第四十七章 激突 その一
両脇を男に囲まれて、唇を噛んでユリアは恐怖に耐えていた。
右隣のルシファーがおもむろにユリアに顔を寄せて、クンクンとユリアの匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす。
――きっキモいッ!
ユリアは手を振り上げた・・・・が、その手はなんなくルシファーに掴まれる。
「オメェ・・・いい女だな」とルシファーがユリアの全身を舐め回すように視線を動かす。
――クソッ!
ユリアの顔が恐怖と嫌悪で歪む。
ルシファーが口から舌を覗かせてチロチロと動かした。
ユリアは全身が怖気立ち、顔を背けた。
ルシファーの問いに不意をつかれた・・・・
「オメェ・・・ちんこついてるか?」ルシファーは真顔で言っている。
「つ・・・ついてるわけないでしょ!」
ユリアは顔を上気させて怒鳴りつけるように言った。
その言葉を聞いてルシファーは完全にユリアに対して興味を失った。
掴んでいた手を雑に振り払うと「つなんねぇ」と吐き捨てて車の窓に額を付けた。
運転しているジロウがそのやり取りを聞きながら、バックミラー越しにケンに目をやる。二人は鏡越しに見つめ合い、笑いあった。
アルフォンソ審議官は公安本部の取調室にいた。
「さて、アルフォンソ神父。もう一度、お聞きします」と公安の男は椅子を引いて姿勢を糺す。
「鳴門礼二から奪った、SDカードをどこにやったのですか?」
「・・・・・」アルフォンソ審議官は答えない。
ふっと小さく息を吐いて公安の男が言った。
「アルフォンソ神父・・・そんな態度を取られると、我々もなにかあるのかなと疑わざるを得なくなる・・・ここはひとつ友好的にいきませんか?」
友好的が泣いて呆れるとアルフォンソ審議官は怒りを覚える。拉致同然にここへ連れてこられたのだ。
「私には外交特権があるはずだが?」
「そうです。あなたには外交特権があります。ですので、これは任意同行ということになります」
「ふざけるな!」堪りかねてアルフォンソ審議官は声を荒げた。
六本木ヒルズのタワーマンションの一室、メゾネットで三枚の大型モニターに複数の画面を開いて、アキラは天の階教会の動きを追っていた。
南海トラフ関連の記事や動画の裏で、天の階教会の動画再生数が驚異的に伸びていることに気付き、その動きをフォローし始めた。
天の階教会で解析すると、奇跡や復活、最後の裁きなどと並んで田中最高導師、預言者などのワードが現れる。
きな臭く、胡散臭い、それらのワードを見て、アキラは好奇心を駆り立てられた。何が起こっているのか確認しようと天の階教会本部のシステムに接続した。
教団本部のセキュリティカメラから多くの信者が本部に集まっていることが確認できた。
セキュリティカメラ、本部の動画配信、ハルの掲示板などをリアルタイムにチェックする。
これは世紀のショーなのではと次々と切り替わる画面を眺めている。
すると警告音が鳴った・・・何者かが天の階教会のシステムに侵入しようとしている。
アキラはキーボードを軽快に叩き、侵入者のシグネチャを解析する。
バックドア経由で送り込まれたスクリプトを瞬時に解析し、逆探知のトラップを仕掛ける。
相手が気づく前に、侵入を弾く。
セキュリティカメラに映る聖堂で動きがあった。
誰かが田中最高導師のもとに連行されてきた。女性のようだ・・・カメラを人物にフォーカスする、粗くなる画像の解像度を補正する。
アキラは息を呑んだ・・・ユリアだ。ユリアが攫われてきている。
兄の大藪弁護士が収容された病院の待合室で仁は、警察関係者から事件の概要を伝えられていた。
兄の弁護士事務所がガス弾による襲撃を受けた・・・
兄は勇敢にもガス弾を手に取り屋外に投げることで、事務所のスタッフの被害を最小限に抑えた・・・
犯行は天の階教会によるものと見られる・・・
幼い頃から正義感の塊だったような兄が集中治療室で予断を許さない状況にある。
仁の表情は険しく、強く握られた拳は震えていた。
待合室のベンチで重篤の兄に何もできない自分が腹立たしい・・・ここで、ただ座っているしかできないのか・・・
そこにスマートフォンが着信を伝える。
画面のメッセージに思わず息を呑む。
「ユリアが天の階教会に攫われた!」
――ッ!
直ぐにアキラに電話をかける。
「アキラくん!どういうこと?」
「仁さん・・・わからない、でも確かなんだ、ユリアさんが天の階協会の本部にいる!」
――クソッ!
仁はベンチを蹴るように立ち上がり、駆け出していた。
赤いカブが車両の間をすり抜けていく。パウロは天の階教会に向かっている。
計画や戦術も思いつかないまま、突撃のサインにしたがってアクセルを握っている。
天の階教会の近くまで来ると、車両の数はふっと少なくなった。
天の階教会本部建物は明かりが灯っており、大勢の人が集まっているようであった。
野太い振動が建物から漏れ伝わってくる。
低速で本部建物の周りを流しながら、どうしたものかと思案する。
「それを渡してもらおうか」
降穂が声の方を振り向くと、そこにマクガイアが立っていた。
えっ!
降穂は息を飲む、電話で話していた相手がなぜここにいるのか・・・
目の前にいる男は本当にマクガイアなのか?その体は紅い光に覆われている。
マクガイアがまとった紅い光は時折、抑えきれず噴出し、のたうった。
「マ、マクガイア神父ですよね・・・」声が震える。
「車の鍵を」とマクガイアが右手を差し出す。
渡すことはできないと降穂が手でポケットを抑える。
「渡してもらおうか」とマクガイアがいうと、降穂の体がグンと浮き上がる。
まるで縄で首をつられているようだ。降穂が信じられないといった表情でマクガイアを見る。
首が締まり声にならない嗚咽が漏れる。目から涙が溢れ出す。
何とかポケットに手を入れる、ポケットの中をまさぐって鍵を指先にかけるとマクガイアの方に放おった。
鍵は放物線を描いてマクガイアの胸元あたりまで飛んでくるとそこでピタリと止まる。
宙に浮く鍵をマクガイアが掴むと降穂の体がドサリと地に落ちた。
降穂は必死で息を吸う、涙と涎が地面を汚した。霞んだ視界でマクガイアの姿を追う。
マクガイアが車に乗り込みエンジンを掛けると、白いプロボックスがじわじわと紅く発光し始めた。
ロックを解除していない車庫のシャッターがゆっくりと開いていく。
パウロが低速で本部の外周を回りきる頃、一人の通行人とすれ違った。
名前を呼ばれたように思い、バイクを停めて、振り返る。
「パウロ神父、パウロ神父ちゃいますか?」
聞き覚えのある関西なまり「紫紋先輩?」とパウロは問い返す。
「いや、おれはあんたの先輩やないです」と紫紋が笑っている。
紫紋はパウロに駆け寄って、大藪弁護士事務所が天の階教会の襲撃を受け、大藪弁護士が重体であることを告げた。
パウロはミカエル荘が襲撃され、アントン・モーヴェ教区長が殺されマミが毒を盛られたことを告げた。
「マクガイア神父は?」
「行方がわからない・・・」
「ただ、奴は来ます。必ず来ます!」
「で、どうするんですかこれから?」と紫紋。
「ユリアを助けに行きます・・・ただ、武器もなく、交渉の道具もない」とパウロ。
「ここに起爆式の爆弾が4発あります。それと不発弾が一発。なんとかなりませんか?」なぜそんな物を持ているのかは聞くなと紫紋。今は、時間が惜しい・・・
二人は目を見合わせて微笑むと、赤カブに二人で跨った。
教団本部の正門までの間、短い打ち合わせをした。




