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第四十章 天使がいないところに預言者はいない その六

 鳴門という記者が死んだとアキラは言った。

 日本の出版事情に疎いテオが知るはずはなかった。


「鳴門という人が亡くなったのか・・・それは残念だね。知らなかったよ」とテオは言った。


「アキラ、君にも聞いておかなければならない・・・」とテオ。


 アキラの意識が鳴門という人物の死から、戻るのを待って、テオは言った。


「君は今回の件で、天の階教会と共謀しているのか?」


「それは、ありません」とアキラ。


「それを証明できるか?」とテオ。


「この事象に、僕が興味を持っているっていうことが証明にはなりませんか?」とアキラ。


 ふ〜とテオが溜息を吐く。アキラが仕掛けたことであれば、アキラはその原因を探る必要はない。アキラはなぜChatolが暴走し始めたかを確認するために、マクガイアを訪れている。


「二人と話して、わたしが抱いていた二つの()()()()()()()()が否決された・・・これは前進だね」とテオが笑う。


「天使が不在じゃ、預言者もでませんよね」とアキラが言う。


「二人に聞きたいんだが・・・」とマクガイア。


 マクガイアは二人の知性主義的な議論にどこか辟易して言った。


「二人は霊性についてどう思う?」とマクガイアが問いかける。


「霊性?」とテオとアキラは眉を寄せる。


「兄さんは、霊性があるものとして聞いているんだよね?」とテオが尋ねる。

 マクガイアは頷いた。


「ごめん兄さん。霊性というものがあるとは僕には思えないんだ」とテオ。


「僕もそうですね・・・あったら面白いだろうとは思います」とアキラ。


「だとすると・・・天使の存在も信じてはいない」とマクガイアが二人を代わる代わる見て言う。


 テオとアキラは頷いた。


「ということは預言者も信じてはいない」とマクガイア。


 今度もテオとアキラは頷いた。


「信じてもいない預言者という言葉に、二人は怯えているのか?」とマクガイア。


「いや違うよ、兄さん。僕らは怯えているんじゃない。預言者という言葉が与える影響を危惧しているだけだ」とテオが言う。


「預言者という言葉には影響力などないよテオ。預言者は媒体に過ぎない。影響を与えるのは預言者が預かった(ことば)だ。注意すべきはその(ことば)に霊性があるかどうかだ」


 テオとアキラは顔を見合わせて溜息を吐いた。

 議論が噛み合わないと思ったのだ。


「正しい祈りとともに生きているなら、預言者の(ことば)に霊性があるかないかは直ぐにわかることだから・・・」とマクガイアの話が信仰のあり方に及ぶに至って、テオが両手で待ってくれとマクガイアを制した。


「いや、兄さん。これは純粋にビジネスの話なんだ・・・」と言うテオを、今度はマクガイアが指を突きつけて制した。


「では、ビジネスの話をしよう・・・自分が何をしているかわからない所で金を稼ぐな」とマクガイアは言った。そう言われて、テオとアキラが顔を見合わせる。


「テオ、アキラ、二人はわたしが知る人間の中で最高の頭脳を持っている。その二人が原因がわからないことが起こっている・・・しかも、その結果を危惧している」とマクガイアは二人を交互に見て言った。二人から反論はない。


「Chatolを止めるべきだ」


 その言葉を聞いてテオは天井を仰いだ、アキラはそのテオの姿を眉を上げて見つめる。


 しばらくして、テオは、今、結論を出すことを諦める。


「帰って、考えるよ」とテオは言ってベンチから立ち上がって、また近い内に会おうとマクガイアと親愛の籠もったハグをした。


 ハグをした時、マクガイアの腕に固い物があたった。


「テオ、ポケットに何を入れてるんだ?」とマクガイア。


「ああ、そうだった・・・忘れるところだ」と言って、ポケットから陶器でできた天使の像を取り出してみせた。


「覚えてる?子供の頃に兄さんが僕にくれたんだ」とテオ。


「ああ、覚えている。屋敷で拾ったやつだ」とマクガイア。


「これを兄さんに返そうと思って・・・天使の不在を、埋め合わせるためにね」と言ってテオが笑った。


 マクガイアは熾天使の像を受け取って懐かしそうに見ている。


 テオはアキラに何か思いついたらいつでも連絡してくるように告げて、二人に見送りはいらないからと一人で教会を出て行った。




 教会を出ると、直ぐにタクシーを拾うことができた。


 テオはタクシーに乗り込んで考える。


 ”自分が何をしているかわからない所で金を稼ぐな”という言葉が胸に深く突き刺さっている。


 やはり、兄マクガイアは凄いのだと感心した。


 幼い時からマクガイアはテオにとって、ヒーローだった。

 孤児院でテオがいじめられていると相手がどれだけ大きかろうが立ち向かい、テオを助けてくれた。

 大学の授業料もマクガイアが稼いでくれた。

 マクガイアがいなければ今の自分はない。


 テオのマクガイアへの思いは個人崇拝の域に達していた。


 なのでChatolがマクガイアを預言者と言い出し時に、動揺した。

 他の誰かなら、何をバカなで終わらせた。原因が分からなくても、動揺することはなかった筈だ。


 兄マクガイアならあり得るかもと思ったのだった。


 テオには兄マクガイアが天使になった記憶があった。いや、夢かもしれない。

 当時、幼すぎてそれが現実だったのか、夢だったのか定かではない。

 起こり得るはずのないこと・・・だから夢だったのだろう・・・


 ロンドンの郊外の廃屋、ジャンキーの巣窟であった屋敷の屋根裏部屋で暮らしていたときのこと・・・


 テオは屋根裏部屋を抜け出したことがあった。


 こそこそと身を隠しながら部屋を回り、兄マクガイアを探した。


 やっと見つけた兄マクガイアは悪い大人にいじめられていた。

 大人になった今では、その行為が何を意味するものか知っている。

 これも夢かも知れない・・・しかし、夢と片付けるには記憶が鮮明に過ぎるのだった。


 テオは「兄さんを離せ!」と飛び出していた。

 大人に敵うはずはなく髪を掴まれて持ち上げられた。


 男はマクガイアから身を離して、テオに襲いかかろうとした。

 その時、耳をつんざくキーンという音が響き渡り、部屋がグワッと歪んだ。


 男は蹴躓き、テオを離した。その隙に、テオは男の手が届かない壁際まで逃れることができた。


 テオは耳を両手で塞ぎながら部屋を見渡した。

 兄マクガイアの体からたくさんの赤い光の羽根が生えていた。

 兄マクガイア自体が赤く発光している。

 響き渡る音も兄マクガイアから発せられてる。


 やがて音が止むと、兄マクガイアは天井に向け反らせていた体を、先程の男の正面に向けた。


「兄さん、やっつけちゃえ!」とテオが叫ぶ。


 すると今度は地を震わせるような声が響き渡り、兄マクガイアが纏っていた赤い光が四方に放射された。


 テオはその光の眩しさに顔を伏せる。


 兄マクガイアの声が止み顔を上げると、そこ、ここで火が燃えている。


 先ほど兄弟を襲った男は口から火を出している。まるで、体の内側から燃えているようだった。


 テオはマクガイアに走りより抱きついた。

 するとマクガイアは軽々とテオを抱き上げて肩に乗せ屋敷の外へと出たのだった。


 火事があったのは現実で、その火事で父と母が死んだ。

 そして、二人は孤児院に引き取られることになったのだった。


 テオは自分の記憶が現実のものか、夢のものか確認しようと、あの火事について調べたことがある。


 新聞の記事によると、出火の原因はタバコの不始末によるもので、当時、屋内にいた全員が薬物により朦朧としていたことから火は燃え広がるままにされ、通報されることもなく焼け落ちたということだ。


 また、建物については郊外にぽつんと一軒だけ建っており、過去には悪魔崇拝者達の黒ミサに使われていたという噂があったいわくつきの建物で、最近ではジャンキー達の巣窟となっていたとあった。


 不幸中の幸で二人の少年が保護されたと記事は結ばれていた。


 そう、あれは事故だったのだ・・・


 兄さんは、本当に天使を、預言者を信じているのだろうかとテオが思いを巡らせていると、宿泊先のホテルに着いた。


 テオは明日のアメリカまでの長いフライトを思うと、今からうんざりした気分になった。

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