第十四章 宰相となる男 その三
本当に素晴らしい開会式だったとパウロは思う。
目の前にいる、宇津奈議員が起用された若者たちを、あれこれ口や手を出そうとする人間から守ったのだろう。
でなければ、あんなに尖った開会式ができるはずがないと日本を知っているパウロは思った。
宇津奈議員は姿勢をただし、真剣な表情になって言った。
「モーヴェ教区長。またぞろ日本はカルトの脅威にさらされています。30年前のカルト紛争を教訓にすることもできずに」アントン・モーヴェ教区長が頷いた。
「むしろ30年前の紛争を教訓にしたのはカルト教団の方だったようです。かれらはより巧妙に人々を惑わし、金を集めています」二人は揃って溜息をついた。
「30年前にわたしはカルト法を成立させました。しかし、自分で言うのもなんですが、この法案はザルです。皆が折り合える形で、成立した妥協案に過ぎません」と悔しさを滲ませて宇津奈議員が言う。
「30年前のわたしには、あれが限界でした。しかし、今は違います。わたしも少しは力をつけました」宇津奈議員がつけた力は少しではない、次期宰相ともくされるまでになっている。
「今こそ、日本にはびこるカルト教団に楔を打ち込みたいと考えています」と宇津奈議員が決意を語る。
「大いに賛成です。このままにはしておけません」とアントン・モーヴェ教区長が応じる。
「賛同いただけると信じていました。そこでお願いがあります」と宇津奈議員が身を乗り出す。
「今のわたしには、より強固なカルト法を議会で通す力があります。
しかし、問題がありまして、それはカルトであるか、ないかを定める基準です。
その基準をわたしが設けることは公平ではないと攻撃されることは目に見えています。
だからと言って、日本国内のそれぞれの声を拾い上げていては、第2のザル法ができあがるだけです。
そこで、国外のより大きな権威からカルトであると認定して貰えれば、私としてはずっと動きやすくなる」宇津奈議員がアントン・モーヴェ教区長に話が染み込むのを待つように間を取った。
「つまり、どうしろと?」とアントン・モーヴェ教区長が先を促す。
「大阪・関西万博に合わせて、バチカンの特使が来られますよね」と尋ねる宇津奈議員に、頷くアントン・モーヴェ教区長。
部屋の隅で話を聞いているマクガイアとパウロは、バチカンの名が出て、一層、耳を澄ませた。
「その特使に引き合わせていただきたい」と宇津奈議員は言った。
「バチカンの特使への橋渡しであれば、バチカンの駐日大使館を通じて話を進めるべきではありませんか?」と怪訝そうにアントン・モーヴェ教区長が言う。
「バチカンの駐日大使館を通じて依頼しようとすると、外務省を通さねばなりません。今回のことを外務省に気取られたくないのです」と宇津奈議員が言う。
省庁間の駆け引きや足の引っ張り合いについては、時折報道されていてアントン・モーヴェ教区長も目にし耳にしている。
「ふむ」とアントン・モーヴェ教区長は黙った。アントン・モーヴェ教区長は政治家宇津奈への警戒を解いていない。宇津奈議員が言葉を重ねる。
「現在、外務省はバチカンに借りとなる行動は取らないし、そのような行動を取ろうとするものを妨害してくることは間違いありません」
アントン・モーヴェ教区長は言われるまでもなく状況を察していた。
ただ、確認して置かなければならい。
「日本国政府が負うべきバチカンへの借りを、宇津奈議員が個人で負うと仰るのですか?」
「いけませんか?」と宇津奈議員が無邪気に聞いてくる。アントン・モーヴェ教区長は宇津奈議員の次期宰相は決定事項なのだなと合点する。
「もう一つ、確認させてください。バチカンがカルトと判断できる教団はキリスト教系に限られるでしょう。
日本には、キリスト教系以外にも多くのカルトが存在しますよね?」それをどうするのかとアントン・モーヴェ教区長は言う。
「ご心配なく。そちらは既にリストアップできております」と宇津奈議員が請け負った。
「そのリストに源本教は載っているのでしょうか?」
「載っています」はっきりと宇津奈議員は言った。
源本教とは神道系の新興宗教で、宇津奈議員の議員事務所に多額の献金をしている。
ザルとなったカルト法を嘆いてみせた宇津奈議員は、ザルから漏れたうまい汁を十分に啜っているのだった。
その教団の名が宇津奈議員が作成したリストに上がっておれば、そのリストの公平性に疑義を挟みにくくなるだろう。
自分の尻尾を切るに臨んで、政敵の金づるを断ち切るつもりなのだろうとアントン・モーヴェ教区長は納得した。
宇津奈議員は、源本教以外に金の出どころを見つけたということなのだろう。
「わかりました。段取りいたしましょう」と、アントン・モーヴェ教区長は、宇津奈議員の申し出を承諾した。




