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第八章 戦地にて その三

 一月経った。マクガイアもパウロも生き残っている。


 マクガイアの部隊は常に前線におかれた。占拠されている都

 市が武装解除に従っても、従わなくても都市に一番乗りするのはマクガイアの隊だった。


 名誉なことだが、例え武装解除に応じた都市でも入るときにはとてつもない緊張が伴った。


 一ヶ月マクガイアと戦って、パウロは雷槍ニコラスという通り名とは違う一面を知った。

 ニコラス・マクガイアは索敵(さくてき)能力が異常に優れているのだ。


 この能力は、戦闘がほぼ市街戦となる当時の任務にうってつけであった。部隊全体が助けられている。


 不思議に思ってパウロはマクガイアになぜ敵の居場所がわかるのか尋ねた。

「街を見ればわかる」とマクガイアは言う。


「高所にはスナイパー、退路となる通りがある所には小隊が配置されているとか?そんなことか?」とパウロが問う。マクガイアは違うと言う。「見ればわかる」と繰り返すだけだった。


 一度などは、市街戦の最中(さなか)、街の教会の向かいの建物に身を(ひそ)めるようマクガイアは指示した。30分を過ぎ部隊の連中が何をしているのか疑問を口にし始めると、マクガイアは唇に指をあてて黙るように命じた。


 そして暫くすると、占拠していた陣営の兵数名が教会に入って行った。

 マクガイアの部隊は直ぐに教会を取り囲み、敵を制圧したのだが、掃討する部隊が敵が占拠する街で(おとり)を使うこともなく待ち伏せするなどありえないのだ。


何が起こったの隊員達の理解を超えていた。その都市の武装解除が済んだ後、隊員たちは酒を飲み、マクガイアには天使が憑いているだの、いや悪魔に違いないだの勝手なことを言い合って大いに盛り上がった。


その戦闘の後から部隊の結束は一段と強くなり、マクガイアに心酔するものまで現れた。


 新たな都市を開放するために東へと行軍する。その日は、野営となった。

夕餉が済むと、パウロは仲間たちとともに宿営地近くにテントを張った娼館に遊びに行った。


 全く不思議なことなのだが、戦場には、それがどのような激戦地であっても、遊びに行ける距離に娼婦たちがテントを張っていた。パウロは娼館で二人の女に挟まれて弛緩と緊張を存分に味わった。


隊員の中には、セックスそのものより、終わった(あと)のピロウ・トークを楽しみにしているものも多い。女の胸に抱かれながら、この任務が終わったらと他愛のない話をするのだ。


一方、パウロは長居はしない主義で、ことが済めばさっさと引き上げる。

この日も宿営地に一人で戻って行った。


 隊のテントに入ると、マクガイアがブーツの手入れをしている。

パウロは自分の簡易ベッドに腰掛けて、ブーチの手入れをしているマクガイアを不思議そうに眺めて言った。


「なあ、上官殿。あんた、女を抱きにいかないのか?」

「ああ、必要ない」とブーツを磨きながら言う。


「必要ないってこたぁ〜ないだろう・・・」と言ってから、「まさか、あんた、ゲイなのか?」と尋ねた。

「馬鹿言え、そんなわけあるか」と相手にしない。


「そんじゃ、インポか?勃たないとか」とパウロは食い下がる。

「インポってのは、あれだろ、抱きたいが抱けないヤツのことだろう」とマクガイアがブーツを手にしながらパウロを見て言う。パウロが頷いて返す。


「違うんだ、俺は女も男も抱きたいと感じたことがないんだ。性欲というものを感じた事がないんだ」

「嘘だろう、そんな事ありえんだろう?女を見てなんとも思わないのか?」とパウロは両手で女の胸を思わせる仕草をしながら言った。


マクガイアは少し考えて言った。

「俺にも美しい女や、ブスな女は分かる。どういう女がセクシーと言われているかも分かる。

 ただ、その(あと)がないんだ・・・つまり、よくお前らが言ってるだろ?ムラムラするだとか、モノにしたいとか、それを感じたことがないんだよ」とブーツに靴紐を通しながら淡々とマクガイアは言った。


パウロにすれば、それはとても不幸なことのように思えるのだが、マクガイアはそれが不幸だとも感じていないようだ。


「いつからそうなった?」とパウロ。

「いつから?生まれてから一度も感じたことはないから、生まれつきなんじゃないか」とマクガイア。

大したことでもなさそうに言う彼の声音が逆に悲劇性を増してパウロには響いた。


「なんで、そうなった?」とパウロ。

「知らん」とマクガイア。


「んなわけないだろう。何かあるはずだろ」とパウロは粘る。

右足のブーツに紐を通し終えてマクガイアは言った。


「セックス関連のことで言えば、ガキの頃、ジャンキー達に何度も犯された」とあっさりと言う。

衝撃の告白に声が出ないパウロ。


「犯されたら性欲ってなくなるものなのか?」とマクガイア。

「知らん」とパウロ。


マクガイアは左足のブーツに紐を通し始める。


「マジの話か?」とパウロ。

「マジの話だ」と答えるマクガイア。


「いくつの時だ?」

「10歳だったかな、まあ、そのくらいだ」


「親はどうしてたんだ?」

「ドラッグをキメて、訳わからなくなってたな」


「ひでぇ親だな」とパウロが吐き捨てる。

「おい、俺の親を悪く言うなよ」とマクガイアがきつい口調で言った。


 ひどい親をかばうマクガイアの言葉に、驚いて眉をしかめるパウロは両手を広げて頭を振った。


「ドラッグ。悪いのはドラッグだ」と言うマクガイアを信じられない思いで見つめていたが、やがてパウロは「そうだな、わるかったよ」と謝った。

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