第七章 郵便屋さん その二
鍋がコトコト鳴っている。夕餉の準備も一段落して、シスター杉山とマミはお茶の準備をする。
そこにパウロも加わって、3人でユリアが持ってきたお土産を茶菓子に卓を囲んだ。
「マクガイア神父とは古いんですか?」と問うマミに「ふるい?」と問い返すパウロ。
マミはお茶を口元にあてている。
「マクガイア神父とは長いお付き合いなんですか?って言う意味ですよ」とシスター杉山が言葉を補う。
「ああ〜・・・ええ、長い付き合いです。軍人の時からです。
もう30年くらいになります」と両手を上に上げ、肩をすぼめてパウロが言う。
その姿には、どこかやれやれといった雰囲気が漂う。
「マクガイア神父も軍人さんだったのですね。なんか納得です」とマミが言う。
「なぜ、納得しましたか?」とパウロが尋ねる。
「さっき、お部屋に入ったんです。お洗濯ものを取りに。それはもう綺麗にされていて。本も、服も、靴もピシッピシッと置かれてました」すごく感心したようにマミが言う。
パウロには、その様子が容易に想像できた。軍人にとって整理整頓は基本中の基本なのだ。
軍隊にとって規律イコール士気なのだ。
パウロにはテントの張り方ひとつでその隊の士気の高さを測ることができた。
「パウロ神父もそうですよね、いつもきちっとされていて。でも、軍隊ではどのようなご関係だったんですか?」とシスター杉山が言う。
「あっ、それ興味あります」とマミが言う。
「パウロ神父が、上官だったんですか?」とシスター杉山。
「いえいえ、彼、ニコラス・マクガイアがわたしの上官でした」パウロが答える。
「えっ意外!」とシスター杉山とマミは目を合わせる。
「彼は凄い軍人だったんですよ。イエズス会では、私が先輩?ということになっていますが、軍隊時代は彼が上官でした」と懐かしむようにパウロが言う。
「それって、ちょっと気まずくないですか?」とマミが言う。
メっと、シスター杉山がマミを視線で制する。
「気まずさかぁ、わたしにはありませんが、彼の方はどうだろう?ないんじゃないかなぁ」というパウロの言葉に、なさそうだなとシスター杉山も、マミも思った。
「さっき、マクガイア神父のことを凄い軍人だったっておっしゃいましたけど、どうすごかったんですか?」とマミが聞く。
パウロは「雷槍ニコラス・マクガイアと呼ばれていました」と言って、両手を上に上げてなぜか嬉しそうに瞳を細め微笑んだ。
「通り名からして凄そうね」とシスター杉山がマミに声をかける。マミはうんうんと頷く。
「で、で、どのへんが雷槍なんですか?」とマミ。
「突撃です」とパウロが簡潔に答える。
「彼の部隊はとにかく突撃するんです。どの部隊よりも早く、激しく」
「え〜、そんな部隊やだぁ〜。わたしだったら絶対に配属されたくない!」とマミ。
「実際、誰も配属されたがらないですよね。危険ですし」とシスター杉山がマミに同意して問いかける。
「それが、彼の部隊は人気があったんですよ」と笑みを浮かべてパウロが言う。
「一見、危険そうにみえる彼の部隊ですけど、損耗率、損耗率っていうのは一度の戦闘で死亡したり、戦闘不能になった兵士が出た割合のことですが、それが平均以下でした」
「えっ、なんでですか突撃してるのに?」とマミ。
「そう、危険なはずな突撃をしているのに損耗率は平均以下、なぜだか分からない」とパウロが首を振る。
「なぜだかわからないんですか?」とシスター杉山。
「わからない」と嬉しげに頷くパウロ。
「ただ一つだけ、彼の部隊はめちゃくちゃ士気が高いんです」そう言ってユリアの土産を口に運んだ。
「それだぁ」とマミは言い、ねっとシスター杉山と目を合わせる。
「なんとなく、マクガイ神父の部隊の士気が高いのもわかる気がしますね」とマミが言う。
「わかりますか?」と目を見開いて尋ねるパウロ。
「ええ、なんかマクガイア神父って理屈じゃない存在感っていうか・・・まだ、お会いしてから間がないのでなんとも言えないんですけど・・・なんというか巻き込まれる?みたいな感覚がありますよね」
お茶に手を伸ばしながシスター杉山も頷いている。
「彼はね、マクガイア分隊長は狂っているんです」とパウロはマクガイアを軍隊にいた時の名称で言う。
「一兵卒にとってもっとも困難な事は戦いの意義を見出すことなんです。戦争を始める政治家たちの言葉は、もちろん分かる。彼らの言い分を信じようとも思う。でもね、敵を実際に撃つとなったら、戸惑うものなんです」とパウロは言う。
シスター杉山とマミは、兵士たちの心情を想像する。敵だ、撃てと言われて撃てるものだろうか。
「一兵卒にとってもっとも不幸なことは迷う上官の下で闘うことです。自分が闘う意義を見いだせず、銃爪を引くことを躊躇し、敵に頭を撃ち抜かれ、胸を撃ち抜かれ、腹を撃ち抜かれ死んでいくことです」とパウロはもう、シスター杉山もマミも眼中になく語った。
「彼、マクガイア分隊長には、迷いはなかった。彼は敵は敵であり、敵であれば撃つべきと思わせてくれた。
結果、多くのものが生き残ることができたのです」その言葉を聞いて、シスター杉山とマミは顔を伏せる。パウロは窓にかかるカーテンを見ていた。




