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第六章 東京デート その六

 東京タワーの下のベンチで、疲れたかとマクガイアが尋ねる。ユリアは大丈夫だと応える。本当は、全く疲れ切っていた。


 マクガイアが向かいにある自動販売機で、ミルクティーとレモンティーを買って戻って来る。


 ユリアの方にペットボトル二つを交互に掲げて見せて、どちらがいいか尋ねてくる。


「そっち、ミルクティー」と言うユリアの笑顔に力がない。

「わたし、ここのミルクティー好きなんだぁ」と言って温かいボトルを両手で握っている。


 二人は黙ってペットボトルの封を開け、一口飲んだ。

 目の前を何組かの観光客が楽しげに通り過ぎていった。


「疲れているね」とマクガイアが言う。

「疲れ切ってるよね」と正直にユリアが言う。


「何かあったのかい?ユリア」とマクガイアが尋ねる。

 短い沈黙のあと、ユリアが語り始める。


「昨日ね、マクガイアと別れた後ね・・・」

 ユリアは事実のみを語った。昨日、マクガイアと別れた後に起こったことを、淡々と語った。


 全同級生の前で、謝らされたことを、全同級生が自分が戻るまで待たされていたことを。



「連帯責任って言うんだよ」と寂しそうにユリアが言う。


「どういうことをすると、みんなに迷惑をかけることになるのかを身を以て教え込ませるんだよ」そう言ってミルクティーを一口飲んで、一息ついてから冷めた声で「儀式みたいなものだね」とユリアは言った。


「残酷な儀式だ」とマクガイアが返す。

「そうだね。残酷だよね」と言うユリアの声には、諦めが滲んでいた。


 ユリアのそんな姿をマクガイアは見たくはなかった。打ちのめされた横顔を。


「君は、自分が受けた仕打ちが正しいものだと思っているのか?」とマクガイアは尋ねる。


「思ってないよ。全然思えないよ」と少しムキになってユリアは言い返したが、勢いは続かない。


「でも・・・仕方がないよね・・・」とユリアが再び顔を伏せて言う。

「仕方がない?」と少し怒気を含んだ声でマクダイアが問い返す。


 泣き笑いで頷くユリア。そのユリアの表情にマクガイアの怒気が本物になる。


「バカちんがぁ!!!」ゴオッと音を立ててあたり一面が炎に包まれた。

 包まれた気がするほどの熱気がユリアに向けて放たれた。


 ぶたれるのではないかとユリアは身を縮める。

 昔のドラマや漫画では、「バカちんがぁ」の後は平手打ちと決まっている。


 しかし、打擲(ちょうちゃく)はなかった。

 いや、あった。言葉による激しい打擲(ちょうちゃく)がユリアに浴びせられる。


「仕方がないだと・・・」夕日を背負ったマクガイアは本当に燃えているかのようだった。ベンチを立ち上がってユリアに向き直る。


「仕方がない!そんな言葉でユリア、君は、君自身の魂を監獄につなぐのか!」マクガイアの言葉がユリアの心に、学年主任原田の謝罪しろという言葉にやすやすと従ってしまった自分の心情を蘇らせる。


 ユリアの唇は固く閉じられ震え始める。

「抗えユリア!抗うことこそ君が取るべき道だ!」マクガイアの瞳は真剣だ。自分に真剣になってくれていることはユリアにも分かる。


 ただ、マクガイアはあの場にはいなかった。あの体育館の雰囲気を知らないのだ。


 マクガイアは知らないのだ、どれほど重たい空気がそこに充満していたかを。


 そんなマクガイアに怒りを感じて「同級生全員だよ!それに先生も。味方なんて一人もいないんだよ・・・」とユリアはやっと言う。


「孤立無援上等!」ユリアの言葉に更に熱くなってマクガイアが叫ぶ。行き交う人が振り返るのも気にせずマクガイアは続ける。


「巨大たれ、御敵(おんてき)。強固たれ御敵(おんてき)。我、敗れることを恐れず!我、隷従すること恥じる!」マクガイアが荒ぶっている。


「大丈夫かしら?」と道行く人の声がする。

 マクガイアはただ一人ユリアに向かって言葉を紡ぐ。


「君の尊厳を犯そうとするものに抗えユリア!」


「やすやすと敵にその魂をあけ渡すな!」マクガイアの言葉を聞いて、ああっとユリアは思う。同じように自分を励ましてくれる人がいたのだ。その人は、お天道(てんと)さんの下、胸を張れと言っていた。


 そう言ってくれたのに、自分にはできなかった。


「敗れることは恥ではない。隷従することが恥なのだ。ユリア!君の目の前に敵がいる。その敵は強大で強固、君の力では到底かなわない。君は17歳の子供で、か弱い娘なのだから・・・」そうなんだよとユリアは思う。


 なにもできない、抗う術がない、それが悔しいとユリアは思う。


「しかし!だからといって、今、その強大な敵にかなわないという、ただ、それだけの理由で君のもつ魂の尊厳を敵にあけ渡していいものか!」とマクガイアは言う。


 ユリアには、マクガイアの言葉は強者の言葉に聞こえる。理想論に聞こえる。


 そんなことを言っても、そんな事言われても、わたしには何もできないし、マクガイアの言葉は無責任だと思いながらも、マクガイアの言葉は自分に刺さる。


「抗うんだユリア!」とマクガイアは続ける。


「魂の塹壕(ざんごう)戦だ。君の魂は泥にまみれる。寒さに震える。塹壕を飛び出せば、弾き飛ばされる・・・」


「昼も夜もなく浴びせられる(つぶて)に、休まることもない。癒やしが訪れる見込みもない・・」


「それでも、ユリア!ジュクジュクと不快な泥の上で、いつか来る御旗(みはた)を信じ、抗うことを決して諦めてはいけない!君の魂の尊厳を守ることができるのは、君しかいないのだから・・・」そこまで言ってマクガイアはユリアを見つめた。


「ひどい目に合わされるよ、きっと・・・」抗う自分の姿を思い、そこに待っている仕打ちを思う。


「すごく陰湿な奴らなんだ・・・」リアルとネットで声の大きさと数の多さを盾にしてやり込めにくる。

「耐えられないよ・・・」勝つ見込みも、救いもないとユリアは思う。


「私は知っている。痩せこけた男が、鞭打たれて、大勢の民衆から石を投げられながら、自身が架けられる十字架を背負って丘を登ったことを!」と再びマクガイアが声を張る。


「私はキリスト教徒じゃない!」とユリアが言い返す。


「キリスト教徒であるかどうかは関係ない、ユリア!そういう男がいたということが君の魂を励ましはしないか?」と静かにマクガイアが言う。


「私の言葉を信じろ、ユリア!抗うんだ!」

「人ごとだから、言えるんだよ・・・」ユリアはマクガイアの言葉から身を逸らして呟くように言った。


 今度はマクガイアが溜息をついてうなだれる。マクガイアはユリアに自らの尊厳を取り戻してもらいたい。


 そのために自分に何ができるのか、何が言えるのか、ユリアの前を行ったり来たりして考える。

 良案は思い浮かばなかった。


「どうしたら私の言葉を信じてもらえる?」出た言葉がこれだった。


 ユリアは少し考えた。そして、言った。

「お母さんを・・・連れ戻してくれたら・・・」


「お母さんを連れ戻す?」とマクガイアは眉を寄せ聞き返す。

「どこから?」

(てん)階教会(きざはしきょうかい)・・・」とユリアは言った。

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