第四十八章 魔性と霊性 その三
三人が命をなげうって車の後部にたどりつた時、銃撃は息をつくように途切れた。
「パウロ、状況」とマクガイアが短く告げる。
「はい」と答えるパウロの目に強い光が宿っている。
ヒリヒリした戦場の空気に血が沸き立つのを感じた。
「ユリアは正面教会二階の聖堂にいます」
「聖堂には敵二人、内一人は武装しています」
「また、敵は正面北回廊に二人、南回廊に二人、正面に3人を配置、軽機関銃を装備しています」
「さらに、しっかりと武装した20人が聖堂を守っている様子です」
「その情報はどこから?」とマクガイアは険しい目つきで確認する。
「アキラが教団システムに侵入し、得た情報です」
「現在、アキラとの通信は?」
「切れました」と紫紋。
「敵、北回廊に7人、南回廊に5人、正面5人」とマクガイアが戦況が変化していることを告げる。
――マクガイア小隊長の索敵能力!
パウロはそれが、健在であることを喜んだ。
「敵はこちらの状況をどこまで把握しているか?」
「敵はわたしと紫紋の二名が小隊長と合流し3名だと考えていると思われます」
敵はこちらの人数を誤認している可能性がある。
「一番不慣れのものは誰か?」
「仁です」と迷いなくパウロが告げる。
それを少し悔しい気持ちで仁は聞いた。
「わたし、パウロ、仁で班を組む」とそれぞれと視線を合わせてマクガイアが告げる。
「紫紋先輩はここに残り、後方支援」
マクガイアは小型ランチャーを二丁取り出す。
「操作は簡単だ」と紫紋に手短に説明する。
「それでは作戦を伝える」
作戦は単純で簡単な陽動作戦だった。
マクガイアは手を上げて待てと全員に指示する。
「撃て!」と叫び、ロケットランチャーの発射音を確認する。
ボフ!
マクガイアとパウロが仁を挟み、北回廊へ向けて駆け出した。
目標は北回廊中ほど、敵の攻撃を遮る柱と花壇のある地点だ。
銃弾が降り注ぐ中、マクガイアとパウロが応戦する。
ロケットランチャーが南回廊に着弾して爆炎を上げる。
その光の中、走る3人のシルエットが浮かび上がる。
その3人に向けて銃弾が撃ち込まれる。明らかに先程より勢いがない。
南回廊の敵を削いだのだ。
それでも、敵の銃弾は芝を抉り、土煙を上げる。
仁の耳元をシュッと掠める。冷や汗が背を伝う・・・脇汗が半端ない。
「うああああああ!」
仁は叫びながら、もつれそうな足を必死に前へと運ぶ。
目標地点にたどり着いたパウロが南回廊でフラフラと立ち上がる武装信者を狙撃した。
仁の視線の先で、敵がパタパタと倒れていく。
まるで、夢の中の出来事のようで、現実感がない。
残るは北回廊と正面の敵。マクガイアが正面の敵に絶え間なく銃弾を浴びせる。
「増援だ!」
増援を受けて、北回廊の敵が正面の敵と合流し、戦線を立て直そうとしている。
タイミングが重要だった、3人のうちの誰かがロケットランチャーを発射し、3人が駆け出したと敵に思わせること。
タイミングは完璧だった。さあ、どうだとパウロはマクガイアとともに正面の敵と銃弾を交わす。
仁は”戦争だ、戦争なんだ”と必死に自分に言い聞かせていた。
敵は紫紋が身を潜めているボロボロのプロボックスに攻撃をしかけていない。
――よしっ!
北回廊正面に人数を残しつつ、北回廊の部隊が正面の部隊と合流し回り込む動きを見せた。
中庭でひとまとまりになった敵に、紫紋が再びロケットランチャーを打ち込んだ。
敵部隊が吹き飛び、想定外の方向からの攻撃に混乱している。
爆炎が収まり、再び暗くなったその隙に、紫紋は3人と合流するために中庭を駆けた。
マクガイアとパウロは混乱する敵を丁寧に狙撃していく。
「うまいこといきましたね!」と合流した紫紋が興奮して言う。
「マクガイアさん」と紫紋はいたずらっぽく笑っている。
「もう一丁ありましたよ」とロケットランチャーを手渡した。
「グッジョブ!」と叫んで、マクガイアはロケットランチャーを構えると増援部隊が出てきた正面の幹部用通路を目掛けて発射した。
通路を守る信者もろとも破壊する。
残党がパラパラと攻撃してくるが、それをマクガイアとパウロが冷静に仕留めていく。
「いくぞ!」マクガイアの声に、パウロと紫紋が立ち上がる。
「仁!」紫紋が震える仁の腕を引き、マクガイアとパウロの後を追った。
「先輩、みんなはなんで・・・」
仁の声はかすれていた。震える唇でようやく絞り出す。
「あの信者たちも・・・人間じゃないですか」
仁は、紫紋やマクガイア、パウロが簡単に人を殺してしまうことを非難しているようだった。
そんな仁を甘いやつやなと紫紋は思う。
ただ自分や、マクガイアやパウロが正常だとも思わない。
「仁……信念とか信仰に、自分の命かけてしまうとな……自分の命が、ごっつぅ軽うなるんよ」
「そんでな……自分の命が軽なったら、人の命まで軽くなってまう」
紫紋は足を止め、仁の肩をぽんと叩いた。
「せやからな、仁……お前は、信念とか信仰とか、持たんと生きや」
「誰にでも優しいまんまで、おってくれ」
仁はまだ顔を伏せたままだ。
「ユリアちゃんをお前が救うんや」
その言葉に、仁は歯を食いしばって、前を向いた。




