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第四十二章 呪いは解かれるのか その二

 鈴がシスター杉山の部屋の前で泣いている。泣きながら部屋のドアをノックする。


 鈴は保護された当時、悪夢にうなされることがしばしばあった。

 ミカエル荘の暮らしに慣れるにしたがってその頻度は減り、最近ではほとんどなくなっていった。それが久しぶりにやってきた。


 シスター杉山が鈴の気配に気づいてドアを開ける。

 シスター杉山は怖い夢を見たのね、と優しく声をかけて鈴を抱きしめる。

 鈴を抱っこして彼女の部屋に戻り、ベットに寝かしつけると鈴が眠りにつくまで背中をさすってやる。


 シスター杉山は鈴が不憫でならない。

 口が効けない鈴が、どんな夢を見ているのか、知る(よし)もないのだ。




 ガシャガシャと檻が揺さぶられる。

 顔から首にかけて蛇の入れ墨を入れた男が、鈴の入れられた檻を激しく揺らす。

 鈴に何か言っている。部屋で押さえつけられている両親が、蛇の入れ墨の男に叫ぶように何か言った。


 鈴は怖くて怖くて檻の中で、縮み上がった。

 蛇の入れ墨の男が執拗に檻を揺らしながら鈴に何かを尋ねてくるのだが、鈴には何を言っているのかわからないし、答える術もなかった。

 

 苛ついた男は横倒しになりそうなほど強く檻を蹴った。

 怖さのあまり鈴は、お漏らしした。


 鈴がお漏らししたことに気付くと男は腹を抱えて笑った。


 鈴はまた、お父さんに()たれると思った。

 鈴は、お漏らしをするとその(たび)()たれてきた。そして、風呂に連れて行かれて水をかけられる。


 鈴と父親とは血はつながっていない。実の父親は家を出て行った。

 

 父親が出ていってから母親と二人の生活が始まった。


 母親は、幼く障害を持つ鈴を預かってくれる保育園をなんとか見つけて、パートに出たが、どれも長続きしなかった。


 張り詰めた糸がぷつりと切れたように、ある日を境に母親は仕事に行かなくなった。それから、親子は生活保護を受けて暮らし始める。


 次第に母親の生活は(すさ)み始め、パチンコに手を出し、嵌っていった。

 今の父親と出会ったのもパチンコ屋だ。


 新しい父親は始めの頃は優しくしてくれることもあった。

 動物園や遊園地に連れて行ってもらった。

 それも、直ぐに終わる。


 パチンコで勝てば、上機嫌で鈴を膝に乗せ、パチンコに負ければ鈴を蹴った。


 父親が鈴に暴力を振るうと母親が止めに入ったが、父親はその母親にも暴力を振るう。そんなことが続き、やがて母親は父親の暴力を止めることを諦めた。


 ある日、両親がいつものようにパチンコに出かけると、鈴は外に出て一人公園で遊んだ。


 その時に、生活保護を受けている家庭の状況を見に来た市役所の人間に声をかけられた。


 市役所の人間は鈴の体にある大小の痣を見て、直ぐに児童虐待の疑いを持ち、彼女を保護した。


 両親は、鈴が喋れないことをいいことに、痣は遊んでいる時に転んで出来たものだと抗弁して、鈴を家に連れ帰る。


 その日から、鈴はペット用の檻に入れられるようなった。

 皮肉なことに、檻は鈴にとって安心できる場所だった。その中にいる時は、()たれることがないからだ。


 そして、その日がやってきた。


 朝だった、両親がパチンコに出かける用意をしていると、突然、男たちが部屋に侵入してきたのだ。


 父親が怯えながらも男たちの前に出る、顔に蛇の入れ墨をした男がいきなり父親の顔面に拳を飛ばした。

 父親は呻きながら床に膝を付く。鼻から大量の血を流していた。

 母親は父親に駆け寄るでもなく部屋の中央で固まっている。


 男たちは押し入り強盗の一団だった。部屋を間違えたか、ガセネタを掴ませれたかして鈴の(うち)に押し入って来たのだった。


 父親と母親に口止めして、帰りかけた時に、一団は鈴に気付いた。

 鈴に気付くと、憂さ晴らしのためか、ただの気紛れか居直ることに決め、父親と母親を(いたぶ)り始めたのだった。


 鈴はお漏らしのあとが冷たくなってきたのを感じていた。

 母親が蛇の入れ墨の男に向かって祈るような仕草で何かを訴えた。


 蛇の入れ墨の男の目に、青白い光が広がり、舌なめずりをする。

 父親と母親は男の手下たちに膝まづいた姿勢で押さえつけられる。

 蛇の男は父親と母親に、鈴を見ろと手に持ったナイフの刃先を檻の中の鈴に向ける。


 そしてナイフの刃で両親の頬をぺしぺし叩き、楽しそうに笑った。


 とても派手な化粧をした大柄な女の人が檻にもたれ掛かって肩越しに鈴を見た。

 その女の人にヘビの入れ墨の男がなにか言うと、女の人が鈴にゆっくりと大きく口を開いて尋ねてきた。


「お・じょ・う・ちゃ・ん、お・な・ま・え・は?」

 そして、指を3本突き立てた。


 女の人が「さん」と言う。

 鈴は、口を動かすが声がでない。


 女の人が立てている指を一つ折って「にぃ」と言う。

 鈴は、大きく口を開いて声なく自分の名前を言う。


 女の人が立てている指を更に一つ折って「い〜ち」と言う。


 鈴は、体を上下させながら自分の名前を叫んでいる。やはり声はでない。

 とても怖いことが起こりそうな気がする。


 女の人が残った最後の指を折って「ぜ〜ろ」と言って、笑った。鈴は泣いていた。


 父親と母親が部屋の奥でジタバタしている。口にタオルを詰められてウガウガと声にならない声を上げている。そして二人の耳が削がれた。


 それを何度か繰り返して、父親と母親は殺されたのだった。


 ヘビの入れ墨をした男の一団は鈴の両親を殺すと部屋を出て行った。


 出ていく時に女の人は食べかけの飴のスティックを檻の中に投げ入れてくれた。


 鈴はそのスティックに残った4粒の飴で、発見されるまでの3日間を生き残ったのだった・・・


 鈴がうなされるのは悪夢ではなく、彼女の記憶だった・・・




 シスター杉山は鈴が寝息を立て始めたのを確認すると、鈴の頬に自分の頬を重ねてから自分の部屋へと戻っていった。

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