第四十八章 魔性と霊性 その十
富士山が噴火した・・・・
ヒュゴゴォォォォォ!
甲高い音と共に熱波が聖堂を襲う。
赤々と燃える大岩が、彗星のごとく、一直線に聖堂に飛び込んできた。
もうダメだとユリアは目をギュッと瞑る。
――?
凄まじい衝撃・・・・がない。
アスファルトが溶けたような匂いが鼻を刺す。
息をすると鼻と喉がひりつくように痛むほど空気が乾燥している。
――暑い!
心臓が耳元で脈打っているかのように響く。
ユリアは恐る恐る目を開けた。
そこに手を上げたマクガイアがいた。
赤く燃え盛る岩に向かって左手一本を掲げている。
大岩は、まるで強大な蜘蛛の巣に絡まったかのよう震えて宙に浮いている。
田中最高導師が銃弾を止めた時には、ズルい!とツッコミを入れる余裕があった。
しかし、これには言葉が出ない、ユリアは唖然とするばかりだった。
――ググッ
マクガイアが田中最高導師を見つめたままほくそ笑む。紅い炎が乱れ舞う。
フンッ!
マクガイアが左手を一扇する。
ブゥゥン――
大岩が飛び込んできた軌道をなぞるように飛んでいく。
聖堂に涼しい風がサッと流れ、マクガイアと田中最高導師を包む炎が揺れた。
プッハァ〜
ユリアは胸を抑えて大きく深呼吸した。
――ドオォオオン!!!
聖堂が震える。
大岩が中庭にでも落ちたのだろう。
「クククク」と田中最高導師が思わず笑う。
「そいつを乗っ取らずに、やってのけるか・・・」
田中最高導師が纏う青い炎が青みを増す。
その炎から溢れ出る邪気と呪怨が聖堂内を満たす。
仁とパウロは体の中が蝕まれるような息苦しさに身悶えた。
「よろしい・・・ならば・・・」
汚泥に湧くメタンのようにボタボタと言葉が溢れる。
「魔性・・・解放・・・といこうか・・・」
青い炎が渦を巻き田中最高導師の胸に収束し、静かにいこり始める。
「我は陽に呪いをかける者・・・」
その声は轟々と内耳を震わせ、頭蓋に響き、平衡感覚を奪う。
パウロと仁は座っているにもかかわらず体を支えるために床に手をついた。
「地上に我に並ぶ者なく・・・」
言葉が質量をもって覆いかぶさってくる。
「我は何者をも恐れぬ者・・・」
ピシッ!
田中最高導師の体に小さな亀裂が幾筋も走る。
「我が名は・・・」
田中最高導師の体の亀裂から青い炎がチロチロと覗く。
「リヴァイアサン!!!!」
時空が歪む。パウロと仁は、一瞬、重力が無くなったかのような浮揚感に襲われた。
急に床が抜けたような不安定な意識の中で、パウロは我が耳を疑った。
「言った!言ったしょ、今!」と一人平然と騒ぐユリア。
「名前言ったじゃん?ねぇ、これマクガイアの勝ちじゃん!」その時――
ピキィィィン!
張り詰めたワイヤーを断ち切ったような高い音が聖堂に響き渡った。
田中最高導師のヒビ割れた体から幾筋もの青い光が迸る。
その眩しさに顔を伏せるユリア達。
流れてくる邪悪な空気と、血と鉄が焼けるような禍々しい匂いが鼻を突く。
アンモニアと硫黄が煮立っている。
3人は袖で口を覆いながら、恐る恐る覗き見る。
田中最高導師の背を割って何かが這い出していた。
ヌチャリ、ヌチャリと音を立てて田中最高導師の皮が剥がれ落ちる。
ヌラヌラとした粘膜に覆われてリヴァイアサンがその姿を現した。
「わ・・・鰐」とユリアが口にする。
「アルマジロだ・・・」と仁が呟く。
その顎は長く突き出し牙が顕になっている様は鰐の様に見えた。
体を覆う甲冑のような甲羅、鱗を見ればアルマジロのようでもあった。
田中最高導師を突き破って現れた魔物、その体長は優に3メートルを超えている。
――ウエッ!
魔物から漂う腐臭、その生臭さに3人は同時にえずいた。
「リヴァイアサン・・・レビヤタン」
パウロは驚愕のあまり言葉が続かない。
とんでもない上級悪魔が現れた。
「パウロさん・・・ねぇ、大丈夫そ?」
鼻をつまんだユリアが目を見開いて動けなくなっているパウロに声をかける。
「本当に・・・リヴァイアサンなら・・・」
仁が言いかけて、またえずいた。
「相当にヤバいですよね」と青い顔でパウロに尋ねる。
――ヤバいなんてものじゃない
パウロは怯えながら、魔物から目が離せず、仁の問いかけに答えることもできない。
”勝ち目があると思っても、落胆するだけだ”
”見ただけでも打ちのめされるのだから”
”彼を挑発できるほど勇猛な者はこの世にない”
パウロの口から聖書ヨブ記第41章第一節がこぼれ出る。
「・・・陸に上がった河童・・・という諺が、日本にあるのを知っているか?リヴァイアサン」
マクガイアが不敵に笑う。
よく見るとリヴァイアサンの足はアザラシやオットセイを思わせる半月状のヒレのような形をしており、太く長い尾で体を支えているのだった。
「マクガイア、煽りまくりだし!」
”彼を挑発できるほど勇猛な者はこの世にない”と言ったパウロに、ユリアがドヤ顔でムフ〜と鼻を膨らませた。
パウロの顔から驚愕の色は消えず。
「この世の者ではないのかもな・・・」
――うっ
ユリアは一瞬言葉を失う。
目の前にいるのは紅い炎を身に纏い、尋常ならざる力を振るう何者かだった。
それでもユリアはマクガイアはマクガイアだと自分に言い聞かせる。
「・・・わたしは」
ユリアは拳を握り、ぎゅっと胸の前に引き寄せる。
「マクガイアを信じてるから」
強がりでも、祈りでもなく、静かにそう言った。
その言葉に仁が強く頷いた。
パウロは、二人を見つめ、深く息を吐く。
「そうだな・・・見届けるとしよう」
驚きも怯えも今はない、パウロはロザリオを固く握った。




