第九章 やったろうじゃん その一
マクガイアとユリアが東京デートから戻ると、シスター杉山とマミが二人を笑顔で迎えてくれた。
ユリアが預かった2万円の残りと領収書をシスター杉山に渡すと、シスター杉山は領収書だけを受け取って、残金はあなたへの報酬だと言った。
受け取れない、受け取ってと押し問答をしているとマクガイアが割って入って、ユリアにお金を握らせて、大人に恥をかかせてはいけないと言った。ユリアはありがたく報酬を受け取ることにして礼を言った。
帰り際に、シスター杉山はタッパーに詰めたお弁当をユリアに渡した。
「ええっ〜いいんですか、めっちゃ嬉しいんですけど」とユリアは無邪気に喜んでタッパーを受け取った。三食分くらいの量でリュックに丁度収まった。
長年シェルターを切り盛りしているシスター杉山には、ユリアの境遇がなんとなく察することができた。
ただ、急いで問いただしたり、こちらから決めつけるようなことがあってはならない、助けの手を差し伸べるのは、相手が助けを受け入れる準備ができてからでなければならない。
そうしないと、相手は遠ざかったり、塞ぎ込んだりしてしまうのだ。そこでシスター杉山は、ユリアと話す機会を増やすことを考えた。
何度も礼を言うユリアに「そのかわり食べ終わったタッパーは洗って返してね」とシスター杉山は言った。
「はい」と元気な返事をして、みんなに礼を言って帰って行った。駅までマクガイアが送って行く。
「みんな優しいね。すごく良くしてもらっちゃった。迷惑じゃなかったかな」とユリアが言う。
「みんなに優しくするのがわたしたちの仕事なんですよ」とマクガイアが答える。
「素敵な仕事だね」とユリアが微笑む。
地下鉄の改札でユリアが少し真顔になって言う。
「今日は話を聞いてくれてありがとう。あと、励ましてくれて・・・わたし頑張ってみるよ」ユリアの目には力があった。
「そうか。よかった。わたしの方こそ東京を案内してくれて、ありがとう。何かあったらいつでも頼ってくれていいんだよ」とマクガイアはユリアに言った。
ユリアは改札の中に入り、一度振り返ってマクガイアに手を振ると階段を降りてホームへと姿を消した。
翌日の朝、身支度している間にユリアの気持ちはどんどん重くなった。昨日、マクガイアに頑張ると言ったのに、朝には気持ちが萎んでいた。
それでも、ユリアは誰もいない部屋へ「行ってきます」と声をかけ、学校へ向かった。
学校につながる一本道、ユリアと同じ学校の生徒が四方から合流し校門に向かって行く。
ユリアは周りを囲む生徒達の視線が自分に向けられているように感じる。
”エッ、ギャクギレ”
”ケツイタインデスケド”という声がユリアの耳に蘇る。
喉が締まって息が苦しくなる。
ユリアは、わたしは何も悪くない、そのことに疑いはないと自分に言い聞かせる。それでも、足はどんどん重くなった。
校門をくぐり校舎に入ると、ユリアは自分に向けられている視線が、なお一層強くなる気がした。
当たり前だが、教室に向かうにしたがって同級生の濃度が上がっていく。
自分に向けられる敵意が刺さる。ユリアの勘違いではない。
いつもしているように、教室の扉を開けて中に入ることが、とてつもなく困難に感じる。扉が重い。負けたくない、負けるわけにはいかない。やったろうじゃんと扉を開ける。
ユリアの思いが強すぎたのか、開けた扉はバンと大きな音を立てた。
教室の中にいた皆が振り返り、話し声がすっと消える。
”マダ ケツガ イテェヨ”と誰かが言う声が聞こえ、冷めた笑いが広がった。
ユリアは声がした方を睨みつける。
”オ〜コエッ”と男子が顔を背けると、別の方向から”ギャクギレカヨ”と声が上がる。
そちらへ顔を向けようとしたところ「ユリアッチ、ゴメンネェ〜」と女子の一団が走り寄ってくる。
修学旅行のグループの班長相楽の一団だ。相楽は抱きつかんばかりの勢いだった。
相楽はユリアの手を取って続けた「ゴメンネ。ユリアッチガ、イナイコトニ キヅカナクテ。ワタシタチモ、ギリギリデ、テンパッチャッテ。
ユリアッチッテ、ホラ、イツモ ハナレテルジャン。
ダカラ、イルッテ オモッチャッタンダヨネ。
デモ、ハラダ、クソハラダ、アレハ ナイヨネ、ヒドイヨネ、ミンナノマエデ アヤマラセルナンテ」とユリアに同情するような表情を見せる。
教室に入る前の怯えた気持ちが、相楽への怒りで吹き飛んだ。
「わざとだよね。相楽さん、何が楽しくてあんなコトしたのか、今、誰のために小芝居しているのか、全然理解できないんだけど」とユリアは相楽の目を睨んで言い放った。
ユリアが歯向かってくるとは思っていなかったのか、相楽は、少したじろいだが、直ぐに態度をころっと変えてユリアを攻撃する。
「フ〜ン、ソウイウコト、イッチャウンダ、スゴイネ。
ジブンノ ミスデ ノリオクレテ、ミンナ二 スゴイ メイワク カケテオイテ、ヒトノ セイニ スルッテ、アリエナクナイ」と言って、相楽は握っていたユリアの手を振り払って背を向けて戻ろうとした。
ユリアは相楽の腕を握って、彼女を自分に向き直らせる。
「わたしの質問に答えてくれないかな。わざとだよね、相楽さん!」と再度、挑みかかった。ユリアはもう、引き返すつもりはない。
喉の奥から絞り出されたその声は、わずかに掠れながら強く教室に響いた。
「ナニ、コワイ。コワイ コワイ、ハナシテヨ、ウデ イタインデスケド」と言って相楽はユリアに掴まれた腕を振りほどこうとする。ユリアは更に力を込めて腕を引いた。
直ぐに相楽は、本性を現した。
「イイカゲンニシロヨ、チョット メダッテルカラッテ チョウシ ノッテンジャネーヨ」と目を吊り上げる。
二人が揉み合っているところに、担任の斎藤が教室に入ってきた。
斎藤は揉み合っている二人に気づくと、さっと目を逸らし、誰を見るわけでもなく、教室全体に「朝礼を始めますよ、皆さん席についてください」と告げた。
ユリアが相楽の腕を握っていた手の力を緩めると、ありえない勢いで相楽が後ろに飛んだ。
机や椅子が押しのけられる音に続いて「イターッ」という相楽の声が響いた。
その後のことは、ユリアにすれば茶番であった。
斎藤先生が駆け寄って来て、相楽を助け起こすと「倉棚さん、なにをしているんですか!暴力はいけません。暴力は!」
と言って、事情も聞かず、ユリアに保健室での待機を命じたのだった。斎藤先生の後ろで、相楽の口が”バーカ”と動いた。




