第四十八章 魔性と霊性 その二
余震が続く天の階教会では、天井画が剥がれパラパラと降り注いでいる。
――ウ〜んッ
長椅子に手をかけルシファーは立ち上がった。
蹴り上げられた玉の具合を確かめるように、片足でタッタタ、タッタタと跳ねる。
まだ、僅かに残る鈍痛にチッと舌打ちする。
ルシファーは聖堂内を見渡す。予備電源でもあるのか、聖堂内の照明は地震前と変わらず、淡く灯っていた。
その光を受けて、宙に舞う埃と砕け散ったステンドグラスが輝く。
ルシファーは目を細めてユリアの姿を探した。
――どうしてやろうか
ダメージが残った足を一歩通路へと踏み出した。その時――
バガァアアアンッ!
轟音に振り向く。さっきまで自分が蹲っていた場所。
そこに、大きな梁の石材が落下し、粉々に砕け散っていた。
パラパラと石塊が落ちてくる。
気が削がれ、長椅子にもたれかかる。
顔を上げ、そこにいるであろう田中最高導師に目を向ける。
――エッ!
ルシファー思わず息を呑んだ。
右の額から目元まであった痣が、左の目元額まで広がっている。顔の上半分が青黒く染まっている。
眼球が瞼を押し開くように突き出し、口は耳元まで裂けている。
鼻腔からゴーッ、ゴーッとふいごを踏むような音が響いてくる。
――バケモンじゃねぇか
ルシファーの蛇の尾の入れ墨が慄くように痙攣する。
ユリアはルシファーと通路を挟んで三列後ろの長椅子の下で息を潜めていた。
――どうしよう?
早く、ここから逃げ出したい・・・逃げ切れるか・・・なかなか決心がつかない。
――よしっ!
ユリアは長椅子の下から体をずらした、その時――
「まだ!まだ!まだ!」田中最高導師の大音声が響き渡り、ユリアは身を竦めた。
驚愕するルシファー。
「田中ちゃん、いつの間にウーファー積んだんだよ・・・ハハ」と乾いた笑いを漏らす。
田中最高導師の声は腹に響き、物を揺らせた。人間から出る音量、音質ではない。
大音声は続けて言う。
「くるぞ!!!災いがやって来る!!!」
ルシファーが手を叩いて、声にならない笑いを漏らしている。
「地の底の煉獄から!」
「暗闇を飲み込むより暗い・・・」
「世の悪徳の煮凝りが!!!」
「惨劇の兆し!禍難の権化が!!!」
田中最高導師の地鳴りのような大音声が、ユリアの目の前のガラスの破片を震わせる。
――紅い光の尾が、暗闇を裂いた。
一台のプロボックスが、狂気じみたスピードで天の階教会へ向かっている。
正門の前までスピードはそのまま、右に急旋回する。
タイヤが悲鳴を上げながら、瓦礫を弾き飛ばす。
ガッ!
再度、タイヤがグリップを取り戻すと、プロボックスはフルスロットルで、崩れた正門をバウンドしながら飛び越えた。
着地したプロボックスのフロントがガリッと前庭の敷石を削る。
お構いなしに、さらにスピードを上げる。赤い光がゆらゆらと尾を引く。
教団建物の入口のスロープを駆け上がる。
ガラスの扉をぶち破り、エントランスに躍り込む。
破片を飛び散らせ、エンジンを轟かせてエントランスを突っ切る。
一直線に正面のステンドグラスをぶち破る。
キラキラとガラス片を纏いながら、中庭へ飛び込むと芝生に深いタイヤ痕を残す。
プロボックスは天の階教会と向き合うようにして止まった。
チンチンチンとエンジンが冷える音がして、エンジンルームからシューっと蒸気が漏れる音がする。
「来たぞ!」とパウロが唖然としている紫紋と仁に叫ぶように声をかける。
パウロの顔は歓喜で溢れている。
「あれ、なんですのん?」と返す紫紋。
「行くぞ!雷槍マクガイアに続け!」とパウロは身を翻して中庭へと向かう。
「えっ、あれマクガイアさんなんですか?」と問い返す仁。
そのの肘を抱えて駆け出す紫紋。
一階のエントランス、破れたステンドグラスの手前で身を隠しているパウロ。
その脇に仁と紫紋が張り付く。
紫紋が「行かへんのですか?」とパウロに声を掛ける。
パウロが言う。
「いいか、俺等は今からマクガイア小隊長の指揮下に入る」
「マクガイア小隊長の指示を見逃すな」
「これが、突撃のハンドサインだ。これが出たら何も考えずにマクガイア小隊長に続け」
「わかったか?」
「イエッサー」と紫紋が言い、仁は乾いた唇を舐めながら頷いた。
湯気を上げている車両に向けて銃撃が浴びせられた。
銃撃が止むのを待つことなく運転席のドアが開かれた。
マクガイアが中庭に姿を現す。銃弾は止まない、サイドミラーが吹き飛ぶ。
月明かりに僧服のマクガイアの姿が浮かび上がる。
――狂ってる!
紫紋と仁の気持ちを察したように、パウロが言った。
「雷槍マクガイアの他に、気狂いマクガイアとも呼ばれていた」どうだとばかりにパウロが二人に笑いかける。
フロントガラスは既に弾け飛んでいる。
自身の周りに集まる銃弾に、全く臆することなくマクガイアはプロボックスのリアを開ける。
その途端に、リアウィンドウが弾け飛ぶ。
破片は仁の所にまで飛んでくる。その度に声を上げて怯える仁。
プロボックスはもとの白色に戻っている。
前輪左タイヤは撃ち抜かれ車体が傾いている。
巨大な聖堂を背にマクガイアのシルエットが浮かび上がる。
パウロがマクガイアに手を振る。
マクガイアが無言で手を振り返す。
銃弾がしばらく止む。
マクガイアが荷台から軽機関銃を取り出して、車体に三つ立てかけた。
荷台に潜り込んでなにやらひきづりだす。
ロケットランチャーだ。
それを見てパウロが「準備」と声をかける。
仁と紫紋先輩が走り出せるよう腰を浮かす。
ボフッ!
マクガイアが聖堂に向けてロケットランチャーを撃ち放った。
弾丸はいびつな弧を描き聖堂に着弾。
閃光が中庭を照らす――
ドゴオオオオオオン!轟音が響いた。
目を覚ましたように再度、プロボックスに銃撃が集中する。
プロボックスの車体がさらに沈む。
マクガイアがパウロたちに向けて待てと手をかざす。
銃撃が更に激しくなったところで、来いと腕を振った。
「車の影まで、前進!」と声を掛けてパウロが銃弾の中に飛び込む。
「まじかぁ〜」と仁と紫紋が続いた。




