思った。


 最後の信者を教会の出口まで見送って、振り返るとパウロが睨んでいる。

 譲ってもらったバイクをマクガイアに先に乗られたことがよほど悔しかったのだろう。


 マクガイアがミカエル荘に入ると、皆が食堂に揃っていた。


「今日の説法は中々、良かった。マクガイア神父」とアントン・モーヴェ教区長からお()めの言葉を授かった。


 「良かったね、マクガイア」とマクガイアが()められたことをユリアは喜んでくれた。


 その横で、マクガイアに一匹の羊にされダシに使われたのが気に入らない鈴が、口をへの地に曲げている。


 「鈴のおかげだよ」と言って頭を撫でる。フンと顔を背けるが、少しは機嫌を直してくれたことが伝わってくる。


「わたし、マクガイアがパンの奇跡の話をしてくれるんじゃないかって、すごく期待しちゃった」といたずらっぽくユリアが言う。すると、シスター杉山とマミがクスクス笑う。


「何を笑っているんですか?」とマクガイアがシスター杉山とマミに問う。

「隠さなくても、ユリアちゃんから聞いていますよ」と二人もいたずらっぽく笑う。


「ぜひとも聞いてみたいもんだな、パンの奇跡」とパウロが厭味ったらしく言う。


 アントン・モーヴェ教区長が興味深げにこちらを見ている。

「いや、何でもありません」とマクガイアはアントン・モーヴェ教区長に言い。


「パウロ、お前もつっかかってくるな」と言った。

「でも、もう有名なんだよ。この話。一緒の飛行機に乗ってた人がつぶやいちゃったんだね。パンの奇跡で検索すると結構上位に出てくるんだよ」とユリアが言う。


「今日来て良かったよ。また、マクガイアのかっこいいとこ見れたから」とユリアが笑う。


「ご飯食べていくでしょ?ユリアちゃん」とシスター杉山がユリアに声をかける。


「いえ、今日は帰ります」とユリアが残念そうに返事をする。


 先程から、火にかけられた鍋からいい匂いが鼻先に漂っていてユリアは溢れる(よだれ)の処理に困っていたのだ。


「どうして食べていきなよ」とマミが引き止める。

「いえ、今日は、本当に大事な用事があるんで、帰らなきゃいけないんです」とユリアが言う。


「そうなの残念」とシスター杉山とマミが本当に残念そうに言ってくれる姿がユリアには凄く嬉しかった。


「それじゃ」と席を立つユリア。

「駅まで送ろう」とマクガイアも席を立つ。


 玄関まで来るとマクガイアは、壁のボードにカブの鍵が掛かっているのに気が付いた。


「ユリア、家まで送ろう」


「最高〜!」とユリアがカブのリアシートで叫ぶ。


「マクガイア、わたしね、(あらが)うことに決めたよ!」とハンドルを握るマクガイアに声をかける。


「やってやるんだ。わたしの魂の尊厳を守るために、愛を(とも)すために!」とユリアはすごく楽しそうだ。


 マクガイアはバイクには人を前向きにする力があると思った。鈴もユリアもはしゃいでいる。


「今日の用事ってのはね」とユリアが風の音に負けないように大きな声で言う。


「昨日、メールが来たんだよ。お母さんから、話がしたいって」とユリアの声は弾んでいる。


「今日うちに帰ってくるんだって」と言って、ユリアはマクガイアの腰に回した腕にギュッと力を込める。


「やるぞ〜やるぞ〜やってやるぞ〜」と言ってユリアは右手を突き上げた。




 ユリアが住んでいるアパートの前に着いた。


 ユリアはリアシートから降りて、ヘルメット脱ぎ髪をかき上げた。

「なんか膝がガクガクするよ。バイクっていいね」と言うユリアの鼻先が風に(さら)されて少し赤い。


「お茶でも飲んでく?」とユリアは言うが、マクガイアは遠慮した。


「送ってくれてありがとう、マクガイア。またね」と言って手を振ると、小気味いい音を鳴らして階段を駆け上がっていった。


 その背中にマクガイアはユリアの幸福を祈った。


 マクガイアは再びエンジンをかけて思う。

 このあたりは空港に近いのではないか、飛行機が見たいと空港へと向かった。


 空港の滑走路が見渡せる路肩にバイクを停めて、飛行機の離発着を眺めた。最高の気分だった。


 よし帰ろうとカブにまたがってマクガイアはセルを回す。キュルキュルという音だけがする。


 アクセルを開きキックペダルを踏む。カスっカスっという音がする。エンジンがかかる気配がない。


 まさかと思いタンクを(のぞ)くと空っぽだった。

 燃料メーターはまだ、残っていると告げている。


 ”大事なことを言い忘れているじゃないか、佐川くん!”と泣きたい気持ちで天を仰いだ。


 マクガイアは財布もスマートフォンも持たずに出てきてしまった。

 ここから教会まで押して帰るしかない。マクガイアの過酷な夜が始まった。

ここまで、お読みいただきありがとうございます。

これからも定期的に投稿させていただきますので、よろしくお願い致します。

ここからの数章はユリアを中心に話が展開していきますので、ご期待ください!

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