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第四十七章 激突 その七

 紫紋のスマートフォンが着信を告げる。

 紫紋は急ぎスマートフォンを取り出して、通話ボタンをタップする。


「なんか大変な事が起こりました!」

 アキラの上ずった声に紫紋は身構える。


 パウロはスマートフォンから聞こえる声に耳を傾けながらテラスから敵を窺った。

 ――動きはない。


「聖堂の信者たちが一斉に逃げ出しています」

 ――んっ

 パウロは闇に浮かぶ聖堂に目を凝らす。


 回廊に一人、二人と信者が飛び出してきた。

 ――あっ

 堰を切ったように、信者たちがどっと溢れ出した。


「・・・それから」とアキラは話を切り替えて言った。

「仁さんが来てます」





 ジロウはケンの腕を握ったまま、裏口に向かって走った。二人は理由もなく笑っている。

 地下通路にたどり着くと、前を走る秋月伝師に気づく。


 さっきまで青息吐息だった男が確かな足取りで走っている。

 ケンとジロウは目を合わせる、一体何が起こっているのかわかない。


 通路を駆ける足音に、二人の笑い声が重なった。






 パウロはテラスから階段の踊り場へ移動して、本部エントランスを駆け抜けて、正門へと向かう信者の中にユリアの姿を探したが、見当たらない。

 ――クソっ!

 ユリアが鎖で繋がれていたことを思い出した。


 パウロは気を取り直して、銃を構える。武装信者をこちらに近づかせるための戦術の可能性を疑ったのだ。

 ――来た!

 武装した信者の姿に銃の標準を合わせる。


 だが、その信者はエントランスでタクティカルベストを脱ぎ捨てて正門に走り去っていった。

 ――?

 最後に年老いた信者がヨロヨロと出ていくのを見送った。


「なんなんですかね?」と紫紋が後ろから聞いてくる。

「わけがわからん」と紫紋に答え、アキラと通話がつながっていることを確認して言った。


「アキラくん、敵の配置を教えてくれ」

「はい」と答えてアキラが敵の配置と人数を伝える。合わせて30人ほど、だいぶ減っている。





 仁は壊れた門から教団本部を覗き込み、入ったものかどうか悩んでいた。

 許可なく入ることは不法侵入にあたるのではないかと、弁護士の弟らしく考える。

 が、しかし来意を告げようにも呼び鈴がないのだから仕方がないと、自分を励まし、恐る恐る敷地に踏み込んだ。


 あたりを見回しながら、正面建物の明かりに向かってゆっくり歩いて行く。

 エントランスの様子を窺える距離まで来て、足を止めた。

 エッ!

 大勢の信者がこちらに向けて走ってくる。


 仁は驚いて、回れ右をすると信者たちに追われるように走り出していた。

 門の瓦礫を飛び越えて勢い余って道の向かいまで出て、振り抜いた。


 門の瓦礫につまづくもの、転ぶものはあったが、直ぐに立ち上がって左右に別れて走り去って行く。

 うぎゃぁあ!

 派手に腹から転んだ男がいた。

 倒れた男は悲痛な声を上げ、飛び起きて自分の腹を見ている。


 男の腹で何かが潰れていた。

 男は指で、それを何度か突くと、急に怒気を発して、腹のものを剥がし取って地面に叩きつける。

 うじゃら!と叫びとも罵声とも取れる声を、叩きつけた物に浴びせる。


 そして駅の方へと走っていった。

 仁はどこかで見たことある顔だなと思いながら、その姿を見送った。


 ――あっ

 仁は我に返る、教団で何かあったのかも知れない・・・ユリアに何かあったら・・・

 仁は正面建物に全速力で走った。





 聖堂では、憤怒とも憎悪ともとれる表情を浮かべて田中最高導師が立ち竦んでいる。

 その脇でルシファーも顔を顰めて座り込んでいる。


 二人は金縛りにでもあったかのように動けない。


 そして――

 その場に、ユリアがいた。

 涙を流しながら、笑っていた。


「ユリア・・・あなたも逃げなさい」


「逃げれないよ・・・繋がれちゃってるから」とユリアは自分の首に触れる。

 ――えっ!

 ユリアに嵌められていた首輪も鎖も無くなっていた。


 ユリアが驚いて顔を上げると、光の女性が大丈夫だと頷いた。


「お母さんをおいて逃げれないよ」とユリア。

 光る女性は里美だった。

「お母さん・・・」呼びかけながら、里美の方に歩き出す。

「一緒に帰ろう・・・」


 二人は互いに歩み寄り抱き合った。

「ユリア愛しています」ユリアは里美を抱きしめながらわかっていると頷いた。

「ユリア、あなたのもとに帰ります」と里美は言うとユリアの肩に手をかけて自分に向き合わせた。


 しばらく二人は黙ったまま見つめ合う。


「あなたのもとに帰ります・・・」と再び里美は言って、ユリアの胸に自分の手を当てた。

 里美の影が薄くなっていく。ユリアの両目から涙が溢れ出る。


「マリア様、感謝します・・・」

「・・・ユリアをお守り下さい・・・」里美は小さな光る玉になってユリアの胸の内で瞬いた。

 ユリアは胸に残る温もりを抱きしめて泣いた。


「なんだ〜!」とルシファーが叫ぶ。

「田中ちゃん・・・なんだよこりゃ」


 ユリアは立ち上がりステージを降りる。


「おいおいおいおい、どこ行くんだよ、お嬢ちゃん」とルシファーが後を追う。


 ユリアは中央の通路で振り向いた。ルシファーが銃を向けている。

「戻れ・・・こっちにくるんだ」とルシファーがユリアに選択肢はないとばかりに告げる。

 ユリアはもう怖くなかった。

「撃ちなさいよ」そう言っていた。


「ガキが・・・舐めてんのか!」とルシファーが銃を構え直した。本気で撃つ気だとユリアは目を瞑った。

 カチッ、カチッと音がする。

 んっんっとルシファーが銃の銃爪を何度も引いている。

 弾が出ない。


 苛ついたルシファーが肩から下げていたM-16 を床に叩き落とす。

 ユリアは背を向けて、出口に向かおうとした。

 その時、ルシファーの胸元からこぼれ出たネックレス、その先に付けられたキーホルダーがユリアの視界の端で揺れた。


 ユリアは再びルシファーと向き合う。

 クソが!と叩きつけた銃に毒づくルシファーが顔を上げる。


 その目を睨みつけて言う。

「そのキーホルダー!義人叔父さんのでしょ!」とユリア。

「なんで、あんたなんかが持ってるのよ!」


 それを聞いて、ルシファーは機嫌を治す。

「オメェ、安原と知り合いか?」ニタニタと笑って、キーホルダーを掲げて見せる。

「あいつから貰ったんだよ・・・まぁ、安原には死んでもらったけどな」とさも楽しそうにユリアに語りかける。


「俺が殺したんだよ・・・ドタマ撃ち抜いてやったぜ」とユリアに笑いかける。


「許さない・・・」とユリアは歯を食いしばる。


「おっかねぇなぁ・・・で、どうすんだよ?」とルシファーがヘラヘラと笑ってユリアを煽る。


 ユリアはルシファーに向かって歩き出す。ルシファーはユリアがまんまと自分の煽りに乗って来たことが楽しくて仕方がないと言ったように、足を踏み鳴らしておどけて見せる。


 ユリアはルシファーの目を見つめる。ルシファーの目が自分を見下していた。


 ルシファーがユリアを掴もうと腕を伸ばそうとした時、ユリアは二三歩後退る。


 ルシファーが退いたユリアに誘われるように前に出る。


 ユリアは引いた右足を反動を付けて、蹴り上げた。


 マミが教えてくれた抗う術、金的蹴り。


「ウッ……!!!」

 ルシファーのこめかみに、青筋が立つ。


「ガ……ハ……ッ……」

 金的を掴みながら、ルシファーは膝から崩れ落ちた。

 右目の下の蛇の尾の入れ墨が、細かく痙攣している。


 ユリアは苦悶に歪むルシファーの目を見て言った。

「あんたに、チンポが付いてて良かったよ」


 ルシファーは泣き笑いの顔になる。


 突如、聖堂に声が響き渡る。

「終わりの時は来た!!」と田中最高導師が叫ぶ野太い声がこだまする。

 田中最高導師をキッとユリアは睨みつけた。


 警報音とともにステージに据えられている大型モニターに”東海地震警報”と言う文字が浮かび上がる。

 エッ!

 ユリアは出口に向かおうとした。その時・・・


 100万頭の像が向かってくるような地鳴りがした。

 ドオオオオオオオオオオオオン!!!!下から激しく突き上げられて立っていられない。

 ユリアは床を転がり、聖堂のベンチの下に必死で身を潜める。


 床が大きく沈み込み、跳ね上がった。

 大きなうねるような揺れが続く。

 聖堂を飾るステンドグラスが砕け、七色の破片が雨のように降り注ぐ。


 ドオオオオオオオオオオン!!!!メキメキと建物全体が音を立てて軋んでいる。

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