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第一章 教皇となる男 その三

 出ていこうとするマクガイアにストリッケル総長が「マクガイア神父、ちょっと、いいかな」と声を掛けた。


 マクガイアが総長に向き直ると、ストリッケル総長が「少し、話をしましょうか」と静かに切り出した。「君に誤解があってはいけないので、言っておくよ」と諭すように語りかける。


「今回、派遣される神父の中で、最も困難な地に派遣されるのは君だよ。マクガイア神父」マクガイアとストリッケル総長の瞳が交差する。


「君以外の3人の派遣先はそりゃ、さまざま理由から政情不安を抱えている。待ち構える困難も目に見えるようだよね」とマクガイアを見てストリッケル総長は頷いた。


「ただ、それでも、やはり、最も困難な宣教地はマクガイア神父。日本だよ」

「困難すぎて笑っちゃうほどだよ」ホッホッホとストリッケル総長は実際に笑った。


「聖フランシスコ・ザビエルが()の地で宣教を始められたのが1549年、それから500年近く経ってキリスト教徒の数は200万人弱、日本の人口は1億2千万人、人口比にして1%。いいかね、マクガイア神父、こんな国は他にはないのだよ」


 そう、だからこそ自分が任命されたのだとマクガイアの目に火が灯る。

 日本で宣教が始まって幾世紀、未だキリスト教国たり得ない日本に、派遣される神父は最も優秀な者でなければならない、それが自分なのだという強い自負がマクガイアにはある。


「承知しております、ストリッケル総長」と言うマクガイアに、(かぶ)り気味で「い〜や、わかってないよね」とストリッケル総長が言う。


「いやぁ、最近は日本への旅行が大変な人気だよね。そう、あの国は観光しに行くべきところであって仕事しに行くべきところではないんだよ」とマクガイアに背を向け、窓の外を眺めながら言う。


「これは神父にとっては100倍真実だから」と振り返り、マクガイアに言う。


「あんなとこ神父として行くべきじゃないんだよ!」吐き捨てるように語気を荒げる。


「君も行きたいなんて思うべきじゃないんだよ。日本教区長から増員の要請があって、君が行きたいと、年齢的な要件に叶うし、そう、日本へ派遣する神父は若くては駄目だとザビエル神父が書き残した要件に(はま)ったから派遣することになったけれども」


「そ、そうなんですか⁉」唐突なぶっちゃけ話に、マクガイアは頭が追いつかない。


 ザビエルは日本からのイエズス会への手紙の中で、日本へ派遣される神父は慎重に選ばなければならない、老人は体力的に、若者は経験的に不適当であると書き記している。


 また、別の手紙では学徳兼備の優秀な会士を派遣すべき、会士には特別に強固な精神と忍耐力と美徳を完備していることが必要であると記されている。


 ”私は学徳兼備の優秀な会士として選ばれたはず。老人でもなく若者でもないと言う理由で選ばれた訳が無い”すがるような視線をストリッケル総長に向ける、マクガイア。


「そうだよ、喜んでる場合じゃないんだよ。日本に派遣されるなんてね、ビジネスマンで言えば左遷みたいなもんだから、その後、出世できないから」


 この場で決して出てはならない単語であろう左遷という言葉を聞いて、マクガイアは膝から崩れ落ちた。


 ”左遷なのか、この自分が。誰よりも神を愛し、神から愛されているはずの私が左遷。私はいらない子だったのか⁉”


 動揺が収まらない頭に些末な思いがよぎる。

 ”皆は知っていたのだろうか?他の3人の神父は、総長の使いは、この事実を知っていたのだろうか。自分だけが知らずに浮かれていたとしたら、恥ずかしくて死にそうだ”マクガイアは顔を覆う。


「まったく、日本なんて宣教師の墓場だよ」とストリッケル総長が吐き捨てる。


 ”終わったのか、私の神父としての人生は・・”そんな思いに抗おうと思考がジタバタと身悶える。その思考が何かを掴んだ。


 ”そうだ!ヨハネス・ストリッケル総長ご自身こそ日本に宣教師として派遣されていたではないか”この事実に思い当たり、やおらマクガイアは跳ね起きる。


「そ、総長は日本に派遣されておられましたよね!」意気込むマクガイアに、何を今更といった冷めた表情でストリッケル総長が返す。


「そうだよ、だから言ってるんだよ。忌々しい。日本に観光に行くんですけど、どこがおすすめですか?だ、どこにでも行け、好きなとこ行け、楽しんできたらいいさ。忌々しい」ストリッケル総長は心底うんざりしている様子である。


「ストリッケル総長!あなたは、日本に派遣されて、今、イエズス会総長になってるじゃないですか!」マクガイアは、日本行きが決して左遷ではないという事実を突きつける。


「努力したんだよ!めちゃくちゃ努力したんだよ!!」と顔を赤くして総長が叫ぶ。

「日本行きがなかったら、もっと早く総長になれてたんだろうなぁ。もっと上まで行けたんだろうなぁ。ああ」とストリッケル総長は自身の不幸を嘆く。


「総長が日本で洗礼を授けた日本人は何人ですか?」

「それを聞くかね、マクガイア神父」と溜息をつく。ストリッケル総長の体が幾分しぼんだ。


「4人だよ。4人。1人は少年院にいた15歳の少年。難病の子を持つ夫婦。夫から酷い暴力を受けていて、そこから立ち直ろうとしていた女性。この4人」

「よっ、4人・・・」愕然とするマクガイア。


「そりゃぁ、あれだよ、あれ。信者の子供とか入れれば、もっとあるからね。あくまで、改宗させた人数が4人ということで・・・」


「な、何があったのですか?日本で。ストリッケル総長をして、そこまで困難を極めた理由を教えていただけませんか?」


 ストリッケル総長の目が真っ直ぐマクガイアを見つめる。

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