第九章 やったろうじゃん その二
ユリアは保健室に入って驚いた。そこに8人もの生徒がいたからだ。
保健室は、登校できるのだが、自分の教室に入ることができない生徒達の受け入れ先だった。
と同時に何か問題行動を起こした生徒の隔離場所として使われていた。そこに8人も生徒がおり、保健室は満杯なのだった。
制服のリボンの色で学年を見分ける。1年生が7人、2年生が1人、3年生はいなかった。全員女子である。
ユリアは保健室の手前の机で作業をしていたマチコ先生に、斎藤先生から渡された用紙を手渡した。
そこには”保健室待機指導届書”と書かれていた。ユリアは先程の怒りがまだ収まらない。
「はい、じゃあ、空いてる席で自習してくださいね」とマチコ先生は言った。
「倉棚ユリアじゃね?」と2年生の生徒が声をかける。
「あっしさぁ、修学旅行、行かせてもらえなかったんだよねぇ。どうだった?」
浜崎マリアだ。本物のギャルにして学年一の問題児、浜崎マリア。
噂では、淫行がどうのこうので謹慎処分となり、修学旅行に参加できなかったとユリアは聞いていた。
「楽しかったけど、最悪だった」7人の一年生が固唾を呑んで話を聞いている。
「なぁ〜んだよ。土産はなしでも土産話くらいしても良くない?シンガポールの話聞きたいよね、ね、ね」と一年生に話を向ける。
浜崎マリアに声をかけられて萎縮している一年生に、ユリアは申し訳無さを感じると同時に、浜崎マリアのやり方に嫌悪感を覚えた。
「ねえ、浜崎さん」とユリアは声をかけた。
「マリアでいいよ」と浜崎マリアが答える。
「マリアさぁ、それ、相楽さんのやり口だよ。気に入らない」ユリアはハッキリと言った。
「相楽ぁあ」と浜崎マリアは大袈裟に背を仰け反らしてから、ユリアに向き直り「あいつと、あっしが同じって言った?」ユリアは浜崎マリアが相楽を嫌っていることを知っていた。
目立つ二人、相楽と浜崎マリアが犬猿の仲であることは誰もが知っている。
「あいつとあっしが同じって言った?」と繰り返しすごむ浜崎マリアの剣幕に、マチコ先生が席を立ちオロオロとしている。
生徒を受け持つ教師と違い、生徒同士がぶつかるような場に慣れてないのだ。
そんなマチコ先生をよそに、ユリアは浜崎マリアの挑発を真っ向から受けて言う。
「言ったよ、マリア。周りの人を巻き込んで、数で押し切ろうとするのは相楽さんのやり口だよ。あなたもそう思うでしょ?」
浜崎マリアの目は嫌悪さを増し、片眉が釣り上がる。
「わたしは相楽さんが大嫌い。
少しでも彼女のことをいい子かもと思った自分が馬鹿だった。
マリア、あなたは悪目立ちしても、誰かとつるんで何かを企むような人じゃない。
そこをわたしは認めてたんだよ。できたらがっかりさせないで」とユリアが心情をぶつける。
浜崎マリアの両眉はハの字になって眉間に皺が寄る。
「あんたに認められたいなんて思ってねぇよ」と声を低くして言う。
浜崎マリアは髪を掻き上げながら。
「で、さあ」と、両手を組み、首をかしげ下からユリアを睨み問いかける。
「過剰じゃね?反応。さっきのあっしは、別にこの子らと何かを企んでたわけじゃない。でしょ?その場のノリで済ませられるっしょ、そう思うっしょ?」
浜崎マリアは、ユリアが抱えている怒りは、自分のせいではない、ユリア自身の問題だと言っているのだ。そう言われて、確かにそうだとユリアは思った。
「確かにそうだね。ごめん」と素直に謝った。
マチコ先生が胸に手をあてハーっと息をつく。
ユリアはカバンを開けて中を探り、小さな袋を取り出すと、それを浜崎マリアにお土産だと手渡した。
はじめの土産屋で自分用に買ったマーライオンのキーホルダーだ。
後の店で虹を吐くマーライオンのキーホルダーを買ったのは、お母さんにあげて、お揃いにしようと思ったからだった。
だが、もう虹を吐くマーライオンのキーホルダーは手元にない。怪我をしていたヤクザにあげてしまった。
手元のキーホルダーも持っている意味がなくなったように思えた。
浜崎マリアは怪訝な顔をして、礼も言わず受け取ると中身を取り出した。
「マーライオンっ!見たかったなぁ、くっそ!」とキーホルダー握り、もう片方の手を額にあてた。
見たかっただけではないはずだ。自分だけ修学旅行に行かせてもらえなかったのだ。色んな思いを抱えているはずだ。
ユリアはスカートのポケットからスマートフォンを取り出して、片手で素早く操作しながら浜崎マリアの横に椅子を持っていって座った。
「これが、本物のマーライオン」とスマートフォンの画面を浜崎マリアに見せる。
そこにはマーライオンをバックに自撮りするユリアの姿が映っていた。
「ちっちゃくない?」
「そうそう、わたしも思った。奈良の大仏ぐらいあるのかと思ったら、鎌倉の大仏ぐらいしかなくて、めっちゃがっかりした」
浜崎マリアはスマートフォンの画面に指を伸ばすと、画面をスワイプした。
同じようにマーライオンをバックに修学旅行班のみんなで撮った画像が表示される。
そこに相楽が写っている。
「なに、楽しそうじゃん」と浜崎マリアが言って、画面からユリアへと視線を動かす。
ユリアの表情が強張って、ひとつ大きく肩で息をした。
「話なよ。あっしが聞いてやるから」と浜崎マリアが言う。
ユリアは修学旅行の話をした。保健室のみんなが耳を傾けている。ユリアが嵌められて空港に取り残されたところでは皆が歯を食いしばるのが分かった。
マクガイアの登場では皆が笑った。そして体育館の一件になると浜崎マリアからは怒気が溢れ、他の皆からは緊張と諦めが伝わってきた。
そして、今日の一件を話し終わる頃、ユリアの肩は悔しさで震えていた。
周りに居た一年生たちも同じような経験があるのか、ユリアの思いに飲み込まれたように俯いて、何かを堪えている。
浜崎マリアが、ユリアの肩に腕を回そうとした時、ユリアはかっと顔を上げて叫んだ。
「パッパカパカパカパッパッぱふ、パッパカパカパカパッパッぱふ、パッパカパカパカパッパッぱふ」皆が驚いてユリアを見ている。
「これ、おまじない。どうしようもないことにぶち当たった時に、3度唱えると、どうしようもないと思っていたことが、どうでもいいことのように思えるんだよ。みんなにもおすすめだよ」と言って笑った。
「おめぇ、ほんと面白いよ」と浜崎マリアがユリアの肩を抱いて笑った。
周りの一年生にも笑顔が浮かぶ。マチコ先生は胸の前で手を叩いて喜んでいる。




