第七章 郵便屋さん その一
マクガイアとユリアが東京デートを楽しんでいた頃、シスター杉山とマミが夕食の準備をしている。
「そういえば郵便局がなくなるってお聞きになりました?」とマミがシスター杉山に言う。
「いえ、初耳です。いつなくなるの?」
「来週にはなくなるらしいですよ、経営の合理化ですって」
「そうなの」と人ごとながらも心配そうな声でシスター杉山が返事する。そして、思い出したように「ほらっ、いつも配達に来てくれる若い男の子、なんて言ったっけ・・・」と言って体を揺する。
「佐川くん」とパウロが割って入る。
「忘れちゃだめじゃないですか、郵便屋さんの佐川くん、どうして宅配屋さんじゃないのかって二人で話したじゃないですか」とマミがシスター杉山の袖を摘んで笑いかけるとしばらく二人でクスクスと笑い、夕食の準備に戻る。
すると玄関の呼び鈴が鳴った。振り返る二人にパウロは手をあげて「わたしが見てきましょう」と言って、食堂の壁に備え付けてあるモニターで確かめることなく玄関に向かった。
シスター杉山とマミの二人はパウロが出ていった後、モニターに映る影を見て「あら、やだ虫の知らせっていうやつかしら」とまたクスクス笑い合い、濡れた手をエプロンで拭ってパウロの後を追った。
モニターからの返事を待っていた郵便屋さんの佐川くんは、勢いよく開かれたドアにびくっと肩をすくませて振り向く。
一息ついてパウロに向き直ると「郵便局です、書留です」と言って封書を差し出した。
「ご苦労様です」と受け取るパウロ。宛名を確かめる。
シェルターである施設には法的機関や弁護士事務所からもの、行政機関からのものなど書留がよく届く。そのため、施設のあるエリアを担当している郵便屋さんの佐川くんとは皆顔見知りである。
「忙しい?」と聞くパウロ。
「いやぁ、全然です。この後、銀行と役所によって、それでおしまい。もう誰も手紙なんか書かないし、最近ではダイレクトメールもなくなりましたからね」と嘆くでもなく、明るい顔で佐川くんは言う。
すると扉が一段と大きく開かれて、シスター杉山とマミが顔を出した。
「こんにちは。佐川くん」とマミ。
「こんにちは。マミさん」マミの姿を見て顔が一段と明るくなる佐川くん。
マミが遠慮なく「郵便局がなくなると聞いているんですが、佐川くんはどうなさるんですか?」と聞いた。
「それがですね、僕らに示された選択肢は2つ。1つは、給与10%オフで別の郵便局に移る。もう1つは退職金プラス給与4ヶ月分を受け取って去るか。で、僕は後者にしましたよ。別の郵便局に移っても先はしれてますから」とさらっと言う。
「次のお仕事は決まっているの?」とシスター杉山。
「いやぁ、まだ何も考えてないんですよ。退職金とプラスαでまとまったお金も入るし、ゆっくり考えようと思います」
パウロは、それを聞いて、また失業率が上がるなと思った。
最近、目にしたニュースでは日本の失業率は25%に達したとのことだった。そのほとんどが50代以上である。5,6年前に始まったデジタル・トランスレーションとAIの普及により数字をまとめ、読み上げるだけの管理職と呼ばれる職種が必要なくなったということだ。
パウロもこの世代であり、興味を持って調べてみると日本ではこの世代をロスジェネと呼んでいるらしい。バブル崩壊の直撃世代で失われた20年、30年と続いた泥沼を鞭打たれて生きてきた。
初めに躓いて派遣でしか職を得られず、正社員になれずにこの歳になり、派遣を切られたものも多く、高い失業率の原因となっている。
しかも、この年代が日本における人口のボリュームゾーンであることを考えると外国人であるパウロでも暗澹とした気分になる。
郵便屋さんの佐川くんは幸いなことに20代後半だ。30代の失業率は3%程度に抑えられており、転職も可能だろう。
「あっ、そうだパウロさん。バイク気に入ってましたよね。あれ、要ります?」
「どういうことですか?」
「僕が今使っているあの赤カブを欲しければ、譲りましょうかってことです」
「いただきます。」齧り付くようにパウロは言い、赤カブの鍵を渡すように手のひらを郵便屋さんの佐川くんに向ける。
「いやいや今すぐは無理ですよ」と佐川くんは苦笑いする。
シスター杉山が割って入る「でも、バイクは郵便局のものでしょう?」
「それがですねぇ・・・」と佐川くん。
「郵便局の閉鎖は皆さんが知る少し前には決まってまして、それからというものパソコンだの車だのが急に故障して破棄されるケースがですね、ね。増えてるんですよ」と意味ありげにニコッと笑みを返す。
「で、赤カブの一台や二台、誰も気にしませんよ」と軽く言う。
パウロがぐっと佐川くんの手を握る。
「ちゃんとやっとくんで、しばらく時間くださいね」
「でも、大丈夫かしら」とシスター杉山。
「僕とバイクのことなら、大丈夫ですよ。でも、郵便局のことならどうだろう。そうだな、みなさんもう手紙がちゃんと届くなんて思っちゃだめですよ。今日出した手紙がいつ届くか郵便局員にもわかりませんからね」と言って、赤カブに乗って去っていった。




