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第六章 東京デート その一

 マクガイアが、仰向けで眠っている。手は腹の上で結ばれていた。


 マクガイアの瞳が静かに開かれる。マクガイアはむくりと上体を起こすと、鳴り出す前に目覚まし時計のタイマーを解除した。


 AM5:00、仄暗い部屋の中で、シーツを整える。


 備え付けの洗面台の前に立ち、蛇口をひねり、水をボウルで受ける。

 半分程溜まると水を止める。ボウルから水をすくい顔を洗い、口を濯ぐ。


 歯ブラシに歯磨き粉を付けて歯を磨いて、ボウルからゆっくり水を垂らし歯ブラシを洗い、もとの位置に戻す。


 ボウルから水をすくい、口を濯ぎ、残りの水で洗面台を綺麗にし、洗い流した。

 ベッドの脇で寝巻きを脱ぎ、畳む。修道服に身を通し、ロザリオを首にかけ、窓を開け、その前に跪いて祈りを捧げる。


 祈り終わって再び時計を手に取るとAM5:09である。


 靴を履く工程が抜けているため、いつもより1分早い。頷きながら時計を元の位置に戻す。


 ベッド脇で頭を垂れて、時間が来るのを待った。


 AM5:30にアントン・モーヴェ教区長に着任の挨拶をすることになっている。

 日本に来たのだ、という実感が、ふつふつと湧いてきた。教皇になるために、日本に来たのだ。


 教皇となることを志し、日本に来ることを目指して励んできた日々が頭を巡る。

 それは宿命だったのだ。


 マクガイアが、部屋のドアノブを回すと、向かいの部屋からドアの蝶番が上がるカチャッという音が聞こえた。マクガイアが部屋を出た同じタイミングでパウロが出てきた。


 互いの目が合う。パウロが着いてくるように促し、マクガイアは後ろに続く。パウロは、アントン・モーヴェ教区長の部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。


 中から、「入り給え」と声がする。「失礼します」と、パウロが言い、二人は中に入った。


 教区長の部屋は、マクガイアの部屋よりも二回りほど大きく、応接セットに立派な机があった。モーヴェ教区長は読んでいた聖書を閉じ、立ち上がって二人の前に立った。


 仄暗い部屋の中でアントン・モーヴェ教区長の体は巨大に見えた。

 パウロが「昨日、着任いたしましたニコラス・マクガイア神父をお連れしました」と告げた。


 続いてマクガイアが着任の挨拶をする。「ニコラス・マクガイアです。昨日付けで日本教区に着任いたしました。よろしくお願い致します」


「大いに励んでくれ給え、マクガイア神父」とアントン・モーヴェ教区長は応えて、マクガイアと固い握手をした。「久しぶりだな」マクガイア神父。


「また、三人で仕事ができることを喜ばしく思うよ」と言った。


 そして、手を離しながら

「と言っても、君も既に見ただろうが教会は焼け落ちておる。

 幸いにも信者が早速再建に向け動き出してくれている。


 当面は、教会の再建に務めることになるだろう。

 詳しい段取りについては今日、業者と話合うことになっているが、放火との見方もあり、警察、消防署の現場検証などがあるため直ぐにとはいかない。


 業者との打ち合わせは、私とパウロ神父でやっておくので、今日のところはゆっくり東京見物でもしたまえ」と指示した。


「わかりました。それでは、私は・・・」とマクガイアが言いかけると、モーヴェ教区長が片手で制して言った。


(てん)階教会(きざはしきょうかい)については、()()だ。今は、動くな」と(おごそ)かに言う。


「なぜ?」

「そのなぜは、私がなぜ、君の言おうとしたことがわかったかと言うことか?それとも、動くなと言ったことか?」


「両方です」とマクガイアが言う。


「まず、一つ目だが、昨晩、通りでの騒ぎを耳にしてね」とアントン・モーヴェ教区長は、片眉を上げてマクガイアとパウロを交互に見た。


 マクガイアとパウロはいたずらが見つかった子どものように身を縮めた。


「いいかい、マクガイア神父。イギリスでも、フランスでも、ヴァチカンでもそうだが、ここ日本でもご近所づきあいは非常に大事だ。うちは最近、家事でご近所に大変な迷惑をお掛けしたばかりなんだ。気をつけてもらいたい」


「すいませんでした」とパウロが言う。マクガイアも頭を下げる。


「さて、動くなと言った理由だが・・・簡単だ、動く理由がないからだ」

「天の階教会によって、我が教会が焼かれた可能性はないのですか?」


「ない。私は失火による可能性のほうが高いと考えている」

「奴らは真のキリスト教徒を騙っていると聞いています」


「だから?」と何の問題もないといったモーヴェ教区長の態度にマクガイアは声を荒げる。

「だから?いや、それだけで闘う十分な理由ではないですか!」


「日本にはプロテスタントの教会もたくさんありますよ。君はその一つ一つに突撃し、宣戦布告をするかね?」とアントン・モーヴェ教区長が厳かに言う。


「天の階教会は、ただのカルトだ。我々が同じ土俵に立つ必要など全くないのだよ。我々がすべきことはただ一つ、正しき神の言葉を伝え続けることだ。それこそ、君が日本に来た理由であるはずだ」


 どこかわだかまりを感じつつも、アントン・モーヴェ教区長の言葉に間違いがない事に、うんうんと頷いてから「わかりました」と、張りのない声でマクガイアは言った。

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