第四十三章 俺達に明日はない その二
防犯カメラに映る男たちを確認してサダは席を立ち、カウンターの奥にある冷蔵庫を開けた。
チームが隠し持っている銃器が顕になる。
サダがメンバーに銃を放って寄越した。
メンバー全員がバーの扉に向かって銃を身構える。
バーのドアノブからカチャリと音がした瞬間、全員が一斉に発泡した。
銃声が響きドアに無数の弾痕が穿たれる。弾かれたドアの破片が飛び散る。八丁の銃から薬莢が吐き出され、床にくるくると転がる。
ドアがガクッと崩れかかったところで、ルシファーが手で射撃を制した、店内に硝煙が漂っている。
静かになった店内に、カチャカチャとタツヤが銃のマガジンを交換する音が響く。
銃撃で蝶番が外れたドアの隙間から何かが転がって来た。
それを見て、ルシファーはハニーを抱えてカウンターを飛び越えた。
次の瞬間、凄まじい爆発音がしてあたりが白く煙った。手榴弾が爆発したのだ。
天井材がパラパラと落ちてくる。
カウンターの向こうにいたカズ、タツヤ、シュウジはダメだろうとルシファーは思った。
抱きついてくるハニーを引き離して、サダと目を合わせ、無事を確認する。
サダは汗塗れの顔で、大丈夫だと頷く。
くの字に曲がったカウンター、ボトル棚の方の二人ケンとジロウの無事をハニーに確認させる。
ハニーは這って奥を覗き込み、ルシファーにOKと指で知らせた。
安原はこちらの人数を把握しているのか?ルシファーは思いを巡らせる。
爆発の後、安原、多田、小籔の3人が店に入って来た。
店内に転がっている人数を確認する。3人だ。そのうちの一人、シュウジが顔半分を血で染めながら銃を向けてきた。
小籔が黙ったままシュウジの頭を撃ち抜いた。それを見て、安原は小籔に名簿屋の金森を殺らせて正解だったと思った。小籔から人を撃つことに対する躊躇が無くなっていた。
カウンターの裏で息を潜めているルシファーは、大きく息を吐くと「安原さん・・・安原さんだろ、あんた?」とカウンター越しに声をかける。返事はない。
「降参だ・・・降参。仲間が全員殺られちまった・・・」そう言ってカウンター越しに両手を上げてみせた。上げた手すれすれに銃弾が発射されたが、なんとか耐えて手を上げ続ける。
「あんたらみたいな本物にはかなわねぇな・・・俺達みたいな半端モンは・・・」とルシファー。
「気付くのが遅かったなぁ、ルシファーよ」と安原が声をかける。
「ルシファー・・・顔を拝みてぇもんだな。手を上げたままゆっくり立てや」と安原が言う。
「顔見せた途端、撃つんだろ・・・」とルシファーは怯えたように言う。
「実は聞きてぇことがあるんだ・・・ルシファー」と安原。
「話によっちゃ、撃たねぇってことか?」とルシファー。
「ああ、そうだ」と安原。
嘘である。聞きたいことがあるというのは本当だった。
ルシファーの意志で安原の組の台帳を掻っ攫ったのかどうか、そうでないとしたら、誰かが絵図を描いた可能性がある。
誰かが絵図を描いたとしたら、それは益岡だろうと安原は考えている。
それを確認してからルシファーを殺るつもりなのだった。
「う、撃たないでくれよ」とルシファーは言って、静かに立ち上がる。
顔にヘビの尾の入れ墨、間違いないルシファーだ。
「なんでも聞いてくれ・・・素直に答えるからよ」とルシファー。
カウンター越しに安原とルシファーが向き合った。
「おめぇ・・・」と安原が言いかけた時、カウンターの脇からサダが飛び出した。
サダは手にした銃を撃ち放つ。同時にルシファーがカウンターに引っ込む。
サダの体が相手の銃弾を喰らって跳ねる。
「親父!」と声が上がる。サダの弾が当たったのだ。
カウンターへ多田が突っ込む。
カウンターから顔を覗かせたジロウが銃爪を引く。
銃声が響き、多田の背中でパッと血が弾ける。
振り向いた多田の目は、嘘だろと言いたげに見開かれていた。
ジロウはその眉間を撃ち抜いた。
ルシファーが銃を構えて立ち上がる。
倒れた安原を抱えながら小籔が「チクショー」と叫びながらルシファーに銃を向ける。
パンと音がして小籔が倒れる。
白髪のケンが横から小籔の頭を撃ち抜いた。
爆発で崩れた棚で頭でも打ったのか、白髪が半分血に赤く染まっていた。
ルシファーは安原に向けて発砲した、弾は安原の右肩に着弾する。
「うぐっ」とくぐもった声を安原が上げる。
ルシファーは自身の股間を揉みながら、小刻みにステップしてみせた。楽しくて仕方がない。
ジロウは自分が巻いていたバンダナを解いてケンに渡す、ケンはバンダナを受け取って、もう片方の手でバーボンをジロウに手渡すと、ジロウの方に頭を傾げた。
ジロウはケンの意図を了解して頭の傷にバーボンを垂らしてやる。
「っ」と声を漏らして顔をしかめ、ケンは頭の傷を塞ぐようにバンダナを巻いた。
「安原さん・・・形勢逆転だよ・・・」とルシファーが安原に声をかける。
ヒリヒリするような命のやり取りで勝利した。
「もういいぞ」とルシファーが声をかけるとカウンターからハニーが顔を出した。
「あら、いい男じゃない」と腹と肩を撃たれて息絶え絶えの安原を見て言った。
二人は、荒い息をしている安原の顔を覗き込む。
ハニーの目に安原が腰からぶら下げているマーライオンのキーホルダーが映る。
「レインボー・・・わたし大好き」とハニー。
ハニーはそのキーホルダーを安原から引きちぎるように奪って「これ、貰っていい?」とルシファーに尋ねる。
「ああ」と大仰にルシファーが答えると「ありがと」とルシファーに礼を言って、安原に向き直る。そして、死にかけてる安原の耳元に口を寄せて「ありがと」とハニーが呟いた。
その瞬間、安原は最期の力を振り絞ってハニーの喉笛に噛みついた。ハニーの目が大きく見開かれる、声は出ない。ハニーは安原の髪を掴んで、引き剥がそうとする。
ケンとジロウが慌ててカウンターを飛び越える。
ハニーの指が、安原の左の目を抉る。
もう片方の目でルシファーを睨みながらハニーの首を噛みちぎろうとしている安原の頭を、ルシファーが撃ち抜いた。ハニーの喉笛を口に入れたまま、安原の頭が後ろへ吹っ飛んだ。
ハニーはコポコポと音を立てて自分の流す血に溺れて、痙攣している。
倒れた安原にケンとジロウが弾を撃ち込む。
ルシファーはクソクソと叫びながらハニーを脇に抱えて「行くぞ!」とケンとジロウに声をかける。
ルシファーがジロウに鍵を投げてよこす。
ジロウは運転席に、ケンが助手席に乗り込むとルシファーはハニーを抱えて後部座席へ体をねじ込んだ。
ジロウはエンジンをかけ、タイヤを軋ませて車を急発進させた。
「どこだ!?どこいきゃいい!?」とジロウ。
「病院だよ!病院!決まってんだろうが」と大声を上げ、運転席を蹴るルシファー。
「どこだよ!どの病院だよ!」とジロウ。
「どこでも構わねぇよ!目についた病院に飛び込め!」とルシファー。
とにかく目についた病院にハニーを運び込んで、銃で脅してでも治療させる。
「死ぬなハニー!」とルシファーは顔をクシャクシャにして叫ぶ。
「クソ!クソ!クソ!」ルシファーは叫びながら、ハニーの頬に手をあてる。
ジロウは、赤信号を無視して交差点に突っ込んだ。
猛スピードで走り抜ける車のテールを、横から来たトラックが削った。
その衝撃でルシファーとケンは頭を窓に打ち付けた。
大丈夫かとルシファーはハニーの顔を覗き込んだ。
「・・・」ハニーはルシファーの腕の中で白目を剥いて息絶えていた。
ピクリとも動かない。
「もう・・・いい・・」とルシファーが呟くように言う。
「なんだって?」とジロウが聞き返す。
「もう、いいって言ってんだよ!!」とルシファーが叫ぶ。
ケンが後部座席を覗き「死んじまったのか?」と声をかけた。
「ああ、死にやがった・・・」
ハニーはルシファーの腕に抱えられながら、顔の横に両手を上げて固まっている。
ルシファーは、ハニーが左手にしっかり握っているキーホルダーに気がついた。
ハニーの手を開いてキーホルダーを取り出す。
「レインボー・・・わたし大好き」とハニーは言った。
ジロウが車のスピードを落とし、道路脇に駐車した。
キーホルダーを両手で抱えて、自分の胸で息絶えているハニーを見下ろす。
「弔ってやるか?」というケンの言葉に返事はなかった。
ハニーは死んでしまった。
自分の胸で固まっている、生臭く汚い肉の塊がハニーであるはずがない。
そう思うと、ルシファーはハニーの死体に怒りを覚えた。
ルシファーは車を降りると、後部座席からハニーの死体を引きずり下ろした。
そして、その亡骸を歩道に打ち捨てたまま、車に乗り込んで言った。
「車を出せ」
「おっ、おい」とジロウが何か言おうとするのを、助手席のケンが制す。
ケンはジロウの目を見て、頷いて車を出すよう促した。
車は静かに車列に合流する。
ルシファーはハニーを振り返ることもしなかった。
思い沈黙を乗せて、当てもなく車を流す。
「ケン・・・頭の傷は大丈夫か?」とルシファー。
「ああ、もう血も止まったみたいだ」とケン。
「これからどうする?」とジロウ。
どこかに潜伏しなければならない。一蓮托生という言葉が頭に浮かんだ。
ルシファーは「相模原に向けてくんねぇか」と行く先を指示した。
「まさか・・・大槻組とやり合おうってんじゃねぇよな」とケン。
「ははは、それもありだな、1日にヤクザの組2つ潰すか」とルシファーが笑う。
「冗談は辞めてくれ・・・あそこだろ?なんつったっけ」とジロウ。
「天の階教会」とルシファー。ケンとジロウはそこを訪れたことはなかった。
天の階教会の業者専用駐車場である工場に車を止めて、ルシファーは気付いた。
今までに見たことがない大型トラックが駐車している。




