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第四十八章 魔性と霊性 その七

 マクガイアは床が振動するほどの勢いで叩きつけられた。

 衝撃でできた床の亀裂が四方に伸びている。


 普通の人間なら即死・・・それほどの衝撃だった。

 ・・・・だが、巻き上がった埃の中から、衣擦れの音、靴が床を踏む音がする。


 ゆっくりと立ち上がる影があった。

 ギリギリと歯を食いしばる音が聞こえる。


 両手を脇で開き、天を仰ぐような姿勢で立っている。

 マクガイアが――立っていた。


「えっえ〜」と仁が調子の外れた呆れたような声を漏らす。


 パウロの脳裏に、あの日の情景がよみがえる。

 中国の武漢のホテル・・・

 紅い炎を纏って立つマクガイアの姿・・・

 ガスを吸い朦朧とする中で、超常的な力を放ったマクガイアのことを・・・

 ――夢では・・・ガスのせいで見た幻覚では、なかったのか?


「マクガイア・・・」ユリアは噛みしめるようにマクガイアの名を呼び、覚悟を決める。

 ――お母さん、力を貸して

 ユリアは胸に手を当てて、誓った。

 自分の命を投げ打ってでもマクガイアとともに抗うことを・・・


「マクガイア!抗え!」とユリアの声が聖堂に響き渡る。

「わたしのことなんて構うな!!!」


 立ち上がろうともがくユリアをルシファーが片腕で押さえつける。

「勝手なコトすんじゃねぇよ」と睨みつける。


 ユリアは怯えることなく、ルシファーの目を見返して言う。

「あんたの思い通りになんか、ならないからッ!」


 マクガイアはゆっくりと振り向いた。

 その視線の先に――ユリア。


 ユリアの胸元・・・

 そこには、仄かに、微かに。

 小さな光が灯っている。


 ――フフッ

 マクガイアから笑いが漏れる。

 ――面白い・・・全く世の中はおかしなものだ・・・


 ――ダッッ!

 田中最高導師が獣のように身を低くして、力強く踏み出した。

 とてつもない勢いでマクガイアに襲いかかる。


 マクガイアが宙に舞う。

 田中最高導師に弾かれたのではなかった。

 田中最高導師の猛撃を、あざやかに躱す。

 宙を舞い、くるりと反転。


 そして片膝をつき、静かに着地した。


 ルシファーがいきり立つ。

「テメェ」とユリアを抱きかかえて立ち上がる。


「・・・撃ちなさい」と静かにユリアが言う。

 ルシファーはユリアに憎々しげな視線を向ける。

「オメェ・・・ワカラセが必要か」

「いいだろう」

 ニタリと笑い、ユリアの足元に銃口を向ける。

「やってやんよ!」


「やめろ!やめてくれ!」と仁の叫ぶ声が虚しく木霊する。


 クククッとルシファーは笑い、銃爪を引いた。

 ――カチカチ

 無機質な音が虚しく響く。


 マクガイアはユリアの胸の灯火を見つめる。

 聖母マリア、乙女の聖痕・・・


 マクガイアは確信する。ユリアを傷つけることは、今、誰にもできない。

 そして覚醒する。自らの力を解き放つ・・・


 ――何が起こっている?

 パウロは呆然と、マクガイアを見上げた。


 次の瞬間。

 パウロの巨体が――ふわりと宙に浮いた。

 マクガイアの両腕が彼を掴み上げていた。

 身長192センチ、体重120キロのパウロを軽々と頭上に捧げ持つ。


「えっ」と仁が声を上げる。


 ――ブン!

 マクガイアはパウロをルシファー目掛けて投げつけた。

 フオオオ!

 声にならない声を上げ、宙に舞うパウロ。


 ユリアを抱えるルシファーのもとにダイブする。

 ドンッ!

 グハッ!

 ユリアとルシファーはパウロの下敷きとなった。

 パウロは咄嗟に銃を持つルシファーの腕を絡め取る。


 ケフッとユリアが息を漏らす。

 ユリアから飛び退くパウロ。

 そしてそのまま、ルシファーを腕ひしぎ十字固めに極める。

 ッ!


 ルシファーの表情が強張る。

 パウロは一気に体を反らせる。

 バギギと不気味な音が響く。


 パウロが躊躇なくルシファーの肘を折った。

 アガァ!!!

 ルシファーの口からくぐもった悲鳴が漏れる。


「ユリアちゃん!」仁がユリアの元へと駆け寄る。


「ユリア!大丈夫か?」問いかけるパウロに、サムズ・アップするユリア。

 ルシファー腕を押さえつけながらパウロは尋ねる。


「・・・アントン・モーヴェ教区長を殺ったのはこいつか?」

 ユリアが大きく頷いた。


 その間にも、ルシファーは悪あがきを続ける。

 左腕を伸ばし、パウロの喉を掴む。

 右腕は……もう使い物にならない。

「ハッ……ざけ……んじゃ、ねぇ……」


「そうこないとな」パウロは余裕でルシファーの左腕をねじ上げる。

 そして、その手を床に押し付けると、奪った銃をルシファーに見せつける。


 ルシファーはこの状況になっても、パウロを睨みつけている。

 パウロはフッと笑って、銃把をルシファーの左手に叩き落とした。

 グシャッ!

 二度、三度と叩きつける。


「がああぁ!」ルシファーが悲鳴を上げる。

 ルシファーの顔から先程までの威勢の良さは消え去っていた。


「なあ・・・この入れ墨はヘビか?」とパウロはルシファーに問いかける。

 ルシファーは答えない。答えられない。

 今はただ、苦痛に堪えるのが精一杯だった。


「蛇は蛇らしく・・・」パウロは厳かにルシファーに告げる。

 ルシファーの右膝に――銃口を向け、容赦なく引き金を絞る。

 バンッ!

「ウガァアアア!」

 ルシファーは仰け反り、床を転がり、身を捩る


 パウロは無言で左足を掴む。

「地を・・・這え!」

 冷ややかに告げ、銃口をアキレス腱に当てる。

 ――バンッ!

 ルシファーの絶叫が聖堂に響いた。


 ユリアは静かにルシファーに歩み寄る。

 ルシファーの苦悶など、一顧だにしない。

 無造作に、足でルシファーの体を転がした。


 ネックレスに吊るされたマーライオンのキーホルダー。

 ユリアはそれを、無言でむしり取る。

 ――チギッ

 ネックレスが引きちぎられ、鈍い音と共に床に散らばった。

「返してもらうから」

 それだけ・・・

 もう、まったくルシファーへの興味はないとその場を離れる。


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