第四十五章 列聖 その四
衆人環視の中で田中最高導師が死んだ。
この後どうすべきか。誰にも分からない。
「カ、カメラを止めろ!」と先島が撮影班に叫ぶ。
その時だった――
バア〜ンッ!
ステージ脇の扉が蹴り開かれる。
踊り込んできたルシファーが天井に向けてマシンガンをぶっ放した。
ダダダダダダッ!
その場にしゃがみ込む幹部たち。
聖堂の信者たちも息を詰めて身を低くしている。
ステージ上で銃を構えている異様な風体の男に、一瞬にして場の空気は支配されていた。
ルシファーの後に信者数名が荷物を抱えて付き従っている。
「どうも〜皆さん」とルシファーが聖堂の信者に声をかける。
「皆さんお待ちかねの預言者で〜す」とカーテンコールに応える役者のように両手を振って飄々と挨拶した。
一瞬、沈黙が広がる。誰もが混乱し、状況を飲み込めずにいた。
気を持ち直した山本導師が「な、何をふざけたことを・・・」と言って立ち上がると、ルシファーの後ろに秋月伝師が付き従っているのに気付いた。
秋月伝師がいるということは、これは何かの演出なのだろうか・・・
「おい、秋月、説明しろ・・・」山本導師の声には、怒りと困惑が入り混じっていた。
秋月伝師は何も言わない。ただ静かにルシファーの後ろに立ち、表情を曇らせたまま目を伏せている。
バンッ!と鋭い銃声が響いた。ルシファーがライフルを下ろし、腰から拳銃を抜いている。
銃弾は山本導師の足を撃ち抜いた。信じられないといった表情の山本導師の口から「ああぁ」という声が漏れる。
撃たれた左の太腿が焼けるように熱い。やがて熱さは激痛に変わった。バランスを失い、山本導師は無様にステージから転げ落ちた。
嘘やろ、こんなんありえへんと山本導師は身に降り掛かった災難を受け入れられず、ステージの下で蹲る。痛みが思考をかき乱した。
聖堂内に悲鳴が巻き起こり、数人の信者が逃げようと出口に向かう。
この混乱に乗じて反撃にでようとする者たちがあった。
ミャンマーとシリアに派遣されていた者たちだ。
派遣部隊の信者達は、正面出口へと向かう信者たちとすれ違い、聖堂脇の廊下へと向かう。
いち早く廊下に出た男が舌打ちした。
チッ!
仲間がいたのだ。立ち止まった男に、遅れて飛び出してきた男が「どうした?」と声をかける。
先頭の男は右手を上げて後続を止める。
あとから来た信者たちもやがて前方を塞ぐ、武装したピンクの短髪の男に気付いた。
「ワンちゃん」とルシファーが、ヤンが連れてきた男に声をかける。
ルシファーが引き連れてきた信者たちの列の後ろからワンと呼ばれた男が駆けてくる。
肉体労働で鍛えられたゴツい体に、坊主頭のワンが「なに?」と指示を待つ。
「あいつ・・・ここに引き上げてくんない」と山本導師を銃で指し示す。
ワンはトントントンと階段を降りると、山本導師の体に手をかけた。
山本導師は苦痛に耐えながら、抵抗しようとする。
その山本導師の面を、バシッと思いっきり張るワン。
「次、もっと痛い」とワンが告げると、山本導師はか細い息を吐いて抵抗するのを諦めた。
ワンは山本導師の両脇に手を入れて、階段を引きづって登る。一段登るごとに山本導師の喉からうっと声が漏れた。白い階段に赤い血の跡が、鮮やかに引かれていく。
ルシファーは祭壇近くで、仰向けに寝かされている田中最高導師に歩み寄る。
しゃがみこんで田中最高導師の顔を覗き、閉じている瞼を無理に開いた。
「なんだよ〜田中ちゃん・・・死んでんじゃん・・・使えねぇなぁ」と苦々しい顔で言う。
あたりを見渡す。ちょうどワンが山本導師を運び終えたところだった。
「ヤンちゃん・・・ワンちゃんと二人で、田中ちゃんをさ、あそこの椅子に座らせて」とルシファーはヤンとワンに田中最高導師の死体をステージよりも上にある最高導師席に座らせるように言った。
聖堂脇の廊下では、ジロウと派遣部隊の信者たちが向き合っていた。
ジロウは男達に話しかけるでもなく、言った。
「人質が必要なんだよなぁ・・・中にいっぱいいるみたいだし・・・死んでもらってもいっか」
ジロウがM16 の銃口を派遣部隊の信者たちに向ける。
先頭の男が「クソッ!」と叫んで突っ込んでくる。後の者たちも続いた。
ダダダダダダダダ!ダダダ!ダダ!
銃声が響き、悲鳴が上がり、静かになった。十数人の男たちが、なにを成すことなく屍となっている。
多くの信者たちは逃げようと聖堂の正面入口へと向かっていた。出口である開け放たれた巨大な扉の近くまで来ると、男の姿が目に入った。
「みんなぁ・・・戻ってくんねぇかな」白髪にバンダナを巻いたケンが言う。
「できれば殺したくねぇんだ・・・悪いようにはしねぇ・・・」
「助けて下さい・・・お願いします・・・」と先頭の中年男性信者が言う。
「言うこと聞いてりゃ助かるんじゃねぇかな・・・早く席に戻れ」とケン。
「お願いします。逃がして下さい・・・」と信者が祈るようにしてジリジリ迫ってくる。
「それ以上、近づいたら撃つぞ」とケンが告げるが、信者は怯えながらも前に進んで来る。
ケンはライフルを下ろした。男は助かったと思ったのだろう、安堵の表情を見せた。
次の瞬間――
バンッ!ケンが拳銃を引き抜いて、躊躇なく男の腹を撃った。後に続いていた信者たちから悲鳴が上がり、絶望にすすり泣く声が聞こえる。
正面のステージからルシファーが告げる。
「今から十数えるうちに、元いた席に戻れ、いいか?立ってる奴は撃ちま〜す」
と笑うルシファー。蛇の尾の入れ墨が気分良さげにくねって見える。
「い〜ち」とルシファーのカウントが始まると、信者たちはもちろん、ステージにいた幹部たちも我先にと席へと戻る。




