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第八章 戦地にて その二

 雷槍ニコラス、気狂いニコラスと呼ばれるニコラス・マクガイアを、パウロは初めて目にした。


 ニコラス・マクガイアは外人部隊の中でも有名で、彼の話はパウロもよく耳にしていた。


 ニコラス・マクガイアの率いる隊は突出する。

 分隊長自身が一人駆けの勢いで突っ込んで行く。


 その後を隊員が必死で着いて行くわけだが、不思議なことにニコラス・マクガイアが率いる隊の損耗率は他の部隊と変わらなかった。


 パウロにとって意外だったのが彼が自分と同じくらいの年齢であることだった。

 再編された部隊を前にマクガイアは言った。


「本日の激闘、誠にご苦労だった」分隊長のスピーチは(ねぎら)いの言葉から始まった。

「平和維持軍として、今、我々はここにいる」と言って一同を見渡す。


「平和を維持する前に、やらなければならないことがある。紛争を終わらせることだ。そのために今日のような戦闘が今後もあるだろう。その戦闘に勝利し、我々は必ず平和を実現する!」断固とした決意を語る。


「皆も知っている通り、複雑にこんがらがったこの紛争を解決することなど誰にもできない」とマクガイアは断言する。


「では、我々の任務は無意味か?」マクガイアが一同を見渡す。


「いや違う!立派な意義がある。わたしたちはここに紛争を解決するためにいるのではない。わたしたちは紛争に決着をつけるためにここにいるのだ」


 マクガイアは兵士の中に迷いのあるものがいることを知っている。


 特に外国人部隊となれば国も宗教も違うのだ。今回の紛争に対してどちらかの陣営に心情が傾くものもいるかもしれない。部隊として任務の意義を明確にし、一つとならなければならない。


「どのようにしてこの紛争に決着をつけるのか!?」マクガイアは兵士達の注意が自分に向けられていることを確認する。そして言った。


「圧倒的な力でもってこの紛争に決着をつける!」


「空と陸とで圧倒的な力を振るい、敵の戦意を挫くことで紛争を決着させるのだ!」


「歯向かう敵の戦意を粉微塵(こなみじん)に踏み潰し、我々への畏怖(いふ)の念を抱かせることが我々の任務である」そうマクガイアが兵士たちに言い渡す。


 兵士たちの顔がマクガイアに向けられている。俯いているものはいない。


「我々は紛争している両陣営から畏怖(いふ)を引き出すために全身全霊を()し、それ以外を引き出す行動を()むものである」と続ける。


「紛争している両陣営からただ純粋に恐れられる事が我が隊の目標である。純粋な恐れこそが、混じりっけなしの恐れこそが敵から畏怖(いふ)の念を引き出すものだと心してもらいたい!」


「よって恨みや、怒りを引き出すような、強姦や略奪行為を厳に禁ずる」と(おごそか)かに告げてスピーチは終わった。


 パウロはマクガイアに爽やかなスポーツマンという第一印象を持った。


 戦場で何日か過ごせば、誰でも瞳に険しさが宿るものなのだが、マクガイアの瞳は晴れやかさを(たた)えていた。髪は整えられ、顔には無精髭もない。


 その姿を見てパウロはマクガイアに好感を持つどころか、危うさを感じていた。

 戦場でこのようなタイプは要注意であることを経験から知っていた。


 戦場でやさぐれることなく、快活で、小綺麗な身なりをしている者のほぼ十中八九がサイコパスである。


 人を殺すことが楽しくて、人を殺したくて軍隊に入った奴だ。

 フランス外国人部隊には、そういった輩も少なからず、紛れ込んでいる。


 パウロは部隊に直ぐにうちとける気になれず、部隊の面々と必要最小限の挨拶をして、別れた。


 夕餉の時間も再編された部隊の輪に入る気になれず、一人離れて食事をとった。

 すると、マクガイアが声をかけてきた。


「兄弟、一人で飯食ってるのか?なぜ、みんなと一緒に食わない?」そう言って、パウロの隣に腰を下ろした。


「いや、別になんでありもませんよ。そういう気分じゃないってだけだ」と邪険に返す。


 正規の軍隊なら問題のある口のきき方も外人部隊では許される。


「その気分を聞いてるんだ。パウロ」とマクガイアが優しく言う。マクガイアが自分の名を知っていることに驚く。


「俺たちは明日から背中を預け合う仲なんだぞ。互いの気分ってのを知っておく必要があるだろう」


 マクガイアの言うことは、全くだと思ったが、腹を割って話すことに躊躇する。


 返事をせずにうつむくパウロにマクガイアが尋ねる。

「何か悩んでいるのか?」


「戦場における因果関係って・・・どう思いますか?」とパウロ。

「因果関係?」とマクガイアが問い返す。


「つまり、俺たち兵隊は、何をすれば生き残り、何をしたら死んじまうのかってことですよ」とパウロは少し照れたのか、ぶっきらぼうに言う。


 兵士は常にそのことに向き合うが、あえて口にするものはいない。

 答えがないということを皆知っているからだ。


 マクガイアはパウロの兵士にしてはセンチメンタル過ぎる質問を茶化すことなく少し考えてから言った。


「ないな。今、生き残ってる連中と、今までに死んでいった連中との間に差があるとは思えん」正直な言葉だとパウロは思った。


「ですよね」栓ないことを聞いたとパウロが後悔していると、マクガイアは続けて言った。


「俺等、一兵士にとって、結果はコントロールできない。個人的に生き残れるかどうかはもちろん、勝てるかどうか、戦争の意義とか、俺等にはどうすることもできない」そう言ってマクガイアは遠くの焚き火を眺める。


「でも、俺はそれでいいと思うんだ」と言葉を続ける。


「結果は俺等にどうすることもできない」今度は言葉を噛みしめるように言う。


「俺等は結果を決定することはできない。俺等が決定できるのはやるかやらないかだけだ。だとすると、俺等が気にかけるべきは動機であり、結果ではない」と言う。


「先が聞きたいですね」と、パウロが言う。

「ほら、正義は勝つとか、努力は報われるとか嘘っぱちだろ。

 俺たちの行為が、俺たちの望む結果になることなんてない。

 だから、結果に気を()む必要もない」と言うマクガイアの言葉をパウロは理解しつつも、腑に落ちず顔をしかめる。


「だって、そうだろ。結果を求めてなされる行為なんて、いやらしいと思わないか?」

「そうですね」と答えながら、納得できたわけではない。


「で、あんたの目的は何です。なぜ、軍隊にいるんですか?」と自分が従うことになる男の動機を探ろうと尋ねてみた。


 気恥ずかしい自分の質問から話題を変えたいとも思ったのだ。

「金」というマクガイアの簡潔な答えが返ってくる。二人して笑った。


「金?金のためならイギリス人でも、フランスの外人部隊に入隊するのか」と際どい皮肉が口をついて出た。マクガイアはサイコパスではないかというパウロの疑念がそうさせた。


「俺はイギリス人じゃない。アイルランド人だ」とマクガイアが言う。ホォとパウロが声を上げる。

「あんた、カトリックか?」とパウロが尋ねる。


「そうだ」とマクガイア。パウロが納得したように頷く。


「俺の番だ。お前はなぜ、軍隊に入った?」とマクガイアが尋ねる。

「話したくありませんね」とパウロは邪険に答える。


 その態度に、マクガイアは気を悪くすることもなく、なるほどと頷いて「では、お前の方から俺に質問しろ。まだお前と話足りない気分なんだ」と言った。


 パウロはやれやれと首を振ると言った。


「そうだなぁ、上官。なんであんたは髪整えて、きれいに髭剃ってんだ?」と婉曲にサイコパスなのか探りを入れる。


「ああ、これか」と顎を擦ってから。

「せめて死んだ部下を正装で見送ってやろうと思ってな」と至極真っ当な答えが返ってくる。


「けじめだな。気持ちの整理をと思って」とマクガイアが言う。

「効果は?」と尋ねるパウロ。


「バツグンだ。お前もしてみたらどうだ?」マクガイアは言う。


 パウロは、悪くないと思い、マクガイアの誘いに乗ることにした。

 髭を剃り、髪を整えて、居並ぶボディバックの中からバディを探した。


 手伝ってくれていたマクガイアがバディを見つけてくれた。

 パウロは元バディにかける言葉も、寄せる思いもなかったが、ただその死を受け入れることができた。

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