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第四十五章 列聖 その七

 「ああっ――!」と信者たちから驚愕の声が漏れる。

 田中最高導師が生き返った、奇跡が起きたのだ。


 ステージの上で突っ伏していた小笠原は、呼吸すら忘れたように田中を見つめる。恐怖と混乱に支配されていた彼ですら、田中最高導師の復活を目にし自身に降りかかった悪夢を忘れていた。


 教団内での序列ばかりを気にしていた幹部たちも、その計算を止める。


 ルシファーですら、身動きできずに、ただ田中最高導師をみつめている。 


 先島はハッと我に返り、撮影班を振り返る。だが、誰もカメラの前にいなかった。


「クソ……!」


 躊躇う間もなく、先島は列を飛び出し、自らカメラを操作する。さすがにこの光景を生配信するのは危険すぎると判断し、すぐに録画モードに切り替えた。そして、ステージ両脇の巨大モニターに映像を投影する。


 ――瞬間、聖堂に張り詰めた静寂が広がった。


 スクリーンいっぱいに映し出されたのは、田中最高導師の顔。

 血の気を失った青白い顔。だが、その目だけは異様な光を宿し、爛々と燃えていた。


 その目が、スクリーン越しにこちらを"見た"気がした。誰かが喉を鳴らす音が響く。


 信者たちが固唾を呑んで見守る中、田中最高導師がゆっくりと立ち上がる。

 田中最高導師は無言のまま導師席を降り、一歩、また一歩と演台へと向かう。

 その足取りはどこか人ならざるものの気配を漂わせている。


 演台の前で立ち止まり、聖堂を見渡す。

 そして、地の底から響くような、重く低い声で告げた。

「さて・・・汝ら、蝮の子らよ。終わりの時を迎えに行くぞっ」

 信者たちは、その言葉に呑み込まれた。


 今、この場を制圧しているのは田中最高導師であった。

「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだなどと思ってはならない・・・平和ではなく、剣を、刃をもたらすために来たのだ」


「わたしは敵対するために来たからである」


 田中最高導師の太く低い声が聖堂内に朗々と響く・・・信者たちは、田中最高導師から発せられる一言一句が胸に刻まれる感覚を味わっていた。


「人をその父に、娘をその母に、嫁を姑に・・・こうして自分の家族の者が敵となる・・・」


「わたしよりも父や母を愛するものは、わたしにふさわしくない」


「わたしよりも息子や娘を愛するものも、わたしにふさわしくない」


「また、自分の十字架を担ってわたしに従わないものは、わたしにふさわしくない」


「自分の命を得ようとするものは、それを失い、わたしのために命を失うものは、かえってそれを得るのである」


「信者諸君、わたしにふさわしいものであれ」


 一人の信者が堪らず手を上げて問う「最高導師!あなたは言葉を授かったのですか?あなたが預言者なのですか?」しばしの静寂の後、銃声が響く。


 立ちあがった信者の首から上が血飛沫で煙る。


「クソが!」舌打ちして撮影していた先島は叫び、カメラを一旦止める。


 悲鳴があちこちで上がりかけると、ルシファーは「黙れぇっっっ!」と叫んで空を掃射した。頭を伏せておののく信者にルシファーが言う。


「ダメダメ、ダメェ・・・誰が喋っていいっていったよ。叫んでも駄目、田中最高導師のありがた〜いお言葉を、ただ受けれなさい。わかりましたね。信者の皆さん」そう言って、楽しそうに田中最高導師を見つめ、先を促す。


「わたしはあなたがたの日々の勤めを見てきた。いい加減に勤めを行うものがある中で、ただ懸命に勤めに励む者がいた事を知っている。そのものこそ、わたしにふさわしきもの。わたしは今日、皆の前で、そのものたちの名を呼び、そのものたちを聖人に叙そうと思う」


 そう言うと、田中最高導師は雲上(うんじょう)している信者のうち無作為に24人の名前を呼び、壇上に上がるように言う。


 名前を呼ばれた信者がステージに上ってくるのを待つ間、秋月伝師を呼ぶと耳打ちした。秋月伝師が信者数人を連れて聖堂を駆けて出ていく。


 名前を呼ばれた信者がそろそろと壇上に上がってくる。

 24人が揃うと二列に並ばせ、互いに向き合うように田中最高導師は言った。田中最高導師はその列の間を通り、信者ひとりひとりの口に薬を含ませる。


 そして薬がしこたま入った袋を聖堂に集まった信者たちに託した。信者たちが一粒づつ薬を口に入れ次に渡していく。それを見届けながら田中最高導師が言った。

「わたしに続いて、唱えよ」

 信者たちの視線が田中最高導師へと向けられる。


「自分の命を得ようとするものは、それを失い、メシアのために命を失うものは、かえってそれを得る」


 信者が唱える「自分の命を得ようとするものは、それを失い!メシアのために命を失うものは、かえってそれを得る!」


 もっともっとと両手を振り上げ信者を煽る。やがて聖堂は信者たちが唱える声で充満する。

 信者たちのボルテージは上がり、聖堂の内部は異様な興奮に包まれ始めた。


 秋月伝師が信者を連れて戻って来た。秋月伝師は聖堂に響き渡る信者の声に、田中最高導師に自分の声が届かぬことを理解した。秋月伝師は田中最高導師が自分に気付くのを待って、布を掲げる。


 田中最高導師が前列に並ぶ信者を舐めるように指さすと秋月伝師が前列の信者達に布を配り耳打ちしていく。布を手にした信者は自ら布で目を覆う。その間も祈りを口にし続けている。


 続いて秋月伝師は後列の信者たちに耳打ちしながら拳銃を握らせた。

 信者が唱える「自分の命を得ようとするものは、それを失い!メシアのために命を失うものは、かえってそれを得る!」


 バン!バン!バン!と銃声が続いた。

 十二人が血溜まりの中で倒れている。


 田中が手を上げて静まるように信者に促す。徐々に声が静まる。

 一人の信者が感極まって叫び続けている。田中最高導師がその信者を指差すとルシファーがその信者を撃った。


 もう叫び声を上げる者は、一人もいなかった。


「いいねぇ、田中ちゃん。最高じゃんよ」とルシファーが感嘆する。


 田中最高導師は12人を二人一組にして言った。

「お前たちは、今日この日の為に、備えて来たのだ」

「恐れはあるか?」と問う田中最高導師に、全員が静かに首を横に振った。


「おまえたちは、あらゆる悪霊に打ち勝った。おまえたちは聖人となる」

「聖人として列せられるために、必要なことがある。何かわかるか?」


「死です」と一人が言う。田中最高導師はその者の前に立つと、男を強く抱きしめた。

 そして、演台に立ち信者に向かって言った。


「信者たちよ、刮目して彼らを見よ。彼らこそは、我が教団、始まって以来の聖人となるものである」

 彼らを見る信者たちの目には羨望の色があった。


「彼らは今日、聖人となるための命を賭したミッションに向かう。彼らは金も現世での名誉も捨てカルマを脱するため、また、悪のカルマを断つために教団に仇なす者たちのもとへ向かう」


「そして、そこに留まり、仇なす者たちを浄化する。浄化し尽くしたとき、彼らは天上の声を聞くだろう。自分の眼の前に天上へと続く階を見るであろう」


「彼らとの同行を望むものがあれば名乗り出よ、各組4名まで許可する」言うと、ではと最初の二組を自分の前に手招きした。そして言った。


「彼らはこれから、政府与党自由愛国党本部へと向かう」


 次の組を手招きする。「彼らはこれから警視庁へ向かう」


 次の組「彼らはこれから週間リーク編集部へ向かう」


 次の組「彼らはこれから源本教総本山に向かう」


 次の組「彼らはこれから大藪弁護士事務所に向かう」


 次の組「彼らはこれから広域暴力団大槻組本部へ向かう」


 ルシファーがヒューッと口笛を吹いた。

 全面戦争である。


 6組が人を募り、6つの部隊となってステージを去っていくのを見届けると、田中最高導師はルシファーに静かに歩み寄った。青白い顔で爛々と光る瞳をルシファーに向け言った。

「さて、ルシファーよ。お前の力を貸してくれぬか」ニヤリと嗤う。


「イエズス会本部を襲撃して欲しい」


「そこに匿われているユリアという少女を攫って来てくれぬか」


 闘争を予感させる田中最高導師のオーダーにルシファーの蛇の尾の入れ墨がピクピクと震える。

「田中ちゃん、お前・・・すごくいいな」

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