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第四十八章 魔性と聖性 その八

 ――ハハハ

 マクガイアが笑っている。


 長椅子に立て掛けた小銃を静かに手に取る。

 無表情で銃爪を引き絞った。

 ダダダダダッ!

 閃光と轟音が聖堂を満たした。

 ―終わった

 と誰もが思った。だが――


 銃弾が田中最高導師の手前で止まっている。

 田中最高導師がマクガイアに向けて突き出した手から青い炎が盾のように広がっている。

 その盾に阻まれ、先に進めず震える弾丸は力尽きるようにポトリと落ちた。


「そ、そんなのズルいっしょ!」とユリアが声を上げる。

 パウロの動きは早かった、胸のロザリオを掲げて、田中最高導師の前へと歩み寄る。

 ――悪霊めがッ!

 銃が効かない、ならば・・・


「闇は闇へ!地下の者は地下へ帰れ!」

「父と聖霊とイエス・キリストの御名において・・・名を名乗れ!」


 パウロの突然の行動を目にして、ユリアと仁は顔を見合わせ、思いがけず声を揃える。

悪魔祓い(エクソシスト)!」


 パウロの言葉をあざ笑うかのように青い炎を揺らめかせながら田中最高導師が言う。

「お前ごときに言うものか」


 パウロは怯まない。

「主は汝を追い払い・・・主は汝と汝の天使たちのために・・・」

 パウロはロザリオをかざして田中最高導師の前にまた一歩と踏み込んだ。


 田中最高導師の青い炎が縮み揺らいだように見えた。

 ―イケる!

 ユリアが思ったその時――


 バンッ!

 青い炎が鞭のようにしなると、パウロの体が宙を舞った。

 壁まで吹き飛ばされ、ドサッと鈍い音と共に床に落ちた。

「パウロさんっ!」

 ユリアと仁が慌てて駆け寄る。


「フッ」と田中最高導師が笑う。

「何が主か?父と聖霊か、笑わすな」

「なあ、そうだろ?」とマクガイアに問いかける。


「我々は主に仇なす者・・・」

「我々は聖霊を嘲笑い、父を屠り、母を凌辱する者」

「なあ、そうだろ?」

 田中最高導師は執拗に呪詛の言葉を紡ぐ。


「父と聖霊とイエス・キリストを」

「怨嗟の中に沈めるため・・・その(ことば)に墨を塗り、踏みにじるため」

「我々はここにいる」

「なあ、そうだろう?」

 ――沈黙。


 マクガイアは、顔を伏せたまま動かない。

 ・・・そして。

 ゆっくりと、顔を上げる。

 その目は、紅く、燃えていた。


「おのれは・・・」

「だから羞悪(しゅうお)なのだ」とマクガイアが田中最高導師に言い放つ。

 すると――

 紅い炎がマクガイアの体に野火のように広がった。


「おのれごときが・・・・」

 マクガイアは田中最高導師を蔑むように笑っている。


「三下風情のおのれごときが・・・」

「下っ端のカスであるおのれごときが・・・」

「神を・・・主を・・・語るなと言っている!!!」

 マクガイアが挑発するように笑っている。


「我々は父への試金石である」

「我々は神への砥石である」

「我々は光を光たらしめるためにある闇である!!!!!」

 マクガイアから幾筋もの紅い炎が迸る。

 6対?12対?紅い炎は揺らめき、蠢き、まるで羽ばたく翼の様に見える。


「パウロさん、大丈夫?」

 ユリアと仁は倒れているパウロを両脇から抱き起こした。

 パウロは顔を顰めながらも、大丈夫だと頷く。


 3人は中央通路で睨み合っている二人に視線を向ける。

「ねぇ・・・パウロさん」とユリアが不安そうに声を潜めて尋ねる。

「田中最高導師は悪魔に取り憑かれているの?」


 パウロは小さく息を継ぎ、言った。

「ああ・・・取り憑かれているってもんじゃない」

「・・・もう乗っ取られているかもしれない」


「パ、パウロさん?」と仁が怯えながら尋ねる。

「そのぉ・・・マクガイアさんはどうですかね?」


 ユリアは仁に何を言うのかと、キッと責めるような視線を向ける。

「いや・・違うんだ・・・ユリアちゃん」と仁は言い訳するように言う。

「でも・・・ほら」と言葉を続けることができなくなる仁。


「ハハハ」とパウロが乾いた笑い声を漏らした。

「あいつ・・・大した奴だな」

「本当に這ってやがる」


 仁とユリアはパウロの視線の先を見た。

 そこにはルシファーがいた。


 大聖堂のステージから転げ落ち、這い、呻きながら……

 長椅子の影へと逃げ込もうとしている。

 汗と涙に濡れた顔。

 乱れた長い髪が、濡れた頬に貼り付いている。


「……ウゥゥ……」

 ――ズズ……ズリ……

 ルシファーは、呻きながら、長椅子の影へとその身体を潜り込ませていった。



「三下とな・・・このわしを・・・」

 ――ククククッと田中最高導師は笑う。

「よかろう・・・」

田中最高導師が、ゆらりと両腕を広げた。


「今宵、お前を喰らって・・・」

「悪行の!悪徳の!座主となってやるわ!!!」

 言葉とともに、田中は大きく身を反らせた。

 ゴゴゴォオオゴオォォ!!!!


 胸を張り、大気を吸い込む。その勢いは尋常ではなかった。

 聖堂の空気が唸りを上げて吸い込まれていく。

 風が巻き起こる。


 パウロ、ユリア、仁は荒れ狂う風に顔を伏せる。

 そして、風がピタリと止んだ・・・・


 ゆっくりと顔を起こすユリア。その直後――

 ウガァアアアアアアアア!!!!

 あの田中最高導師の咆哮が響いた。

「マクガイア!」避けてとユリアは祈るような思いで叫ぶ。


 田中最高導師の咆哮が衝撃波となってマクガイアを襲う。

 マクガイアは笑っている。

 そして、目障りな羽虫を払うように右手を振った。

 ヒュッ

 衝撃波が空間の歪みが弾かれた。


 ドゴォォォオオン!

 衝撃波は柱の天使の彫刻を粉々に砕き飛ばして消えた。


 ――えッ

 尋常ではないものを見た・・・言葉が出ないユリア。

 仁がパウロに意を決して尋ねる。

「マクガイアさんにも・・・取り憑いているんですかね?」

「悪魔・・・」

 その言葉にユリアは唾を飲み込んだ。

 しばしの沈黙。 

 その沈黙を破るように、パウロが口を開いた。


「マクガイアと出会って・・・あいつの(よこしま)な行いを見たことはあるか?」

 仁とユリアは首を横に振る。


 パウロは頷いて、さらに尋ねる。

「マクガイアが邪な思いを抱いていると感じたことは?」

 再度、二人は首を振った。


 二人の反応を見届けてパウロが話を続ける。

「昔な・・・」

「マクガイアが紅い炎に包まれるのを見たことがあるんだ・・・」

「夢を見たのだと思ってたんだが・・・」

 少し間をおいて――

「マクガイアが悪魔に取り憑かれているのか・・・わたしは知らない」


「ただ、これだけは言える」

「マクガイアは悪魔に乗っ取られてはいない」

 パウロの言葉に頷くユリア。ただその顔には拭えない不安が浮かんでいる

 ユリアの様子に気付いた仁が勢い込んで言う。

「以前ね」

「兄が言ってたんですよ」

「変態でもロリコンでも、法を犯していないなら良き市民、良き隣人として接するべきだって」

 シーンと場が静まり返る。

 ユリアが半目で仁を見る。

「えっ、あれ?」と仁が戸惑った声を上げる。

「ぷぷ」とパウロが笑う。

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