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第十章 凸る その五

 部屋を出て、廊下を進む。少し日は陰っているが、エントランスは、まだ十分に明るかった。


 来た時とは違い信者らしき人の姿もちらほら見られる。

 階段を指さしてマクガイアが言った。


「立派な階段ですね。上にはバルコニーでもあるのですか?」とモーゼの像の由来を聞いた時と同様の薄ら笑いをわざと浮かべている。


 確かにバルコニーがあった。先島が自慢に思う(てん)階教会(きざはしきょうかい)が一望できるバルコニーがある。


 先島はマクガイアの薄ら笑いを、驚愕に変えてやりたいと強く思った。

「ええ、ありますよ。ご覧になりますか?」と余裕をもって答えた。


 先島は(はや)る気持ちを抑えて、勿体(もったい)振って、できるだけゆっくり階段を登った。


 階段を登りきったところはまだ屋内で(はり)が邪魔して聖堂の一部しか見ることができない。


 バルコニーに足を踏み入れたその時に、眼前に教会の全貌(ぜんぼう)が拝めるよう設計されている。


 先島はさあ、驚愕しろという気持ちを殺してマクガイアと大藪弁護士にバルコニーに出るよう手で促した。


 ほぼ同時に二人はバルコニーに足を踏み入れ、若い男が続いた。

 マクガイアと大藪弁護士は沈黙を守った。若い男は不覚にも「おおつ」と声を漏らした。


 陽に照らされた白い教会は確かに荘厳であった。


 先島が横目でマクガイアの顔を伺う。


 マクガイアは中庭と回廊に十分な人影があることを確認すると大きく息を吸い込み

「倉棚里美さんは・・いますかぁ!!!」と叫んだ。


「ユリアさんに会ってください!」本部建物から聖堂へと続く回廊の人影がマクガイアを見ている。


「倉棚里美さんはいますかぁぁぁ!!」さらに声を大にしてマクガイアは叫ぶ。


 中庭の人、回廊の人がマクガイアを見つめている。


「なんなんだ、あんたは!」と先島は驚いてマクガイアに飛びかかる。


「倉棚里美さん、ユリアさんの話を聞いてやってください!」とマクガイアは叫ぶのを止めない。


 先島は、マクガイアを引き摺るようにして建物内に入った。「ぶ、無礼だぞ!」と言う先島の顔が怒気で赤黒くなっている。


 大藪弁護士が笑いながらバルコニーから中に入って来る。カバン持ちの若者は疑問と驚愕でなんとも言えない表情を浮かべている。


 階下のエントランスにも人溜まりができていた。数人が上で何が起こっているのかと見上げては、ヒソヒソとつぶやき合っている。


 今度は階下でこちらを見ている人々にマクガイアが叫ぶ「倉棚里美さんはいますかぁ!!!」


マクガイアの腕を引いて階段を降りる先島、一向に構わず「ユリアさんに会ってくださぁぁい!!」


 階段を降り切ってマクガイアはやっと叫ぶのを止めた。


 怒りに全身を強張(こわば)らせた先島が「帰れ!」と犬でも追い払うように怒鳴る。


「お騒がせしました。先島さん。それではこちらで失礼します」と大藪弁護士が先島にお辞儀をして三人はエントランスを出た。


 本部の門を出て、大通りに向かって歩く。

 大藪弁護士が「いや、驚いた。マクガイア神父」と愉快そう声をかける。


「あなたは面白い方だ。しかし、危うさもある」少し釘を刺すように言う。

「動きが必要です。なんと言いましたっけ、虎の穴に入る?」とマクガイア。


「虎穴に入らずんば、虎子を得ず」と大藪弁護士が言葉を補う。

「そう、それです」とマクガイアは満足して頷く。


「相手がどう出るかですね。そのユリアさんは今、父親と暮らしているんですよね?」と大藪弁護士が確認する。


「いえ、父親は亡くなっています。今は、母親が帰って来なくなった部屋で一人で暮らしているようです」と言うマクガイアの姿から、ユリアに深く同情している様子が伝わってきた。


「いや、それは何かあっては大変だ。わたしの方で、できることを考えますから、マクガイア神父からユリアさんに注意するよう伝えてください」と大藪弁護士が真剣な表情で言う。


「注意する?」と少し怪訝(けげん)そうな顔でマクガイアは問い返した。


「そうです。どうも教団には犯罪行為を行う部署もあるようなんです。まだ、確証は得られてないのですが、それでも、用心に越したことはありません」と大藪弁護士は少し声を落として言う。


「犯罪行為?」と眉を歪めるマクガイア。


「拉致監禁、違法薬物投与、詐欺に恐喝とありとあらゆる犯罪への関与が疑われます」真剣な大藪弁護士の言葉と語られた内容に、マクガイアは、自分の行動は性急(せいきゅう)にすぎたかもしれないという思いがよぎった。


 大通りに出ると大藪弁護士が「わたし達はここでタクシーを拾いますが、途中まで乗っていかれますか?」と申し出てくれた。マクガイアはそれを丁重に断って、駅まで歩くことにした。


 マクガイアは大通りを渡って線路を渡る。

 住宅街を歩いていると、塀の上であくびする猫を見つけた。


 マクガイアはちゅちゅちゅと唇をすぼめゆっくり瞬きしながら猫に近づいた。

 猫の喉元を撫でてやると心地良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした。


 野良猫だろうか、それにしては毛並みが良いと思っていると猫が急に立ち上がり、通りを見て塀の向こう側に飛び降りた。


 何があったのかとマクガイアが通りを振り向くと、そこに一人の男が立っていた。


 男は中肉中背で40代前半に見える。濃紺のポロシャツにグレーのスラックス、ニューバランスのスニーカーを履いている。この町並みから想像するファミリー層の父親を絵に書いたような見た目だ。


 その男はマクガイアに向かって片手を上げて「ニコラス・マクガイア神父ですよね。イエズス会の?」と声をかけてきた。マクガイアは頷いた。


「少しお話があるんですが、同行願えますか」口角を心持ち上げるが、目は笑っていない。


「なんのようですか?」とマクガイア。

「歩きながら話しましょう。駅までですよね」と言って、マクガイアと並んで歩き出した。


 男は、歩きながら話しましょうと言っておきながら、一言も話さない。


 駅に着いてしまった。すると男は、昼にマクガイアが立ち寄った喫茶店を指さした。


 喫茶店に向かうと、ドアにCLOSEの札が掛かっている。

 その札を無視して男がドアを開け、マクガイアを先に店内に通した。


 店の中に入ると、昼に接客を受けたマスターとウェイトレスの姿はなかった。

 奥の席、まさにマクガイアがランチを食べた席に、人影がある。


 ナポリタンだなとマクガイアはその人物が食べているものを見て思う。

 男に背中を押されて、その人物の前に行く。入口からでは影になって見えなかったがカウンター横にもう一人男がいた。


 ナポリタンを食っている人物の前に立つと「ニコラス・マクガイアを連れてまいりました」と道で声をかけてきた男が言った。


 人物は目を上げてマクガイアを一瞥し、口の中のものを飲み込んでから言った。


「君が聞き間違えないように英語で話す」そして上着のポケットを探り

「我々は日本の国家公安委員会だ」そう言ってIDを見せた。


「今、我々は(てん)階教会(きざはしきょうかい)を秘密裏に調査している」非常に流暢な英語だった。


「君が首を突っ込むと、状況がややこしくなる。我々はシンプルな状況を望んでいる。その方が答えを出しやすく、こちらの取れる方法も増えるからだ。わかるね」そう言って、紙ナプキンで口を拭った。


「そういう訳で、二度と(てん)階教会(きざはしきょうかい)に接触しないように。これは依頼ではなく、命令だと思ってもらいたい。君の出方によっては、君を国外退去にすることになる。わかるね」と念を押してくる。


「わからない。なぜ、わたしが首を突っ込むと、状況がシンプルではなくなるのか?」とマクガイアは質問した。


「君、個人については問題ない」一口水を飲んで続ける。


「ただ、君はイエズス会の神父でバチカンから派遣されて来ている。君になにかあれば、バチカンに対応しなければならなくなる。わかるね」と再度、念を押してきた。


(てん)階教会(きざはしきょうかい)には、わたしに何かあるような事を起こす力があるということか?」と大藪弁護士が言った犯罪行為の裏を取るつもりで質問する。


「なるほど、何か知ってここへ来た訳ではなさそうだ。今日の行動はアントン・モーヴェ教区長の指示ではない。違うか?」と言う相手に、マクガイアは沈黙で返す。


「まあ、いい。結論は変わらない。二度と首を突っ込むな。いいな」そう言うと出ていくようにと手を振った。


「一つだけいいか?」相手は早く行けという目を投げてくる。マクガイアはその目に怯むことなく言った。


「ナポリタンってどんな味?」

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